時を超えてお元気ですか?

 ここはパークの外、某所。


 若い男女がキャリーバックをゴロゴロと引きながら並んで歩いて駅を出ると、すぐにタクシーに乗りとある温泉旅館を目指していた。


 二人は、大学生である。


「ユキどうしかした?」


「え?なんで?」


「なんかニヤニヤしてる、電車に乗ってる時からずっと」


「だぁって~?アッくんと二人で旅行なんて初めてだからなんか嬉しくって!」


 ウキウキと楽しみで仕方ないのか落ち着きがない白い髪の女性、シロとかばんの娘でクロユキの双子の妹シラユキである。


 そして隣に座るはその恋人。


「アッくんはそうでもなかった?ごめんね、急だったもんね?色々忙しいところありがとうアッくん…」


 彼はアサヒ、シロの友人ゲンキの遠い親戚であり、パークではシラユキの家にホームステイした経験がある、そしてその間に二人は気持ちが通じ合った。


 戻って平凡な学生生活に戻るかと思いきや彼を追ってきたシラユキの転入によりドタバタラブコメディな高校生活を過ごし、正式にシラユキの彼氏としてリア充な日々を過ごしてきた男である。


 そしてその生活は大学生になっても変わらない。


 そんな彼とお泊まりデートだととても楽しそうにしていたシラユキだったが、アサヒが自分ほどウキウキとしていないのに気付くと少し寂しげな表情で一言謝罪を入れた。


 しかしそうではない、彼とて心の中はエレクトリカルパレードなのだ。


「いやいや勿論楽しいよ!?ただほら?お互い実家暮らしでこういう機会ってなかったもんだからなんか緊張しちゃってさ?俺達付き合って長いけどほら?お、お泊まりなんて… ね?」


「もぉ~!アッくんったら変なこと考えてるんでしょ~?」←期待


「だってさぁ?仕方ないじゃん?温泉旅館で一つの部屋に二人きりなんだよ~?」←期待


 イチャイチャ… イチャイチャ…


 イチャイチャとするのはそう、それはお互い様だからである、タクシーの運転手はミラー越しに和やかな表情を向けながらただ黙って車を走らせた。


 二人は付き合って長い、単純計算で5年は付き合っている。

 そんなに長く付き合っていれば泊まることは無いにせよ当然やることはやっているのだ。


 お互いの家に顔は出していてナリユキもアサヒのことは勿論知っているしアサヒの両親にもシラユキがどういう存在なのか知らされている、だがいかんせんお互いに家庭環境の関係であまり自由に愛し合うことができないでいたのだ。


 アサヒは将来シラユキの為にもパークの職員になるためにいろいろ勉強がしたい、可能な限り実家で暮らしているのは勉強に集中するためであり家を出るとバイトやら家事やらとやることが増えてしまうのが理由。


 シラユキも実家、正確には祖父祖母の家である。


 彼女はパーク生まれなので特殊な条件下でこちらでの暮らしをしている、故に家を出て一人暮らしというわけにはいかない。


 特段アサヒのように目的があって学校に通うわけではないが、彼がそうして頑張ってくれる以上自分も同じくらい頑張るべきだと考えてのことである。


 家族が何か言ってくるわけではないが、やはりお互いの家にお泊まりというのは少し気が引けるものでこれまでそういう機会が作れなかった。


 友人達を交えた大人数の旅行などは別だが当然同級生もいるなかで声を殺して事に及ぶことは流石の二人もできなかったのである。



 温泉かぁ~?混浴とかできるかな?ヘヘェァ!


 お泊まりだもんお布団並べて眠るんだよね?やぁん!どうしよう///



 うぶに見えるかもしれないが、このようにお互いに期待はしている。


 まぁ今夜はサッカーが得意なアサヒくんなので夜のハットトリックが決まりファンタジスタな空間が出来上がることだろう。


 さておき、なぜ二人が温泉旅館に行くことになったのか?それはそもそもクロユキの発言が切っ掛けになっていたのだ。





 ナリユキ達老夫婦がパークに来た際クロユキは尋ねた。


「その、ナウさんって人?どこにいるのかな?会いたいんだけど」


「なんでまた?」


「確かめたいことがあるんだ… ねぇ?じいちゃん昔同僚だったんでしょ?連絡つかないの?」


 ナリユキは少々困っていた、なぜクロユキは彼女にそうまでして会おうとしているのか?クロユキは夢の話をナリユキにしたがそれでもやはり分からなかった。


 夢は夢ではないのか?


 それに彼女は生きていればナリユキより歳上なのだ、70歳は過ぎているだろう。

 夢は夢なので彼女自身その話を聞いてもピントこないかもしれないし、仮に夢の話が現実に起きていたとしてもなにせ昔のことだ、彼女はすっかり忘れている可能性だってある、それに彼女はもう老人… 歳が歳なので動けないかもしれない。


 ただそれでもクロユキは探してくれと頼んだ、思い出してしまった以上どうしてもお礼が言いたかったのだ。


 そうしてクロユキの圧に押し負けたナリユキはかつてパークで飼育員をしていたナウという女性の現在を探り、見事パーク退職後に実家の旅館で女将になったことを突き止めたのである。


 ついでに妻と温泉でも入ろうとペアで宿泊を予約していたが面倒な仕事が入り断念、その代わりとして…。


「シラユキ?アサヒくんと温泉旅行行きたくないか?」


「え、温泉!?アッくんと!?行くー!」


「代わりに頼まれてほしいんだが…」


 こういった経緯で二人が大抜擢されたというわけである。

 つまりシラユキ達は例の温泉旅館の女将ナウに会いクロユキと会ってほしいと交渉する… という形の恋人旅行に二人は来ているのだ。


 ちなみに今のナウは息子の嫁に女将の座を譲り所謂大女将としてほぼ隠居生活をしているそうだ。


「お客さん仲がいいですねぇ?学生さんですか?」


 するとタクシードライバーの方がピンク脳な二人の障気に当てられて耐えられなくなったのかついに一言声をかけてきた、慌てて落ち着いたフリをした二人は照れ臭そうに同じ動きでポリポリと頭を掻いた。


「彼女さん随分美人さんですねぇ?彼氏さんは幸せもんだぁ」


「いやぁ…///」

「アハハ…///」


「あの旅館の女将さんも昔は美人でしてねぇ?テレビで紹介されたこともあったんですよ?“美人でやり手の若女将の温泉旅館”ってね?私がお客さんくらい若い頃は息子さんも小さくて旦那さんとはお客さん達みたいに仲良しで評判でしたよ、旦那さんは先立っちゃちましたがねぇ?」


 美人… 美人の若女将。


 シラユキもクロユキの夢の話は聞いていた、美人と聞いたとき「あのスケコマシ兄貴め」と苦笑いが出たことは隣にいるアサヒにも内緒である。

 7才の頃の話とは言えクロユキは実年齢よりずっとませていた、サーバルに恋をしていたくらいだから綺麗な女性だからとちょっかいを出してヘラヘラしていた可能性は十分にある。


 美人だからと言ってヒトの女に色目を使うとはあのエセ耳しゃぶらーめ、ミライ一族の血が泣いておるぞ。


 と思っているシラユキは純度100%人間の爽やか好青年とイ~ちゃこらしているじゃないか?それはどういうことなのか?



 いや、フレンズの男なんてパパとクロくらいしか知らないから?



 それもそうだ、すまない… だがサバンナくんもいることを忘れてはならない。


 それはそうと、そうこうしているうちにタクシーは旅館前に到着、お支払はジャパリパーク復興団体からすでに頂いているので帰りも是非お呼びくださいとのことだそうだ。

 




 中に入り受付を済ませるとすぐに鍵を貰いお部屋へ案内された、そのまま女将が仲居さんと共に挨拶に現れた。


「ようこそおいでくださいました、本日はごゆっくりと…」


 お風呂はどこだとか、お食事は何時ごろだとか、館内の案内などを受けているアサヒとシラユキ… それをたいして聞きもせずこそこそと目で語り合う。



 この人じゃないね?


 この人は女将さん… だからこの人の旦那さんのお母さんがその例のナウさんだろうね?


 どこにいるのかな?歳だからやっぱり自室でじっとしてるのかな?



 などと、本当に会話したわけではないがなんとなくお互いの考えていることはわかるのである。

 これはカップル歴の長い二人だからこそできる技である、ちなみにユキとナリユキはこれを一瞬でできる、シロとかばんも同様だ。


「…それではお夕食は何時頃にお持ちしましょうか?それとお布団は…」


 それらに適当に返事をした二人は、旅の疲れを癒すため一旦そのまま温泉の方へと向かった。





 温泉、シラユキの暮らしていたジャパリパークキョウシュウエリアのゆきやまちほーが彼女にとって馴染み深いだろう。


 女の子らしく温泉や美容にもそれなりに興味のあるシラユキにとって初めて行く温泉は大変興味深いものだった。


「ひろーい!こんなに広いんだぁ!」


 自分のよく知る温泉よりもずっと広かった、その旅館の温泉に感動したシラユキは更にテンションが上がり人目も憚らず鼻歌なんぞ口ずさむ。

 

「おーんせんさーいこ~!」


 まだ入っていないが脱衣場で一枚一枚服を脱ぎながらニコニコとそう口ずさんでいる、そんな彼女がすべての衣類を篭に入れた時、いつの間にかいた清掃中のおばあさんが一声こんな言葉をかけてくれた。


「ごゆっくりぃ~?」


「はーい!いってきまーす!」


 そんなシラユキの人懐っこい反応におばあさんもニコやかな笑顔を向けていた、実はこうして誰にでも明るく元気に接するためシラユキには友人が多い。


 男性にも同じように反応するし美人だしなどの理由でアサヒの見てないところで告白する輩もいたが、恋愛事情になった途端に口を開けばアッくんアッくんと言うものだから告白した男達の心はバキバキとへし折られていった、まるで在りし日のミライ(独身彼氏無し)を見ているようだ。


 アサヒはそんな大人気のシラユキの反応にヤキモチを妬くこともあったが、たまたま誰かにアッくん自慢をして心をへし折っているところを見付けては赤面しながら安心感を覚えたものだ。


 ただそれ故にアサヒに風当たりが強くなることもあった…。

 

 もっともその時はシラユキが怪力の片鱗を見せるのですぐに沈静化した。

 

 例↓

 

『おいアサヒぃ?シラユキちゃん独り占めしやがって何様だてめぇ?』


『待て!仲良くしよう!怪我したくないだろ?』


『なんだぁてめぇ?やんのかよぉ?』


 ゴゴゴゴ… ←獅子の圧力


『逃げろ!八つ裂きにされるぞ!』


 こうして野生解放しないように彼女を止めるのがアサヒの役割でもあった、あぁ懐かしい高校時代。



 そんなアサヒは、シラユキが長風呂をしてその白く透き通るような肌を紅潮させている間に当然のように彼女より早く上がり、売店や娯楽コーナーをブラブラとうろついていた。


 そこに1つ、いや2つ… 彼は気になる商品を発見した。


「なんだこれ?“トキノコカレー”?」


 片方は「ツチノコ味 甘口」と書いてありパッケージは茶色いと黒のツートン。

 もう片方は「トキ味 激辛」と書いてあり赤と白のパッケージだ。


「なぜ甘口からいきなり激辛?極端だなぁ… というかツチノコとトキ?特に有名な地域って訳でもないのになぜ?よくわかんないな、えっとなになに?“2つを混ぜ合わせると丁度よい辛さになります”?さらに、“カップルでシェアすれば仲が深まる”… へぇ?なにそれ面白そう?」


 アサヒがそのカレー2つを手に取り交互に目を向けながら関心していた時、後ろから声をかけられた。


「買ってくかいお兄さん?彼女とどうだい?」


「え?あーえっと… じゃあ、いいですか?」


 驚いた… 売店のおばあさんかな?



 アサヒは2つの味のカレーをいくつかセットで購入し、お土産物として両親やナリユキ達にあげることにした。

 

 先に激辛をユキに食べさせて反応を見るのもおもしろそうだなぁ?なんて悪いことを考えていたアサヒ、辛いのが苦手なシラユキにとってどれ程の刺激があるのか見ものではあるがその後のご機嫌取りのこともしっかりと考えてからやりましょう。







 しばらくしてポカポカになったシラユキが浴衣姿で女湯から出てきた。


「お待たせ~ごめんね?広くて気持ちいいから長風呂しちゃった!」


 少し濡れた髪や浴衣からチラリと覗く肌が色っぽく思わず目を逸らしてしまうアサヒ、生唾をごくりと飲んで彼女の方を向き直すと平常心のフリをして普通に返事をした。


「うんいいよ、どうする?部屋で休む?少し見て回る?」


「えーっとね?温泉にくると卓球をするものなんでしょ?私やってみたい!」


 特に気に止めなかったのか無邪気に卓球をしたいという彼女に意思に従い、彼は例のレトルトカレー数セットが入った袋を持ったまま娯楽室へと向かった。



 娯楽室には卓球台が2つ並び、少し離れてUFOキャッチャーやら格闘ゲームのアーケード台などが並んでいた。


 すると、そこに待ち受ける人物が一人。


「やぁまた会ったねぇ?」


「「あっ!」」


 そこでピンポンピンポンとラケットでピンポン玉を跳ねさせているのは一人のおばあさん。


「掃除のおばあちゃん!」

「売店のおばあさん!」

「「え!?」」


「まぁアタシがなにやってるかなんていいじゃあないか?ところで一勝負していかないかい?ほら彼氏さん?彼女にいいとこ見せたらどうだい?」


 スポーツが得意なアサヒ、その挑発に彼が乗らないはずがなかった。


 サッカーが本業ではあったが実は所謂スポーツ万能の彼、とにかく運動神経が良くコツを掴むのが上手い、なので卓球もそれなりにできる。

 修学旅行では「優勝したやつ全員から百円ずつ貰えるトーナメント」で見事準決勝まで上がったが卓球部の友人に敗北した。


「いいですよ?やりましょう?」


「そうこなくっちゃねぇ?」


「アッくんがんばれー!」



 負けられない戦いがそこにはある。


 次回「アッくん敗ぼっくん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る