迷子少年の初めて
「子供の頃、不思議なことがあってさ?」
とあるなんでもない普通の一日だった、シロの息子クロユキは父に向かい唐突に話し始めた。
「どうした急に?」
「いや、結婚したと思うと僕も大人になったんだなーって思ってさ?子供の頃の写真を見てたら急に思い出したんだ」
洗い物に勤しむ父、そんなシロになんとなしに話しかけていた彼は昔の写真を見て思い出した出来事をつらつらと語り始めた。
それは彼、クロユキが7才くらいの頃のことだった。
「ツチ姉ってさ?トキちゃんと仲良かったりする?」
「んーいや、特段普通かな?やっぱりほら、今だからそこそこ歌えるけど彼女正直歌もアレだろ?苦手意識はあったと思うな、俺がアンコールしたら怒ってたし… まぁ彼女は元々人見知りだったからなぁ」
「そっか… いや実はね?」
…
7才になったばかりの少年クロユキは、双子の妹シラユキと森の中を縦横無尽に駆け巡りその体力が尽きるまで遊び回っていた。
かつてはセルリアンと接触する危険性があったため保護者の同伴が必要だったが、彼らも昔とは違う。
シラユキもクロユキもセルリアンにあっさり捕まるほど弱くはないし、クロユキはサンドスターコントロールを覚えた、もう彼がサンドスターロウに蝕まれることはない。
片方が追われたら片方がその石を砕き助ける、そんな風にして彼らも時に戦うことの大切さを身をもって体感していった。
尤もシロが巡回しているしんりんちほーの森の中には目につくほどセルリアンはいないのだが…。
「つーかまえた!」
クロユキの放った二人の身の丈程はあるであろう光の手は、逃げるシラユキの体をグッと押さえ込んでいた。
「あーん!それずるいよ~!」
二人がやっていたのは狩りごっこ。
外では一般的に鬼ごっこと言われる遊びだが、誰が言ったかパークではこうした追いかけっこのことを狩りごっこと呼んでいた。
そして今捕まったのはシラユキ。
クロユキは7才にしてすでにサンドスターコントロールによる技術が父シロに追い付きつつあった、いやこの時既に超えていたかもしれない。
そんな双子の兄クロユキに向かいシラユキはむくれっ面を向けて言った。
「それ禁止!」
「ユキも使えばいいんじゃない?」
「クロの意地悪!ユキが使えないの知っててそういうこと言ってるもん!」
「練習が足りないんだよ~?」
そう、シラユキにはそれができなかった。
シロが基礎的に循環させることを教えたこともあるのだが、どうもクロユキのように器用にコントロールができず難儀してしまいやがて不貞腐れてやめてしまう。
サンドスターコントロールとは繊細な技術で、まだ幼子のシラユキには早かったのかもしれない。
あるいは才能の問題なのか、もしくは当時まだシラユキの中にいたシロの母であるホワイトライオンのユキの存在によるものなのか、詳しくはわかっていない。
ただ、クロユキは器用だった。
とてもとても器用な子だった。
「じゃあ次はユキの番ね?十数えてからだよ?ズルしないこと!いい?それじゃ、ネーコさんこーちらー?」
「も~っ!バカクロ!後でパパに言いつけちゃうんだからね!」
クロユキはそんなシラユキを嘲笑うかのように軽やかな身のこなしで森の中に溶け込んでいった。
シラユキが十数え終わった頃には双子の兄の姿も気配もその場から消え、木々が風で揺れる音と共に辺りには落ち葉が舞い散っているのが見える。
しんりんちほーはもう季節は秋模様なのだ。
そんな静かな森の中を、シラユキはクロユキを探し歩きだした。
…
いい加減、一時間近くが経過しようとしていた頃だ。
「クロー!近くで見てるんでしょー!ユキ知ってるんだからねー!もう降参!だから出てきてよー!」
しん… と静かな森の中。
もう降参だと声を張り上げたシラユキ、だがクロユキから返事が返ってくることはなかった、これほど時間が経った今もクロユキはまだ見付からないのだ。
そんな雰囲気に不穏な空気を感じ取ったシラユキ、だんだんとその元気な表情にも不安の色が見え始める。
「クロ?どこ…?」
強気な態度だった彼女だが、やがて弱々しく声も小さく震えていった。
「出てきてよぉ!どこにいるのぉ?ふぇ… 一人にしないでよぉ…?」
彼は現れない、森の中で一人泣き出した妹を他所に彼が現れる気配はまったくない。
クロユキは、しばしば困るシラユキを隠れて見て楽しむことはあったが、さすがに泣くほど困らせたことはない。
だがこの日はどれだけ時間が経っても彼が現れる気配はない。
「えぇ~ん!クロのばかぁ!パパぁ~ママぁ~!」
その日シラユキは大泣きしながら森を出て両親の元へ帰った。
もちろんそれでも彼は現れない、シラユキが泣きながら家に帰っても…。
当然彼の姿はそこにはないのだ。
…
「あれぇ?ユキどこ行ったのかな?いつまで探してるんだよ…」
一方兄クロユキもなかなかシラユキが探しに来ないことに不安を感じ一度別れた場所に戻っていた。
勿論彼女はそこにはいない。
「帰ったのかな?もぉ~また不貞腐れたの?女の子って気紛れだなぁ…」
彼はシラユキとは違い至極冷静だった。
森の中も慣れたものだし、図書館にだってすぐに帰れる、それに機嫌が悪くなるとこうしてすぐに投げ出して先に森をでることもしばしばあったシラユキ。
「また始まったよ」
程度にしか彼は考えていなかったのだ。
仮にまだシラユキが森の中にいたとしても、父も母もそれに博士や助手も図書館にいるのだ、みんなですぐに見付けることができるしシラユキだって土地勘がある、簡単にセルリアンに捕まる子でもない。
故に…。
「またママに怒られちゃうよ」
なんてウンザリするだけで特に心配するわけでもなく、上手い言い訳はないかと思考を巡らせながら彼も帰路に着いた。
…
クロユキも諦めて図書館に帰った、だがそこは彼にとってあまりにも違和感を感じる風景が広がっていた。
「えっと、あれぇ?な、なんでぇ!?」
彼が驚くのも無理はない、森をいつものように抜けると確かにジャパリ図書館がそこに存在していた。
だがいつもの風景から完全に欠落した物があったのだ。
「おうちがないよ!?どーして!?」
家族四人が住む家が無くなっていた。
図書館のすぐ隣にあったはずの自分の家がまるで始めから存在していなかったように消えていたのだ。
それに図書館も変だ…。
クロユキの知るジャパリ図書館のイメージは、細長い建物の中心に大きな木が天井を破り傘の様になっているという外観だった。
だが彼の前に現れた図書館は…。
「木がない?ここ、図書館じゃないの?僕のおうちはどこ?パパとママは?ユキはどこに行っちゃったの?博士と助手は!?」
それまでは余裕のあった彼だったが急にどっと不安が押し寄せた。
知らないところに来てしまった、どうしよう?もうみんなに会えないの?
彼は、ある日母に言われた言葉を思い出していた。
『クロ?自分の方が上手だからってユキをバカにしちゃダメでしょ?』
『でもユキだってぼくより走るの早いし力も強いからってバカにしてきたもん… 仕返しだよ』
『そうだね、ユキも聞きなさい?ユキはとっても体が丈夫で足も早いし力持ち、クロは器用で考えるのが上手だから勉強も得意… どっちもすごいよね?だからバカにするんじゃなくてお互いのスゴいとこ褒めてあげて?クロにあってユキに無いものがあるし、ユキにあってクロに無いものがある、フレンズによって得意なことは違うってサーバルちゃん言ってたでしょ?だからもしそれが出来ない悪い子は…』
母かばんは少し溜めると、おとなしく聞きに入っている子供達二人に少し声を低くして言った。
『みんないなくなって、“一人ぼっち”になっちゃうからね?』
孤独の恐怖に怯え二人は揃って声を挙げる。
『『一人ぼっちやだー!?』』
『じゃあ仲直りしなさい?二人とも本当はいい子でとっても仲良しなんだから、できるでしょ?』
『『はーい…』』
…
その後は互いに顔を見合わせ、一言『ゴメンね』を伝えて丸く収まった。
だがクロユキは思ったのだ。
そういえば、最近はユキのことをちょっとバカにしてたかもしれない。
僕はパパみたいに上手にサンドスターを使えるようになったけど、ユキは全然できてなかった… だから僕は特別なんだってユキのこと見下していたかもしれない。
もしかして。
だからおうちが無くなっちゃったの?
僕は…。
一人ぼっち?
怖くて怖くて仕方なかった。
小さかった不安がどんどん大きくなり自分が今孤立していることを認識してしまった。
「やだ… 一人はやだよ、寂しいよぉ… うぇぇゴメンねユキ?ちゃんと謝るから、みんな帰って来てよぉ…?」
この7年間というまだまだ始まって短い彼の人生だが、ここまでとてもいろんなことがあった。
それに伴い彼は大きく大きく成長したつもりだった。
背が伸びたり体重が増えたり、遠くまで歩いたり木登りが上手くなったり早く動けるようになったりした… 体だけではない、知識を付けたり心の面でも様々なことを体験して沢山のことを学んだ。
しかし、孤独というものはまだ小さな彼をただの子供にしてしまうに十分な恐怖心を与えた。
次第にすすり泣く声は大きく張り上げた泣き声に変わっていき、しんりんちほーに彼の声が大きく響いた。
がそんな時だった。
「なんですか騒々しい?」
「見てください、こんなところで子供が泣いてるのである」
二人の鳥のフレンズが泣いているクロユキの元に音もなく降り立った。
「あ、あぁ…!」
その姿は彼にとってとても馴染みがあって、二人を目に焼き付けた彼はポロポロと涙を溢しながら安堵の表情を見せた。
博士と助手だ!よかった!一人ぼっちじゃなかった!
そこに現れたのはアフリカオオコノハズクとワシミミズクのフレンズ
彼にこの二人もとっても頼れる保護者には変わりはない、クロユキはその姿に強く安心感を覚えた。
「博士ぇ!助手ぅ!」
ギュッと目の前のアフリカオオコノハズクに抱き付いた。
「博士?」
「助手?」
やはり、この時も彼は本当はどこか違和感を感じていた。
だが彼は信じたくなった、故に目の前にいるフレンズは自分にとって馴染み深い二人、博士と助手なんだそうに違いないと強く思い込み自分に言い聞かせギュッとしがみついた。
だが…。
「落ち着くのです少年、お前は迷子ですね?一人で寂しかったのでしょう?パークの職員を呼んでやるのです、そうしていい子にしてればすぐに両親に会えるのです」
「え、え… 博士?僕だよ?」
「博士?いや私は“
「嘘だ… ねぇ助手!助手は僕のことわかるでしょ?」
教授?と混乱と疑問が彼の頭の中を駆け巡っている、助手だと思い尋ねたワシミミズクも同様に答えた。
「私は“
「そんな…」
クロユキはショックのあまりその場に崩れ落ちた、この二人… 島の長である博士と助手によく似ているが別人だというのだ。
教授と准教授、二人はそう名乗りクロユキとは会ったこともないと言う。
そのためよそよそしく“少年”などと他人行儀な呼び方をして、クロユキは今の二人に対し大きく距離を感じてしまっていた。
「僕… やっぱり僕は一人ぼっちになっちゃったんだ…」
「ど、どうしたのです?大丈夫なのですよ?今お前の両親を探してもらうように連絡を」
「うぇぇぇぇん!?!?!?パパぁママぁ!?ユキぃ!?」←ギャン泣き
「「わぁぁぁああ!?」」←困惑
クロユキは、まだ7才である。
いくら頭が良くしっかりしている子だとしても、そんな年端もいかない子供が帰ったときに家もなく家族もおらず、さらに同居人にお前など知らないとまで言われてしまったとあってはその悲しみと孤独に耐えられるはずはない、彼はこの状況にまたたまらず泣き出してしまった。
「ど、どうしたらよいのですか准教授!?」
「わからないのである!?専門家はいないであるか!?」
「ええええええええん!?!?!?」
「おぉよしよし!我々がついているのですよ~!?」
「ほらほら!お、お菓子も用意してるのである!一緒に食べてパパとママを待つである!」
この教授と准教授の二人も、慣れない子守りにはその明晰で豊富な知識を持つ頭脳も形無しであった。
…
察しの通り、ここはクロユキのよく知るジャパリパークではない。
サンドスターは時に妙なイタズラをすることがある、特に彼を含む猫の一族には…。
まるでしばしば夢でも見ているような出来事が起こることもある。
そう。
猫はしばしば夢を見る。
…
「二人と会うのは久しぶりですね?元気にしているでしょうか?」
「あの二人が元気にしてない方が不自然に思うけどな、私は…」
「それもそうですね~?」
森の上空を二人のフレンズが空を渡り図書館へ向かっていた。
片方は鳥のフレンズで白を基調とした髪や服装、細部に美しい赤色が入っている。
そしてそんな彼女に専用の道具に吊られた青緑の髪をしたフレンズ。
蛇… のフレンズと思われる彼女は茶色に横縞の模様が入ったパーカーワンピースを着ている、フードを深く被りその美しい髪を隠しており、足には下駄を履いている。
ウェェェェェン!!!!
「…ん?今の聞こえたか?」
「なんですか?」
青い髪の彼女の耳に図書館から聞こえる少年の泣き声が届いた。
「泣き声だ、子供が泣いてる… 行こう“トキ”?図書館で何かあったみたいだ!」
「わかりました“ツチノコ”!さぁ!飛ばしますよー!」
クロスオーバー
猫シリーズ(気分屋)×トキノココンビの初めて(栗饅頭)
コラボ先↓
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