5分間の生命

藍原 紫ノ

無題

この世界は、誰かの意のままに動いている。


誰かは分からない────言うならば、神。

誰をどのような運命に導き、どんな言葉を吐かせて、どんな方法で人生を歩ませるか、全ては神の御心のままなのだ。

珍しいことに私は、その真実を知り、神を認知する役回りを頂いた。


女子高生の字で記された細やかな数列の下、隠されたルーズリーフ。

初夏のある日、数学の授業。

残り時間5分。

短時間の主人公。

5分間の主演。

空に浮かぶシャーペンの文字。

届かない空に浮かぶ物語の筋書。

欠伸交じりの少女の筆跡。


何も聞こえない。誰もいない。

そういう設定だからだ。


何も話すことはない。

彼女はほとんどモノローグで話を作ろうとしているからだ。


私の思考という設定の台本。

暇潰しに創られた世界。

観測者のいない5分間の一人芝居。



嗚呼────空虚だ。

300文字を少し過ぎて既に、ありふれた神を知らない存在に憧れを抱いてしまう。何も知らず、ただプロット通りに、『神』の頭の中の具現化をしていたかった。物語の1ピースでよかった。そもそもこういう設定ならば、仲間と共に脱出でも考える長編でもよかったはずだ。こんな救いがない設定など誰が楽しい。


結局は持たされた自我など、必要なかったのだ。


私がこうやって苦悩し絶望しなければならないのは、悪趣味な神のせいでしかない。作られた絶望を、私に一手に引き受けさせた神のせい。


彼女の筆が不意に止まった。

机上に散乱する教科書類を片付け始める。

動かない世界。進まないモノローグ。

仕事を失ったカラーペンが、ペンケースへ帰っていく。


彼女の視線が時計を捉えた。


長針はゆっくりと、確かな動きで進む。




私の末路が見えた。嗚呼。



ねえ待ってもう終わらせる気なのまだ私は生きていたいもっといい展開があるはずもっと先延ばしできるはずまだ生きていたいお願いお願いだから進めて終わりたくない私はまだ終わりたくないただのキャラクターにしないでもっと生かしてください続きを私にくださいごめんなさい嫌だ私を助けて消えたくないこれだけで終わりたくないやめ



無慈悲にチャイムが鳴り響いた。

机上に残されたルーズリーフには、声のない叫びだけが残っていた。

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5分間の生命 藍原 紫ノ @Aloe06170915

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