ナリユキの話⑪

「…?」


「ユキ?どうした?」


 そろそろ戻ろうかという時だった。


 ユキは立ち止まり空を見上げていた、何か不思議そうな表情で白い雲が浮かぶだけのいつもと変わらない空を。


 いつになく真剣な顔付きで彼女は言った。


「何か、来ます…」


「何か?」


 その言葉に俺も空を見上げるとその正体はすぐに姿を表した、かなりの速度で俺達の頭上を過ぎていく黒い物体をこの目に確かに焼き付けた。


 …ィィイン! 


 とそんな音が後から遅れて耳に入ってくる。


 あれはそう。

 

「戦闘機!…ッ!?」


 青冷めた俺の顔を見てユキもそれが良くないものだと察したのだろう、不安そうに俺の手を握っている。


「嫌なものですか?そうなんですね?」


「あぁまずい!まさか火山を爆撃しに来たのか!?」


 ユキを連れて急ぎ図書館に戻ると、すでに拠点はパニック状態になっていた。

 

 話が違う、四神の話は通っているはずだ。


 そんな怒号をあげながら通信をする園長の姿、このことから四神はすぐに火口から避難するようにと伝言を伝えるカコ先輩。


 どうやらお偉いさん方は神なんていう不確定な存在に頼るより実力行使にでたようだ、サンドスターそのものを害悪として処理する気だ、まるでほんの少しの問題でこれ見よがしに責めてくるみたいに。







 火山から、四つの影が飛び去った。


 東西南北それぞれを守る守護けもの、四神だ… スザクの腕にはセルリアンのフレンズセーバルが抱えられている。


 怒りを露にした神の声がエリア中に響き渡る、その声は俺の耳にも確かにビリビリと伝わってきた。



「愚か者共ォォォォォォオオオッ!!!!!!」



 四神はそれぞれの持つ力を解放していく、スザクは炎を渦巻くように巻き起こし、セイリュウは水柱を何本もあげ、ビャッコは竜巻を起こし、ゲンブは大地を揺るがしている。


 その姿に、まさか戦闘機を落とす気なのか?と不安がよぎった。

 だが四人は怒りを示しながらもそれをギリギリで踏みとどまっている様子だった。


 神として、人間を敵に回すことになるのはそれこそパークを破滅に導くことと考えていたのか、あるいはセーバルがそう説得していたからなのかもしれない。


 だがそんな四神の心も虚しく旋回して戻って来た戦闘機は。




 ついに火口に向かい爆撃を開始した。




 ボトボトと何か落とされる影が見えた時、すぐに爆炎が山を抉っていく光景が目に飛び込んできた。

 音は遅れて轟音を耳に届けその場にいる全員の鼓膜を揺らす。


 マジでやりやがった… とそう思った。


 俺達パークのスタッフも、フレンズ達も守護けものもその絶望的光景をただ眺めるしかなかった。

 ドカン… ドカン… って何度も聞こえる爆発音、火口から上がる爆炎、頂上からどんどん山が小さくなっていくのがわかる。


 それを見て聞いて泣き崩れる者、悔しさに雄叫びを挙げる者、呆然と立ちすくす者。


 最愛の人の手を強く握りその存在を噛み締める俺、それに答えるように握り返してくれる君。


 目の前の光景は自分達が如何に無力かを伝え、まるで地獄とはこう言うものだと教えてくるものに見えた。




 

 爆発が止んだ時、それは終わりかに見えた。


 がしかし…。


 否、それは始まりに過ぎなかった。



 強い地響きと共に大きな噴火が起きた、火口から吹き出しているのはどす黒いなにか。



 サンドスターロウだ。



 その光景にいよいよ表情に焦りの色を見せた四神達は話していた。


「やってくれたわね…」

 

 セイリュウの目付きがキッと睨むような物となり、山から吹き荒れるサンドスターロウに向けられた。


「石板に力を移して弱体化した我等にどれ程の力があるのだろうな… しかし、やるしかあるまい」


 ゲンブはそれでも尚冷静な口調で、その場に現れ始めた“それ”を迎え撃つ覚悟を見せていた。


「四神の総力戦じゃ、気張れよ!」


 ビャッコはビリビリと毛を逆立て、その左右で色の違う両の眼で前方に集まる黒いものを睨み付けた。


 そして…。


「我等はお前達を責めるわけではない… じゃがな?よく覚えておけ、これを引き起こしたのが人間で!なぜ我等がお前達に戦うことを禁じたのかということを!」


 スザクは神聖なる火山を抉り飛ばした奴等決してを許しはしなかった。

 だが今はそれどころではない、土煙が消え前方に現れたそれこそが安易に爆撃という力業に頼った末路…。


 スザクはそこに新たに現れた敵を倒すため、再び紅く神々しい羽を広げ全身に炎を渦巻いた。




 ォォォッッッ…!!!




 咆哮のような物を挙げるソイツの姿が目の前に露になる、見たことがなかった… ユキがパークの防衛に出るようになった頃もかなり大きいヤツもいるって話は聞いたが、こいつに至っては規格外。


「嘘だろ?でかすぎる…」


 俺は思わず腰を抜かしその場にヘタリ込んだ、だってあんなゴジラみたいなやつどうすればいいんだ?



 あんなデカイやつは初めて見た。



 超大型セルリアン…。



 四足で大地を踏みしめるソイツは通常のそれを遥かに凌駕したサイズ、そして尻尾のようなものをユラユラと揺らしそのいかにも硬そうな体が黒光りして、大きな目は俺達をじっと見下ろしていた。




 ォォォォォォ…!!!



 まず手始めに、声にならない不気味な音を出したセルリアンは上空を旋回してきた戦闘機に触手のようなものを伸ばして瞬時に墜落させてしまった。


 爆発こそしなかったが火口の付近に横向きに突き刺さり最早戦闘機としての機能は失われた、パイロットはギリギリのとこで脱出したようだ、パラシュートが海に向かい落ちていくのが見える。



 あれをなんとか倒さなくてはならないがしかし。



 四神は今、弱体化している。



 それでも並みのフレンズと比べればかなり規格外には強いが、彼女達はフィルターの為にその力を全エリアの火口に設置する石板に移してきている。


 最後は力を使い果たしここキョウシュウでセーバルと共にフィルター張り自らも石板になる。


 だが戦わなくてならない、目に見えた脅威が目前に現れたからだ。


 覚悟を決め、それぞれ化身の姿に変わった四神達は超大型セルリアンを一気に畳み掛けにいった。


 元々大きな化身状態の四神だが、ソイツに比べれば小さく見える。

 だがそれでもぶつかり、爪を振るい、噛みつき、強く締めあげた。


 一見その光景は四神の優勢に見えた、がしかしそれは大きな間違いである。


 削っても切り裂いても打ち砕いても無駄だった。


 ソイツはコアとなる石だけは硬く守っており、無限に吹き出すサンドスターロウを常に供給して体を再生させていくのだ、何度ダメージを与えても瞬時に回復されてしまう、神が相手をしてる今ですら劣勢だった。


「ダメだわ… 何度攻撃したところで決定打には至らない、火山から無限にサンドスターロウを供給している… このままでは四神も力を使い果たしてフィルターは張れなくなる、そうしたらパークからフレンズはいなくなり… セルリアンだけが残る」


 先輩は絶望的状況に地面に膝を着いたまま言った、困った時の神頼みというわけにもいかない… 今食い止めてくれているのがまさに神だからだ。



 どうしようもない、おふくろの時と一緒だ。


 

 手も足も出せぬまま結果だけが訪れる。


 だがそんな諦めモードの俺達の肩を叩き、激励してくれる子が一人…。


「諦めないで?四神をここに呼び戻して?」


 

 セーバル… この状況でもその目に光を灯し可能性を信じていたのはセーバルだった。


「セーバルにはわかる、あの子は海水に弱い… でも今は大きすぎる、だから先にきょーきゅーを止めよう?フィルターを張るんだよ?他の火山の準備は?」


「海に落とせと言うの?でもフィルターを張れば四神はいなくなる、そしたらあんなに大きなセルリアンを供給を止めたところでどうやって相手をすれば…」


「カコ?みんなならできるよ、あの女王を倒せたサーバル達や園長もミライもいる、たくさんの百獣の王もいる… セーバル頑張る、きっとできる、だから諦めるくらいなら戦って勝とう?ただ暴れるだけの子なら女王よりずっと簡単に倒せるはずでしょ?」


 セーバルの言葉に、諦めていたはずの皆の目に闘志が戻り始めた


 そうだ、諦めてなにもしないくらいなら!


 立ち上がりすぐに指示を出した先輩と園長、それに続きミライさんやフレンズ達も行動に移り始めた。


 百獣の王のリーダーは叫んだ。


「皆聞け!ヤツから飛び散った肉片は独立してこちらに襲い掛かる!仲間達を守れ!臆するな!私達は百獣の王だ!」


 チームの士気がぐんと上がっているのがわかった、ユキも含め多くのフレンズが「やるぞ」と言わんばかりに咆哮を挙げている。


 目は戦いに向けて輝きを灯し、全身に闘志を纏う… 普段の柔らかい雰囲気とは違う頼もしいユキを目の当たりにして、俺も腰を抜かしている場合ではないと覚悟を決めた。


「ナリユキさんは私が守ります!ここには一匹も通さない!」


「ユキ?髪留め持ってるか?」


「勿論です!御守りとして無くさないように大事にしまってます!」


「そうか、でも戦いに行くなら… 視界は良くしておかないとな?」


 白い薔薇の髪留めをユキから受けとると俺はそれを使い丁寧に彼女の前髪を留めてあげた。

 そうして露となった彼女の白いおでこにキスをして、小さな声で「無理はするな」と伝えた。


 愛する人が戦いに赴くのだから俺もまだ不安には違いないさ。


 だが、君が戦うのなら俺も俺のやるべきことをしなくてはならない。


「よしユキ、頼む!俺達を守ってくれ!」


「はい!」


 百獣の王達は迫りくる敵に立ち向かう。


 そして俺達は彼女達を信じてフィルターの準備を再度進めていく、幸い他の火山の石板の設置は今しがた済んだと連絡が入った、今ミライさん達がセーバルを連れて四神に作戦を再度伝えに行くため近づいているところだ。


 まずはフィルター… そこからが始まりだ。


「他の火山でも噴火があったようだが、とりあえず各エリア皆無事なようですね先輩?」


「えぇ、後はあれをどうやって海に誘導するのかを考えないと… 待って… 何か策があるはずなの」


 珍しく焦っている先輩も冷静さを取り戻すため目を閉じて深呼吸して考えている、俺も皆も意見を出し合い答えを導き出していく。


 今ヤツはご覧の通りキョウシュウのいろんなちほーに無差別な被害を出している、体から己の肉片のようなものを飛ばして劵属を生み出しては各ちほーで暴れ回り、本体は四神の攻撃に耐えている


 確か女王事件の時も黒いセルリアンはただただ破壊活動等を繰り返しフレンズを襲っていたはず、あれは女王の統制によって行われていたかがこいつらはどうだ?指示とかは無くて本能的に戦うことを強いられているのだとしたら、それはなぜだ?


 そうだ。


 俺は先輩と目を合わせてお互いハッとした、恐らく同じ答えに行き着いたんだ。


「目的を見失っているのね?」


「そう、輝きは奪う必要がない… なぜならそれは」


「「無限にエネルギーが供給されているから!」」


「だから供給を止めると?」


「本来のセルリアンと同じ動きに戻る… ですね?」


 答えは出た、つまりこうだ。


 フィルターを張った時点で次にヤツは輝きを奪うためにフレンズを狙い始めるだろう、もっと単純な言い方をすると虫みたいに明るい方へ進む… だが今はまだ日が高い、だからフレンズ狙いは間違いない。


 ただしそれも日が暮れるまでだ。


 それでも大勢のフレンズがここに集まっている、みんなで海まで誘導すればいい、場所はそう…。


「ゴコクエリアに続く橋、最悪の場合は橋ごと落とす覚悟で行きましょう!命に比べれば橋の一つくらいは安いものよ!」


「決まりだ! …通信?ミライさんか!」



 かなりいいタイミングで準備が整ったようだ、作戦を聞いたであろう四神がセルリアンから離れて元のフレンズ体に戻り火口へ戻っていくのが確認できた。


 

 始まるぞ、四神とセーバルの最後の大仕事が…。







 やがてフィルターが張られた時。


 俺達は近くにいるフレンズを集めいっせいに超大型セルリアンの誘導に入った。


 だが、俺はその時みんなとはいなかったんだ。


 四神が火口へ戻りこれからフィルター張るぞって時だ、スゲー勢いで火口へ向かう男を見掛けたんだ?小さい劵属もまだ残ってたし「危ないから戻れ!」って連れ戻すためにかなり離されながらも追いかけた、途中ユキとも合流して二人で火口まで走った… それどころではないと思ってたけど彼女が無事でよかったとほっと胸を撫で下ろしたものだ。



 そうして追い続けて俺達がそこに到着した時、男は石板抱えて泣き崩れてた…。


 

 あれは東方の守護けもの四神セイリュウ、男の方は見覚えがあった… この時あぁそういうことだったのかって思ったよ。


 雨の日も風の日も飽きもせず同じ方向へ向かう男をしばしば見ていた、ユキと住んでからもそれは変わらない… 俺の留守中にユキも見たと言っていた、これで合点がいった。


 彼はセイリュウ様のとこへ毎日足を運んでたんだ、神だろうが女性には違いない。

 俺がユキを愛するように彼もセイリュウ様に死ぬほど惚れていたんだろう。


 そしてそんな彼とセイリュウ様の理不尽の別れに、俺とユキはたまたま居合わせた。





 しばらくして落ち着いた頃、ユキの護衛で彼を連れて下まで降りた、その時遠目から見えたし仲間から無線が入ったからわかった。


 作戦成功。


 ゴコクエリアへ続く橋は崩れ落ちヤツは見事海に転落、岩みたいになって沈んだそうだ。


 だがその代償は… 園長とカコ先輩の行方不明というものだった。


 日が落ちて明かりで誘導することになってしまいフレンズ達を逃がした後、二人は最後にジープのヘッドライトを使いヤツを橋まで誘導したそうだ。


 しばらくしてセルリアンが落ちたのを確認、二人を救出に向かったが姿が無く共に落ちたことを危惧してイルカのフレンズ達に探してもらった… がそれでも見つからない。



 二人は行方不明となった。


 




 

「ここで何があったんだ…」


 翌朝。


 崩れた橋の前で一人海を眺めた、無論そんなことをして二人が帰ってくるわけではない。


 俺が研究所に帰ると二人が普通にコーヒー飲んで笑ってるとか、そんなことも全くないだろう。


 だが海洋フレンズが血眼になって探したんだぞ?なぜ見つからないんだ?


 これは飽くまで行方不明、二人は生きている… そんな気がしてならない。

 

「ナリユキさん?」


 そんな風に黄昏ている俺の後ろから、優しく名前を呼ばれて振り向いた。


「ユキ…」


 呼ばれて振り向くと、ユキが心配そうな顔で俺を見てた。


「風邪をひいてしまいますよ?今日は海風が冷たいです」


「そうだな、今行くよ… もう帰ろうか?ユキ?」


「はい…」




 セーバルや先輩、園長も四神も… その犠牲の上にパークの危機は脱した。


 これで大丈夫、復興して前みたいな楽しいジャパリパークに戻していけばいいんだ、その間に二人も見付かるかもしれない。


 ゆっくりゆっくり… 時間がかかってもいいからゆっくりと戻していけば。




 でも…。



 

 この異変が原因で、ほんの数日のうちにジャパリパークの隔離閉鎖が決定した。


 国からの指示だ。


 つまり、俺達はこの楽園を捨てなくてはならない。



 大切な人を置いたまま…。

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