火花を刹那散らせ

一視信乃

火花を刹那散らせ

──これが、真剣なら、もっと面白いのに。


 そう思いながらあらは、腰まで上げた木刀を抜いて、中段に構える。

 春の遠足のとき、浅草で買った、お土産用の安い木刀。

 握り慣れた竹刀しないとは、重さも何も全然違うが、腕にかかる重みの分、緊張感も増してくる。

 指先にぐっと力を込め、向かい合う相手の左目辺りにスッと剣先を合わせた。


「おいおい、本当にやんのかよ。こんなん当たったら、骨折どころか下手すりゃ死ぬぞ」


 さっきまでそう文句いってたにしきも、剣先を新太の左目につける。


 放課後の武道館。

 試験前だから、剣道部も休みで、がらんとした板張りの部屋には、新太と錦、ふたりきりだ。


 木刀で、真剣勝負がしてみたい。


 やはり木刀を買った錦に、そう提案してから数週間。

 どれほど、この時を待ったことか。


 ふたりはいわゆる幼なじみで、剣道も中学に入ってから一緒に始めた。

 実力は五分五分。

 うちの二年の中では強い方だが、そうなると、十センチ以上背が高く、筋肉もスタミナもある錦の方が、若干有利といえるだろう。

 だが、暑苦しいからと、面は着けないことにしたこの勝負なら、錦得意の遠い間合いからの面打ちは使えないし、デカイ選手は、小柄な相手の胴や小手は狙いづらいようだから、むしろ、新太に有利かもしれない。


 木刀を構えたまま、互いに息を合わせて蹲踞そんきょし、スマホから流れた「始め」の声で、同時に立ち上がる。

 試合開始だ。

 時間は無制限。

 三本勝負で、先に二本取った方が勝ちとなる。

 審判はいないが、まあなんとかなるだろう。


 睨み合ったまま、一足一刀の間合いで対峙する。

 先手必勝が信条の新太は、送り足で移動しつつ、目線で動きがバレないよう、なるべく相手の目元を見つめ、攻めのタイミングを計る。

 同じように構えた錦の剣先が、ほんの一瞬、わずかに中心から逸れた。


──今だっ!


 小さく振りかぶった新太は、だんっと力強く踏み込み、鋭く叫びながら相手の右小手を狙う。

 だが、その動きは見抜かれていたようで、錦は左足を一歩引いて身体をさばき、木刀を下に抜いた。

 それから、素早く踏み込んで、逆に右小手を打ちにいく。

 新太は、手元を斜め前に出し、なんとかそれを木刀で受ける。


 木刀同士がぶつかった瞬間、ガチーンとものすごい大きな音がして、手と鼓膜がビリビリ震えた。

 これが真剣なら、キンッと鋭い金属音がして、火花が散ったに違いない。


──面白い。


 再び対峙したふたりは、ニヤリと笑い合い、剣先を交えた。

 今度は、錦から仕掛ける。

 中心を攻めながら、剣先をちょっと下げて裏に回したかと思うと、新太の木刀を右上に、円を描くかのように払い上げ、声とともに踏み込んでいく。

 狙いは、やはり右小手。

 新太も下がって交わそうとするが、リーチの差か、錦がバチーンっと小手を打った。

 竹刀で打たれたときより、激しい痛みと衝撃が走り、新太の構えが乱れる。

 そのわずかな隙を付いて錦は、右手を返し胴を狙った。

 人斬りのような、容赦ない攻撃。

 新太は開き足で、なんとか身体を左にさばきながら、木刀を振りかぶり、打ち落とす。


 また、ガチーンっと音が鳴った。

 見えない火花が、眼裏まなうらに散る。


 これで錦が一本先取し、あと一本取られたら、そこで試合終了となる。


 ガンガン攻める新太と、激しく打ち合う錦。

 やがてつばが競り合うような至近距離まで迫ったふたりは、交差した木刀を互いに強く押しながら、じっと目を合わせ機をうかがう。

 ここから小手を狙うか、それとも胴か──。

 不意に、れたように打ちかかり、体当たりをかました新太は、体格差からあっさり押し返されてしまうが、その勢いを借りて引きつつ、声を張り上げ、錦の右胴を強く打った。

 打たれた方ばかりか打った方にも、スゴい衝撃が伝わってくるが、テンションが上がってるせいか、最早あまり気にならない。


 これで一対一。

 次で勝負が決まる。


 中段に構え直したふたりは、また一足一刀の間合いで対峙した。

 送り足で移動しつつ、攻めのタイミングを計る。

 いざ踏み込もうとした瞬間、ガラッと武道館の扉が開いた。


「こらーっ! お前たち、何やってるっ!」


 そちらを向いたふたりは、ぎょっと目をむき声を揃える。


「「げっ、ぐちっ!!」」


 ずかずか上がり込んできたのは、クマのような体格の社会科教師で、剣道部の顧問だ。


「面も着けずに試合など、しかも木刀じゃないかっ!」


 慌てて後ろ手に隠したが、時すでに遅し。


「没収だ、没収。ほら、とっとと寄越せ」


 ものすごい剣幕で詰め寄られ、ふたりはしぶしぶ木刀を差し出す。

 弁慶べんけいに刀奪われたヤツも、きっとこんなだったろうなぁとか思いながら。


「あのぉ、それ遠足のお土産なんで、あとでちゃんと返してもらえますよねぇ」

「安物とはいえ、中学生には結構高かったんすけど」

「うるさいっ。まずは、そこに正座しろ」


 板張りの床に並んで座らされ、ふたりは延々と説教を食らった。

 木刀は、卒業までお預けとなり、試験が終わったら、一ヶ月間、ふたりで武道館の掃除をするよう、言い渡される。

 そして最後に、「これは体罰じゃない。愛のムチだ」といわれ、思い切りデコピンされた。


「いてぇよ、センセー。目から火花出たぁ」

「これに懲りたら、二度とバカな真似すんな。もう着替えて、とっとと帰れ」


 木刀が似合いすぎる広い背中が見えなくなって、ふたりはようやく足を崩す。


「お前、オデコ真っ赤だぞ」

「錦こそ」


 同時に吹き出し、ひとしきり笑ってから、この決着は剣道でと、かたく誓いの握手を交わした。

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