過去と夢②
「まず、どこでそれを知ったのか教えてくれるかしら?設計図も処分したし、公式に使われたことは一度もないから記録も残していないはずなのだけど?」
「後で話します、多分理解が追い付かないので… 俺が知りたいのはそれがいつなんのために造られたのか、そしてまだ存在しているならどこにあって全部でいくつなのか、使用されているのか?されているならそれは誰が?なぜ使うのか… 話してくれますか?」
お互いに、怒っているのでもなく真剣で真面目にという訳でもなく、ただいつもの通り世間話でも話してるみたいな口調でそれを話始めた。
妻はお茶を出し終えると俺の隣に腰掛け、彼女もまたいつも通り普通に談笑でもするような雰囲気のまま俺と先生の顔を交互に見ていた。
用意してくれたハーブティーの香りが、そんな空気の中にある見えない緊張をさらに緩ませていく。
先生は一度口を付けるとまた尋ねた。
「じゃあまずあれがどういうものか、ユウキくんはどれくらい理解してるのかしら?」
その質問に正直に答えるべきか、適当にはぐらかすべきか少し悩んだ。
先生は頭がいい、父さんが100年先にいると冗談で言っていたが知り合ってみるとそれがよくわかるのだ、あながちそれもオーバーな表現ではないのかもしれないと思うほど先生は頭の回転が早いということに。
もしかしたら俺が知りうる情報を引き出した後に適当な情報を吹き込むなりで真相を教えてくれないかもしれない、身内を疑うなんてよくないことだが先生や父さんが何十年その情報を隠して生きていたのかということも忘れてはいけない。
だがこのままでは話が進まない、大雑把に答えておこう。
「人間が使うために造られた対セルリアン用の兵器です」
「兵器… というと造った身としては胸が痛むけどそうね、何かを破壊するために造られた以上あれは兵器よ」
小さなため息をつくと先生はティーカップをテーブルに置き、淡々と話し始めた。
…
その昔… パークがまだ閉鎖されていなかった頃の話だ、セルリアンの撃退に関してフレンズに任せ切ることに先生は常々疑問を持っていた。
なぜフレンズから輝きを奪うことを目的としているセルリアンの撃退を当のフレンズに任せることになっているのか、それは結局狙われている当人達の責任だと厄介事から目を背けているのと同じではないのか?
フレンズを守るのが自分達の仕事ではないのか?これでは逆に守られているのと同じではないのか?
彼女達が安心して暮らせる環境を作り出す為には、設備を整えたりすること以外にも自分達が自らフレンズを守る力をつけるべきではないか?
ジャパリパークはフレンズの住む島、言わば彼女達は原住民。
自分達は土足で上がり込み勝手に建物や設備を揃えていく余所者に過ぎない、そんな自分達が守られっぱなしなのはおかしい。
そう思っていたのは先生だけではない、ことあるごとに母さんに守られていた父さんもそうだし、多くの職員が自分達もフレンズを守るべきだと考えていた。
「ある日鬱蒼とした森の中で廃墟を見付けたわ、調べてみると面倒な仕掛けが施されていたんだけど地下へと続く階段を見つけたの… 驚いたわ?なにがあったと思う?」
パークにはまだ謎な場所が多かった、先生達はその謎の廃墟の地下で見たものに目を丸くした。
「研究所… ですか?」
「というには少し狭かったけど、奇妙な場所だった… でも調べた結果わかったのよ、そこには何かを圧縮して保存しておくような装置、カートリッジとでも言っとこうかしら?そんなような物を作っていたみたい」
謎のカートリッジ、それを持ち帰った先生は極秘裏にそれを調べ続けた。
始めは単なる好奇心だったそうだ、しかし調べるにつれてそれがとてつもなく危険な物だと気付いてしまったらしい。
「それはサンドスターロウを圧縮して閉じ込めておく物だったのよ、それだけじゃない… それは打ち込めるようになっていた、どういうことかわかる?」
すぐにわかった、そして妻にもそれは当たり前に理解できたらしく俺の代わりに先生に答えた。
「それってつまり、サンドスターロウを体に打ち込んでいる人がいたってことじゃ…?」
そう、つまりそんなバカみたいなことをやっているやつがパークに居たということになる、ただそれが何のために行われ、誰がやっていたのかまではわからなかったそうだ。
もちろんそれをやるとどうなってしまうのかも。
そして先生はそれを調べた時畏怖を感じると同時にに閃いた。
逆にサンドスターを圧縮、充填して能力として引き出すことができればと…。
「当時Type2は私だけで極秘に進めていたからあまりにも行き詰まってた、先にType3の開発のほうが進んでいたくらいよ?」
「ピンクの羽根つき?」
「そう、パビリオンの管理に配備された個体よ… 話を戻すわね?」
レイバルちゃんの装甲になってたラッキーか、まぁそれはそれとして続きを聞くとだ。
例のカートリッジの機能を応用することで先生はサンドスターを溜めておくタンクを造り出すのと同時に、吸収や放出を行える装置も造り出すことにも成功した。
それをグローブ状に装着可能の物にして、更にラッキーと同じ高性能AIを内蔵させる。
そして各フレンズのサンドスターを識別するプログラムやType1… つまりいつものラッキーとリンクするようなプログラムも組み込んでいくと…。
「それがLB System Type2よ、その辺を歩いているLBを装甲にできるようにすれば本当に完成だったのだけど、試作品で用途が用途だったから守護けもの達の許可を得なくてはいけなかった、とりあえず専用のLBを一体用意することにしたの」
守護けもの… スザク様やオイナリサマのことだ。
なんでも満場一致で却下されたらしい、サンドスターやフレンズの力を人間に施して戦いの道具に使うことは許さないとのことらしい、先生はType2を生み出した動機を守護けもの達に必死に伝えたが決して許されることではなかった。
「あとになって思ったわ… 確かにあれはフレンズの力を人間が支配する傲慢な兵器だったって」
「今はどこにあるんですか?その一つだけなんですか?」
「無いわ、あるとしたら海の底に沈んでいる…」
どういうことだ?なぜ沈める必要が?忌むべき物だと判断したならば、完膚無きままに破壊してしまえばよかったんだ。
沈めておいて後で回収可能にしているのでは?守護けもの達の目を欺くために。
「あのカコさん?沈んだ…?ってことは何か事故か何かで落としたとか、そういうことですか?それとも敢えて捨ててしまったということですか?」
「半分正解よかばんちゃん、Type2は激闘の末回収不能になってしまったの」
妻の質問は鋭かったようだ、だがこれでわかったぞ、先生は隠すつもりはないらしい。
この答えを聞くにある一つの事実が浮上し、そして先生はそれをわざとらしくほのめかしている。
「それってつまりいたんですね?“装着者”が」
「そうよ… 最初で最後のね」
急に先生のその表情は暗く重苦しいものに変わった、どうやら先生にとってかなり辛い記憶として存在しているらしい。
「何があったんです?良ければ教えてください」
「シロさん?あまり無理に聞かないほうが」
先生の表情や雰囲気に当てられたのだろう、妻は申し訳なさそうに俺を止めようとしていた。
しかし、カコ先生はもう一度カップに口を付け呼吸を整えると話したのだ。
先生にとって恐らく最も辛いであろう記憶を… 長い年月が経とうとトラウマに思ってるほどの記憶を。
…
それは例の異変、セルリアン大噴火事件の時だった。
四神とセーバルちゃんの力でフィルターを張り、爆撃によって現れた超大型セルリアンの供給を断ちそいつを海に沈めようと言うときだった。
その時のパークの園長、そしてカコ先生は最後にジープに乗りセルリアンをゴコクに繋がる橋まで誘き寄せていた… 奇しくもかばんちゃんがとった作戦と同じもので、とうとう橋の上まで誘き寄せたのだがそこからが厄介だった。
「園長!あのセルリアン、足を変形させて橋に根付いて…!」
「まずいな… コイツをここに残していたら橋を渡ってセルリアンが両方のエリアに進出してしまう」
セルリアンはそれまで足だったそれを根っこやツルのようにして橋の中間に居座った、不気味で無機質な目はカコ先生をじっと見つめている。
自分を狙っている…。
先生にはすぐにその理由がわかった、なぜならこの時すでに先生の体内にはサンドスターが生成されていたからだ。
女王事件の復帰後酷い鬱状態から復帰する為のサンドスターの大量投与、人知れず続けていた先生の体に起きたそれは奇跡か、あるいは呪いなのか… 本当のところは本人のみぞ知るところだろう。
相対する二人、今はまだ何もしてこないセルリアンだがこのままでは自分も園長も海の藻屑かエサになる。
この時、先生は覚悟を決めた。
必要いに無い越したことはないが、しかし万が一誰かを守らなくてはならない時、そこに自分しかいない場合どうしたらよいか?
「園長、下がってください…」
「カコ博士、何をする気なんだ?バカな真似はやめるんだ」
左手にはグローブ… つまりType2、そして足元に灰色の専用のラッキーがいた。
スーっと一度深呼吸をすると呟く。
「Type2… ラッキービーストⅠと連動」
『了解、モード移行……Are you ready?』
「装ちゃ…!」「やめろ!」
先生はType2で戦おうとしたのだ、ガクガクと足も声も震えながらいかにも怯えてますって状態で。
だが「装着」の一言を言いきる前にその口は塞がれ、グローブは器用にロックを外されて先生の手から離れた。
「園長!何をするんですか!」
「君じゃ無理だろう?」
「そんな…!これは私が造り出した!私が一番上手く使えます!」
「違う…」
取り返そうと手を伸ばす先生の腕を掴みグッと押さえこんだ園長は、その時じっと見つめて言ったそうだ。
「違う… 君の体、サンドスターを持ってるな?女王にやられ壊れかけたその精神もサンドスターで保っているはずだ… Type2を使えばサンドスターが奪われ君はたちまち廃人に戻る、違うかい?」
「知っていたんですか…」
一人誰にも知られることなくひっそりと続けていた、サンドスターを体内に入れるという行為。
誰にも知られていないはずだったのに、園長はそれを知っていた。
「知ってるさ、君のことはなんだって知ってるよ私は…」
そして先生の体がどういう状況なのかも大体検討を付けていた。
「私がやる、君はゴコクへいくんだ?着いたらオイナリサマが助けてくれるはずだ」
「園長だけ残して行けって言うんですか!?そんなことできません!」
「頼むカコ博士…」
園長はその時先生を強く抱き締めたそうだ、強く強く抱き締めて、そして優しく耳元で囁いたんだ。
「私は君を失いたくない」
「それは私だって!」
「愛してるんだ…」
恋愛なんてこれまでからっきしの先生だったけど、その時の園長がどういうつもりでその言葉を言ったのか理解できたし、この時自分がどんな気持ちで園長の側にいたのかも理解できた。
あぁ、いつからだっけ?私はこの人が好きなんだ…。
だからまるで思い出したみたいにその気持ちをすんなりと受け入れることができた。
「園長…?」
「この後無事会えたら二人で暮らさないか?多分パークからは撤退することになる、だからこっそり二人で… どう?」
じっと黙って見つめていると、優しく肩を抱き直した園長はまるでこれでサヨナラって言ってるみたいに、ゆっくりと先生の唇を奪った。
そして先生はまたそれを当たり前みたいに簡単に受け入れていた。
「さぁ、行くんだ!」
だから走った、先生は走った、とにかくゴコクまで走った。
「装着!」
ってその声が最後に聞いた園長の声、続いてラッキーが装甲に変わっていく金属音がその場に響き渡り、それでも走り続けた先生の耳に次に入った音、そして振り返った時その目に映ったものは…。
「園長…」
地響きのような音が鳴り、橋が崩れ、体を溶岩に変えながら海に沈んでいく超大型セルリアン、そして…。
その中に取り込まれ共に沈んでいくType2を装備した園長の姿だった。
…
「その後無事にゴコクに着いた、オイナリサマは私を神社に匿ってくれたわ?それからこの家に住むまでしばらく居候させてもらった… 私がパークから出ずに海の向こうへ帰らなかったのは私の体が特殊であるということと…」
続く答えは察しの悪い俺でもわかる、でも何も言い出すことのできなかった俺の代わりに、かばんちゃんがその続きを答えてくれた。
そうその理由は。
「園長さんが来てくれるのを… 待っていたからなんですね?」
つまり、そういうことだ。
「あの… ごめんね、ごめんなさいね?フフ… 思い出した時はいつもこうなの?みっともないとこ見せちゃった…」
俺も、かばんちゃんも。
その日先生が泣いているのを初めて見た。
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