ナリユキの話⑩

 俺とユキがそういう関係になり数ヶ月が過ぎた頃だった。





「じゃあユキ、無理するなよ?」


「はい、ナリユキさんも外を歩く時は気をつけてくださいね?いってきます…」


 そう言い残すとユキは多種多様な大型猫科フレンズ達の群れの中へ歩いていった、いるのはどのフレンズも戦い慣れた歴戦の猛者達でパークに迫る脅威に立ち向かう勇気と力を兼ね備えている、ユキもその1人だ。


 “百獣の王の一族”


 彼女達は各エリアやちほーへ出向き先陣を切り戦う、ユキもそんなチームのメンバーだ。

 

 ユキは今百獣の王達と肩を並べてパークの防衛に勤めている、送り出してからしばらく顔を合わせていない… ただ強い彼女達はまだ誰1人やられていないと聞いた、ということは少なくとも無事ということだ。


 そもそもそんなことになったのはここ数ヶ月の間にセルリアンの数がやけに増えたことにある、都市部にまで現れることもありこんな状態ではパークに一般客を来場させるわけにもいかず、そのまま一時的な営業停止になってしまった… 今じゃまるでゴーストタウンのようだ。


 ユキ達フレンズが戦ってる間に俺は俺でセルリアン対策の為に先輩を筆頭に研究を続けなくてはならない、すぐにでも行って抱き締めてやりたいところだが成果が出ていない以上俺達にできることはない、彼女達の足を引っ張るだけだ。


 俺達は今それぞれの役割を果たすために離れ離れ、ユキにはユキの俺には俺のやることがあるのはわかっている、が… 何日も姿が見えないと流石に心配にもなる。


 前と違いセルリアンは倒しても倒しても湧いてくると聞いている、それどころかいろんなタイプのやつもいて一筋縄ではいかないらしい、軍隊の出動も決定したそうだ、大元である火山を爆撃する話すら上がっている。


 馬鹿げている!ぜそこまでする必要があるんだ、神聖なサンドスター火山を?国は何を考えてるんだ?


 そんなことしたらフレンズが消滅する可能性だってあるのに…!





「馬鹿なことを言わないで!」


「大真面目に言ってる、他に方法はないよ」



 そんな時俺の耳にドアの向こうから口論するような声が聞こえた。

 渡り廊下だ、この声は先輩?声を荒げるなんて珍しいと思いそっとドアを開け外を覗きこんだ。


 そこには先輩と1人のフレンズがいた、全体的に緑色が目立つ彼女、そんな彼女に向かい大きな声で先輩が言う。


「犠牲なんて必要ない!私がなんとかしてみせる!」


「私はセルリアン、セルリアンのセーバル… セーバル意外に適任な子はいないよ?そーでしょ?」


「あなたはフレンズでしょ!みんなとなんら変わりはない!みんな等しく私が守ってみせる!私は犠牲なんて絶対に許さない!」


 セーバルと先輩…?話しているのはまさか例の人柱の件か?彼女は自ら名乗り出たって言うのか?下手したら一生死ぬこともなく生きているわけでもない状態になるんだぞ?正気かあの子!?


 だがそんなことは皆がわかりきっていること、セーバルだけではなく皆が同じように思っていたはずだ。


 “いっそ自分が”って…。


 だから、彼女は言った。


「みんなが大好き… セーバルはみんなを守りたいの、女王の時サーバル達が受け入れてくれたから助かった命… みんなの為に使わせて?」


「お願い、考え直して?なぜセーバルが犠牲にならなくてはならないの?ならいっそ私が代わりに!」


「カコは人間だから無理だよ? …それにもう四神にも話してある、セーバルがんばるから?またみんなの笑って過ごせるパークに戻してね?頼んだよ?」


 セルリアンのフレンズセーバル… 幼くも見えたあの顔付きが今やすべてを覚悟し吹っ切れた清々しい顔に変わっている。

 そんな彼女の覚悟と気持ちに泣き崩れる先輩、正直者聞いていて俺も胸が痛い。


 フィルターの件… もう実行で話が固まっているということか。




 四神のフィルター。


 各エリアにある火山の火口に対し東西南北それぞれに位置する四神の力の宿った石板を設置していく。

 すべての火山に石板の設置が終わったあと、四神は残るすべての力とフレンズ1人を代償に最後の火山、キョウシュウエリアの火口に浄化のフィルターを張る。


 その時キョウシュウエリア意外の火山に設置した石板に連動し全ての火口に浄化のフィルターを張ることができるというものだ。


 犠牲になるのはセーバルだけではない、パークの為に四神もその肉体を失い最後の火山で自らを石板の姿に変えることになる、四神が火口を1人でも離れるとフィルターは機能せず全ての火口からフィルターが消えてしまうからだ。


 故に… 物言わぬ石板としてそこに自ら眠りに着く。


 恐らくそれは、目覚めさせてはならないという意味で永遠の眠りとなるだろう。



 もどかしい… 何もできないなんて。



 結局俺達人間はフレンズにおんぶに抱っこな状態でないとパークに住むことができないんだから。


 セルリアンに対抗できるのもフレンズ、火口から吹き出すサンドスターロウをなんとかするのにも四神のフレンズに任せきらなくてはならない、それどころかセーバルまで…。


 せめて何か手伝えないのか?セーバルが言ったように元の楽しいパークに戻す方法は?


 





 ある日、俺は考えた。


 サンドスターの力を対セルリアンに有効な武器や装備に使えないのかと、そうすれば俺でもユキやみんなを守れるし肩を並べて戦える、背中を預けてくれる。


 お芝居じゃなくて、本当のヒーローになれるって。


 だがそのことを先輩に伝えてもあまりいい反応が得られなかった。


「ダメよナリユキくん… それだけはやってはいけない」


「なぜですか?フレンズに任せきりなのは先輩だって本意じゃないんですよね?」


「もちろんよ?でも、ダメなの… 今すでに戦いに身を投じているユキちゃん達フレンズの力を利用して自分たちの戦いの道具を作り出すなんて… そんな業の深いことをしてはいけないわ」


 守れるならそんな罪はいくらでも背負う覚悟は俺にもあった、てもそれは先輩も同じで前に守護けもの会議の時に似た案を出したらしい、試作品だってあったと聞いた。


 しかし守護けものたちはそれをよしとせず、人間には戦うことを禁じた。


 なんでもパークで起きた異変はフレンズ達の責任であり解決もまた同じであるとのことだそうだ、なによりサンドスターを戦いの道具に使うことを守護けもの達は許さなかった。


『気持ちは嬉しいが戦い意外のことで力を貸して欲しい』


 という守護けもの達の意見を尊重し先輩も考えを改めた。



 俺だってそんなことくらい承知の上さ。



 でも仲間が困ってる時に指咥えて見てろってのか?


 ユキが戦ってる時に… 机にかじりついて進みもしない研究をコーヒー啜りながら続けてろって言うのか?


 そんなの悔しいだろうが!


 俺にはなんの力もない、人間ってのは本当に無力だ…。



 くそ…ッ!









 だがある日、俺はユキと再会することができたんだ。


「ナリユキさん!」


「ユキ!無事か!怪我は?なんでもないのか!?」


「大丈夫です、ナリユキさん?私平気ですよ?もぅ苦しいですよ?そんなに寂しかったんですか?フフフ、おんなじですね?昨日なんてこっそり泣いちゃいました」


 抱き締めた。


 正直不安で仕方なかったんだ、だって大事な人が戦いに身を投じているんだから。


 セルリアンとの戦闘で死ぬことはないフレンズだが、サンドスターを全て奪われてその姿と記憶を無くしてしまうことがある。

 

 もしユキが敗北した場合ただのホワイトライオンになるんだ。


 その時、俺と過ごしてきた日々はまるで俺が見ていただけの長い夢だったみたいにユキの中から消失する。


 再フレンズ化してもそれは変わらない、姿はユキそっくりのホワイトライオンのフレンズになるかもしれない、しかしそこにいるのは実質別人のホワイトライオンのフレンズとなる、俺やみんなのことも全て忘れ自分がなぜそこに存在しているかさえわからない。


 それは俺の中でユキの死を意味しており、ユキにとっても俺の死となるだろう。


 つまり… その時俺はまた大切な人を失い、あの辛い孤独を味わうことになる。



 だから抱き締めた。



 二度と離さないつもりで強く強く抱き締めていた。







 再会を喜んだのも束の間だ、こうして会えたのはとうとう四神がフィルターの件で踏み出すからで、俺達はそれを見守り観察し、データを取らなくてはならない。


 その為にキョウシュエリアに集合した。


 ユキ達百獣の王はその護衛。


 守護けもの、百獣の王、そして人間がこの場で手を組んだ。


 一世一代の大仕事になるだろう。



 手順としてはまず各エリアの火口に四神の力が込められた石板が設置されるのを待つ、四神はそれまでキョウシュウの火口でそれぞれの方角にて待機。


 ユキ達は周囲を警戒、と言っても特にすることはない… 四神が邪魔をされては困ると一晩かけてキョウシュウエリアのセルリアンを一掃したので流石にしばらく出現が確認されていない、まぁそれでも念のためである。


 俺達は科学者チームはジャパリ図書館で待機、不足の事態に備えつつそれぞれのエリアから設置の連絡を受け取りそれを火山にいるスタッフに通達、そして最後には四神に行き届く。


 ここにはミライさんもいる、セーバルの特に仲の良かったフレンズ達を連れ別れの挨拶がてら地下室で資料をあさりセルリアンとフレンズの関係性を調べている。


 フィルターは火山から無尽蔵に沸きだすサンドスターロウを封じてくれるが完全に防いでくれるわけではない、防がれたロウはどこかしからの場所から出てくるかもしれないし、サンドスターに浄化できるということは逆もまた然り、ロウに汚染することもできる。


 つまり、フィルターを張ったからと言ってセルリアンが消えるわけではない、住めるくらいにはまともになるが。







 あれこれ部下に指示を出したり、少しバタバタして余裕がない… そんな時だった。


「ナ~リユキさぁん?」←抱きぃ


「うぉわ!?なんだ!?ユキ?」


 後ろからこそっと近づいていたのか抱き締められた俺は驚いて跳び跳ねた、そんな俺の反応が楽しかったのか締め付ける力がだんだんと強くなっていく、顔は後ろにいるため見えないがムスッとした話し方で彼女は言った。


「せっかく会えたのにつまらないですよぉ~?一緒にご飯でもどうですか?」


「つまらないって君な…」


 なんだ随分余裕じゃないか?そりゃ護衛できたのに黙って突っ立ってるだけじゃ退屈にもなるか… でもな、でもだからと言って俺も同じように暇なはずはないんだ。


 構ってやりたいのは俺もなんだが残念ながらいかんせん余裕がない、このパークの命運が掛かった緊迫感のある現場、しかも周りではせかせかと働く部下や同僚、そんなみんなの手前恋人とイチャイチャするのはナリユキ研究主任の名誉に関わる。


 心苦しいがお引き取り願うしかあるまい。


「ほらほら離れてくれ?悪いが今はご覧の通り飯を食う暇もないくらい忙しいんだ、構ってやれないから後にしてくれ?」


「冷たい… 時間と距離がナリユキさんを冷たくしてしまったんですね…?」


「馬鹿なこと言うなよ?ちゃんとほら…」


 ボソッと「愛してるよ」と言ってはみたが、ワガママモードに入ると残念ながらユキは結構面倒な感じになる。


「なんですかー?小さくて全然きこえませーん?」


 何て言いながら耳をピクピク動かしている、その耳で聞こえないなんてこたぁないだろうまったく…。


 全部また君と暮らす為にも頑張ってるんだぞ俺は?わかってくれよパークの危機だ。


 もしパークを捨てなくちゃならないなんてことになったら俺達は…。


「ユキいい加減にしてくれ?ちょっとくらい我慢してくれないか?子供じゃないんだ、これが上手くいかないと俺達はまた離れ離れになってしまうんだぞ?」


「それは… その、はいごめんなさい…」


「いい子だ、君ももう少し緊張感を持ってくれ?帰ったら好きなもの食べに行こう、作れと言うなら頑張るから… いいな?」


「はい…」


 トボトボと行ってしまう、追いかけて今度はこっちから抱きしめてしまいたい。


 胸が痛む、だがここで俺だけが抜ける訳にはいかない… すまないユキ。


 やがてユキは1人さみしい背中を見せながら図書館に入ってしまった。


 さて続きだ… そう思い皆の方を向き直すとなにやらニヤニヤとしながら1人が言った。


「主任、構ってあげたらいいじゃないですか?」


「何言ってんだイチャイチャしてる場合か」


 冷静に言い返してはみたがそれに便乗して何人か声をあげ始めた。


「そーだぞナリユキ~?女を泣かすな!」

「寂しかったんだろお前も?行けよ?」

「そうだよ、こんなときこそ息抜きだぞ?一発決めてこいよ」


「いやしかしだなぁ…」


 渋っていたがそこに現れた人の言葉に俺はすぐに図書館へ走ることを決める。


「ナリユキくん、ここは私に任せて?お昼にしてきたら?」


「先輩… でも」


「いいから追いかけなさい!命令よ!」


 ハッと目が覚めたような気持ちになった、皆に背中を押されてユキの側にいてもいいのかと思うと何も言わずに走りだしていた、体が勝手に動いてた。


 強がってはいたんだ、本当は切羽詰まっててユキとの時間を過ごしたかった… 笑顔に癒されたかった、こんなときこそ他愛のない話とかただ森の中を手を繋いで歩いたりとかしたかった。


 寂しかったのは俺の方で、もしかしたらユキは俺のそんな弱いところに気付いていてわざとあんな風に話しかけて来たのかもしれない… どちらにせよ、ゴメン。


「ユキ?」


 中に入るも見当たらない、どこだろうか?確かに入ったのは見えたのに。

 図書館の中心には苗木みたいだったはずの木がまさに“木”って見た目に成長していた、これもサンドスターの影響で成長が早いのかもしれない。


「お前は科学者… 確かナリユキとか言いましたか?」

「どうしたのである?なにか進展ならば聞かせるのである」


 フワリと降りてきたのはアフリカオオコノハズクとワシミミズクだ、島の長… まぁ申し訳ないが今二人に用はない。


「いや、ユキが… ホワイトライオンのフレンズが来なかったかな?」


「あぁ… それなら地下室なのです」

「ミライが資料を漁ってるので、一緒にいるはずである」


「地下室か、ありがとう」


 ボンヤリと明かりの付いた階段を降りてドアを開けるとすぐに声がした。


「あ、ほら!」


「え…?ナリユキさん!」


「さっきはすまないユキ、みんなが時間をくれたんだ?怒ってなければほら、何か食べて話でも…」


 ミライさんが山のような資料の影から顔を出し、ユキはその側に立ち目を丸くしてこちらを見ている。

 彼女は拗ねると露骨に「知りませーん」って態度で距離を取るクセがあるから、こうして素直に謝って逆にこちらからお願いすることが多い。


「ユキ?本当は俺も二人の時間がほしかったんだがこんな状況だろ?みんなが頑張ってるのに俺だけ休むなんてできなかったんだ、言い訳がましいが本当にゴメン、どうか許してくれないか?この通りだ…」


 ミライさんの前で照れ臭いがこうして気持ちを伝えた上で誠意を持って頭を下げた。


 ユキは優しい、ちゃんと謝ればちゃんと許してくれる。


 いつもそうなんだ。


「ナリユキさぁん!私こそワガママでごめんなさい!」ガバァ


 ほらね?


「わっとと… ハハハ、いやいいんだよ?ありがとうユキ、さぁ行こう?」


「はわわ~… お姫様抱っこで上まで連れてってください?」


「落ち着け… ミライさんもゴメン、邪魔したね?」


「いえいえフフフ、ごちそうさまですよ?私もそんな風にフレンズさん達に埋もれてみたいですねぇ…」


 まったくミライさんは真剣な顔してるかと思ったら通常運転だったな。


 礼を言うとユキを抱えて階段を… 上がれなかったので並んで歩いて普通に登った、でもエスコートしたので許して欲しい。



 こんな状況でも、ユキとこうしていたらなぜか平和な日々を過ごしてる気分になる。


 ユキの優しい笑顔はセルリアンをバタバタ倒してるとは思えないほど穏やかで、パークもこれから大きな事が起きるだなんて思えないほど静かで平和だ。



 そうだ…。



 これは嵐の前の静けさというやつだったのかもしれない。


 そんな時に、俺達は呑気にラッキーが持ってきたジャパマンを食べながら森を散歩していたんだ。



 手を繋ぎながら、きっとこれからもずっと一緒だと信じて疑わぬまま…。

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