迷子少年の初めて③

 空を飛んでみるとわかったことがある。


「あれ?変なの、桜が咲いてる…」


「ん?桜は春に咲く花だ、なにもおかしいことはないと思うけど…」


 嘘だ… だって僕とユキが森で遊んでる時は紅葉と落ち葉があったもの、つまり秋だったのに。


 春になってる?なんで?


 それから…。


「ねぇ!あの?ツチノコ… さん?」


「どうした?」


「トキさんもだけど、二人とも首に小さな痣があるよ?大丈夫?痛くないの?」


「「!?」」


 二人はパークパトロール?だって聞いた、だからハンターみたいにセルリアンとかなんだかよくわからない悪い人と戦って怪我をしたのかな?って思った。


 でもそのことを聞いたとき二人はとても慌てていた、目を逸らして顔は真っ赤だった。


「これは… ハハハ、なぁトキ?///」

「そ、そうですね!?ねぇツチノコ?///」


 変なの… やっぱりパパとママみたいだ。


 何があったのか僕にはさっぱりわからないけれど、そうしているうちに僕たちはいろんな建物が立ち並ぶ都市部というところに到着した。










 彼、クロユキはここに来るまでに何度も驚きを隠しきれなかった。


「綺麗な建物が… こんなにたくさん?」


 それは街だった。


 彼は都市や街という建造物が何軒も並び人が群れを作っているのを見たことがない。

 なぜなら彼は、荒廃しフレンズと動物だけになったジャパリパークに生まれ育ち人間という生き物には身内以外で会ったことがないからだ。


 彼からしてみればまさにここは異世界、あるいは近未来的なロマンに溢れた風景だったことだろう。


「スゴい…」


「大きな建物がそんなに珍しいですか?」


「私はその気持ちわかるよ、初めて街を歩いたときこんなにも人がいていろんな建物があるなんて信じられなかった」


 ツチノコもトキに連れられてここに住むまでは暗い洞窟に住んでいた、クロユキがまるで田舎から出てきた学生の如く都会に圧巻とする気持ちには彼女も思わず共感した。


「クロユキくんのおうちは自然に囲まれてるんですね?」


「うん、周りには森しかないよ?」


「やっぱり元が野性動物だからか自然に囲まれると安心するもんだけど、こういろんな施設があって便利なのも馴れるといいもんかな?まぁ、私はトキがいるならどこでもいいんだけどさ」


「ツチノコ!子供の前ですよ?でもクロユキくんにもすっかり馴れたみたいですね?ちなみに私も、ツチノコがいてくれたらどこに住んだって構いません!」


 不思議… 女の子同士なのに。


 とクロユキは出会った時から二人の間に友情以上の何かをひしひしと感じていた。


 例えば同じように湖畔の二人、アメリカビーバーとオグロプレーリードッグは言わずと知れたパークの名コンビ。

 足りないところを互いに補い適材適所で仕事をこなすベストパートナー。


 だがそれ以上に… 見ているとこう、それ以上のものを感じる。


 似て非なるものとしてクロユキの両親、シロとかばんは愛し合う夫婦であり、その愛が育まれた結果クロユキとシラユキという双子に恵まれた。


 二人は暇を見つけてはベタベタしているが、それは男女ならではのことだとクロユキはちゃんと理解している。


 故に、間近で女性同士がまるで恋人のようにイ~チャコラしてるのが彼の目には不思議に映っていた。


 彼は母の親友サーバルキャットのサーバルに幼いながらに想いを寄せている、彼女も既に既婚者でもうすぐ子供も産まれるが好きなものは好きだ。


 ただしそれだけだ、間に入ってやろうとかそうは思わない、産まれる子供がどんな子なのか楽しみでもある。


 とつまり何が言いたいかと言うと、それは彼も一人の男としてサーバルという女性に好意を寄せているということで、恋愛感情とは男女間に起こる物だとちゃんとわかっているということだ。


 だがこの二人はどうだろう?湖畔の二人同様なぜか女性同士で恋人同士のような雰囲気を感じるのだ。



 二人は… やっぱり恋人?でも女の子同士だよ?そんなことってあるの?でも明らかに普通の友達同士とは違う、湖畔の二人もだけど… ママとサーバルちゃんみたいな仲良しとは違う感じがする。


 だってスゴいベタベタしてるもん。


「はっ!?ご、ごめんなさいクロユキくん!ほったらかしでしたね?私達はそのほら、仲良しでして?えへへ…」


「付き合ってるってこと?」


「「え!?」」


「恋人同士なの?」


 トキとツチノコはモジモジしながら黙り混むとお互いの顔を見合わせニヤニヤとだらしない笑みを浮かべていた。


 赤らめた頬は互いに友情以上の気持ちがある表れ、そしてそんな二人を見続けることでクロユキも幼いながらにこのような恋愛もあるのかと、なにか悟りを開いたようにそれを受け入れた。


「やっぱり、おかしいかな?女の子同士でなんて…」


 ツチノコの表情が少し複雑なものとなった。


 恐らく二人もわかってはいるのだろう、この関係が周りから見た普通ではないと。


 だがそれは飽くまで第三者の目を気にしすぎているに過ぎない、クロユキはそんな彼女達に子供らしい率直な意見を述べた。


「ううん、二人みたいに仲がいい女の子同士の人他にも知ってる、多分僕がよく知らないだけで珍しくもないんだと思う、だってこんなに仲良しなんだもん!きっと素敵なこと何だよ?それに自分が大好きだって想ってる人が自分のことを大好きだって想ってくれてるなんて、すごく特別なことだよ!」


「クロユキくん…」

「クロユキ…」


 彼はまだ幼い…。

 だが既に失恋を経験している。


 そんな彼だからこそ言えた言葉だった。






 ピンポーン



「ナウさ~ん?いらっしゃいますか~?」


 街からまっすぐナウの家を目指した三人、呼び鈴を鳴らしたトキだったがナウが出てくる気配は無い。


 どうやら留守のようだ。


「留守か?」


「そうみたいですね?ちゃんと鍵もかかってます、休みだと聞いていたんですけどね?」


 それもそのはず、ナウは休日出勤。


 役職についたからと言って椅子に座ってふんぞり返るわけではない、皆の見えないところで時に休みや休憩を返上しながら働いているのだ、特にナウの場合は担当フレンズを持ちまだまだ現場の仕事も多い。


「それじゃあどうする?どこかで時間でも潰すか?」


「そうしましょう、クロユキくん?せっかくなので観光でもどうですか?」


「観光?ナウさんって人は?」


「仕事か、用事か… とにかく少し出ているみたいなんです、だから少し時間が経ってからまた来ましょう?」


 少しだけ、クロユキの顔に不安の色が見え隠れした。


 トキもツチノコも優しく、とても面倒見がよい… だがクロユキから見たこの得体の知れない世界は彼にとってストレスになるのも事実。


 二人が嫌いな訳ではないがすぐに家に帰って家族に会いたいというのが彼の本音である。


「やっぱり、不安か?」


「うん…」


「大丈夫です、私達はクロユキくんを決して一人にはさせません!パパとママの代わりにとまでは言わないですけど、どうか頼ってください?パークには楽しいとこがたくさんあります!はぐれないように手を繋いで歩きましょう!」


 そう言うと、二人はクロユキを挟み片方づつ手を握った。


 クロユキは妙に安心感を覚えた。


 

 パパとママと… 必ず隣にはユキがいた、だからこうして両の手を大人に握ってもらうことが僕は少なかった。


 パパの手をユキが取って、ユキの手を僕が取る、そしてママが僕の手を取って歩くことが多かった。


 だから…。


 なんだか今は一人占めしてるみたいでほんの少しくすぐったい。


 言ってしまえば、どっちもママになってしまうのだけど。


「そうだ、お腹が空きませんか?ファミレスでも行きましょう!」


「賛成だ、クロユキは何が食べたい?」


「ファミレスってなに?」


「ファミレスを知らないんですか!?じゃあ今日がファミレスデビューですね!いろんな美味しい物が食べれますよ!さぁ早速行きましょう!」


「でもよく聞いてくれ?絶対トキと同じものを頼むんじゃないぞ?」


 初めてのファミリーレストラン、クロユキは期待に胸を膨らませながら二人に手を引かれナウ宅前を後にした。


 ナウとは結局どんな人物なのか?ここで会えると思っていたのでなにやら不完全燃焼だが、例のファミレスとやらが楽しみなクロユキは不安を胸に残しつつも笑顔を取り戻し、少し変わったカップルのガイドのもとパーク観光を楽しんでいった。







「へぇ~?クロユキくんのパパは料理がおじょーずなんですね?」


「うん、弟子もいるんだよ?みんなパパの料理が好きなんだ!」


「ん~… 私も料理の一つくらい覚えるべきかな?」


「私が教えてあげますよ!辛いものは得意なんです!」


 辛いもの限定なのか… とツチノコは一瞬目のハイライトが消えかけたが、それはさておきクロユキともこんな風に他愛ない会話ができるようになったことが嬉しかった。


 二人にとって、子守りというのが初めてだったため実はその点不安ではあったのだ。


 だがこうしてトキと二人で子供を挟み歩くのがなぜか心地良く、いつか自分達も… なんて流石に無理のある妄想をしては、フードに隠れてニヤける顔を宙に逃がしていた。


 そんな時だった。


「…あっ!」


 とクロユキが二人の手を離れまっすぐ走り出した。


「なんだ?」

「クロユキくん!一人で行っては行けませんよ!」


 手を離れたことで少し寂しさを感じた二人だったが、クロユキの向かう先にある光景を見て少しハッとした。


「えぇん… 風船飛んでっちゃった…」


 と泣くのはクロユキよりもっと小さな女の子だ、どうやら風船から手を離してしまい木に引っ掻けてしまったらしい、隣にいる母親も困り顔を向けている。


 泣いてばかりだったクロユキだが、この時は悲しむ女の子を見てその場に駆け付けた。


「あぁ… 風船が木に?あの高さなら私が飛べばすぐですね!」


 そう、誰しもそう思うだろう。


 ここには鳥のフレンズがいる、トキが飛べば済む話なのだ。

 だがそうしてトキが名乗り出ようとした瞬間にクロユキが言ったのだ。


「大丈夫だよ?僕が取ってあげるから」


「ほんと?」


「うん、あれを取ればいいんだね?」


 トキとツチノコは一瞬凍りついた、まさかあの木を登るのか!?と。


 当然焦って止めに入った、トキは鳥である自分がいるのだからわざわざ危ないことをする必要はない、怪我をさせる訳にはいかないと必死に止めた、しかし…。


「大丈夫だよ?登らないし」


 そんなトキとツチノコに向かい彼はそう言い放ったのだ。


 登らずにどう取るというのか?ジャンプして届くような半端な高さではないし、小さなクロユキならば尚更だ。


 クロユキは何をするつもりなのか?


 二人もこの時ばかりは不安な表情を見せた。









「はぁ~…終わった終わった!半日とは言え休日を潰されたこの鬱憤はやっぱり食べて発散しよう!それがいい!どーせならトキちゃん達も一緒に~…っておやぁ?タイムリーだねぇ?」


 ミーティングを終えたナウ、そんな彼女の前に自分が担当するフレンズの二人、トキとツチノコがタイミング良く現れた。


「楽しそうに歩いちゃってリア充だねぇ?なんだよぉ?寂しくなんか… っていうかあの間にいる子は誰?はっ!?まさか二人とも!自分達では子供を作れないからって犯罪に手を染めたんじゃ!?」


 飼育員ナウは早とちっていた、トキとツチノコの愛が暴走してどこかの子供を連れ去り自分達の子供として育てようとしてると考えていたのだ。


 しかし、実際はその発想こそが間違いなので実質暴走してるのはナウの方だ。


「担当飼育員として放っては!おや?子供が走り出したね?そうだよ!逃げるんだ!そのまま自分の親の元へ… あら?あれは?」


 少年の走った先は大きな木の下にいる親子の元だった、小さな女の子に向かい話しかける少年は木を見たり女の子を見たりと交互に首を動かしている。


「ああなるほど…」


 と超絶理解力を発揮したナウは状況を察した、どうやら木に引っ掛かる風船がとれずに女の子が泣いているらしい。


 少年は泣いているその子を気に掛け走り出したのだ。


 なんだ小さいのにいい男だなぁ?とナウは関心していた、すぐにトキとツチノコが少年の元に駆け寄り何やら話し始めた。


「おぉそうだよ!トキちゃんが取れば解決じゃんね?やっぱ優しいねトキちゃん… あれ?断ったの?ダメだよ!無理にでも飛んでトキちゃん!あんな高い木にあんな小さな男の子をってえぇぇぇぇッ!?なに今の!?」



 ナウがその時見たもの、それははほんの一瞬の出来事だった。










「せーのっ!」


 クロユキが掛け声と共に突きだした右手から光輝く別の右手が飛び出した。


「え!?」

「なんだ今のは?手?」


 サンドスターコントロール。


 クロユキは父と同じ技を使い木に引っ掛かる風船を優しく手元に引き寄せた。


「はい、もう離しちゃダメだよ?」


「わぁい!お兄ちゃんありがとう!」


 女の子は大喜びでその場を後にした、母親は小さく会釈を残し娘を追いかけた。


「クロユキくん!?今のはなんです!?」


「どうやったんだ?手から… もうひとつ手が出てきた?上手く説明できないな…」


「サンドスターコントロールだよ?」


「「サンドスターコントロール?」」


 二人にとっては訳のわからない意味不明な単語であった。


 そしてそんな頭に「?」な状態の二人の元にわたわたと駆け寄る女性がいた、こちらのビックリして間抜け面になった彼女こそ、今三人が最も会いたかった人物。


「おぉい!トキちゃん!ツチノコちゃん!」


「あ、ナウさん!」


「ナウ?良かった丁度会いたかったんだ」


「いやごめん、急にミーティングが入ってね?ってそれはいいや!この子は誰?いったいどうしたの?」



 ナウさん?

 このお姉さんがナウさん?



 クロユキの元に現れた茶色髪ショートで深緑のジャケットを羽織る女性。


 クロユキを両親の元へ返すために力を借りたい人物、三人はとうとう飼育員ナウと会うことができたのだった。

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