ナリユキの話⑫

 手も足もでない、八方塞がり… みたいな状況とはこういう状況のことを言うんだろう。


 このところ逆境に立たされるようなことは多かったが、今こうしているということはこれまでのは逆境と言いつつどうにかできるものだったということだ。


 でも今回は違う…。


 どんなに意見を主張しようがどれだけみんなで力を合わせようが及ばない状況がある、通じないというよりは意味がない。


 例えば巨大隕石を防ごうとヒーローがみんなの声援を受けてそれを止めたとしても、その街に核爆弾が落ちたり別方向からもっと大きな隕石が落ちてきたらヒーローの頑張りもみんなの声援も意味はない、破滅という結果から逃れることができない。


 今回の件はまさにそんなことを体感してる気分だった。


 おふくろが亡くなってユキに救われて、パークに最大の危機が訪れても皆で協力してそれを退けて、国からの圧力に負けずパークの復興の為声を挙げてはみたが…。


 ジャパリパークは隔離閉鎖。


 これはもう変えられない、決定事項だ。


 俺もミライさんも他のみんなも…。




 ここから出ていかなくてはならない。








 

 それに追い討ちをかけるかのようにフレンズの間で病のようなものが流行り始めた。


 頻繁に起こるサンドスター欠乏症。


 例の異変が起きてからサンドスターが枯渇して元動物に戻ってしまうフレンズが続出していった、原因は恐らく火山の爆撃とその時に起きたサンドスターロウの大噴火。


 事態が沈静化し調査した結果、空気中のサンドスターも薄れ始めていることがわかった、極端な言い方をすると魚の泳ぐ水槽から水がどんどん抜けていっているという状態だろうか?現在供給元の火山が驚くほど静かだ、恐らくフィルターの影響もあると思われる。


 だが四神のフィルターを調べたところ防がれているのはサンドスターロウのみ、サンドスターは普通に通過している… あるいは浄化が働き少しずつゆっくりだがサンドスターに変換されている?なんにせよあれから噴火は起きていない、つまりサンドスターも出てこない。


 例の爆撃でサンドスターロウが大量放出された為に起きた島中で起きるサンドスターの枯渇、あの爆撃は巨大セルリアンを生み出す原因になっただけではない、その後も厄介な遺恨を残したということだ。


 ごく一部を除くがフレンズがどんどん消えていく、その一部の例外も無事とは言え理由がわからない。


 見知った顔の子も次に会ったときにはいないなんて事がざらに起き始め、研究チームが診察や調査をしていたところに隔離閉鎖。


 国はこのことも利用してきた、「アニマルガールが消えるならそれはただのの大きなサファリパークだ」とのことで、どちらにせよこんな危険な場所を自由にしておくわけにはいかないと国はこちらの話をまったく聞こうともしなかった。





「ユキ、すまない…」


「大丈夫ですよ!私待ってます!ナリユキさんが迎えに来てくれるの待ってて、それまで絶対消えたりしませんから!」


 彼女は、まだ症状がない… もしかしたらユキも一握りのうちの1人でサンドスター欠乏症になりにくいのかもしれない、だが。


 それは所詮俺の淡い期待にすぎない、彼女だっていつ消えてもおかしくはない。


 でも彼女も口では大丈夫だと言うし、俺も口では彼女に言うんだ。


「必ず戻るから、必ず君の元に帰るから」


 でも本当はお互い諦めているのだと思う、正直自信を持ってこの言葉を口にしていない。


 彼女が強がりを言ってるのが俺にもわかるように、多分彼女にも俺には自信がないことくらい目に見えてわかっているんだろう、だからなのかその晩はまるで包み込むように俺を抱き締めてくれた。


 がっついたりせず、ただ優しく、母親みたいに慰めてくれた…。


 そしてその時、彼女が泣いていたことも俺は知っている。




 知っていたのに…。




 なにも言ってやれなかった…。




 






 翌朝、部屋から彼女は消えていた。



 焦って探そうと思ったが恐らく昨晩で別れは済んだという意味だろう、これ以上側にいたら離れられなくなるからと何も言わず立ち去ったのかもしれない… まるで死期の近づいた猫が帰ってこなくなるみたいに。

  

 もし俺が無理にでもここに残ったらって考えたさ?でもそれはダメだと言われた。


 今はまだ平気だが明日消えたっておかしくない自分の為に1人こんなところに残してしまうわけにはいかないとユキは泣くのを我慢して潤んだ瞳と震えた声で俺に言った。


 それにミライさんや一部の重役達はまだ諦めていない、必ずパークを復興すると意気込んでいる… もしまだ自分を愛してくれるならミライさん達を手伝ってあげてほしいとユキからの最後のお願いだった。


 本当は側にいてって顔に書いてあった、ワガママなクセに本心と違うこと言ってたんだ… 分かりやすいんだよ、バカユキ…。


 言ってくれたら俺は残ったさ、すべて捨ててでも残ったんだ、だって家族なんて呼べる人は最早いないのだから。


 いるとしたら、それはユキだけだ。


 ここを離れたらもう会えない、お互いそれは本当はわかってた。

 でも君がそう言うなら、俺はせめていつかパークが復興できるように力を尽くそうと思う、セーバルが言っていたようにみんなが笑って過ごせるパークを取り戻す為に力を尽くしたい… ユキと出会って愛を育んできたパークを取り戻す為に。


 でも恐らく俺が生きてるうちは無理だ。


 だから俺が戻る為ではなく、ずっと先の未来でパークがまた人とフレンズでいっぱいになるように。





「はぁ…」


 大きな溜め息をつき立ち上がった。


 そのまま決心するとあらかじめ纏めておいた荷物を持って外に出る、するとドアの前に白いバラが一輪落ちているのに気付いた。


「ユキ…?」


 なにかを期待して周囲を見渡してみたが彼女はやはりいなかった、いやいるはずがない。


 でもどこかで見てて聞いているんじゃないかってもう一度期待を込めて呟いた。


「君を愛してるよ、いつまでも…」


 聞こえたかなんて知らない。

 だからそのまま歩き出し、皆の待つ集合場所に向かった。








 船に乗り込む際、様々な想いを感じた。


 例えば飼育員の中には元動物に戻ってしまった子を連れて帰ると言って聞かない人がいたり、残ったフレンズにあれはこうしろこれはこうしろとできるだけ多くの物を残そうとしたり、記念撮影をしてみたり。


 笑って送り出されたり。


 泣いて送り出されたり。


 黙って抱擁を交わしたり。



 とにかく皆悔しくて仕方ないのだろう、こんな終わりかたは非情だ、もっとやりたいことがあったりフレンズ達と仲良くなりたかったはずだ。



 俺はそれを達観として見ていた。


 悔しいさ、だが涙は昨日流しきってしまったのか驚くほど冷静だ。


 そこへ…。


「ナリユキくん、お世話になりました…」


「ミライさん、いやこちらこそ?おかげで楽しかったよ?でもこれからも同僚になるのかな?だから船を降りてもよろしく」

 

 ミライさんだ、いつもの探検服だが今日は帽子がない。


 ただいつもと違うところは帽子だけではない。


 さすがに沈んだ気持ちを隠しきれなかったんだろう、表情が暗いし目元は真っ赤だ、声も枯れている。


 一晩中泣いていたんだろうな…。


 誰よりもフレンズのことを考えていたミライさんだもの、身を裂くよりも辛いだろう。


「カコさんと園長… やっぱりいないですね?」


「うん、でもいつか会えるさ?先輩と園長だもの?そんな気がしてならないよ… 俺は」


 結局あれから二人も見付からなかった、生きているとしたらどこにいて何をしているんだろうか?だとしたら何のために姿を消し俺達に会ってくれないのか。


 二人がいたらまた状況が変わってたんだろうか?


 俺が至らないばっかりに… なんて考えてしまう、もっと上手くやれたのではないだろうか?もっと俺がしっかりしていれば二人もここにいて、なんなら隔離閉鎖になんてならなかったんじゃ?


 ユキと離れることも…。


「ナリユキくん?」


「え…?」


「なにか背負い込んでいませんか?ナリユキくんが責任を感じることないんですよ?もしかしたら、こうなる運命だったのかもしれません…」


 励ましてくれているのだろう、でもなんだかそんなことを言われてしまうと、結局何をどうやっても無駄なんだと言われてる気になってしまう、いや… 卑屈になっても仕方ないな、受け入れるしかないんだ。


「そうなんだ、そうなんだけどさ…」


 でそうしてつい否定的な言い方をしそうになった。


「私は、ナリユキくんがいてくれてホッとしています」


「…」


 でもミライさんだって悔しいんだ、一番悔しがってるかもしれない… それにこんな風に言われたとき、後悔するよりも前にそれでもまだ希望はあるって前を向くべきだと思った… いや、そんなことはわかってる。


 俺もわかってるんだ。


 でも一度に多すぎたんだよ。


 いろんな事がありすぎた。


 失うものも人も多すぎた…。


 あの幸せだった日々はなんだったんだろうか?ユキや先輩達との思い出は?まるで夢でも見せられていたような気分だ。

 


 正直言って今孤独を感じている。







 俺達に用意されたのは大きなフェリーだった、広いわけではないがご丁寧に個人個人に部屋があり食堂まで付いている。


 なんでも表向きは功労者や地獄から奇跡の生還者として扱われるらしい。


 パークが地獄だと?ふざけるな、地獄はこれから向かうとこだろうが… 今となってはまるで“ようこそ天国へ”って掲げられたゲートの向こうに鬼が金棒持ってウロウロしてんのが見えてるような世界に感じるよ…。


 そう考えたらやっぱりパークでの日々は大変だったが夢でも見てたみたいな気分だ。


 乗ってからどれくらい経っただろうか?一時間?二時間?


 わからないがこれから心から笑えぬまま一人寂しく仕事漬けになるのかと思うとパークが恋しい。


 そしてこの時思った。


 もう、俺にとっての故郷って“あっち”なんだなって。


 おふくろもいない“向こう”なんて、息苦しいだけの世界だって。


 ユキが隣にいないなんて…。

 面白くもなんともない、ただただ本当に空っぽなだけの毎日だって。



 トントン



 卑屈な気分が直らずまた目頭が熱くなってきてしまったころ、静寂を破りノックが聞こえた。


 誰だ?


 無視しようかと思ったくらいだ、寝たふりして一人で居たかった。


 でもそんなとき、俺を呼ぶその声につい体を起こした。


「ナリユキくん?ミライです、起きてますか?」


 ミライさん?珍しいな… という訳でもないが、もし仕事の話なら落ち着いた頃にしてもいいのではないだろうか?彼女は仕事熱心だが、突っ走るとこがあるのでしばしば付いていくのに必死なガイドや探検隊員を見たことがある。


 正直、今仕事の話をされてもまともな答えを返せない


 そう思いつつもかつては夢中だった彼女の顔を見たくなりドアを開けた、孤独のせいか寂しくて仕方なかった… 俺は弱い人間だ


「あぁよかった、一人でいるとなんだか落ち着かなくて… 少し話しませんか?食欲は無いかもしれませんが、食堂にでも… お酒なんてあるみたいですし?」


「珍しいね?ミライさんお酒苦手でしょ?」


「私だって飲みたい気分になることもあります… あ、ごめんなさい… 気分じゃなければいいんです、でもナリユキくんは同期で付き合いも長いしよく話すくらいには仲がいいと思ってます、だから話すと落ち着くかな?なんて思いまして」


 驚いた、数年共に仕事してきた仲間だけどこんな潮らしい表情をすることがあるのかと意外だった。


 普段はフレンズを見て解説してはヨダレを垂らしていた彼女がね…。


 それだけ参ってるんだろう、これからフレンズには会えないのだから。


 単なる動物好きだからということだけではない、フレンズ達とは意志疎通をして共に過ごした時間がある、気持ちのは入り方が違うのも当然だろう。


「いいよ、行こう?俺も参ってるから… こういう悩み共有できるのも、同期ではもうミライさんだけかな?俺もさ…」


「ありがとうございます」


 表情がほんの少し綻んだ、こういう人だから誰にもなにも話さず明るく振る舞ってたのかもしれない。

 


 その時、俺達は並んで歩いていた。



 サーバルがどうだとかせっかく地下迷宮のアナウンスをしたのに公開できなかったとか… まぁ、思い出話をしながら。



 俺はと言えばだ。



「ユキはヒーローショーで毎回俺の名前呼んで正体バラしちゃって… そういえばユキが…」


 ユキと…。

 ユキも…。

 ユキから…。

 ユキに…。


 ユキ。


 ユキ…。


「ごめんミライさん、俺…」


 ユキのことばっかり話してた、思い出したらユキのことばかり、ほかにも思い出はたくさんあるんだ… あの時飲み会でミライさんの話になったとか、実はラッキーで録画してましたとか、先輩がよく誉めてたよ?とか。


 話すことなんてたくさんあるはずなのに。


「いいんですよ?それはナリユキくんがフレンズである彼女を本気で愛していたってことです、ユキちゃんはこんなに愛されて幸せ者ですね?なんだか羨ましいですよ」


 ミライさんの優しい言葉に弱っていた心を再認識した、ダメだもう泣きそうだ… 昨日散々泣いたのに。




 俺の頬に、ツーと涙がつたってきたその時だった?



「あぁナリユキさん!ミライさん!やっと見つけた!」


「え?な、なんだ?どうした?」

「トラブルですか?」


 部下が1人焦った様子で現れた、俺は急いで涙を拭い彼の方を向き直す。


「来てください!急いで!」


 かなり焦った様子だった、事態が飲み込めない俺とミライさんはとにかく走る彼の後を追った。


「ここです!入って!早く!」


 案内されたのは機械室のようなとこだった、間違いなく俺達が入るようなところではない… そんな場所なのに部下や同僚達が集まり円を描くように囲って何かを見ている、「しっかりしろ」と元気付けるような声をかけていて、俺が来たのを確認すると間に合ったと言わんばかりに数人が横に捌け続く道ができた。

 


 そこには人が倒れていた。


 

 白い髪の女性、いや…。



 白いフレンズ。




「ユキ…?」


「はわわ、見つかってしまいました… でもよかった、ナリユキさんに会えた…」


 ユキだ、昨晩以来顔を見ていない… 別れを済ませたはずのユキだ、丁度今君のこと思い出して泣いてたんだ。


「ユキ!お前どうして?」


「ナリユキさんと、離れたくなかったんです… どうしても… 私ワガママだから、ごめんなさい… たくさん迷惑かけて」


「バカ!なにやってんだよ!クソ!消えるな!嫌だ!ユキ!消えないでくれユキ!頼む…!」


 島を離れるにつれて体からサンドスターが消え始めているのがわかる、フレンズは島を離れるとサンドスターの恩恵が消えてフレンズから元動物に戻ってしまう。


 なんでだよユキ?なんでこんな無茶を?


 力なく横たわる彼女を抱き上げて、溢れる涙を気にも止めず顔を覗き込んだ。

 ポツリ… ポツリ… と大粒の涙が彼女の白い頬に落ちる。

 

 それを見て慰めてくれるつもりだったのか、右手を俺の頬に優しく添えながら続きを話した。


「ナリユキさんが、一人で寂しそうにしてたから… 好きだって言ってくれた夜、一人にしないでくれって… だから… ナリユキさん?大好きです…」


 俺の為だった、彼女は自分のワガママだと言ったがそれは違う。


 昨晩泣いている俺を見て、一人になってしまうことを心配して、あからさまに元気が無い俺の為にこんなバカな真似を。


「ユキ!お前俺だって大好きだよ!愛してるぞユキ!だから消えるな!」 


 ワガママは俺の方だ、俺がワガママだったからこんなことになっている。

 ユキは向こうにいれば消えなくて済んだかもしれないのに、そうしていつかもし俺が再上陸できたらまた会うことができたかもしれないのに。


 もうなりふり構ってる場合ではなかった、想いをすべてぶつけるように俺は叫んだ。


「そうだユキ?結婚しよう!結婚して一緒に住もう!家族を作るんだ!子供つくってさぁ!きっとユキに似て可愛いぞ!そしたら三人で… いやもっといたっていい!とにかく家族みんなで幸せに暮らそう!」


 いつか言おうって悩んでた、フレンズとの関係がもっと認められて、パークだけの法律とかができて、そしたら正式な形で夫婦になれると思ったから。


 これはプロポーズだ。


 孤独になったはずの俺だったがユキと本当に家族になりたいって、そんな彼女に対する特別な気持ちだった。


 返事は…。


「嬉しいです、本当に嬉しい… じゃあ子供の名前、考えないと…」


 答えはイエスだ、急だったが俺のプロポーズは成功したというわけだ。


 だが、ユキもそろそろ限界が近かった。

 

「そうだよ、何がいいかな?女の子か男の子か、どっちも考えて… ユキ?おいユキ?しっかりしろ!」


 みんなに見守られる中、限界の近いユキはとうとうサンドスターの輝きが消え始めた。


 これで悔いはないって顔してる、ふざけるな… 俺はこんなの納得いかないぞ!



 俺が泣きながら強く彼女を抱き締めた時、彼女も小さく抱き返してくれた。


 


 これで本当にお別れ…。




 が突如、その瞬間にユキの体は眩い光を放った。



 それはこれまでに無いほど強い輝きだった。

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