ナリユキの話⑨

 食後には散歩などして並んで歩き、同僚に見付かっては切り替わりが早いなと苦笑いされたり、ユキの知り合いのフレンズにも冷やかされたりしてはまた二人で照れて頬を赤く染めたりしていた。


 ただ皆総じて言ってくれるのが、ユキの服装が可愛いということと似合いのカップルだということ。


 言われてみると嬉しいものだ。





 公園にはソフトクリーム屋さんがあり、さっきいいだけ食べたはずのユキはそれを物欲しそうに眺めていた。


「ハハハ、ユキ?さてはまだ食べたりないんだな?」


「あの… いえ、そんなことは…」


「まぁデザートは別腹とも言うしな?いいよ?食べようか?どれがいい?」


 気まずそうにチラチラソフトクリーム屋さんを見ていたユキだったが、その言葉を聞いた瞬間ぱぁと花が咲いたように笑顔に変わり目はキラキラと輝いていた、その言葉待ってました!って顔だ。


「あのあの!じゃああれ!チョコとバニラのミックスの長いやつがいいです!」


「ハイハイ… すいません?1つください」


 注文の際1つという部分が引っ掛かったのかユキは少し申し訳なさそうな顔をしていた、確かに今日は何かと出費が多いが別に節制してる訳ではない、単に食ったばかりの腹では食べる気にならないだけである。


「ナリユキさんも食べましょうよ?」


「いや、結構食ったしな?君から少しもらうよ… いいかい?」


「シェアですか?もぅ、じゃあナリユキさん反対からお願いしますね?///」


「そうだけど交互に食べような?」


 あれだろ?「ほら… そっち溶けてるぞ?」って舌同士が触れ合いそうなやつだろ?

 それはさすがにいい大人が公衆の面前でやる勇気はない、同僚もどこで見てるかわからんし一応ここの職員としてフレンズと大っぴらに学生みたいなイ~チャコラするのを見せ付けるわけにはいかない… 俺はほら、一応主任だから。


 ってデートなんかしてる手前説得力はないがとにかくそういうのは見えないとこで二人きりの時でやる方がいいだろう。


 こればかりはフレンズだからとかとか関係ない、単に恥ずかしい。





 並んでソフトクリームを食べた後、俺達はまた歩きだす。


 何も食べてばかりではない、ちゃんと景色の綺麗なとことか通りにある雑貨屋さんとかにも立ち寄ったりした、行き当たりばったりなデートだったが日も傾いてきて結構歩いたから今日はここで〆だ。


 最後は高台にある都市部が一望できる場所へ来た。


 そこのベンチに並んで座り、夕日が沈みかけて金色になった空をユキと二人で眺めた、夕日に照らされた彼女の髪はまるで今空に浮かんでいる雲のように黄金色こがねいろに輝いて見えた。


「綺麗ですね?」


「見飽きてないか?君は自然の中で何度も見てるだろう?」


「こうしてナリユキさんと見る景色は見慣れていてもいつもと違うんです、隣にいるだけで違って見えます… いつもより綺麗」


 正直景色なんてどうだってよかった、だって隣にいる彼女の方が何倍も綺麗で、景色そっちのけで隣にばかり目が向いていたから。


 そんな俺の視線に気付いたのか、ふとこちらを見て君は優しく笑いかけてくれた。


「どうかしましたか?」


 どうもしてない、見とれてたんだ… だから誤魔化したりせず正直に答えた。


「いや、君の方が景色よりずっと綺麗だなって… そう思ってたんだよ?」


「もぅ、お上手ですね?そんなことみんなにも言うから私はいつもヤキモチを妬いてるんですよ?」


 違う… 普段ノリで言ってる軽い言葉じゃなくって、これは君だけに送る正直な気持ちを伝える言葉だ。


 今更軽口ばかり叩いていたことを後悔してきた、こんな風に本当に伝えたい時重みが無くなってしまう… やはり大事な言葉は決めた相手にだけ真剣な気持ちで伝えなくてはならないということだろう。


「お世辞じゃない、見とれてたんだ?昨日からずっと君のことばかり見てる」


「私はずっとナリユキさんのことだけ見てました」


「敵わないな、ユキには」


 少し申し訳なくなったというわけではないが、照れ臭くって話題を変えて夕食の話をすることにした。


 俺が唐突に「なに食べたい?」なんて聞くものだから、彼女はクスクスと笑いながら「うーん」と目を閉じて考えた。


 答えは意外にも庶民的。


「玉子焼きが食べたいです」


「昨日も玉子焼きだったぞ?好きだな…」


「本当に美味しいんですよぉ?なにより愛情がこもってます、どうしてあんなに美味しい玉子焼きが作れるんですか?それに玉子焼きのおにぎりなんてお店に行っても売ってませんでした!」


 どうしても何も普通に作ってるからなんとも… おにぎりに関してはそうだな、特段不思議な組み合わせでもないが確かに珍しいおにぎりだったかもしれない、最近はいろんな具のおにぎりもコンビニなんかではよく見かけるが玉子焼きはあるかわからない。


 俺が玉子焼きのおにぎりが好きなのには理由がある。


「実はあれな、おふくろがよく作ってくれたんだよ?」


「あ、お母さん…」


 母の話題に少し気まずそうな顔をしたので、そこは勝手に始めたのは俺だから気にしないでくれと伝えた上で話を続けた。


 遠足の時とか弁当が必要なタイミングでは必ず玉子焼きのおにぎりがあった、俺はそれが好きでよく3つのうち始めに食べたのが玉子焼きならラッキーだなんて占いみたいなことをしていたものだ。


 玉子焼きのおにぎりが普通だと思っていたし、みんなも当たり前に食べているかと思ったらそんなことはなく… これが珍しいおにぎりだと知ったのは高校で弁当が当たり前になった時だった。


 まさにおふくろの味だ。


「それで玉子焼きのおにぎりだったんですね?」


「あぁ…」


 もう作ってもらうこともないんだけどな、こっちにきてから今まで自分で作ってきたが、やっぱりおふくろの味には勝てないものだ。

 これは越えられない壁というより、食べた時にこれだってしっくりくるのおふくろの味なんだ。


 もう… 食えないけど。


「ナリユキさん…」


「いやすまない、暗い話にするつもりはなかったんだ」


 少しの間だが、またおふくろの死を思い出してしまい気分が沈んでしまった。

 ユキといることでそんな気持ちもしばらく忘れられたが、改めて話すとやはり落ち込んでしまうものだ。

 こんなつもりではなかった、ユキの前でこんな顔をしたくない、心配をかけてしまう。



 だがその時。



 ギュッと体が暖かい感触に包まれた、妙に安心するまさに包まれたような感覚を全身に感じた。



「ユキ?」


「私… 私じゃお母さんにはなれませんけど、私がそばにいますから」


 ユキは座る俺の後ろからギュっと包み込むように抱き締めてくれたんだ、とても心地よく寂しさが安心に変わっていくのがわかる。


「ユキ… ありがとう」


 後ろから伸びる手に優しく触れ、俺も彼女を決して一人にしないことを誓った。




 そこで、実は用意したものがある。




 デート中にこっそり買っておいたプレゼントを渡したい、高価な物でもないちょっとした小物だが… 喜んでくれるだろうか?


「ユキ、こっちにおいで?」


「なんですか?」


「いいから、ほら」


 立ち上がり後ろにいた彼女の手を取るとまっすぐ手摺の方まで誘導した、夕日はさらに彼女を優しく照らしている。


 スッと前髪に触れ額がよく見えるように寄せてみる。


「うん、可愛いな」


「え?あの… どうしたんですか?」


「いやちょっと渡したい物があるんだ」


 「ハイ…」という小さな返事を聞くと、俺はポケットから例のプレゼントを取り出した。


 本当はさ?目を閉じてもらってその間に… みたいなことしたいんだけどよく考えたら鏡がない、仕方ないので先に手渡しだ。


「はい、これ」


「はわわ… これは?」


 白い薔薇の装飾が付いたヘアピン… 髪飾りというやつだ、ユキは髪が多いからこれで前髪を止めてやると似合うかな?と衝動買いしたもの。


「プレゼントさ、こっそり買っておいたんだ?つまらない物だけど、受け取ってくれるか?」


「つまらないだなんて!?ずるいです~!いつ買ったんですかぁ?今日はずっと一緒だったのに?あのあの… ありがとうございます!はわわ~…?お花ですか?可愛いですね?でもあの!これどうやって使うんですか?」


「なんだわかんないのか?ハハハ、髪留めだよ?着けてあげよう」


 俺は不慣れながらも彼女の前髪を寄せて手に持つ髪飾りで止めてみた。


 白い薔薇が彼女の白髪によく映える、顔もよく見えて印象が変わるとついドキドキしてしまった。


「ど、どうですか?」


「予定よりずっと可愛いなぁ… さすが俺ってこういう時センス半端じゃないよな?」


「本当ですか!?はわわ~///さすがナリユキさんですね?でもその言い方はつまりこういうの一回や二回じゃないってことですよね?」


「こ、言葉のあやだ… 怒るなよ?あれ?怒った顔も可愛いなぁ?」


 と誤魔化した後笑顔に戻ったユキから何度も感謝の言葉を貰った、こうしていると本当にただの女の子で、その姿に思わず彼女の肩を抱いた。


「でもどうして白い薔薇なんですか?」


 少し間を置いてからふとこちらを見上げ不思議そうな顔で尋ねてきた。


 勿論理由ならある、何も白くて似合いそうだからってだけで適当に買った訳ではない。


「花言葉ってあるんだが、知ってるか?」


「お花がおしゃべりするですか?」


「ブハッ!いや違う違うまぁ聞いてくれ?」


 真顔で言うなよ笑ってしまったじゃないか。


 それでは改めまして…。

 ナリユキさんで、ホワイトローズの花言葉です!


 どーぞ。


「白い薔薇には“純潔”とか“深い尊敬”って意味があるんだよ?ユキは純粋だし、よく助けられるから尊敬もしてる」


「お花にも意味があるんですね?」


「そう、それから“わたしはあなたに相応しい”って意味もあるんだが… 俺は君に相応しい男でいられてるかな?」


「勿体無いくらいです、私がナリユキさんでないとダメなくらいで…」


 そんな言葉に少しホッとした気持ちになってから、俺は話を続けた。


 薔薇は色によって意味が異なる、つぼみでもまた意味が変わるほどだ。


 例えば赤い薔薇は愛とか情熱、つぼみだと純粋な愛に染まるだとか。


 白い薔薇はつぼみになると純潔という意味のさらに上をいく意味、“恋をするには幼い”とか少女時代みたいな意味になる。

 

 詳しいだろう?中学生の頃かっけーなって覚えたんだけどキモがられたからそれ以来封印していた。


 それでだ、ならホワイトローズより情熱の赤い薔薇が良かったんじゃないか?と思うだろ?その通りさ、普通はな。


 でもやっぱりユキは白がイメージカラーだし、こっちの方がいいかな?って思ってのプレゼントだ、それに…。


「色や本数、咲き具合によっても意味が変わる薔薇だけど、ひとつだけ揺るがない薔薇そのものの意味があるんだ」


「なんですか?」


「“愛”と“美”だ… ユキ?俺はなにも君の優しさに甘えて好きだと言ってるつもりはない、ちゃんと君のこと愛してる… それに君を見る度思う、綺麗だよユキ?君はすごく綺麗だ」


「はわわ~!?///もぉ~!今日のナリユキさんはそういうのばっかりで私一日中ドキドキしちゃってるじゃないですかぁ…!」


 髪飾りのおかげでよく見えるようになった彼女の赤くなった顔、見られてると思うとさらに恥ずかしいのか両手で覆い指の間からチラチラと目が合うのが分かる。


 そんな姿があまり可愛らしいので、俺は彼女をグッと抱き寄せその手を優しくどかすと。



 顎を少し浮かせ、そのまま唇を重ねた。






 彼女といることで幸せな日々が待っていた。


 夕食はジャズの流れるレストランとかキザッたらしいことも考えていたのだが、ユキはどうしても玉子焼きがいいみたいなので二人で買い物をして帰ることにした。


 その時お店でミライさんとバッタリ会っておふくろのことで心配の声をいただいた、ユキは少し気まずそうにしていたが俺が「ユキが側にいるから大丈夫だよ」ということをミライさんと話してるのを見て安心感を得ているようだった。

 ミライさんミライさんで俺達を見て「フレンズさんとイチャイチャできるなんて羨ましいです」とヨダレを垂らしていた、通常運転に思わず笑えてくる。


 この人はそれを差し引いてもいい女性だと思うのだが、本人にその気が無さすぎる為にいつか婚期を逃すのだろうと思うと勿体無いなぁ。


「本当に羨ましい…」


 気のせいか、ミライさんが別れ際にもう一度漏らしたその言葉には、少し哀愁のようなものを感じた。



 家に帰り夕食を済ませるとユキがどこかソワソワとしていた。


 どうかしたのか?と尋ねてみると「今日も泊まっていいですか?」とのことだった。

 何を今更と思ったので「まさか帰るつもりだったのか?」と逆に言い返してやったさ?


 ビックリした顔にそのまま一緒に住むことを勧めると、また真っ赤になって小さく「ハイ…」と答えてくれた。


 ところで今度はカレーを作ろうという話をしたんだが、お世話になりっぱなしは申し訳ないのでお手伝いさせてほしいと名乗り出てきた、今度の休みは食材もだがエプロンを一緒に買いにいこうと思う。


 少し心配だが、丁寧に教えてやるつもりさ?手取り足取りな。







「洗い物してるから、先にシャワーを浴びておいで?」


「あの…」


「ん、なんだ?一緒に入るか?」


「はわわ~!?あの、それは… もうちょっとだけ、慣れてからでもいいですか?」


「冗談だよ?でもそう言うなら楽しみにしてるからな? …ほら、ちゃんと着替え持って入っておいで?」



 そう、幸せな日々が待ってた… あの晩急に降ってきた雨はユキをずぶ濡れにした代わりに俺から悲しみを洗い流してくれたのかもしれない、今はこうしてユキとのドタバタとした同棲生活を楽しんでいる。

 こうなったら結婚までと考えてるが、フレンズとの結婚なんて恐らく俺が初になる、なにかしら面倒な事がありそうだが俺は負けないぞ。



 俺はユキを愛している。



 決して離しはしない。



 …



 だけど、やっぱりバカな俺は忘れていた。




 急な雨の後にいいことがあると…。




 同じくらい嫌な目に逢うって…。





 俺達が一緒に暮らし始めて何ヵ月か経った時に、それは唐突に始まった。

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