ナリユキの話⑭
ユウキの父ナリユキ。
彼は多くの別れを経験した。
母が他界したのがその始まりと言えるだろう。
次に顔馴染みのセーバルがフィルター化して犠牲になり、その後すぐに残った超大型セルリアンとの戦いで尊敬する上司であり大学からの先輩のカコ、そして園長が消息不明となる。
慣れ親しんだ者達が自分の元から消えていく恐怖に耐えながら愛する人との日々を過ごすが、パークの隔離閉鎖が決定したことにより彼女とも離ればなれになる。
パークを離れるということは彼女だけではない… 見知った顔のフレンズ達とももう会えないということ、その時彼はパークでの忙しくも楽しかった日々は夢で、これから目が覚めて現実に引き戻されるという気分にまで落ちた。
最早彼にとってジャパリパークこそが帰るべき場所、母もいない海の向こうよりも愛する人のいるそこが彼の故郷だった。
しかし、恋人ホワイトライオンのユキは彼を一人にはしなかった。
島を離れれば消えることも承知で彼の乗るフェリーに忍び込んだのだ、それはすべて彼の為… ナリユキを一人にできないのと、自分も彼と離れたくなかったから。
事の真相は、諦めかけていた彼女にジャイアントペンギンのフレンズがお節介を焼いて言ったからだ。
「なぁホワイトライオン?私達も今はこうして体を保ってられるが、これもいつ限界が来るかわからない… だから行きなよ?もう会えなくなるくらいなら最後は愛する男の腕に抱かれて消えるんだ、どーせ消えるなら同じだろう? …しっしっしっ!大丈夫私達が協力してやるからさ?」
皆の協力もあり彼女は船が出る直前白く目立つその姿を巧みに隠し船に忍び込んだ。
彼と再会する頃すでに彼女は立つこともできなかった、このまま彼はまた辛い別れを経験することになるだろう… しかし、そこで奇跡が起きた。
彼女は島を離れても体を維持しフレンズのまま人間の世界へ共に降り立ったのだ。
彼も最愛の人と離れずに済んだことに安心して強く生きることを決めた、これからは彼女を妻として幸せにしようと固く誓った。
やがて二人は息子を一人授かり、ユウキと名付け家族三人仲良く暮らすことになる。
それはもう幸せだった、孤独になったはずの彼が妻を迎え子宝にも恵まれ暖かい家庭を築き上げられたのだから。
だが…。
それも長くは続かなかった。
彼はその日たまたま帰るのが遅く、妻と三才の息子は先に夕食を食べながら帰りを待っていた。
その時に事件は起きた、武装した男達数人が家に押し入りその内の一人が背を向け逃げ出した息子ユウキを背中から撃ち抜いたのだ。
「畜生の子供」
そう言われると当たり前みたいに幼かった彼は撃ち殺されてしまった。
それを見て怒りが爆発したユキは獅子の力を解放し瞬く間に男達を肉片に変えた。
彼が連絡を受け家に帰った頃全ては手遅れで、息子は大泣きする母に抱かれながら冷たくなっていた。
二人はまだ幼い息子を失い身を引き裂くような心の痛みを感じながら嘆き悲しんだ。
彼はこの時に、今度は愛する息子との別れを経験した。
だがその時妻のユキは言ったのだ「最後のワガママを聞いてください」と。
彼の妻、ユキは… 自分の輝きを全て息子ユウキに譲渡し自らを犠牲に子供を助けた。
失ったはずの息子を取り戻す代わりに、ずっと一緒だと約束したはずの妻を失った彼。
酷く自分を責めた。
なにがヒーローみたいな父親になりたいだ、息子も妻も守れなかったも同然ではないか?下手したら二人とも失ったかもしれない、息子だって妻が助けたのだから実質ヒーローになったのは俺ではない、妻の方だ…。
だからせめて妻の分まで息子を愛し、守り続けることを誓った。
だが更に数年後、息子ユウキが16になった頃だ。
ユウキに対する世間の風当たりはどんどん強くなる一方で、ユウキ自身もこんなことを繰り返していては何処にいても同じだと悟り始める。
ナリユキは苦渋の選択として、息子を閉鎖されたジャパリパークへ逃がすことを提案した。
このまま自分といても守りきれないだろう、どんどん立場は悪くなり下手すればまた銃を持った連中も来るかもしれない、カインドマンも手段を選ばなくなってきた。
そして何より… ユウキがもう限界だった。
その時また、彼は辛い別れを経験した。
妻の託した一人息子のユウキは自分の手から離れジャパリパークへ、自分はここに残り無事を祈ることしかできない。
妻は息子の為に消え、自分も息子のために敢えて離れる。
彼はまた孤独になった。
だが。
彼は今孤独ではない。
息子に再会したその時彼は既に結婚していて、すでに義理の娘のお腹には双子を宿していた。
息子どころか孫が二人もできて、家族が急に増えたのである、おまけにゴコクエリアにはあのカコが生きていると聞き彼は大層驚いた、孫が成人した現在も昨日のことにように思い出すことができる。
更にその数年後のことだ、すぐに不思議な事が分かった。
孫娘に妻と息子にそっくりなシラユキがいる、なんと彼女の中に妻が生きているというのだ。
実際に会って話したので間違いはなく、小さなシラユキの体には確かに妻のユキが存在していた、カコによればいずれ分離できるとのことだった。
国の関係でパークに滞在できない彼は息子とその妻、そして孫達とその中に生きる最愛の妻から離れまた海の向こうへ帰った、だがこの時既にそれは彼にとって些細なことだった。
彼は多くの別れを経験した。
しかしそれは永遠の別れではなかった。
家族がいる。
彼にはちゃんと家族が残っている。
…
昔々のこと、妻ユキが消えて息子ユウキが生き返りそれから数年が経ち、ユウキが小学校に上がる頃の事だ。
不安そうにしているユウキに彼は優しく教えたのだ。
「どうした?眠れないのか?」
「学校行きたくないよ」
「なぜ?」
「だってママのこと言われるし、そしたら頭にきてまた怪我させるもん…」
昔傷付けた少女の事がトラウマになっていたユウキ、さらに自分の生まれから母をバカにされ父もバカにされ後ろ指を指される。
これから小学校に上がるユウキにとってそれはどーせ繰り返されることだとウンザリしつつ、恐怖でしかなかった。
そんな彼にナリユキは言った。
「優しいな?ママも喜んでるぞ?ユウキが守ってくれるから」
「でも怪我させたらママのせいになる… そしたらまたママのこと言われるしパパがいっぱい謝らないといけない」
母を失い、片親だった為か歳のわりにしっかりとした考えを持っていた息子ユウキ、そんな優しい息子にナリユキはこんな言葉を送った。
「お前は家族思いだから、ママのこと言われてついカッとなるのはまぁ分かる、俺も嫌だよ… でもそれで相手を力で捩じ伏せるのはママも嬉しくないだろうなぁ?優しいユウキが自分のことで怒って誰かを傷付けてると知ったらママは悲しむ、お前と同じで優しいからな?いいかユウキ?お前は強い、強くて優しい… だからヒーローみたいな男になれ、大丈夫お前ならなれるよ?困ってる人がいたら強いお前が助けてやれ、お前のその強い力を守る為に使えばママはきっと喜ぶ… すぐになれとは言わない、でもちゃんと正義の心持ってればいつか必ずなれるさ?みんなを守れる立派なヒーローじゃなくていい、でも大事な人を守れるような男に、そんな小さなヒーローでいいんだ」
俺のように、誰も守れない無力な大人になるな…。
そんなことを訴え掛けるように彼は息子に道標を立てた、せめて少しでも手本になるような父親になりたかった。
自分の為にも息子自身の為にも、そして妻の為にも。
そしてその言葉を聞いた時、ユウキは彼に言ったのだ
「じゃあ、パパもヒーローだ!」
「俺が?」
「だっていつも守ってくれるし!お仕事の時みんなに頼りにされてるから!パパみたいになればいいんでしょ?頑張るよ!」
自分の意志が、息子にもちゃんと伝わっているんだなと… 確かに自分と妻の子なんだなと胸にじんと響いてきた。
なぁおふくろ?俺がヒーローだってさ?ダメな父親だって思ってた、親父と同じで家族を悲しませるダメな父親だって…。
でもユウキは言ってくれるんだ?パパはヒーローだって、パパみたいになるって。
俺は、本当にそんな父親になれたのかな?自分のことで精一杯で本当は何もできやしない情けない男なのに、それでもこの子は父として俺を誇ってくれるんだ。
まだ、遅くないのか?ヒーローみたいな親父になれるのか?
わかったおふくろ…。
ユウキが困った時いつでも助けられるように、俺もまた目指すことにするよ?
ヒーロー“みたいな”じゃない、ヒーローに… 息子にとってヒーローの父親に。
…
「父さん母さん、もう行くの?」
「あぁ堅苦しい会合があるからな?また来るよ、しっかり家族を守れよユウキ?」
「みんなにもよろしくねユウキ?」
老人となった今も、彼は家族の為に立ち上がる。
「いつもありがとう、父さん…」
パークの為に、いや… 家族が安心して暮らせるように。
「お前もなユウキ… ありがとう」
彼は多くの別れを経験した。
でもまた会うことができた、前よりずっと大家族になり愛する妻も隣にいてくれる。
彼にとってこれ以上幸せなことはない。
そして…。
「じいちゃん!」
「クロユキ、またな?奥さんにもっと気を使ってやれよ?あと子供の名前、ちゃんと考えとけ?」
「大丈夫、もう決めたからね?ミミとも話したよ」
「本当か?どんなだ?」
今度は曾孫が産まれる、もう十分に満足した彼にとって欲張りな気持ちになってしまうほどの朗報だ。
新たに産まれる命に、彼の孫クロユキはこう名付けるつもりだ。
「男の子ならヒロユキ、女の子ならミヒロにしようかと思うんだ」
「ヒロユキにミヒロか… いい名だが、なにか理由はあるのか?」
「うん、だってパパもじいちゃんヒーローみたいなものだから、男の子でも女の子でも二人みたいに立派になってほしいと思って」
子にとって親は目標であり、尊敬されるような人物でなくてはならない。
ナリユキの持論であり、その精神はユウキにも受け継がれている。
故にヒーローのように家族を守れる父親というものを彼は目指していた、そしてナリユキのそんな背中に憧れたユウキがそれを目指したように、クロユキもまた父ユウキの背中にそれを見て憧れを抱いた。
まだダメだ、こんなんじゃまだヒーローとは呼べない… そうして生きていく姿が子供にとってヒーローのように見えていた。
「なんだよ父さん?いい歳して泣いてるの?」
「お前もだろ?まったくいつまでたってもお前は…」
子が親の背中を見て育ったのはあるが、そもそも二人はよく似ていたのだろう。
そんな父と祖父を見てクロユキは照れくさそうに笑い、そんな二人の妻もそれを見て笑っていた。
「あんまり子供の前で泣き顔は見せらんないな、送るよ父さん?」
「ずっと息子の前で泣き顔見られる父親の気持ちになれ、まぁいい… 頼む」
「やっぱり、親子って似るんですね?お義母さん? …お義母さん!?」
「はわわぁ… みんな立派になって嬉しいですよぉ~グスン」
いつの間にやらユキまでもらい泣きし始め図書館周辺は暖かくも湿っぽいものとなった。
彼は多くの別れを経験した。
しかしそれは結果的に後の出会いにつながり、彼を幸せに導いた。
家族を思う彼の精神は息子に引き継がれ、さらに孫へと続くことで未来永劫伝えられていくだろう。
だから彼は多くの幸せを手にした。
きっと彼はこのまま残りの余生も幸せに過ごしていくだろう。
そして最期はたくさんの家族に見送られ、悔いは無いとその人生に幕を閉じる。
最期の瞬間、彼はさよならの代わりに言うつもりだ…。
ありがとうと。
…
「それでユウキ、なにか聞きたい事があるんじゃないのか?」
「わかる?」
「え、そうだったんですか?ママは全然気付かなかったですよ!」
今俺は二人の乗ってきた車両を父の代わりに運転して港に送り届けている。
でも父さんの言う通り実は単に見送りに出た訳ではない、恐らく父さんなら知っている少し聞きづらいことを聞こうと思っていたからだ。
「まず頼みごとが1つ」
「なんだ?」
「探してほしいんだ、ツチノコちゃんとスナネコちゃんがいまどこにいるのか、どんな状況なのか… 必要なら俺も一緒に行く」
「彼女達を?なぜ今更?」
そんなことは決まっている、クロの不安を解消するためだ。
アイツはかばんちゃんに似て勘がいい、もしかしたらもしかする可能性がある。
クロは助手の妊娠が発覚したときに言っていた。
「スナ姉… どうしてるかな?」
何か感じ取ったのかもしれない。
つまりスナネコちゃんとクロの間に子供がいるかもしれなくて、スナネコちゃんは人知れずその子を産んで育てているかもしれないってことだ。
もし既に俺に孫が存在するなら、その子になにかしてやれることをしたいと思ってる、これは既にかばんちゃんともよく話したことだ。
俺はまずその事を父に伝えた。
「なるほどな… わかった、ただ会うなら一緒に行こう?まず先に部下に探してもらう」
「OK、じゃあ頼むよ?」
「まだあるんだろ?」
「うん、これは単に父さんに聞きたいだけなんだけど」
次は質問、俺には気になって仕方のない事がある。
俺はある不思議な体験をした、そして忘れていたはずのその記憶を今になって思い出した… つまりその昔あったのではないか?
人間がセルリアンに対抗するための兵器。
「LB system Type2… 聞いたことある?」
「それ… どこで知った?」
「いやちょっとね、その様子だとどんな物か知ってるんだね?」
「俺からは何も言えん、先輩に聞いてくれ?ただし誰にも聞かれるんじゃないぞ?」
クロが父に例の夢について尋ねていたのを聞いて確信したことがある。
それは時間や世界がバラバラでもどこかに繋がりがあり、可能性があるということ。
例えばユキが話していた夢の話に“けものマーケット”とというのがあった、それはユキの夢の中だとかなり流行の波にのっていると言う感じだったそうだが、博士達が言うにはまったく流行らなかったのですぐに廃止したらしい。
それでユキが自信満々に復活させたようだが訳のわからんことをしてまたおじゃんにしたようだ、やれやれまったくあの子は勢いが過ぎる。
それにクロが話していた例のお姉さんの話だが、父さんが言うには本当に同じ名前の飼育員さんがいたらしいじゃないか?
いやそれが本人なのかはわからない、例えば今までクロが忘れていたようにその人も忘れているかもしれないし、たまたまクロは思い出したがその人は飽くまでその時パークにいた飼育員ってだけで、クロが会ったその人とは同一でもあり別人でもある可能性がある。
これは俺があの世界で知らないかばんちゃんに会ったからそう言える。
なぜ急にこんなことを思い出したのかな?なぜこんなことが起きるのかな?
まだ思い出せてない世界の記憶があるのかな?
あるとしたら知りたいという欲求と同時に、恐怖を感じるのも事実だ…。
きっといいことばかりではないだろう。
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