好機のカラオケボックス
ミノル
好機のカラオケボックス
「えがおさく~きみ~と~つ~ながってたい~」
やっぱりかわいいな、と私は楽しそうに歌う彼女を見つめながら思った。
私と彼女は同じサークル『チェリー』に所属している。
そのサークルは毎週土曜の太陽が沈んで夜の街が賑やかになってきたころに飲み屋を渡り歩くという、俗にいう「飲みサー」と呼ばれるものだ。
本来私の性格上こういった類のサークルは性に合わないはずであるのだがなぜ入部を決意したのかというと、それは他ならぬ今私の目の前で熱唱している彼女が理由である。
彼女との出会いはまだ私が入学して間もないころ、数々の執拗なサークル勧誘を掻い潜って大学内を歩いていた時だった。
一人の女性が横から、「スポーツサークル『チェリー』です!みんなでスポーツしたりたまに飲み会したりしてま~す!興味あったらぜひ一度遊びに来てね!」とビラを差し出してきた。
私は罪悪感を感じながらも無視を決め込もうと思ったのだが、ふとそのビラから視線を上に移すと、なんとそこにはさも麗しい顔立ちがこちらを見つめているのではないか!
ほんのり茶色の髪にくりっとした目、そしてどこかあどけなさの残る感じ。
私はその差し出されたビラを受け取り確信した。
彼女に一目惚れしたのである。
そういうわけでその数日後の新入生歓迎会に足を運んで、その場で入部を決意したという経緯だ。
いざ入ってみるとみんなでスポーツをするなんてことは皆無であったが、そんなことはどうでもいい。私は毎週土曜の飲み会で彼女に接触することに全力を注いでいた。
しかし彼女と言葉を交わせることもなく、無情にも月日は過ぎていった。
やがて私は気づいた。そもそも女性にどうやって話しかければよいのか分からないということを。
今まで女性とは無縁の生活を送っていた私にとって、女性に声をかけるというのは至難の業であった。
だがしかし、私は現に今彼女と2人きりで同じ空間、同じ時間を共有している!
そして彼女の歌声も私1人で独占している!
人生というものはいつ好機が転がり込んでくるか分からないから面白い。
告白しよう。
これは絶好のチャンスだ。これを逃すともう次は来ないかもしれない。
しかし問題はいつ告白するかということだ。この数時間告白のタイミングを窺っているが、彼女が次から次へと曲を歌い続けるため中々難しい。
どうする私。今の曲が終わったら告白するか、それともまだ待つか。
「と~な~りどうしあ~な~た~とわ~たしさくらんぼ~」
もう1回!
なんて言っている場合ではない!いつ告白するか考えるんだ。
どうする私。と心の中で葛藤しているさなか、突如壁に付けられた固定電話が音を立てた。
彼女は歌を切り上げ、マイクに代わって受話器を手に取り耳に当てた。
すると途端に彼女は神妙な面持ちになり、私にこう告げた。
「残り時間5分だって~。なんか疲れたしあたし先帰るね。お金ここ置いとくから。じゃあまた!」
残りの5分間、私はただ一人で泣いた。
好機のカラオケボックス ミノル @minoru1998
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。好機のカラオケボックスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます