ナリユキの話③

「ナリユキじいちゃん?聞いてもいい?」


「どうした?」


 助手が博士の元へ戻り、シロが妻かばんと娘シラユキの元へ戻った。


 残ったクロユキは、祖父であるナリユキに会ったらどうしても聞きたいことがあったようでそれを今尋ねる。


 知りたくて仕方がないことがあったのだ。


「飼育員さんって分かる?」


「フレンズのか?よく知ってるな… フレンズの身の回りの世話、パークの来客との仲介、面倒くさい法的な手続き… まぁざっくりそれぞれ担当のフレンズいて、そのサポートをするのが飼育員の仕事だった、調べたのか?」


「うん、ちょっとね?」


 夢の話… クロユキはあの不思議な夢を思い出してから気になって仕方ないのだ、自分がそこに行き見て聞いて感じた世界、同様にシラユキが見て聞いて感じた世界のことが。


 だがまずはあの世界が現実か否か、それを見定めたい。


「じゃあ、ツチ姉とトキちゃんの担当って一緒の人だったりした?どんな人か知ってる?」


「なんだずいぶんピンポイントだな?ツチノコとトキ?んー… どうだったかな、歳のせいか上手く思い出せん」


 無理もない、ざっと40年は前のことだ。


 ナリユキは顎に手を当て、時に目を閉じたりしながら遠い記憶の彼方を呼び覚まそうとしている… がぼんやりとしか思い出せない。


 

 フム… 誰だったか?でも確か当時トキとツチノコはかなり親密だった記憶がある。

 

 そうだ、確か遠目でカップルみたいにしてる二人を見てフレンズの恋愛感情について知ったんだ… フレンズ同士、即ち傍目から見れば同性愛となるのだが、よーく調べているとフレンズ間ではさほど珍しくもない状況らしい。


 よく考えたら辺り前のことだろう、フレンズには女の子しかいないんだから。

 男という存在は当時の人間、俺を含むスタッフの連中かあるいは男性客。


 本来男はいないのだから人間の介入によりようやく男女というものが生まれる。



「じいちゃん?どう?思い出せそう?」


「ん?あぁすまん…」


 少し思考が逸れたなと反省しつつまた頭を悩ませてみるが、いかんせんハッキリ思い出すことができない。


 するとそこで彼の妻、ユキはポンと手を叩き言ったのだ。


「結構偉い方じゃなかったですか?ほら、フレンズに意地悪する悪い飼育員さんが云々って話しに来てたような…?」


「あぁそうだそうだ、ナウさんだ!あんまり話したことないんだが美人だから顔だけは覚えてる、そう言えばトキとツチノコと三人で歩いてるとこ何度か見たことあるなぁ」


「そうですねぇ?美人でしたよねぇ?」ムスッ


「怒るなよ…」


 キッと夫を睨むユキ、求めていた答えが見つかったのかなにやら目を丸くしながらニヤリと笑うクロユキ、汗だくで妻から目を逸らすナリユキ。


「ナリユキさんいつもそうです!そのナウさんって人にもどーせちょっかいだしてたんでしょ!」


「待て待て、“どーせ”とか“いつも”とか人聞きの悪いことを言うんじゃない、俺はずっとユキしか見てないだろ?」


「メガネカイマン… メキシコサラマンダー… セイリュウ様」ボソボソ


「いや違う、そんなんじゃないマジそんなんじゃないから頼むから睨まないでくれ可愛い顔が台無しだぞ?いやその顔も可愛いけどな?こんな可愛い嫁さんがいる俺はきっと特別な存在なんだと思いました」


 妻に言い訳を繰り返す姿はまるで新婚夫婦のようで… どこか息子のユウキがかばんに睨まれている姿にもよく似てたそうな。


「あとミライさんも…」ボソッ


「それは本当に忘れてくれ頼む」



 いいじゃないか別に、結果的に俺はユキを選んだんだから…。


 ミライさんが好きでいろいろ動いてたから俺達は出会えたんだぞ?ひとつの過程として受け入れてほしいと切に思うところだ、それにミライさんちょっとあれだしな。


 君はそういう面倒なところもあるが女ってのはそういうものさ?君を妻にして、俺は後悔したことなんてないんだ。


 意識し始めたのはいつからだっけな…。








「「「ブハハハハハハッ!?」」」



 よっす!俺ジャパリパークの研究員ナリユキ!こっちは上司のカコ先輩!今みんなで飲み会なんだ!たーのしー!


「ナリユキくん、申し訳ないけど私はもう帰るわ?片付ける仕事が多くって… あとはみんなで楽しんで?」


「先輩!夜の1人歩きはやべーっすよ、おい誰か送り狼はいないか!」


「「「ハイハイハイハイハイ!!!」」」←大人気


「ちょ!?いらないから!///じゃあみんなお疲れ様でした?」


 1人歩きとは言ったが先輩に便乗して女性陣は皆ぞろぞろと帰っていく、さすがのカリスマだがそれによって野郎だけで飲むなんてまったくナンセンスだ…。


 でもすげー楽しい、どっかで飲み直そうか。


 と考えているとその内1人が言った。


「なぁ?そう言えば例のあれ、ラッキービーストのプログラミング済んだか?」


 ラッキービーストか、ミライさんが考えたパークガイドロボット… カコ先輩がそのアイデアから設計に携わり晴れて正式採用されると皆各々でプログラム制作に入った。


 試作機はミライさんの元にあるんだってな?確か防水機能をつけてくれって先輩に話してたのを聞いた、だから俺達から携わってるのは純正防水。


 さておきラッキーのプログラムはもう皆済んでるはずだ、あとやることは…。


「期限来週だったな?あとはせっかく組んだプログラム弄られないようにロックをかけるだけ、パスワード決めて動作を確認して終わり… それがどうした?」


「これからみんなでパスワード決めにいこうぜ?ジャパリパークに俺達が居たってサインを残すのさ!ナリユキの部屋で!」


 同僚のこの意見に賛成した俺達は早速持ち帰ったラッキーを持ち寄り俺の部屋に集合した… 待てなんで俺の部屋なんだ。


 酒に弱いやつとか明日も仕事が残ってるやつとかいろいろあって集まったのは5人ほどだが、とにかく俺達は俺の部屋に集合した。


「だからなんで俺の部屋なんだよ」


「今日は明日が休みなんで、コンビニで酒とつまみを買ってから滅多に人が来ない所なんで、そこでしこたま酒を飲んでから…」


「おいバカやめろ」


 まぁ、5人くらいならなんとか入れる。

 

 前までは寮だったんだがなんか出世し始めて持ち帰る仕事が増えてきたために落ち着ける場所が欲しかった、帰ってまで仕事するなんて俺は偉いねぇ… でも今日は明日が休みなんでry


 ま、それから男らしくゲスい会話を繰り広げながら皆で酔っぱらっていったんだが、この時のテンションでちょっとバカなことしてしまうんだね俺達はまったく…。


「なぁナリユキ?あれ、あれもう一回話して?」


「あぁあれか?スケベフレンズ物語… メガネカイマン教官!今夜は自分のことをその胸に挟み込んでベッドでデスロールでありますか!?自分はウジ虫であります!指導をお願いします!」←最早鉄板ギャグ


「「「ブハハハハハハッ!?」」」

 

「そして訓練を終えたウジ虫隊員は、透け透け衣装で男を前屈みにさせるフレンズ… メチャシコサラマンダーとの一騎討ちになるのであった!昨日教官にガッツリ抜いてもらったから今の俺は賢者タイムだ!逝くぞメチャシコサラマンダー!… しかし、ウジ虫は死んだのだ、メチャシコサラマンダーに抜き殺されてしまった…」


 ゲラゲラと響くゲスな笑い声、こういう時間はいくつになっても大事だと思う。


 ちなみに下ネタばっかり言ってる人は疲れやなんやらでストレスが溜まっていて下ネタを言うことで無意識にストレスを発散してるらしい、つまり俺は頑張ってるからこんなことを無意識に言っているんだ、敬えよほら?


「次回!

メチャシコウさんのせいで僕の如意棒が…

イルカちゃん達の潮で前が見えない…

四神の力おっぱいドラゴン…

の三本です」


「四神はさすがにまずいだろ!クククク… 腹痛ぇ…!」


「よしパスワード決まったな、ナリユキはメチャシコサラマンダーだ」


 ここに開発者5人による伝説のラッキービースト5体が誕生する。



 パスワード一覧


 メチャシコサラマンダー


 メチャシコウ


 ベッドでデスロール


 イルカの潮吹き(直球)


 おっぱいドラゴン様



 後にこれにより息子の前で醜態を晒すことになるということを、この時の俺には知る由もなかった。


「音声認証パスワードヲ設定シマス」


「メチャシコサラマンダー」


「パスワードヲ“メチャシコサラマンダー”デ設定シマシタ」


「「「ブハハハハハハッ!?!?!?」」」



 若い頃ってのはこういうバカを仕事にも持ち込んでしまうものなんだ、わかるだろう?だからみんなは真面目に仕事しような?





 翌朝、ほんの少しの頭痛と共に目を覚ました俺の元にピョコピョコとコミカルな足音を鳴らしながら歩いてきたラッキーが俺に言う。


「オハヨウ ナリユキ パークトフレンズニ 現在異状ハアリマセン 今日ハ湿度ガ高イヨ 雨ニ備エテ傘ヲ持ッテイコウ」


「おまえの仕事はまだ始まってない、まだ寝とけ?スリープモードだ」


「了解 スリープモード」


 目の光がスゥッと消えていくのを確認すると沈黙したラッキーを隅の方にずらしメールチェック等して返信をしておく、それから…。


「もしもし?あぁおふくろ、元気? …よかった、俺も変わりないよ …いや、正月まで帰れそうにないんだゴメン …ハハハ!今に見とけって?孫5人くらい作ってやるからさ? …うん、それじゃ」


 母親の着信が残ってた、掛け直したら連休は帰るのかって話だったが何せ忙しくてなぁこの頃… しかも早く結婚しろってさ?余計なお世話だよ!ちくしょう!



 それから俺は簡単に身支度を済ませて外に出た… っと傘がいるんだったか?今日は晴れ予報だったはずだけどなぁ?まぁ今日はラッキーを信じてみようじゃないか?


 外に出たがこれといってなにか用事がある訳じゃない、休日くらいたまにのんびり過ごすつもりだ。


 どっかで飯食って、買い物して、帰って明日の準備して寝よう… っと~?マジで降ってきやがった、サンキューラッキー?こりゃ助かった!


 手軽に入れるお店は無いかと傘を差してブラブラしていた、雨の日は憂鬱だなんてよく言うが俺はそんなに嫌いではない… 傘に当たる雨の音は心地よいし、いつもと違った雰囲気の景色が見える。


 急な雨に焦りバタバタ窓を閉める人や雨宿りできる場所を探して走る人、恵みの雨だと濡れるのもお構いなしにクルクルと楽しそうに踊るフレンズ、それから…。




 傘を忘れて困っている美人とか。




 彼女は見るからに困ってますって感じで雨宿りしてた。


 いつもの探検服ではなく私服、お洒落に興味は無さそうだったが桜色の薄手のセーターを着ていて白いロングスカートはほんのり風で揺れていた。


 そしてその綺麗な黄緑がかった珍しい色の髪を少し雨で濡らし、手には買い物でも行ったのであろうトマトなどが入った紙袋を大事そうに抱えている、メガネにもほんの少し雨粒がついていた。



 急に降ってくるなんて、困りましたねぇ?



 って顔に書いてある、いつも笑顔の彼女なのでへの字眉毛が少し珍しく感じた。


「やぁ、ミライさん?」


 だから声をかけた、想い人のあんな姿を放っておくなんて男が廃るというものだ


 こんなタイミングで話しかけられるとは思わなかったのだろう、彼女は少し驚いた様子で返事を返してきた


「あぁナリユキくん!奇遇ですね?ナリユキくんもお休みですか?」


「まぁね?傘、忘れたの?」


「パークではこういうこともしばしばあるので折り畳み傘をいつも持っているんですが、たまたま忘れてしまいました… すぐ止むといいんですが」


 そう、急にガラッと変わることがあるんだよなパークは?でも今回はドジったねミライさん?

 ちなみに俺は傘を差してる、彼女はない… あとはその袋を持って帰るだけの彼女の為に俺のできることは1つだよな?


「良かったら傘入ってく?送ってくよ」


「えぇ?そんな悪いですよ?これからお出かけされるんですよね?」


「いや、俺も昼飯ついでにちょっと買い物さ?これと言った用事はないんだ、ほら?嫌でなければどーぞ?」


「相合い傘だなんてなんだか照れますねぇ?///でもありがとうございます、ではお言葉に甘えて…」


 珍しいこともあるものだと少し不思議な気分だった。


 たまたまミライさんと休みが被っていたその日、たまたまラッキーを部屋に持ち帰っていて傘を持つよう言われ、たまたま傘を忘れたミライさんに会ったんだ。


 私服なんて初めて見たかもしれない、フレンズとの触れ合いが彼女の生き甲斐だからよく休みを返上してサービス出勤を自らし始めるような人だとカコ先輩から聞いたことがある、なんでも給料を出さないわけにいかないから少し問題になったとか。


 そんな珍しい休日の彼女に今日俺は会えたんだ、なんかほら?ドラマチックなものを感じないか?


 肩がくっつきそうなほど近くにいる彼女が俺に言った。


「前から思っていましたが、背がお高いんですね?私も低い方ではないんですが、頭一個分くらい差が出来てしまいますよ」


「中学三年の時いきなり伸びたんだよ、それで高校入ったらバスケやろうとかバレー部入れとか言われて大変でさ?」


「意外ですね?なにか運動部だったのかと思ってました、ラグビーとか?」


 そんな他愛のない会話をしていた、人間らしいというか… フレンズの関係の無い話?一個人同士の話というか、そんな会話。


「でも意外だな、ミライさんって結構お洒落するんだね?」


「そりゃまぁ私も一応女ですから?少しくらいなら見た目に気を使ってます」


「いいね、可愛いと思うよ?なんか新鮮」


「もぅ、褒め上手ですね?白衣じゃないナリユキくんも新鮮です、なんか好青年って感じで素敵ですよ?」


 なんだよ嬉しいじゃねぇか。


 今日はいい日だ、私服姿で照れるミライさんも見れたし素敵とか言われるし相合い傘できるし綺麗めの服着てきてよかった。





 なんかやっぱり、雨の日って嫌いじゃないんだよな。

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