第6話 お墓参り

 こんな言葉を使うのもおかしいが、絶好の雨模様。雨傘がその辺をふらついてる日と言えるが……ま、いつも暇人してるわけじゃ無いだろうしな。

 今日は俺も食材買って帰るか。

「あの、ボク……」

 遠くからでも分かる。

 こんな雨の日に傘も差さないで歩く奴なんて一人しか居ない。

「俺のツレに何か用か?」

 あぁ。面を見ればいかにもって奴らだな。睨んだ程度で逃げてくれはしないか。

「おいおい。いきなりでしゃばって来て、美味しい所をかっさらおうってか。女の前だからっていい顔しすぎなんじゃねーの?」

 あー、たりい。チンピラってのは、皆同じ事しか出来ないのかよ。

「野郎に顔を近づかれても、キモイだけだろ。冗談は顔だけにしようや」

「て……んめぇ」

 おーおー。コエ―顔。喧嘩にルールもクソも無い。数は三人。一人は見せしめにボコボコに出来ればそれだけで上等だろう。

「おい、雨傘。知り合いじゃないんだな?」

 コクコクと首を縦に二回。なら、心配も無いか。

「おい。善意で言っておいてやる。消えろ」

 ドスの効いた声で威圧をかける。ナンパが目的ならわざわざ喧嘩をすることは無い。変なプライドが邪魔をしなければな。

「この女は俺のもんだ。てめえらの手垢が付くだけで虫唾が走るんだよ」

「言わせておけば調子に乗りやがって!」

 やっべ。変に煽ったくさいな。お怒りだ。しかも、見え見えの突進パンチ。

「おっと」

 右ストレートを左で受けて、それと同時に顎に一発。

 あんだけ勢いよく突っ込んできたのを利用したんだ。かなりのダメージ……

 ん? コイツ弱! のびてやがる。

「おい。のびたコイツをさっさと持ち帰ってくんねえかな? それとも、お前ら仲良く雨の中で御寝んねが希望か?」

 再度ドスの効いた声で威圧をかける。

 お、今回は効果があったみたいだな。無言で撤退していく。最初かそうしておけば良かったのによ。

「晴くんって怖いのは、顔だけじゃ無かったんだね」

「冗談は顔だけにしておけよ? 雨傘」

「顔、滅茶苦茶怖いって! それに、ほら、手貸して」

 そう言って俺の手を取ると、雨傘の手が震えてる。あ、いつもの冗談は、時雨なりの、精いっぱいの強がり。

「悪い。わりとマジで……」

 喧嘩して、気分がマズい方向へ飛んでたらしい。

「うん」

「でもな、雨傘。お前、黙ってりゃ可愛いんだから、ああいうのには気を付けろよ」

「いやー。まさか晴くんの口から可愛いなんて単語が飛び出してくるなんて思ってもみなかったよ」

 驚いた表情で俺を見過ぎだろ。珍獣でも見てるみたいなんだが。

「うっせ。次は助けてやんねえぞ」

「あー、ちょっとまって。謝るからー」

 先を歩く俺の裾を掴んで来る。

「ねえ、晴くん」

「なんだよ」

「いつもあんな喧嘩してるの?」

 そんな不安そうな顔を向けんなよ。話しづらいだろ。

「いつもじゃない。それに、時雨に言われてからはなるべく避ける様にはしてる。だけどな。こういうのは一度すると、必ず自分に跳ね返ってくる」

「そうなんだ。でも、嬉しいかも」

 満足そうな笑み。それを見て満足してる俺が居る。

「あたぁ!? 無言のデコピン!? ボク何もしてないよ」

 このデコをさする時雨を見ると安心する。

「照れ隠しだ」

「そんな照れ隠しイヤだよ。それに、これ以上ボクの頭が悪くなったらどうするのさ」

「安心んしろ。これ以上悪くならねえから」

 さぞ悪い奴の笑みに見えた事だろう。俺が何せ口を釣り上げたんだからな。

「何度か見てるけど、悪魔の笑み? あー、やめて、デコピンやめて」

「ま、今日の所は許しておいてやる。まだ、手も震えてるみたいだしな」

 怖い目にあったってのに、以外に冷静に見えんだよな。精一杯の強がりなのかもしれないが。

「詫びに、コンビニ行って好きなアイス買ってやる」

「ほんと? じゃあ、一番高いアイス」

「人の金だと思って……まぁ、いいんだけどよ」

 アイス一つでご機嫌が戻るなら安いもんだ。

「あー、そうだ。あのね、今日は行くところがあるんだ。一緒に行ってくれる?」

「どうせ、暇人だから構わんが、どこ行くんだよ」

「お墓参り」

 墓参りって、そりゃあ、一人しかないんだろうが。

「いいのか?」

 他人が近寄っちゃいけない。そんな気分にさせる場所ってのは、合ってると思う。

「うん。最初は、一人で行くつもりだったんだけどね」

「雨傘がいいって言うならいいんだけどよ」

 アイスはお見事に買わされて、墓石の前に居る。それなりに、来てる感がするな。墓石が放置されてるわりには、周りと比べると綺麗だ。

「ゴメンね、掃除まで手伝ってもらっちゃって」

 そこまで言葉にすると、目を閉じて、手を合わせる雨傘。それにならって、俺も手を合わせる。

 こういう時、何を思えばいいのか、正直な所良く分からない。

 変な虫が付いて申し訳ないとするべきなのか。

 経験の無い俺がこれを口にするのも変な話だが、葬式や、墓場ってのは、きっと残された側の心の整理に使うべきものなんだろうな。

「報告お終い。あれ? 晴くんも手を合わせてる」

「あ、まぁ、それが作法ってもんだろ」

 結局、何をすればいいのか分からないまま、終わっちまった。

 そうだな、許されるなら、もう少し雨傘の傍に居させてもららえやしませんかね? そう心の中で雨傘の御袋さんに伝える。

「作法か。そうか。うん、そうだね。作法だ」

 何かに納得する様にして言葉にする雨傘は、いつもと変わらない顔を俺に向ける。

「これにて、お墓参りは終了であります、軍曹」

 影を見せた雨傘が気になると言えば気になる。聞くべきかどうか……そんな思いを押し殺して、言葉にする。

「そういう雨傘の階級は一体なんだよ」

「え? 大佐? それしか知らないんだけど」

「確かに、上から数えた方が早い階級だわな」

 大きく踏み込む気概がないと言ってしまえばそれまでだ。実際その通りだしな。どうして、俺を誘ったのか。

 一人で居たくなかったか、それとも俺っていう存在を信頼しているからななのか。

蛍の一件以降、雨傘との距離が縮みすぎて、対応に困る。嫌な訳じゃないが、むず痒い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る