過去と夢
「ねぇかばんちゃん?」
「はい?」
「ちょっとデートしない?」
「今からですか?でもおうちの仕事が…」
家庭に入りすっかりと落ち着いた妻、でもそれは当然のこと、俺と妻にもうすぐ孫ができる。
そう孫だ、ついこの間子供が産まれたと思ったらあっという間に成人して結婚、そして孫だ。
いやはや時の流れというのは恐ろしいものだとひしひしと感じております。
ところで、俺が唐突にデートだなんて言い始めたのには当然理由がある。
単に仕事なんて放り投げて並んで歩きたいというのも勿論あるのだが、確かめておきたいことと彼女にもそれを是非知っておいてほしいというのが一番の理由だ。
大事なことを黙っているとまた傷付けてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ、さぁ行こう?」
手を差し出すと顔は少し呆れたような笑みを浮かべていた彼女だったが。
「わかりました、いいですよ?どこに連れてってくれるんですか?」
と本当はデートにノリノリであるというのがよく伝わる暖かいお言葉を頂いた、これだから俺は妻が好きで仕方ないのだ。
なので俺は優しく彼女の手を引き丁寧に博士たちのいる図書館へエスコートした、外出先の許可を取らねばなるまい。
と言ってもちゃっかり手配は済んでいるのだ。
というわけで代わりに家事をしてくれる強い味方に来ていただきました、もちろんこちらの二人です。
「アライさんにフェネックちゃん、いつも悪いね?」
「師匠夫婦の為なのだ!お安いご用なのだ!」
「まぁ~大勢に囲まれるよりは楽なもんさー?」
ご存知アラフェネのお二人、普段フレンズどころか常駐するパークスタッフにまで囲まれて料理を振るっている、その腕は既に俺など越えていることだろう。
二人に任せた理由として。
この際クロに任せてもよかったのだが少しかじった程度のクロに料理を任せるよりはプロに任せてちゃんと栄養のあるものを妊婦の助手に食べさせたほうがいいだろうとそう思ったのが理由だ。
俺達にとっての大事な孫を宿している、労らなければ。
という俺の配慮のつもりだったのだけど。
「パパさぁ?僕とミミのこと考えてくれんのはいいよ?ありがとう… でもちょっと気まずいとか思わなかったの?」
「クロ?私とあの子は別に平気なのです、もう何年も前のことではないですか?」
「うーん… いや僕はいいんだけどさ」
例の三角関係の件か… いやあの時は寧ろ四角?
確かにそう考えれば俺の連れてきた助っ人はイカれた人選なのかも知れない、フェネックちゃんは目の前にかつて愛した男が自分ではない別の女性との間にできた命を愛でているところを目の当たりしなくてはならない、自分は独り身の一方当時のライバルは幸せそうにお腹を撫でている。
クロも助手もフェネックちゃんもその当時のことはとっくに水に流している。
とは言えそうして気にしていないと口では言っていても、クロ達は「僕達幸せ」って雰囲気を見せびらかすようで気を使うだろうし、そんな気遣いにフェネックちゃんも昔のことと言いつつ胸が抉られる気持ちになるだろう。
なんか似たような状態に覚えが… いやゴメン、俺イカれてたわ、
「やっぱりやめとく?」
と今更聞くのも良くないが一応尋ねておく、まぁ当然彼女なら…。
「いやぁ~いいのいいの気にしないでー?」
こう言うのだろうけど…。
「本当に?」
「助手の言う通り昔のことさー?単純に二人のことは祝福してるよ~?妊娠おめでとう助手?栄養つけないとねー?」
「助かるのです、正直子供のことを思うと母としては頭があがりません」
彼女はポーカーフェイスが上手い、にこりと普段とそう変わらない笑顔を向けているが実はその裏で黒い笑いを浮かべているとか?
いやいやいや!いくらなんでもそんな腹黒な子ではない、彼女は優しいから本当に祝福してるはずだ。
「クロくん大変だろうけどちゃんと守ってあげるんだよ~?」
「あ… うん」
クロに対してもご覧の通り大人の対応とっている。
「でも妊娠中はご無沙汰になるだろうからー?辛いときは私が手伝うよ~?」
「え!?ちょっと何を!?」
何を手伝うんですかねぇ?
もちろん本気で言ってるわけではないだろう、この余裕である。
クスクスと笑いながらクロが慌てるのを見ている、しかし彼女は冗談のつもりでなんの気無しにそう言ったのだろうがあちらをご覧いただきたい、助手はワシ的部分を解放してクロの肩を鍵爪のようにガッチリ掴んでいる。
「痛い… 痛いよミミ?僕そんなつもりないよ?お願い離して?」ギリギリ
「フェネック…」
「な、なぁにぃ?怖いなぁ…」
「妊娠中は大抵の動物が子を守るために気性を荒くするものです、ヒトのメスも情緒不安定になりヒステリックを起こす者もいるほどと聞くのです… そしてそれは当然この私にも適用されます、ワシミミズクという動物にとって時にフェネックギツネも補食対象になるということを知りたいのですか?」ギラァ
助手の目はギラギラと野生の耀きを灯している、夫に手を出すと言うのなら産まれてくる子の為にも実力を行使するという顔だ。
「じょ、じょーだんに決まってるじゃないか-?睨まないでよぉ?」
「落ち着くのだ助手!フェネックはそんなことしないのだ!睨むのをやめるのだ!」
こんなとき主人公気質のアライさんは彼女を守るため前に出る、実に頼もしい。
ハッキリと否定できるのも彼女がどういう子なのか1から10まで知っているからだろう。
「フェネックも!冗談でも滅多なこと言うもんじゃないのだ!というか彼氏がいるのに不謹慎なのだ!」
え!?
「「「彼氏!?」」」
「あ、いや~…」
皆声を揃えて言い放った、フェネックちゃんに彼氏!?というのももちろん驚きなんだが個人的にはアライさんがこんなにもしっかりした発言をしていることにも驚いている、あんなにのだのだ言ってたのに立派になって… 先生嬉しい!
「まだ彼氏とかじゃないよ~?何回かデートとかしただけだしさ~?」
「“まだ”って言ったのだ!それはよてーちょーわとか言うやつなのだ!ちゃっかり期待してる証拠なのだ!告白待ちなのだ!」
「やってしまったねぇ…」
「やったのだ!?」
「やー違う違うそうじゃなくてね?」
まさかアライさんに翻弄されてしまうフェネックちゃんを見る日がくるとはね?フェネックちゃんったらほんと、やってしまったねぇ?でもヒトが入るようになってきたこのパークもそれが良い方向へ向かっている証拠だろうと俺は思う。
あのフェネックちゃんに男っ気がでるくらいだもの、本当はヒト嫌いだった彼女のことも知っている… でも誰かとデートするくらいには受け入れてくれているんだ。
ってことはアライさんもそろそろ?いやあの子はどうなんだろうなぁ?
でも、君が恋をしたときはその料理のうでで是非衣袋掴んであげなよ?
…
優秀な二人に図書館を任せて俺達夫婦は港までやってきた、俺達にはちゃんと向かはなくてはならない場所がある。
「こうして見ると、すっかりパークに入るヒトも増えましたね?」
「お客さんってわけではないけどね?でも俺達の孫が大きくなる頃にはここも昔みたいにお客さんで溢れ返るのかな?」
港にはいろんな船が着いている、今はゴコクに繋がる橋を直すためにどんどん資材が運ばれているみたいだ、他にも漁の船や調査隊の船、まぁ本当に文字通りいろいろだ。
「僕達に孫… なんだか不思議ですね?実は僕あんまりおばあちゃんになる実感がなくって」
「同じだね?それは俺もだよ?なんだか随分前のことのはずなのに昨日のことみたいだ、君と出会ったばかりの頃が…」
「それは今も変わらず僕に恋してるってことですか?」
からかうような顔で俺を見る君。
でもそうさ?その通り。
俺達はもう出会ってから夫婦になって随分長いはずなのに、まだこんな風に若いカップルみたいなことをしている… おかしいだろうか?いやおかしくたっていい、世間の普通など知ったことか。
いつまでも仲がいいって素敵なことだ、だから彼女の問いにはこう答えた。
「そうだよ?寝ても覚めてもかばんちゃんのことばっかり考えてるんだ俺は、きっと他の子じゃあこうはいかなかったさ?どうも俺は君じゃなきゃダメみたい」
「フフ、なんですかそれ?でもそれなら… 僕と同じですね?」
そんなやり取りに笑い合い、港にいながら船を手配するのも忘れていた。
心地好い潮風に吹かれながらそっと妻の肩を抱くと、彼女も俺の肩にトンと頭を預けてきた。
俺は妻が好きで仕方がない、長い時間がさらに俺を彼女無しでは生きられないようにしていった、でも俺はそんな大事な妻を何度も悲しませてきた…。
だからこれ以上悲しませないように、伝えるべきことがある。
「かばんちゃん、実は聞いてほしいことがあってさ…」
「知ってます、それでデートなんて言い出したんですよね?」
「敵わないな… じゃあ聞いて?もしかしたら君も経験あるかな?変な世界の夢の話」
俺の場合はハッキリ思い出していないものを含め恐らく二回、16の頃に一回とそれから大体10年が過ぎたころにもう一回。
彼女はその話を黙って聞いてくれた。
違う彼女に会ったことも、俺がそこで死にかけたことも。
そこの彼女にしてきたことも…。
だがそんな少ししんみりとした空気になりかけていたときだ。
「おーい旦那ぁ!今日も大漁だったよ!イルカのフレンズちゃん達が手伝ってくれてね!持っていくかい?」
漁船から顔を出したのは漁師のおじさんだ、俺達に気付いて声をかけてくれたらしい。
「おじさん今日はいいよ!これからゴコクへ出るから!」
「わかったよ~!夫婦揃ってデートかい?美男美女はやっぱり絵になるねぇ?」
おじさんは俺によく魚を卸してくれる、金銭面に関しては問題ないらしい、なんでもミライさんが定額で支払っているらしく捕った魚はパークの食材として使うとのことだ、アライさんもよくここで調達している。
「相変わらず奥さんと仲がいいねぇ旦那は?いつまでも若いし羨ましいなぁ!」
「おじさんだって奥さんも子供もいるじゃない?娘さん大学受かったって?」
「あぁうちのはこんな美人じゃねぇからダメよ… 旦那のとこのお嬢さんと同じ大学さ?ま、面倒見てやってくだせぇや?ゴコクなら乗ってくかい?どーせすぐそこだ」
「いいの?やったぜ!さぁかばんちゃん?おいで?」
漁船に乗せてもらうことになった、俺はお言葉に甘えひょいっと船に飛び乗り妻の方に手を差し出した。
「ありがとうございます!じゃあ失礼しますね?んしょっと…」
手を掴んだのを確認するとぐっとこちらに引き寄せては懐で受け止めた、妻はトンと俺の胸に飛び込んできて転ばぬようくっついたままバランスを取っている。
「なんでぇベタベタして?孫ができたって聞いたけど旦那達今年でいくつだっけ?」
「ん?ん~子供達が二十歳だから、40くらいかな?」
「どう見ても20代なんだよなぁ… さんどすたー?ってのはすげぇなぁ?フレンズも美女揃いだし、まぁ末長く仲良くなお二人さん?」
俺達がいつまでも若く見えるのはサンドスターの影響だろう、ただ老いがないわけではない。
これには認識が絡んでいる気がする。
成長… と強く願っていると体内のサンドスターが働いて肉体は成長し、背の低かった子も次の年には伸びていたり、顔つきが経験に基づき大人びてみたりと変化が現れる。
かばんちゃんも知らずにいるとずっと子供のままだったかもしれない、カコ先生のとこで勉強をしたからというのも関係あるだろうし、俺と恋に落ちることでさながら思春期の女の子が女性らしくなるような変化が起きたのかもしれない。
証拠に、今の彼女はこんなにも美しく女性として魅力的だ。
孫ができても若々しく美しい。
そんな俺達が今でも若く見えるのは「いくつになってもいつまでも変わらず愛し合いたい」と望んでいるからなのかもしれない。
そんな願いを都合よくサンドスターが聞いてくれているだけで、厳密には老いが隠れているだけ。
生き物は老い、死に向かう。
これを知り認識している以上僅かづつでも老いはあるし必ず寿命は訪れるだろう、長生きはするかもしれないが。
「シロさん、さっきの話… それが前に話してた“ひどいこと”ですか?」
「うん… だからゴメン、君に対してしたわけではないけどあの子も君なんだ、だから… ゴメン」
「それはいいんですけど!」
少しムスッとした顔のまま 上目遣いで俺を見る妻、聞くにあの行動そのものはやっぱり自分?の為にしてくれたことだからと咎めてはこなかった、寂しそうな顔もしていたが今度は泣かさずに済んだ。
ただし今は少しご立腹な様子。
「若くて初々しい僕はどうしでしたか?」
「ど、どうって?」
あぁ… そっちにヤキモチ妬いてるのね?どうと言われましてもどう返事をすれば?
「相手が僕だからって手を出したりしてませんよね?」
「とんでもない!どれだけ辛い思いをして突き放したと思ってるの!?」
「抱き締めて“月が綺麗だね”… 良いお返事頂けましたか?」ゴゴゴゴゴ
「か、彼女は文学には疎いみたいでキョトンとしてるとこをこう炎でですねぇ?」アセアセ
思わず膝をついて両手を組み素直に謝ったのだがジトーッと睨まれてしまった、おぉ怖い怖い…。
でもすぐにニコッと笑い「冗談ですよ?」って許してくれたので一安心、相手は彼女なのだし誠意は伝わったのだろう。
「いつか、会ってみたいです」
「向こうの君?それはまずいんじゃ… いや俺の都合が悪いとかでなく宇宙の理的な意味でなんだけど」
「それもそうなんですけど?シロさんを助けてくれた人達に奥さんとしてお礼くらい言いたいんです“おかげで無事に主人が帰ってこれました、ありがとうございます”って」
なるほど、君らしい理由だ。
そうだなぁ、いつかまた会えるだろうか?糸目の彼にバイク乗りのオスペンギン、それからしっかり者のサーバルキャット。
あと…。
あの白衣の… あれ?
クソ、やっぱり思い出せない… まるでこの記憶にだけセキュリティが何重も掛けられてるみたいに。
…
船がゴコクに着いた、おじさんとはここでお別れ。
丁寧に礼の言葉を述べると。
「またいつでも言ってくれや!旦那には世話んなってるからよ!」
ってなんとも気持ちのいい返事を頂いた、海の男は大海原のように心が広いなぁ?なんて。
ところで俺達がゴコクに来るなんて理由は一つしかない、おそらく全てを知っている人に会う為だ、妻にもそれを知る権利があると思い着いてきてもらったのだ。
ただデートなのにも変わりはない、俺達は腕を組みゆっくりと歩いて目的地へ向かった。
こうしてただ並んで歩くだけでも俺は心が満たされる、二人で散歩ってデートとは呼ばないのかもしれないけれど、森の中は木漏れ日や空気が気持ちよくて隣の彼女をさらに美しく見せている、そんな妻についドキッとする俺にとってこれはデートだ。
そして…。
「あら?いらっしゃい二人とも、急にどうかした?今お茶を出すわね?」
「いえお構い無く、突然来てしまってごめんなさい… 先生には少し話したいことがありまして?」
「お茶は僕が出しますね?」
妻が台所に行った時、俺は尋ねた。
「教えてくれませんかカコ先生?LB System Type2について」
「知ってしまったのね… わかったわ、私もいつまでも隠せるとは思っていなかった」
その話は、例の異変… 遥か過去まで遡る。
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