ナリユキの話②

「ナリユキじいちゃん!ユキばあちゃん!元気そうだね?」


「おぉクロユキ、少し見ない間にいい顔になったなぁ…」


「昔からしっかりしてたけど、こうして改めて見るともうすっかり大人なんですねぇ?」


 ユウキの息子クロユキ、彼の隣にはその妻ワシミミズクがいる。

 まだお腹こそ大きくはないが彼女はその体にしっかりと彼の子を宿している。


「ご、ご無沙汰しておりますですおじ… ぉじぃ… お祖父様、おば… お祖母様」


「無理しなくていいから普通に呼んでくれ」

「助手さんに言われると少しむず痒いですもんねぇ?」


「う… 面目無いのです… ですが、この度クロの妻として子を授かりました、これからもよろしく頼むのです」


 女性とは、子を宿した途端に母性本能の為か急にしっかりすることがある。


 助手ワシミミズクは、もともと長の片割れとして博士に次いで島のどのフレンズよりも博識であり威厳を持っていた。

 

 なのでそもそもしっかり者なのだと言えばその通りではあるが、今のこうした慈愛溢れる笑顔でお腹を擦る姿はまさにその母性本能故の母親らしさなのではないだろうか。


 女性の場合は悪阻つわりなどの症状で体調面に大きく影響が出る、クロユキも自覚はあるが彼女ほどの実感は感じられないだろう。


 女性と比べると男性は我が子が産声をあげそしてこの手で抱き上げるまではハッキリと父親になった実感が無い、とそういうものなのである。


「どっちなのかなぁ?男の子かな?女の子かな?」


「シロやサンの事例からいくと男の子かと… ですがクロとユキのようなこともあるのです、双子ではなさそうですからどちらが産まれてもおかしくはないのです」


「ミミはどっちがいい?」


「クロとの子なら、どちらでも構わないのですよ?元気に産まれてさえくれたらそれでいいのです」


 妻にそう言われると夫としても悪い気はしない、彼も朗らかな表情で笑うと彼女のお腹を優しく撫でた。


「あぁ… いいですねぇナリユキさん?」


「そうだな、こういうのはいくつになっても涙腺にくる」


「じゃなくて私達もどうですか?ってことですよ!もぅ、察してください?」←シットリ


「また今度な」


「まぁ///」


 そのやり取りでその場の全員が苦笑いをしていたのは言うまでもない、ユキはいいとしてナリユキは老体にムチを打ち過ぎである。


「父さん元気だね」


「お前もな」


 息子ユウキにこんな目で見られても挫けない、年老いてもそんな強いハートを彼は忘れない。


「ところで名前は決めたのか?」


「まだ早くないかな?男の子か女の子かもわからないし…」


「いや10ヶ月なんてすぐだ、ユウキの時もお前達双子の時もそうだった… 今となっては懐かしいなぁ」



 名前… 名前か…。



 そんなことを思いながら彼は隣にいた妻を見た、うんうんとなにやら真剣な顔で頭を悩ませているようだ、曾孫の名前を考えるのに必死なのだろう。


 そんな彼女の“ユキ”という名前を付けたのも彼、ナリユキだ。


 雪のように白いからユキ… 我ながら安直に決めてしまったと今でも思っているが、彼にはその代わりにと言うわけではないが自分に固く約束していることがある。


 それは、他のフレンズがどれだけ白く美しくても彼がユキと呼ぶのは彼女只一人であること。


 たとえ“ユキ”という字が元々名前にあるユキウサギやユキヒョウなどがその場にいたとしても、孫娘シラユキの愛称がユキで息子や皆がシラユキをそう呼ぼうが関係ない。


 彼にとってユキとは妻、ホワイトライオンのユキだけである。


「ナリユキさんは何かありませんか?私じゃあ“ミミユキ”しか思い付きません…」


「ハハハそりゃひどいな?何も俺やユキの名前に拘ることはないんだぞ?」


「う~ん… ほら!しっかりしなさいユウキ?」


「え、なんで俺?」



 そうだ、なにもユキや俺にちなむ必要はない… その子にはその子にしか名乗れない名前がある。


 だから俺みたいに簡単に付けたりしないでしっかりと意味のある名前にしてやってくれ?せっかく生まれる新しい命なんだから。









 俺はナリユキ、今日もミライさんに相応しい男になるためにわざわざ外で調査中だぜ!ざっくりジャングルらへんでフレンズ探しだ!ちなみに今何してると思う?


「うぉぉぉぉお!?くるんじゃあねぇぇぇ!?!?!?」


「ガァウッ!」


 ジャガーです。←ガチもんのやつ


 さっきさぁ?インドゾウちゃんがいたのね?なんかいろいろデカかったわ、そんで「あっちにジャガーがいるわぁん」って言うから是非一目見ようと草むら掻き分けて進んでみたのよ?したらこれよ、フレンズじゃない方のジャガーだったからね?オイオイオイ死ぬわ俺、何でもいいけどよぉ?相手はあのジャガーさん(マジ)だぜ?頭蓋骨がぶりくるぞ。


「うぉわ!?跳んだ!?」


 そのまま俺は死を覚悟した、だってあんなに大きな猫ちゃんが爪も牙も剥き出しで飛び付いてきたんだから… くそ!ゴメンおふくろ、今年は帰れそうにない!そして誰か伝えといてくれ!ミライさんに「愛してゆ~!」って!あと昨日おかずにしてすんませんでした!←これは言うな


 そんな死を覚悟したその瞬間だった。


「でぇやぁ~!!!」


 という掛け声と共に目前に迫るジャガーが消え目の前には真っ白なものが映り込んだ。


「ナリユキさん!ご無事ですか!?」


「あ、君はホワイトライオンちゃん!よっしゃラッキー!助かったよありがとう!」 


 近頃俺の昼飯目当てに寄ってくる彼女はホワイトライオンちゃんじゃないか?そう彼女は軽やかでありながら重戦車… いや獣戦車?みたいなタックルでジャガーを木々の向こうにぶっ飛ばした、反撃してくる様子はない、相手が悪いと感じたのか逃げたようだ。


 とにかく俺は助かった、持つべきものは食いしん坊な白いムチムチのお姉ちゃんの知り合いだな。


 そんなわけで最近よくちょっかい出してくる彼女と現在行動を共にしている、なので今日は特別に俺の食べ物全部あげちゃう!どうぞお納めください!


「野性動物は生きるのに必死なんです、フレンズとは違いますから気を付けないとダメですよナリユキさん?ナリユキさんに何かあったら私…」


「わかってるゴメンゴメン、本当に助かったよ?そうだなぁ俺が死んだらこれから君は誰にお弁当ねだるんだってね?わかった、この際君の分のお弁当もこれから作ることにしよう!最近よく会うし、せめてものお礼だ」


「そうじゃなくて… あ、でも私の分のお弁当?はわわぁ~!楽しみですぅ!」


 やっぱり可愛い女の子の笑顔は和むねぇ~?まぁ、女の子って言ってもライオンさんなんだけども… 差別するわけではないが人間とは別にフレンズって名前がついているくらいだ、男女の違いでひょんなことからそういう対象として見てしまうのはよくあることだから線引きはしっかりしておかないと、どんなに可愛くてエロい体しててもだ。


 そう彼女はフレンズ、だから相手が男だからと言って正に友人としか見ない可能性が高い… その点で言えば俺はミライさんに専念できるから安心と言えば安心だがね。


「今日はここで何をするんですか?」


「いつもと同じさ?現地のフレンズに会って生態を調べる、元動物と同じところ違うところ… 例えば君なら、食いしん坊でよく昼寝をするだろ?これはライオンの習性なんだが、かと思えばアクティブに動いたりもするのもそう、でもそんな荒々しいライオンの面もあればおっとりとした女の子の面もある

 ちなみにホワイトライオンは生息地に対して白く目立つことから生存が難しく個体数が少ないらしい、それで君はちょっと食い意地が張ってるんだね」


「はわわ… 私、そんなに食いしん坊でしょうか?食べるのは確かに好きですよ?美味しいもの食べてお昼寝するのは幸せです!あ、食いしん坊ですね…」


 ほら、お分かり頂けただろうか?まるで歳並の女の子みたいなことを気にしている、ここがフレンズの面白いところだ。

 元が動物であり、オスすらアニマル“ガール”としてヒトの女の子の姿に変わったのがフレンズ。


 でも本当の女の子みたいにお洒落に気を使ってみたり甘いものに目がなかったり、あるいは彼女のように大食いとかで体型等を気にしてみたり。


 肉食だろうが草食だろうが、大型だろうが小型だろうが皆等しく女の子ってことだ。


 そんなフレンズがあまりに純粋な心を持ってるものだから、飼育員とか調査隊の人の中には時折恋に落ちる人がいる… 大抵の場合叶わぬ恋に頭を悩ませ胸を締め付ける、そして大恋愛に足を踏み込めずパークを出てしまうそうだ。


 あるいは踏み込んでもフレンズがそもそもその気でなかったり、辛抱堪らず襲いかかって返り討ちにあったり、か弱いフレンズと交わるもすぐに同意もなく行為に及んだことが何らかの理由で上層部の耳に入り追放されてしまったり、逆に罪悪感で自ら出ていったり。


 相思相愛… ということもあるんだろうか?ただ今のところフレンズをパークの外に連れて行くことができない。


 通じ合っていてもそれが理由で離れてしまう人もいるだろう。


 飼育員や調査隊はそういう理由で有能な人がやめることがあるからとミライさんやあのほら美人の飼育員さんも困っていた。


 ただ、悪いことではないと思うんだ。


 証拠に明確にフレンズとの恋愛は規則として禁止されていない。


 それにミライさんも。


『私が男性なら、間違いなく手を出しています… だってあんなの我慢できるわけないじゃないですか?』


 って言ってた、いやそんな真剣な顔で言われても… でも好きだ。


 尤も、俺は研究員なのでフレンズとの関わりは両職員と比べれば少ない、だから研究員は他と比べてそれ系のトラブルが少ない、いや無い。


 関わりが少ないというのはそういったことの回避にも繋がるが仲良くするべきフレンズと距離ができる、そしてそれはミライさんとの距離に直結している。


 だーかーら!わざわざ外に出て直接関わっているのさ!


「あのナリユキさん?やっぱり大食いなんて可愛くないですよね…?」


「なんだ気にしてるのかい?食べるの好きなんでしょ?食べてる時楽しそうだもんね?そのままでいいんだ、それが君の輝きで魅力さ?俺も無理してる君なんて見ても楽しくない、笑ってる君が一番さ?」キラァ~ン☆


「ナリユキさん…///」


 そうそう、かぁわいいねぇ~?やっぱりフレンズは笑顔が絵になるねぇ~?







 そうしてジャングルを調査してしばらくたった頃だ、俺達の前にフレンズが1人現れた。


「おや君は?」


「初めまして!メガネカイマンです!」


 メガネカイマン…。

 アリゲーター科カイマン属のつまりワニだったか、目の間に隆起がありメガネみたいに見えるからメガネカイマン。


 もちろん彼女はその名の如くメガネを掛けている、しかし着目すべきはそこではない。


「ナリユキさんどこを見てるんですか?」


「チェックさ、元動物に対しフレンズ体はどのような姿になるのか上から下まで細かくチェックしないと」


「目線が中間で止まってるように見えます」


「俺はほら、わりと背が高いほうだからさ?そう見えんだねきっと」


 そうだ、彼女のあの胸元見てみろよ?攻めてんなおい?ガッパリジッパー開いてやがる、しかもノーブラときたか。


「私に何か用ですか?デートの誘いなら悪いけどメガネを掛けてから出直してくれませんか?」


「いや、ここには調査でね?少しおしゃべりしたいのさ」


「メガネの話なら任せてください!」


 黄緑の髪をおさげに、頭頂部には赤いリボンが… そんな可愛らしい部分とは裏腹にゴツゴツとした服やブーツ、所謂ミリタリーファッションの彼女。


 例えるならそう… セクシー女教官!


 教官!今夜はその胸で自分を挟み込んでデスロールでありますか!?なんちて!


 これ今度の飲み会で話のネタにしよう。


「OKメガネちゃん、その名の通りメガネがお好きなんだね?」


「アイラブメガネ!その呼び名気に入りました!」


 不思議だなぁ、実際のメガネカイマンは当然メガネを掛けているわけではない、故にこんなにメガネメガネするのが不思議だ。


 やはり人間のイメージ、印象?そういうのがフレンズ化で反映されるのか?ヒト化するわけだからより人間に近付くため?


 これは大いなる意思を感じますね。



 それから彼女にいろいろと尋ねたが、生粋のメガネっ子であることや見た目がワニっぽいという以外には本来のワニにあるような狂暴性は無く、完全にセクシーミリタリー系のメガネお姉さんということがわかった、これだからフレンズは最高だな。


 いや狂暴性はむしろこの攻めの服装に変換されたのでは?見た目が肉食系女子になったと考えればなるほど流石サンドスターだ。


 ところで後ろにもっとヤバそうな肉食系女子がいる。


「ガツガツムシャムシャ… グルルル」←やけ食い


「お、いい食いっぷり!どう?なかなかうまいでしょ?今日はカツサンドにしてみたんだ?」


「えぇとても美味しいです!あぁ美味しいなぁ!スッゴク美味しいなぁ!」ギラァ!


「な、なんか機嫌悪い?」


「メガネちゃん… 私は特別な呼び方なんてしてくれないのに初めて会ったあの子にはメガネちゃん…」ボソボソ


 ひえぇ… トンカツだから肉を食べることで本能に目覚めてしまって気が立ってるのかな?慎重にいこう?おっとりした君はどこへ行ったの?


「そ、それじゃあありがとうメガネちゃん?さぁ行こうホワイトライオンちゃん?」


「グルルル」


 ひえぇ…。


「あなたたち!次はメガネを掛けてくることをオススメします!メガネについて語り合いましょう?」


 よし今度はミライさんを連れてこよう、きっとメガネ同士会話が弾むはずだ。





 ジャングルを出た帰り道、彼女を本来のナワバリへ送っている時だ。


 黙ったままジト~っと俺を見てくる、カツサンドが口に合わなかっただろうか?ごめんなさいもっとがんばります。


 そこで彼女はタッと立ち止まり力の籠った目でこちらを睨んできた、怖いです。


「ナリユキさん!」


 そのまま強めの声で俺の名を呼んだ、なんだろうか?気に障ることしちゃったかな?ジェントルマンナリユキの名が廃るぜ、何かしたなら素直に謝らないと。


 が彼女は続けて俺に言うのだ。


「私だけ可愛いあだ名で呼んでください!」


「えっと…」


 面食らったわ、なんだそりゃ?え?あだ名?なんであだ名?


「なんだそりゃ…」


 思わず口に出てしまった、しかしそれから何も言わず彼女は俺を見ている、夕焼けのせいか彼女の白い肌は紅潮しているように見え… 加えて目は潤んで見えた。


 待てよ… あだ名、あだ名か待てよ?よしわかった!


「じゃあ雪みたいに真っ白だから“ユキ”で」キッパリ


 うん、可愛いじゃないか?ユキちゃん!いいねユキちゃん!彼女にピッタリだ!


 でも彼女ちょっと残念そうにしてんだよね、なんだせっかく考えたのに。


「えー!他にも白い子はたくさんいるじゃないですかぁ、特別感がないですぅ…」


 なるほどとか思っちまった、だよね?白いフレンズは多い、結構いる… まぁちょうどホワイトライオンって長いなぁとか思ってたし?こうしてユキって付けたなら俺には責任がある。


 なので俺は少しため息混じりに答えたのだ。


「そんなことはない、俺がユキって呼ぶのは君だけだから」


 約束しよう、俺の中でユキは君だとね?やだ俺ってば色男!


 

 夕陽が沈み始めていたその時、西陽に照らされた彼女はハッと驚いたような顔をしてほすぐに笑顔に変わった。



 何て言うかこう、食べ物以外でもこんな顔するんだなってくらいその笑顔が…。



「はわわぁ~///本当ですか!?約束ですよ?フフフやったぁ♪」



 すごくすごく眩しくって。



「…っぁ」


「ありがとうございますナリユキさん!あれ?どうかしました?」


「あ、いや… じゃあまたね?ユキ?」


「エヘヘ… はい!」



 見とれてしまったんだ。




 だってとても、綺麗だったから。











「“ミミユキ”意外といいかもな?」


「えぇ~そうかなぁ?じいちゃん他人事だと思って適当なんでしょ?」


「ハハハ!どうだろうな?」



 特別な呼び方… か。

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