ナリユキの話⑧

「おふくろのことを話した上で… いいかユウキ?さすがの俺も歳には敵わん、これから20年は生きるかもしれないし来年には急にポックリ逝くかもしれん」


「やめてよ縁起でもない… と言いたいとこだけど歳の話をするなら確かにね?仕方ないさ、誰にでも必ずくる終わりだ」


 フレンズなら代替わりもそれに当たるのかもしれない、所謂世代交代、限りある命を持つ者なら必ずくるルールであり終焉。


 ナリユキの母が急にこの世を去ったように、それがナリユキにも起こらないとは限らない… 彼が言うようにこれからいつも通り過ごし数年生きることもあれば、何か不慮の事故で唐突に逝ってしまうこともあるだろう。


 そう彼は歳だ、もう老人と言っていい。


 ということはつまるところ、そういうことなのである。


「だから、もしなぁユウキ…?俺が向こうで重い病気とかになって、それからこっちにこれぬまま先立つ… そんなそんなこともあると思うんだよ」


 彼は自分の母と同じように家族を置いて一人誰にも見送られず死ぬことを恐れたのと同時に、もしそうなったら島を出るつもりのない息子の顔を最後の瞬間目に焼き付けることもできないだろうという無念からこんなことを口走っていた。


 苦しんでもいい、全身に激痛が走っていても構わない、ただ最後は家族に囲まれて自分はこんなに人生を謳歌したぞと胸張って言えるような最後にしたい。


 これは老いを感じてき時たふと思い付いた彼の淡い夢だった。


 だがきっと息子、ユウキには最後の瞬間会うことはできないだろう。

 なぜなら彼はもう二度と向こうの世界に足を踏み入れないつもりでいるからだ。


 恐らく、親の最後だろうが二度とあんなところには… とそれくらい嫌悪感を持っているはずだ。


 ただナリユキは分かっていても尋ねた、悩ませるつもりもないしむしろそれで親不孝などと思ってほしくはないのだ。


 お前がそう思うのは当然だ気にするな… とそれだけは伝えたかった。



 だから、息子ユウキは迷わずに答えた。



「その時俺はここを出る、耳と尻尾に後ろ指指されようが俺は堂々と父さんの元へ行くつもりだ」



 

 それはナリユキにとって意外な返しだった。




「でもお前、大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃない、もう二度と戻りたくはない… けど見送る時手の一つでも握るのが親孝行になるなら、俺は父さんの最後を見送るために必ず向こうに行くよ?だってずっと俺を守ってきてくれた父さんだもの… 寂しい思いはさせない、それにこれ以上親不孝はできないよ」

 

 なんだか、母親ユキと似たような言うようになった息子、そんなユウキの言葉にナリユキはつい息子の前で年甲斐も無くホロリと涙を流した。



 

 そう別れというものは突然やって来る、ナリユキにとっての母の時もユウキにとっての母の時もそうだった。


 だが何も死が全ての別れの原因ではない。



 あの時も、ナリユキはたくさんの別れを経験した。












 心地好い朝だった、昨晩はあんなにどしゃ降りだったのに今朝は雨音ひとつなくカーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでいる。


 昨晩は月、今朝は太陽の光に照らされる彼女の白い肌。

 夜ははあんなに紅潮していたのに、今はこんなにも落ち着いた透き通るような白い柔肌を見せている。


 そんな彼女の鎖骨から胸にかけて1つ2つと赤い花弁のような赤いあとが散っている、勢いで付けてしまったが後悔はない、彼女との間に恥ずべきことはないのだから。


 そんな赤い花弁を改めて確認しながらそっと指で撫で、“雪原に薔薇一輪”だなんてキザなことを考えていると、さすがに気配に気付いたのか彼女が眠そうに目を擦りながら薄目を開けてこちらを見て言った。


「ナリユキさん…」


「おはようユキ」


 ホワイトライオンのフレンズ、俺は昨晩そんな彼女への気持ちを抑えきれなくなり、それを伝えた。


 そして… そのまま初めて彼女と契りを交わした。


「おはようございます、もう朝だったんですね?」


「気分はどうだい?具合が悪いとか痛みが残ってるとか」


「残っているのはこれです」


 そそっとこちらに近寄ってきた彼女はグッと首に手を回してペロりとひとつ俺の頬を舐めた、そして白く長い尻尾が首の辺りにスルスルと伸びてきて顎の辺りをくすぐってくる。


「伝わりますか?好きって気持ちです、ナリユキさん大好きです… ずっと大好き」


 トンと頭を俺の肩に預け、指でそっと俺の胸を撫でている。


 そんな彼女が愛しくて、そのフワリとした雲のような髪をかきあげて額にキスをした。


 まずいなこれは、こうなったらこの朝一番にもう一戦交えなくてはなるまい?昨晩はおかわりしてしまったのにこれとは俺もまだまだ若いな。


 俺達二人は今一糸纏わぬ姿のままシーツにくるまり身を寄せあっている… ゴソゴソと布の擦れる音、それから唇を重ね舌を絡めた時の湿ったような音、それに合わせた息継ぎで漏れる声。


 それらが部屋中に響き渡る。


「ごめんユキ… もう一回、いいかな?」


「ライオンは発情期になると一日中することだってあるらしいので、何回だってナリユキさんの為ならバッチこいですよ?」


 “バッチこい”とかどこで覚えたんだ… まぁそれはそれとして、そんなこと言われると逆にユキを満足させる自信がないんだが、これはいけない俺はこのままでは絞り殺されるかもしれないな… まぁいいか?



 ナリユキ!いきまーす!たわわ~!



 そんな風に豊満なメロンに埋もれる俺の元へ、もう一人豊満なスイカを持った来訪者が現れるだなんてことに俺達は気付くことができなかったのだ、できなかったから最悪な絵面をその人に目撃者されることとなった。



 ガチャン


「ナリユキくん大丈夫?体調を崩したりしてたら大変だと思ってスポーツドリンクとか買って来t」


 モゾモゾと、ベッドの上で動く影… ←ナリユキ川柳


「ユキぃ?なんでこんないい体してるんだい?この体でいつも俺のこと誘ってたんだろぉ?そうだろぅ?ハァハァ」


「そんなわ、わかんな…ン! わかんないです、でも ア…ンッ… ナリユキさぁん///」


 ヒートアップしてきた俺はそのままユキの白く張りのある胸を鷲掴みにしながら上に覆い被さった、そしてここぞとばかりにその特大雪見大福にむしゃぶりつこうと…。


「あー!あー!オホンオホンホンホン!ウォッホォン!」


「は!?えぇあ!?せ、先輩!?」


「はぁ… はわわ?カコさん!?」


 ホ!いつの間に!?我々の邪魔をする者がいる!ダレダッ!


 そういつの間にか室内にカコ先輩がお邪魔していたのである、これはまずいな?いろいろほらやばいだろこれは絵面とか今後の対応とかさ?


「な、ナリユキくん貴方ってホント… っていうかやっぱり帰ってたのね?一言生きてるかくらい教えてほしかったのだけど…」


「や、先輩?これはあれだよ… 違う、いや違くない… でもあの、なんかほら?おはようございます!」


「か、カコさん!ナリユキさんを責めないでくださぁい!」シーツガバァ!


「あぁユキちゃん待って待って落ち着いて!?わぁすごいイイ体… っていいからほらほら二人とも服を着なさい!今すぐに!」







 先輩は電話にでない俺を心配してわざわざ様子を見に来てくれたそうだ、入口に放置されていた弁当箱を見てユキは門前払いを喰らったと勘違いしたらしい… ドアノブに手紙付きでお見舞いをぶら下げて帰ろうかとした先輩だったが鍵が開いていることに気付く、悪いと思いながら中に入り現在に至る。


 そうして生々しい光景を目の当たりにした先輩はバツが悪そうに顔を赤くしていたが、気を取り直して話し始めた。


「オホン! …その分だともう大丈夫そうね?とにかく良かった、ユキちゃんに話したのは正解だったわ」


「すんません、昼から出ますんで」


「今日は日曜日よ、しかも昼からとか言ってもう11時だし」


「ゥス…」


 呆れた顔でこちらを見ている、先輩にこんな顔をされるのも久し振りだ。


 日曜日と言いつつ先輩はきちんと白衣着てどうしたのかと聞いてみると、どうやらいつもの休日出勤らしい… なんでも今日は守護けものが集まる大事な会議に顔を出すからその途中に寄ったらしい。


「じゃ、明日からは大丈夫なのね?」


「はい、おかげさまで」


「お礼ならユキちゃんに言ってあげて?ユキちゃん、なんかその… とりあえずおめでとう?気持ちは伝わったみたいね?」


「はい!ありがとうございます!」


 ユキと俺のキューピッドになったのはあなたか?恋愛苦手なクセに人の色恋に首を突っ込むとはやるもんだ。


 部屋にいる女性陣二人はなにやらニコニコと笑い合っている、というか関係についてなにも言及しないんだな先輩は?黙認してるのかな?フレンズ恋愛の件はフワッとしてたはずだが。


「じゃあ行くわね?ナリユキくんは明日から忙しいの覚悟するように」


「うっす…」


「まぁ、今日はゆっくりしてて?二人の時間は大事にした方がいいもの… それじゃ邪魔者は消えるわね?また明日」


 立ち上がり玄関に向かった先輩、このところずっと気にかけていてくれた先輩… 実際感謝してもしきれない、お礼はしっかりと言っておきたいな。


「あの先輩!」


「なに?」


 呼び止められた先輩はさっと振り向いた、ポニーテールがフワリと揺れている。


「ありがとうございます先輩… あの、先輩は辛くないんですか?ずっと一人だったのに、俺はユキがいなかったらまだウジウジしてたと思います、でも先輩はずっと昔から一人だったのに… どうしてそんなに強くいられるんですか?」


 失礼な質問だったかもしれない、でも聞いておきたかった。


 カコ先輩はなぜ耐えられるのか、どうやって耐えてきたのかって…。


「一人じゃないわ?みんながいるから」


 ニッと笑うとそのまま外へ出ていってしまった、ポジティブだ… 女王事件以来無気力な顔してたはずなのに今はあんなにも生きる活力に溢れている。


 俺なんかよりずっと強くてカッコいい。


 だから皆先輩に着いていきたくなるんだ。


 俺だってそうだ、あんな偉大な先輩は後にも先にもカコ先輩一人だろう。







 さて、先輩からお許しも頂いたし休日ならやることは1つだ。


「なぁユキ?」


「はい?」


「デートしようか?お洒落して、美味しい物食べて、綺麗なとこ見に行ったり探したりしよう?」


「はわわ~!?本当ですかぁ!?あの… でもいいんですか?」


 今更周りの目を気にする必要などない、恋人同士が並んで歩くことに問題なんてない。


「いいからいいから?ほら行こう!着替え手伝ってやるから!」


「あぁん!自分でできますよぉ!」


 服もすっかり乾いたのでユキと街へ繰り出した、こんな風に二人で歩くことは何度もあったが“デートです”って銘打って二人で歩くのは今日が初めてのことだった。


 しかしだ。


 そもそも俺達はそういう関係なんだ、何も恥ずかしがるようなことはない。


「ほら?」


「え?」


 だからスッと彼女に手を差し出した、キョトンしてるが本当はユキだってわかってるはずだ。


「手、繋いで歩かないか?恋人同士っていうのはこれが当たり前だろ?」


「ウフフ… はい、喜んで!」


 昨晩全身で味わったスベスベとした肌、今は手を繋ぐだけだがしっかりと指を組み感触をまた味わう。

 並んで歩いている時、ユキは改めてこうしているのが照れ臭かったのか初めは真っ赤な顔でうつむいていたが、次第に慣れてきたのかニコニコと腕にしがみついてきた。


 まず服屋さんでユキもお洒落させることにした、普段着がいけないと言うわけではないがこういうのは形からだ、女の子のんだからユキも着飾りたいという気持ちはあるはず、なのでフレンズ用の服も売っている店に向かった。


「私に似合うものがあるでしょうか?」


「君は美人だからなんでも似合うさ?ほら、買ってあげるから一緒に選ぼう?」


 こんな風に言うと白い頬にまた赤みがさして照れているのが分かりやすい彼女、そんな顔を見てこちらもつい笑顔になり、なんでもしてあげたくなってしまう。


「「う~ん」」


 とまぁ一緒に選ぼうと言って二人で見てたんだが、俺は女性のファッションなんてよくわからんしユキも服なんて選ぶの初めてでわからない、こんな二人ではわかるはずがない。


 とそこでいいタイミングに店員さんからお声がかかる。


「何か気になる物があれば御試着できますよ~?」


「彼女に似合いそうな物、いくつか見繕ってくれませんかね?」


 いっそ店員さんに任せてみることにした。





「ありがとうございましたー!」


 と丁寧に入口まで見送ってくれた店員さんに小さく会釈をしながら次の場所へ向かう。


「本当に似合ってるでしょうか?」


「大丈夫だって?ちゃんと似合ってる、可愛いよユキ?」


「ありがとうございます… えへへ///」


 空色のセーターに中には白いブラウス、それからデニムスカート、膝上5センチくらいのもの、あと靴はスリッポンとかいうやつ。


 よくわからないが本当によく似合っているし、店員さんも無駄に高い物よりユキに合う物を選んでくれたのだと思った。


 それからお次は。


「朝から何も食べてないし、お昼にしよう?例のお店に連れてってやるぞ?」


「例のお店?」


 連れて行った場所、もしかしたら「それはねーわ」って言う人も中にはいるかもしれないが、俺としてはあの時以来ユキを連れて来たくて仕方なかったんだ。


 だから来た。


「あ、ここ…」


 以前ミライさんと来たところだ、あの日は雨だったが今日は晴れている。


「ユキと来たかったんだ、嫌だったか?」


「いえそんなことは… はわわ~!いい匂いがしますねぇ~?」


 予想通りの反応に思わず笑ってしまいほんの少しムッとされてしまったが、好きなだけ食べなさいと言ったら笑顔で許してくれた。


 ボンゴレビアンコは面倒なのでミートボールパスタにした、ある映画で怪盗がその相棒と取り合いになって8割くらい相棒にとられてそうなやつだ、イケるぜグー! 


 ところでユキにしてはモタモタと食べてるなぁと気になっていたんだ、口に合わなかったか?と尋ねると、とても美味しいけどせっかく買ってもらったお洒落な服を汚さないようにしてたって、それ聞いてまた笑ってたら「だってだって…」って困る顔が可愛いから紙エプロンをもらって着けてあげたよ、途端に本気で食い始めた。


 やっぱりユキはこの食いっぷりでないとな?見ていて気持ちがいい。


 そんなマジ食いをじっと見てるユキは俺の視線に気が付き、唐突にその手を止めた。


「ご、ごめんなさい…」


「ん?なんで謝る?」


「だって… こんな食べ方全然女の子じゃないですよね?もっとお淑やかな方が…」


「ユキ?あのな?」


 初めてユキと出会ったあの日、俺のおにぎりをすげー勢いでペロリと食べたユキ… あの頃からうまそうに食べるユキの姿になんとなく愛着がある。


 だからそれをそのまま伝えた、チマチマ食べる姿なんて似合わない… いつもみたいにたくさん食べて幸せそうな顔をしてほしいんだって。


「だからさユキ?好きに食っていいんだ、俺はそんなユキが好きだから」


「…~ッ!///」


 おっと… また顔を隠してしまった、まったく可愛いねぇ本当に?



 愛してるぞこの食いしん坊?

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