迷子少年の初めて②

 僕はクロユキ、みんなはクロと僕を呼ぶ。


 だけど…。


 もう僕は一人ぼっち、僕をクロと呼ぶ人はどこにもいない。


 僕は悪い子だから…。



  ユキを探して図書館に帰ったらそこは僕の知らない図書館だった。


 そこには僕の家が無くて、パパもママもユキもラッキーでさえ居なかった。


 でも博士達は居た!


 って思ったのだけど、この人達はそっくりな別人みたい、教授と准教授だって?

 准教授なんて助手とそっくりなのに「である」とか言うんだ、変なの。


 でも、別人ってことは当然二人は僕のこと知らなくって…。


 ここで変なのは教授でも准教授でもない。


 僕の方だったんだ。







「うぇぇぇぇぇぇん!?!?!?」


「うぉぉぉん!?どうすれば泣き止むのですかぁ!?」

「お菓子にも手をつけないである!流石の我々も手に余るのである!」


 孤独。

 

 子供の精神を揺さぶるのにこれほど効果的なものは他に無いだろう。

 なにせ孤独とは、大の大人でも精神を病んでしまうほど辛く耐えがたいものなのだから。


 かつてこの孤独というものに彼の父親も散々苦しめられてきたものだ、奇しくも息子であるクロユキが同じように孤独に苦しむというのは因果というかなんというか。

 

 この一族はそういう星の生まれなのかもしれない。







「到着です!」


「スゴい泣き声だ、まさか二人は誘拐でもしたのか?」


「だとすれば、パークパトロールとしては放っておけませんね?とにかく入ってみましょう?」


 そんな孤独なクロユキの泣き声を聞き付け急ぎ図書館に到着した二人、トキとツチノコだ。

 二人はこれは只事ではないとすぐにドアを開け建物の中へ入った。


「二人とも!こんなところに子供を連れ込んで何をしているんですか!」


「その子は誰なんだ?悪いことは言わない、変な気を起こすなよ!」 


 困り果てていた二人はクロユキ同様に泣きだす寸前の顔していた。

 そして二人の顔を見るなり助っ人が来た!と言わんばかりの笑顔になり助けを求めた。


「おぉお前達!よく来たのです!手を貸すのです!」

「話は後である!とにかく今はこの状況をなんとかするのである!」


 なにこれ?


 とこれがトキとツチノコが率直に感じた気持ちである。


 いろいろ試すものの大泣きして止まない男の子、それに参っているフクロウ。


 そしてそんな二人が助けを求めてきている。


「助けろと言われても、どうしたらいいんだ?子守りなんて私達もやったことないし」


「フフフ、ツチノコ!私の出番ですよ!泣いている子供をあやすには“アレ”が1番に決まっているでしょう?」


「え?あぁアレか!その通りだ!」


 アレ… とは?


 教授と准教授はこの言葉をたまたま聞き逃していた、クロユキをあやすのに精一杯で意識が向かなかったのだ。


 だが、もししっかりとトキ達の会話を聞いていたら二人は止めていただろう。

 なぜならこの場で例のアレを喜んで聞いていられるのは彼女のパートナーであるツチノコただ一人だったからだ。


「じゃあ張り切っていかせてもらいます、聞いてください… くれない」←!?


 スーッと息を大きく吸ったトキ。


 ニコニコと期待の目を向けるツチノコ。


 あやすのに精一杯で威厳を失った教授と准教授、そして今だ悲しみに暮れるクロユキ。


 その時図書館を支配したものは。


 彼女、トキの歌だった。





「紅ぃ!に染ぉまったぁー!こぉのオォレェをヲヲヲヲヲ!!なぁぐさめぇーるヤァツゥはー!もぉぉぉういぃぃなぁいぃぃぃぃ!!!」←迫真



 何か、衝撃波に近いものが図書館にいた3人に当てられていた。


 流石にそのスーパーソニックには聡明なフクロウコンビは耳を貸さずにないられない、否… 無慈悲にもその音は二人の意思とは関係なく耳の奥に届き鼓膜を揺らした。


「「イヤァァァァ!?!?」」


 二人は一度大きな悲鳴をあげると一旦そこに立ちすくし、やがて動かなくなってしまった。←生きてる


「なんだそれ?トキにして珍しい歌だな?」


「やはり多種多様な歌を極めていくべきかと思いまして、どうですか?」


「すごい!カッコいいと思うよ!痺れた!」


「フフ!流石ツチノコはわかってますね?」


 そんな光景をただただ呆然と眺める者が、その空間には一人だけいる。


「ビックリした…」


 そう、クロユキだ。


 突如聞こえた美声怪音波に、彼は悲しみなど忘れその場に放心状態となっていた、奇しくもそのイベントが彼から孤独の悲しみを一度忘れさせることに成功していたのだ。


「お、泣き止んだみたいだぞ?やっぱりトキの歌はスゴいなぁ」


「やりましたね!ひょっとすると私は子守りの才能があるのかも!」


 泣き止んだ彼は冷静に状況を分析し始めた。


 

 ツチネ… ツチノコちゃんだ、でも違う、そっくりだけどあのツチノコちゃんは僕の知ってるツチノコちゃんじゃない、だってこっちのツチノコちゃんは目付きが悪くないしもっと落ち着いてるもん。

 隣にいるのはトキちゃんだ… でもやっぱりこっちもそっくりなのに違う人、だって僕の知ってるトキちゃんはもう少し物静かな感じがするもん、目もキラキラしてるしそれに歌だって僕の知ってるトキちゃんの方がもうほんの少し上手だった気がする… 少しだけ。


 何よりこの二人、すごく仲が良さそう。


 そう、例えるなら湖畔の二人みたいに。



「ボウヤ?私はトキです、あなたの名前を聞かせてください?」


「あ、えっと… クロユキ… です」


「クロユキくん!いい名前ですね!こっちはツチノコです、照れ屋さんなんですよ?馴れればちゃんと話してくれますからどうか許してあげてください?」


「ヨロシク…」ボソッ


 トキとツチノコ。


 二人は一応職業としてパークパトロールというのに属している。


 トキは言わずもがな歌うことを趣味、楽しみとしている。←ただし上手いとはry


 ツチノコはそんなトキの歌が好きで、恐らくお互いにこれ以上相性のいい相手はいないことだろう。


「可愛いでしょうツチノコ?クロユキくんもそう思いませんか?」


「よしてくれこんな小さな子供の前で、それにトキの方が私なんかよりずっと…///」


「もぅ、ツチノコったら…///」


 そう、お互いにこれ以上の相手はいないだろう… 即ち、つまりなんか二人はそういう関係なのである。


「… はっ!?我々はいったいなにを!?」


「見るである教授、少年が泣き止んでいるのである」


 二人が目覚めた時、クロユキは孤独の悲しみよりも冷静にこの状況と周りの人物達の分析に入っていた。


 もちろん悲しいし寂しい、だがいつまでもクヨクヨしても仕方ないのだ。


 “ここ”がなんなのか、自分がどうなったのか知らなくてはならない。


「よくわかりませんがよくやったのですお前達」


「大義である、状況を整理するのでお菓子でもつまみながら話すのである」





 現状、クロユキは謎の世界にいる。


 自分のいたはずのところとは似て非なる世界。


 だが当然教授やトキ達がそんなことを瞬時に理解できるはずもないし、話したところで子供の戯言と受けとる可能性が高い。


「子供は想像力豊かですよねぇ?」「そうだな」と言ったところだろう。



「クロユキくんはどこからきたんです?」


「森から帰ったらここに着いたんだけど…」


「フム、大方パーク職員の子供だとか観光で来たどこかの親子連れ、たまたま両親からはぐれてしまったのでしょう?」


「しかし、ここにはあまり観光客は来ないのである… 妙では?」


 四人はクロユキの存在に疑問を持つ、同時にクロユキもこの空間に疑問を持ち始めた。



 中が僕の知ってる図書館とほとんど変わらない… とても綺麗だけど同じだ。



 よく博士達と本を読み耽る彼にはすぐにわかった、ここは自分の居た図書館とそう変わらないのではないか?ということに。


 否、同じなのでは?と。



 確かめてみよう。



「む… どうしたである少年?」


「絵本でも読みたいんですか?」


 スクっと立ち上がり彼が何も言わず目指したのは建物の真ん中付近に設置されている低めの本棚。


 そこには絵本、子供でも取りやすいように低く手が伸ばせる棚に並んでいるのだ。


「三段目、左から5番目の本… 不思議の国のアリス、あった… チェシャ猫が笑ってるページは…」


 彼は冷静に絵本を取りペラペラとめくり始めた。


 この時点で彼は勘づいていた、自分の知っている位置にあるのと同じ本、同じはずなのに自分の知っているそれよりもずっと綺麗なその絵本。


「あぁ… 無い、やっぱり無い」


 自分の知っている同じ本なのに彼が知っているあるものがそのページには無かった。


「ユキが落書きした透明じゃないチェシャ猫が無い…」


 チェシャ猫はにやけた口だけを残し体を消す絵本に出てくる猫… シラユキが3才の頃のことだった。


『体が無いなんてかわいそー!』


 と言ってクレヨンで口以外の部分を描き足してしまったのだ、動機に優しさが籠っているために両親も強く叱れず、博士達も「逆転の発想なのです」と半笑いで許してしまったという出来事だった。

 

 そして彼は答えを導きだす。



 同じ森にいたはずなのに別の図書館に着くことはない、だって僕は空から見たことがある、図書館はひとつしかない。


 それに全く同じ位置に同じ本があるなんて偶然でもそんなことあるの?


 建物の中心を覗くと… 木がある、苗木程度に小さいけど木はある。


 この木って… あの木?え、ここってすっごい昔ってことなの?


 なんで!?



「どうしました?絵本なら私が読んであげしましょうか?」


「あ、いや… ううん?えっと、大丈夫だよ?トキ… さん」


「なんだかよくわかりませんが、とにかく我々では手に余るのです」

「トキにツチノコ、お前達パトロールでしょう?この子の両親を探せないであるか?」


 知らぬ間にクロユキはパークにたまたま来ていた迷子ですぐに何かしらの方法で両親の元に返してやるという話が進んでいた。



 でも… でも、どうやって?パパとママはいないよ、そういないんだ。


 僕はみんなのいない世界にきちゃったんだ、こんなとこからどうやって帰ればいいのさ?


「うぇぇ…」


 そう思うとまた悲しみが込み上げてきた、自分は単なる迷子ではないと再認識してしまったのだ。


「あらあら大丈夫?心配しないでください!私達が絶対パパとママに会わせてあげますから!」


「無理だよぉ…帰れっこないよぉ…」


 トキは彼の頭を撫で、不安にさせぬよう優しく抱き締めた。

 

 これ以上寂しい想いはさせられない。


 それまで黙っていたツチノコはどうすればたくさんの人が集まるこのパークで彼の両親を探しだすことができるか考えていた。


「あの、トキ?とりあえずナウのとこに連れて行かないか?ナウって偉いんだろ?ほら、来客名簿?とかで調べられないのかな?」


「あぁ!名案ですねツチノコ!」


「お前達の担当飼育員でしたね?」

「そういうことならば、この子のことはお前達に任せるである」


 ナウ?飼育員?


 クロユキには聞きなれない単語が飛び出した、それによくよく考えてみるとまるで何人もパークにお客さんが来てるようなその物言い、クロユキは悲しみも去ることながら強く疑問を感じていた。


「あの… どこか行くの?」


「心配ないですよ!とっても頼りになって優しい人のところに連れてってあげます!ナウさんならきっとクロユキくんをパパとママに会わせてくれますからね?」


「トキが飛んで連れてってくれるんだけど… あの、私が君を抱えるよ?怖いかも知れないけど大丈夫だ、決して離しはしないから、信じてくれるかな?えっと… クロユキ?」


 この時彼はトキとツチノコ、この二人から自分の両親を見ているような安心感を覚えた。



 ここは僕の知ってるジャパリパークじゃない、でも… もしかしたらパパ達が探しに来てくれてるかもしれない、僕の知らない世界がきっと大人の間だけであるんだ。



 だんだんと前向きになってきた彼はツチノコの問いに元気よく答えた。


「僕、お空を飛んで運んでもらったことがあるから平気だよ?高いところは景色が綺麗で好きなんだ?」


「そっかわかった、じゃあおいで?私達に任せておけ?」


「うん!」


 そんなクロユキの笑顔を見ていたトキも教授も准教授も、先程の泣き顔と比べてずいぶんよい顔になったと安心しホッコリとした気持ちにさせられた。







「準備はできましたよ!それでは行きましょう!ナウさんの元へ!」


「トキ、一応確認だが大丈夫か?この道具があるとは言っても子供一人分重くなる、行けそうか?」


「へーきですよ!この命に代えても二人の安全は保証します!」


「トキが生きていてくれないと意味がないんだけどな、頼むから無理はしないでくれ?」


「もぉ~?私がツチノコを置いて行くわけがないじゃないですか?」


 またやってる…。


 やはりどこか両親の姿を重ねるクロユキ、そんな二人は一旦置いといて図書館の二人の方を向き直した。


「見つかるとよいですね?」

「無事に親の元へ帰れることを我々も願っているのである」


「教授、准教授?どうもありがとう!迷った先がここでよかった!」


「不思議なことを言いますね?」

「迷わない方がいいに決まってるのである」


「ううん… だって二人共すごく優しいし頼りになったもん、怖い人のとこじゃなくてよかったなって!」


 キョトンと目を丸くした二人は一瞬目を合わせると、ニコリとクロユキに笑いかけた。

 

「当たり前でしょう?」

「変わり者も多いパークですが、我々はモラルくらい弁えているのである」

「困っている少年を放っておくはずがないのです」

「なぜなら我々は…」


 あ、この流れは?


 これは長がいつも言うあの下り、気付いたクロユキは二人を出し抜くようにその言葉の先を答えた。



「賢いので!でしょ?」


「おや?フフフ、違いますよ?」

「まぁ賢いのも認めるのである」

「ですが違います」

「「我々は…」」




「「聡明なので」」










 パークの都市部、そこに建つ一軒家からそそくさと飛び出す茶髪でショートヘアの女性がいた。


「おーっと、ちゃんと鍵を閉めないとねぇ?危ない危ない… まったくもう、新年度だからって休日にミーティング入れることないじゃんねぇ?役職は辛いよ、トホホ…」


 彼女はまだ年若いが飼育員としてそれなりの地位に付き、こうして一軒の家を構えのんびり暮らしている。


 ただし独身、恋愛経験も少なく広い家に一人孤独な生活を送っている、孤独には慣れたくないものだ。

 とはいえ美人の部類に入り何でもそつなくこなす彼女、誰かもらってやれ。


「なんか誰かに失礼なこと言われてる気がするけど、寂しくなんかないぞ~?そんじゃ今日も張り切って働きましょ~?ナウさんいっきまーす!」


 戸田井奈羽とだい なう

 彼女はパークの飼育員。


 今まさにクロユキを連れてそこ、彼女の元へ向かっている。


 ナウ、彼女はトキとツチノコの担当飼育員だ。

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