僕が欲しいもの

skim

臆病者

 僕は臆病だ。

 人に対して何も言えないのだ。

 電車で杖をついたおばあさんが目の前で立っているのにも関わらず、優先座席に我が物顔で座っている女子高生がいても、喫煙禁止の場所なのに堂々とタバコを吸っているサラリーマンが隣にいても、学校でイジメられても、僕は何も言えない。

 言ったら何かされるに決まってる。殴られたり蹴られたりするのは日常茶飯事だから、もしかしたらもっと酷い事が……そんな恐怖が勇気よりも先に身体を支配してしまうのだ。

 僕はそんな自分がたまらなく嫌だった。恐怖で何も言えない自分が情けなくて、惨めに感じてしまう。

 だから僕は自分の事が嫌いだ。それが、いつの間にか他人と関わりを持ちたくないという気持ちに変わってしまった。

 当然、今の僕に親しくしてくれる友達なんかいるわけがない。

 人と関わりを持たず、人に何も言えず、殴られる為に学校を行き来するだけの毎日。

 だから最近こう思う。

 

 僕に生きている価値なんかあるのかと。

 


 そう思い始めてから数日。何か都合のいい方法がないかと思い、インターネットで調べようとパソコンの画面を眺めていた。

 それらしいサイトにアクセスし、一通り中を覗いては次のサイトへ。そんなマウスを動かすだけの操作を行う事数十回。あるサイトの最下部に表示されている一つのバナー広告が、僕の注目を引き付けた。

「……あなたの一番欲しいものを差し上げます?」

 こんなストレートに怪しいバナー広告は今時見た事無い。あまりに怪しすぎて逆に僕の興味を引いてしまう程だ。

 こんな広告もあるんだなと変な感心をしながらも、僕は不思議と、何の躊躇いも無くカーソルを広告に合わせてクリックする。

 すると別タブが開き、三秒後に画面はそのメインページを表示した。

 真っ黒な背景に、白字で淡々と書かれていた文章を声に出して読み上げる。

「えっと……『このページを閲覧頂きありがとうございます。誠に勝手ですが、ここに来たあなた様は、何か欲しいものがあるお客様だと弊社は判断させて頂きます。さて、前置きはこれくらいにして本題に入らせて頂きますが……」

 画面をスクロールして続きを読む。

「『この説明文の下に、あなたの欲しいものを一点だけ書いて送信して頂ければ、三日以内にお客様のお手元に商品をお送りさせて頂きます。お代は発生しません。望まれる商品に制限はございません。どういったものでも構いません』……」

 その下にも説明文は続いていたが、ここまで読んで一気に最後まで画面をスクロールした。冒頭の説明の通りに欲しいものと、配送先の住所を記入する欄が表れた。そのすぐ下に「送信」の二文字も。

「……いくらなんでも怪し過ぎだろう。新手のフィッシング詐欺か……?」

 胡散臭いと思いながら、このタブを閉じようとした……

 いや、待てよ?

 マウスを動かしていた手が止まる。

「これが本当なら、自殺できる道具も送ってくれるのかな……?」

 もうすぐにでも死のうかと考えていたから、この考えは自然と出てきた。もし本当に欲しいものが手に入るなら、楽して死ねる自殺道具を送ってくれるかも知れない。

 そう思った瞬間、僕は何の躊躇いもなく記入欄に住所を書き込んでいた。

「これが詐欺だったとしても、近々死ぬ僕にとっては関係ないし」

 その時は、多少親に迷惑が掛かるだけだ。僕にはあまり関係ない。

 住所の記入を完了し、欲しいものの欄でいったん手が止まる。

 欲しいものは……

「自殺できる道具」

 入力し、僕は送信ボタンをクリックした。



 三日後。

 驚いた。本当に僕宛に小包が届いた。

 半分以上は嘘だと思っていたので、配達のサインをするときに思わず指が震えてしまった。

 急いで僕は部屋に戻り、床に置いてまじまじとその小包みを見る。

 小包は、ハードカバーの本が2冊重なった位の大きさだった。こんな小さな箱の中に、自殺できる道具が入っているのか?

 包み紙を丁寧に剥がす。包み紙に包まれていたのは、檜色をした木箱だった。それを見て、何故かへその緒が入っている箱を思い出した。

 木箱の蓋をゆっくりと開ける。中には黒い布に包まれた何かと、一枚の紙が4つ折になって入っていた。

「なんだこれ?」

 先に紙を手に取る。開いた紙は何やら文章が書かれている。

「なになに? ……『ご利用いただきありがとうございます。こちらがお客様の欲しいものでございます。前述した通り、お代は発生しませんのでご安心を』……」

 なんだ。ただの説明書かと思ってそのまま紙を捨てようとしたけど、赤字で書かれている文があることに気付いた。捨てるのを止めて再び読み上げる。

「『これをお使いになる前に、いくつかのルールがございます』?」

 ルール? やっぱりタダでくれるわけじゃないな。条件があって当然かと思いながら、そのルールを読む。

「『ルール1、これは使うまで中身を確認しないでください。ルール2、これは肌身離さず持つようにしてください。この2つを守って頂ければ、お客様の自由にご使用されて構いません』……ルールってこれだけ?」

 妙なルールだった。赤字で書いてあるのはこれだけだ。

 でもまあ、タダでくれたんだ。これくらいの決まりなら従ってもいいな。

 紙をゴミ箱に捨てた後、木箱の中に入っているもう1つのものに注目する。

 それはL字の形をしていた。

 形だけでは一体何なのか分からない。

「中身を確認するなって事だけど、触るのはアリだよね。常に持ってなきゃダメだし……」

 言いながら、黒い布ごと手に取ってそれを確認する。そこまで重みはない。太めにL字を描いているその形は片手で持つものだろうか? 少し辺の短いほうは、右手にスッポリとフィットする。

 いや、これって……

 右手にそれを持った僕は気付いた。この手に収まるL字型で、自殺できる道具って、

「け、拳銃!?」

 僕は思わずそれを投げ捨てた。腰をぬかした。黒い布に包まれたそれは、乱暴に床に転げ落ちた。

 あまりの衝撃に脈が速くなる。気付けば肩で息をしていた。

 とんでもないものが手に入ってしまった。今の時代はクリック1つでこんな物騒なものが手に入るのか……

「この送り主は、一体どういう神経をしているんだ?」

 それは僕が言える立場じゃなかったが、誰でもそう思うだろう。

 しばらく経って落ち着きを取り戻した僕は、改めてそれを手に取る。

「本物の拳銃なんて意外と軽いものなんだな」

 拳銃にはビックリしたが、冷静になった僕はそもそも、何故これを持っているのかという当初の目的を思い出す。

「これで……僕は死ねる」

 死ぬためにこれを頼んだんだ。本当に自殺できる道具がタダで手に入るなんて、僕はなんてラッキーなんだ。

 と、思ったのだが。ここで僕の中に新たな考えが生まれた。

「……これがあれば、あいつらに仕返しが出来るじゃないか」

 この拳銃があれば、僕をイジメた奴を殺す事ができる。

 そうだ。僕はもうその気になればいつだって死ねるんだ。いつでも、どこでも、好きな時 に。

 だったらあいつらを巻き込んでもいいじゃないか。あいつらだって生きている価値なんてないんだ。僕があいつらを殺してしまえばいい。

 そう思ったら途端に愉快になってきた。いつでも死ねる道具を手に入れたせいか、どういった殺し方がいいか考える。

「どうせなら派手に殺したいな。派手にとなると……学校の教室がいいな。いきなり僕が拳銃をあいつらに向けて撃ったら、みんなビックリするだろうなぁ」

 今日は日曜日だから……これを使うまであと一日か。あと一晩まてば、僕はあいつらを殺す事ができる。

「楽しみだなあ……明日が」

 時計を見ながら笑った。そういえば、僕は何年ぶりに笑ったのだろうか……



 月曜日。

 僕は学校に行くために電車に乗った。もちろんアレも制服のポケットに入れている。

 やっとあいつらに復讐することができる。今の僕は誰にも負けない。今日の学校が楽しみすぎて、昨日はあまり眠れなかった。

 けれど、こんなに楽しい登校は久しぶりだ。とても清清しい。拳銃を持っているだけでこんなに気分が晴れやかになるとは思わなかった。

 電車が駅に到着する。僕が降りる駅は後二つ先だ。

 扉が開き、数人が電車の中に乗込む。乗客の一人に腰の曲がったおばあさんの姿が見えた。

 おばあさんは頼りない足取りで、優先席の方へと向かっていた。

 僕が席に座っていたなら、おばあさんに譲る事が出来たんだけど、残念ながら僕は立ってつり革を持っている。でも優先席があるから大丈夫だろう。

 だけどおばあさんは座らずに、手すりを掴んで優先席の前に立っている。席を見ると、よその学校の女子高生二人が座っていた。場所をはばからず声を大にしておしゃべりをしている。

 二人はおばあさんに気付いてないのか、席を譲ろうとはしなかった。いや、気付いているはずだ。優先席なのに譲らないとは何事だ。

 周りの乗客は何も言わない。

 おばあさんは電車の揺れに耐え切れず、隣の大学生にぶつかってしまった。「チッ」と舌打ちする声が聞こえた。おばあさんは揺れに耐えながらも「すみません」と謝った。

 僕は頭に来た。久しぶりにこんなにいい気分で学校に向かっているのに、目の前でこんな光景を見せられたら台無しだ。

 きっと二日前の僕なら、こうは思わなかっただろう。でも今の僕は弱い僕じゃない。今の僕は誰にも負けないんだ。

 拳銃を手に入れて、僕は強気になっていた。あの女子高生に文句を言ってやろう。なに、少しでも抵抗すれば眉間に一発ぶち込めばいいんだ。

 僕は人の合い間を縫って優先席に近づく。おばあさんの隣にいた大学生を半ば強引に押しながら僕は女子高生の前に立った。

 押された大学生が僕を睨みつける。何するんだこのガキと目で言っていた。

 僕にそんな目を向けていいのか? 僕の指一つ動かすだけでお前の人生が終わるんだぜ?

 僕は大学生を睨み返した。すると、大学生は僕の眼力に負けて、目を逸らす。もう睨んではこなかった。

 それでいいんだ。あのまま僕を睨み続けていたら僕は撃っていたかもね。

 さてと……

 僕は今度は座っている女子高生を睨みつけた。大声で喋っていた女子高生の一人が僕の存在に気付く。

 その子はじっと僕の目を見る。友達が喋らなくなった事に気付いたもう一人の子も、その子の目線を追って僕の姿を捉えた。

 二人のお喋りが止まった。睨みつける僕に向かって一人が僕に尋ねてきた。

「あの……なにか?」

 なにかじゃないだろう? 電車の中で最後を迎えたいのかよ。

 僕はいつでも取り出せるように、右手をポケットに忍ばせながら、

「そこ、優先席だけど」

 酷く冷たい声で言った。

 これで何か文句を言ってくるなら、その時は撃つと決めた。

 女子高生は僕の言葉を聞いてから、隣のおばあさんに目線を移す。

 二人はアッと小さく声をあげると、

「ごめんなさい! おしゃべりしてて気付きませんでした」

 席を立ち、どうぞとおばあさんに席を譲った。

 以外にも、女子高生二人は素直に席を空けた。

 僕は撃つつもり満々だったので、何だか肩透かしを喰らった気分になった。

 よっこらせと、おばあさんが席に座ると、

「ありがとうねえ」

 僕はお礼の言葉をもらった。



 電車を降りたら、ここからは歩いて学校に向かう事になる。

 改札口を出ると、僕に朝日の温かい光が降り注いできた。

 さっきはあんなことがあったけど、あれくらいじゃ、僕のこのさわやかな気分に影響はなかった。もしかしたらおばあさんにお礼を言われたから気分がいいのかも知れない。

 もう味わうことのないだろうこの気持ちを、じっくりと噛み締めながら学校へ向かう。

 目の前に横断歩道で立ち止まる人の集団が目に入った。歩行者信号は赤なので、僕もその人たちに混じって立ち止まる。

 待っている人の塊の中で、人のいないスペースがあることに気付いた。よく見ると、そこから白い煙が漂っているのが見えた。

 気になったので僕はそのスペースに近づいた。見ると、煙は一人のサラリーマンの手元から出ている。

 煙の正体はタバコだった。そのサラリーマンは人が入り乱れる横断報道で、堂々とタバコを吸っている。

 この駅周辺は喫煙禁止区域だ。だからこの人は街のルールを破っている事になる。

 もしここが禁止区域じゃないとしても、こんな人ごみの中で吸うなんてマナーがなさ過ぎる。手に持つタバコの高さは子供の目線と同じだって言うし、もし火傷でもしたらどうするつもりなんだ。

 またも僕の気分が害された。なんで今日に限ってこうも僕の気に障ることが起きるのだろう。最後なんだし、今日くらいさわやかに登校させてほしい。

 僕はそのサラリーマンに近づき、「あの……」と声を掛けた。もちろん右手はポケットの中だ。

 サラリーマンがこちらに振り向く。

「ここ、タバコを吸ったらいけない場所ですよ」

 地面を指差した。サラリーマンが僕の指に指しているものを見る。地面には喫煙禁止エリアという文字と、その下にタバコに×印のマークが描かれている。

 サラリーマンは顔を上げて僕を見る。これで何か反抗的な態度をとるなら腹に風穴を開けてやろうと思った。

 しかし、そのサラリーマンは、

「そうだったんですか!? いやあ、すみません。単身赴任でこっちに来たばっかりだから、ここのルールはまだ知らなくて……いや、歩きタバコ自体がいけないんだったな……」

 サラリーマンはいそいそとスーツの裏ポケットから携帯灰皿を取り出し、まだ長さのあった吸いかけのタバコをその中に押し込んだ。

「君、教えてくれてありがとう」

 またもお礼を言われた。



 学校に着いた。

 なんだかここに来るまで色々とあったけど、これはこれでいいもんだと僕は思った。

 気付けば、二人の人からお礼を言われた。今までの僕はこんなことは一切なかった。それはそうだ。僕は人と関わりを持つことを止めたんだから。

 けど拳銃を手に入れて、僕は変わった。拳銃のおかげで僕は強くなり、人に進んで注意できるようになった。これがなかったら僕はお礼を言われる事もなかっただろう。

 こういうことだったら、もっと早く手に入れるべきだったな。そしたら僕は今日死ぬ覚悟で学校に行かなくても良かったのかもしれない。

 ……もしかしたら、拳銃を持っているだけじゃなくて、死ぬつもりだからこうも強気で清々しいのかも。

 ……まあ今となってはどうでもいいか。

 

 教室の前で一度立ち止まる。

 やっと僕はあいつらに復讐をする事が出来る。拳銃を手にするまで、まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかった。夢でもあいつらにイジメられてたし。

 あいつらも、僕がこんなもの持っているとは想像すらしていないだろう。これを目の当たりにしたとき、あいつらは一体どんな顔をするんだろう。楽しみだな。

 僕は教室に入ってからの動きを確認する。

 まず僕が教室に入るとすぐにあいつらが寄ってくるだろう。挨拶代わりに殴ってくるはず だ。殴られて、それでも僕は言うんだ。


《僕は今までの僕じゃない》と。


 その後に、拳銃を見せ付けて、あいつらの頭に一発ずつ鉛玉をぶち込む。命乞いをしても関係ない。弾はどれくらい入っているか分からないが、きっと数人を殺せるくらいは入っているだろう。

 あいつらの脳天をぶち抜いたら、教室にるみんなは悲鳴を上げるだろうな。無理もないか、クラスメイトが目の前で死ぬんだもんな。平気な方がおかしいよ。

 そして……その悲鳴の中で、僕も自分の頭を打ち抜く。

 もともと自殺するつもりでこれを手に入れたんだ。最後はきっちり死なないとね。もっとも、人を殺して僕だけのうのうと生きるつもりはないんだけれど。

 僕は、一回だけ深く息を吸う。そしてゆっくり吐いた。

 ――扉を手にかける。

 勢いよく扉を開けた。

 ほんの一瞬だけ、教室の空気が固まったのを感じた。

 僕はいつも通り、落書きされてズタズタになった自分の席に向かう。

 あいつらが、ぼくの存在に気付いた。

 予想通り、僕に近づいてくる。

 あいつらはへらへらと笑っている。気持ちの悪い顔だ。

 案の定、僕に近づいてきたあいつらは、

 思い切り、僕の顔面を殴った。

 口の中が切れた。

 その勢いで、僕の身体はふっとばされる。

 周りの机を巻き込みながら床に倒れた。

 僕の周りには誰もいない。

 みんな僕を避けていた。いつもの事だ。

 倒れる僕を見て、あいつらはさらににやついた顔を浮かべる。

 立ち上がろうとする前に今度は蹴りを入れられた。

 またも、僕は派手に転んだ。

 その姿が滑稽だったのか、あいつらは声を出して笑っている。

 これが、僕の日常だ。

 ――ほら。これのどこに生きる意味があるんだ?

 でも、そんな事はもう考えなくていい。

 ここまでが、今までの僕だ。

 僕はゆっくりと立ち上がる。殴られた頬がジンジンと熱を帯びる。だが不思議と痛みは感じなかった。

 僕はありったけの眼力であいつらを睨みつける。

 それを見たあいつらが僕に向かって何か言っている。何を言っているのか聞こえないが、あらかた「なんだよ、その目は」とか言っているんだろうな。

 けど殴られるのはもう終わりなんだ。

 変わったんだ、

 今までの僕とは。

 違うんだ、

 今までの僕とは。

 ここにいる僕は、

 今までの僕とは――――


「僕は、今までの僕じゃないんだぁぁぁぁぁ!」


 僕は叫んだ。

 初めてだった。こんなに腹の底から叫んだのは。

 そのせいで、

 教室に入る前に考えていた事なんてすっかり忘れてしまっていた。

 あいつらを殺す事も、

 僕が死ぬことも、

 全部忘れていた。

 叫んだ後、

 僕はあいつらの一人に体当たりして、

 相手を床に倒したあと、

 その顔面を、殴った。

 何回も殴った。

 叫びながら、

 無我夢中で、

 自分の拳が壊れそうなくらいに。

 もう一人の奴が後ろから僕を羽交い絞めにしてきた。

 一瞬身体の自由が奪われたけど、

 僕は頭を振ってそいつの鼻を潰した。

 おかげで自由になった僕は、

 今度はそいつの顔面を殴った。

 そいつが倒れた後に馬乗りになって、

 また殴った。

 何度も何度も。

 僕はまだ叫んでいた。


『やめろ! 何をしているんだ』

 いつの間にか教室に入ってきた先生に、僕は取り押さえられた。

 身体が熱い。声も枯れていた。

 その後僕は生徒指導室に連れて行かれた。あいつらは保健室に運ばれて行った。

 先生に色んな事を聞かれたけど、僕は何をどう先生に説明したのかは憶えていない。それほど僕は興奮していた。

 頭が中がグルグル回っている。

 時間が経って興奮も収まった時、気付けば僕は生徒指導室の外にいた。

 同時に、どうやら自分の手が怪我している事を知った。

 教室に戻る前に、保健室で手当てをしよう。僕は保健室へと足を運んだ。

 保健室に入ると、顔面がボコボコで血だらけになった二人の生徒が目に入った。歯も何本か抜けている。

 二人は僕を睨んでくる。

 僕も睨み返した。

 すると、二人はビクりと身体を震わせたかと思うと、僕から目を逸らした。

 その顔は今まで見た事の無い、みっともなく情け無い表情を浮かべていた。

 僕は何も言わず、保健室の先生に手の治療をしてもらった。

 僕は二人より先に保健室を出る。

 教室に向かう途中で、僕はあることを思い出した。

「……あれ、結局使わなかったな」

 ポケットの中から黒い布に包まれたそれを取り出した。

「使うときまで開けるなって書いてあったけど……」

 必要がないと思った瞬間、何故か、どうしても中を見てみたいという衝動に駆られた。

 黒い布をゆっくりと広げる。

 そこにあったのは……

「これ、ただの水鉄砲だ」

 水が入ったままの水鉄砲だった。道理で軽いはずだ。お代がタダなのも妙に納得がいった。

 だけど……よく考えたら僕はこれをポケットに忍ばせて女子高生を注意したり、歩きタバコを止めさせたりしてたんだな。

 勘違いして強気になって、我ながら滑稽すぎる。

「プッ……は……アッハッハハハ」

 堪えきれなくて噴き出してしまった。

 ……勘違いでよかったんだ。今の僕には必要のない、いや、元々必要なかったものだったんだ。

 今になってやっと分かった。

 僕は水鉄砲に目を落とした。そして水鉄砲の下に紙が挟まっている事に気付く。メッセージカードだ。

 僕はカードを手に取り、そこに書かれているメッセージを読んだ。


「お客様の欲しいものは確かにお渡ししました。ご利用いただき、ありがとうございました」

 

 僕はすぐには教室に戻らず、しばらく水鉄砲で遊ぶことにした。

 

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