第4話 雨傘奏は傘を差さない
いつ見ても、空はだいたい曇ってる。それは、梅雨に入ったってのもあるだろう。この時期は、晴れ間よりも、雨の方が多い。
それに、加えて俺というおかしな存在が居る。
この時期、この町では山の天候とそう変わらない。
「うお!? 降りだしてきやがった」
今日はニュートラルのはずなのに、空は雨。これだから六月ってやつは。
「アイツは……」
雨傘か。不思議な奴だ。雨に濡れながら歩いてやがる。手の傘とか、何のためにあるんだよ。
「おい」
なんで声をかけたのか、正直な所俺にも分からん。しつこく話をかけられてくるようになって、情でも湧いたのかね。
「おや? こんあ所で会うだなんて奇遇だね」
「お前、風邪ひくぞ?」
実際、雨に濡れれば、それなにり冷える。
「晴くんは、ボクの親か! なんてね。おーとととと」
倒れかける雨傘を咄嗟に支える。女ってスゲー軽いのな。
「おいおい。何でもない所で転びかけるとか何してんだ、よ?」
渋い面になってるだろう俺に、不思議そうな表情を向ける雨傘。それは取りあえず置いといてだ。
こいつ、雨に濡れてるはずなのに、身体が熱いぞ。
「ちょっと、デコよこせ」
「デコピンじゃ飽き足らず、頭突きでもするつもり!?」
なんだその構えは。
どこぞの漫画のマネでもしてるのかはしらんが、構えがアホすぎだ。
「構えるな。んなことしねえよ。取りあえず、デコよこせ」
「無理やりだなあ」
やっぱり、熱い。
「雨傘。今はテンション高いから気にならないのかもしれんが、熱があるぞ?」
「んん?」
無自覚だよな。やっぱ。
「だって折角の雨だよ? 六月だよ?」
まぁ、梅雨だしな。
「とりあえずだ。傘を手に持ってるのに故、差さない」
「雨が降ってるから?」
「オーケー。アホは黙ってろ。何登山家みたいな事言ってるんだよ」
「それは雨に対する侮辱だよ?」
雨に対する侮辱ってなんだよ。
「雨傘が嫌じゃなければ、付き添ってやる」
確かに今は動けるんだろう。だけど、熱は確かだ。
「え? えぇ!? 大丈夫だって」
今は大丈夫なんだろうが、自分が酔っ払いみたいな足取りなのを気づいてないのか?
「そりゃ、男と一緒に帰ってるは嫌なんだろうが、我慢しろ。この調子で歩いてたら、倒れるぞ?」
「別に、晴くんと帰るのが嫌な訳じゃないよ。ただ、そんな事まで付き合ってもらわなくても、って思っただけなんだけど」
「普段の雨傘なら、んなもん気にしないだろ」
俺の言葉を聞くと、頬を緩ませる雨傘が、返事を返す。
「なら、お願いしようかな」
付き添う、とは言ったが、まさか傘を差さないままとはな。
「傘差せよ」
「倒れたら、晴くんがおぶってくれるんでしょ?」
「そうは言ったがな」
んー。もう濡れてるだろうし、今更なのかもしれないが。
ま、最悪おぶればいいか。
「次は傘、ちゃんと差せよ?」
「はーい」
「実は、分かってないだろ?」
頬を緩ませた顔を向けて誤魔化してくる。さて、どう返事をしたもんか。
「水色の傘と、この傘のキーホルダーが付いてるのが、ボクの傘。次に、合う時は、それを目印にして、探してくれる?」
「なんだよ、いきなり」
「なんとなく?」
こういう時、なんて返したらいいのか分からなくなる。雨傘の気まぐれなのか、熱でなんとくなく、言葉にしているだけなのか。
「あぁ、気が向いたらな。んで、ここから、家はどれくらいなんだよ」
「そんなに遠くないよ」
雨傘ナビに従って歩く事一〇分ってところで、何とも趣のある平屋が見える。表札にも雨傘って書いてあるし、ここで間違いないか。
「お前ん
「まあね。あ、ちょっとよっていく?」
「通り掛かった船だ」
ホント、でけー家だな、ここ。庭に池とか初めて見たぞ。リビングのソファーに腰を掛ける。なんだ、これ。すげー沈んだぞ。
「あ、ボクお風呂場に行ってタオル持ってくるから」
熱で、何処かぼやけた目。上目使い。別に病人が好きってわけじゃ無いが、この目がとろんとしてる表情は、マズイ。一瞬でも可愛いと思った自分を殴ってやりたい。
「ねぇ、身体と髪を乾かさないといけないんだけど、拭いてくれたりする?」
なんだ? あれか? 狙ってるのか? いや、風邪で辛いのかもしれないんだが……
「髪はまだしも、身体を野郎に拭かせてどうする。揉むぞ?」
「目が一瞬本気だったよ?」
こいつは……理性で押さえつけてる事くらい分かれと言いたいが、風邪ひきにそれは酷なのも分かる。送り狼になるつもりもない。
「ごめん、ごめん。ちょっと楽しようと思ったんだけど、流石に身体は恥ずかしい」
襲われる可能性ってやつを排除し過ぎだ。それとも俺が、男だと思われてない可能性もあるが……流石にそれは無いと信じたい。
「気力があるなら、風呂にでも入ったらどうだ? そっちの方がいいだろ。キツイなら、運んでやってもいい」
雨の中に居たんだ。一度温まった方がいい。その後なら、いくらでもベッドで寝ればいいさ。
「え? お風呂に入ったら悪化しちゃうんじゃ?」
「そんなもん、迷信に決まってるだろ」
「昔の偉い人は、入っちゃいけないって言ってたよ?」
「昔の偉い人って誰だよ。体力が極端に落ちて無きゃ大丈夫だ。風呂に入って、急激な湯冷めをしない限り、身体に害はない。むしろ、本格的に辛くなる前にさっぱりして来たらどうだ? 髪は出たら乾かしてやる。あ、その前に風呂って沸いてるのか?」
流石に、風呂が沸いてないなら、話は別。
「お金持ちの家を舐めて貰っちゃ困るよ? お風呂掃除してる時以外は入れるよ」
「流石、金持ちだ」
「と、いうわけで、ヘイ、タクシー」
空元気でも、喋ることが出来れば上等。それと、人目が無いから、おんぶしろってか。
「わーったよ」
てなわけで、浴場と言えてしまうほどの風呂場へと誘導される。無駄に金かかってるな。
「じゃあ、入ってくるけど、帰っちゃヤダよ?」
気にするところがそこかよ。覗きはダメだよ? じゃないのかよ。
「わーった、わーった。戻ってくる時はどうする? 三十分後とかに来るか?」
「そうしてもらおうかな。それじゃ、入ってくるね」
浴場に消える雨傘を見送ってリビングに戻る途中に、妙に異臭? どっかで嗅いだことのある匂いのはずなんだが……
人の家だってのは、理解してる。が、気になって、その戸を開けると、そこにはキャンバスが二つ。そして、二つとも描きかけ。完成には至ってない。
二つとも雨傘が書いた絵なのか? いや、絵心があるわけじゃ無いし、断言できるわけじゃ無いが。
にしても、上手いもんだな。雨傘にも才能があるんじゃんか。勉強なんかじゃ、手に入らない才能がよ。
これ以上は、雨傘にも悪いな。見ておいてこう思うのはなんだけど。
リビングに戻っても、手持ち沙汰になる。
まぁ、アイツが出て来るまでは、居てやるか。
仰向けになり、天井を見上げる。当たり前だが、俺の知ってる天上とは違う。
外の雨も止む気配は無いか……
「こらぁあ。晴くん。お迎えが無いとか酷くないかな? それに、人の家で寝れちゃうとか」
「あ、悪い。そんなに時間経ってたのか」
雨傘の声で飛び起きる。すっかり眠っちまった。人の家で寝るとか、俺も随分と気がゆるんでるな。
「晴くんにそんな態度を取られると、反応に困ると言うか、なんというか」
そんな愚痴を言いつつ俺の横に座り込む。
「素直に謝ったらオカシイみたいな言いようだな」
「いや、だってね?」
軽いデコピンを一発。
「あたぁ」
「髪も乾いてるな。よし、黙って寝とけ」
「あたた……恥ずかしくなると、すぐそうやってデコピンするんだから」
さすってる所にもう一度デコピンをしてやろうか。
「ちょー!? 何、無言で同じところに何、攻撃しようとしてるのさ。ボク病人」
「あ、忘れてたわ。わりとマジで」
「ひ、酷い……」
雨傘相手だと、どうにも、悪乗りが過ぎるな。
「悪かったって」
「そう思うんなら、あのさ、わがまま言ってもいいかな?」
「一応、聞いてはやる。無謀なお願いじゃなければな」
「なら、あのね。アイスが食べたいな。この前コンビニで見た新発売の抹茶きな粉アイス、黒蜜添え」
あのアイス無駄に高かった記憶があるが、まぁ、いいか。
「わーったよ」
えっへへへ。と、頬を緩ませる雨傘。
「買ってきてやるから寝とけ」
「ほんとだよ?」
なんでこんなに人懐っこい顔が出来るんだか……
「あぁ。今からひとっ走り行ってきてやる」
「うん」
限界が来たのか、意識を手放す雨傘。熱も上がって来たんだろうし、気が緩んで、一気に来たんだろうな。
「寝た、か。ま、買ってきてはやるか。約束だしな」
誰に言い訳したんだかな。さっさと買ってくるか。
大分時間を潰して、雨傘の家に戻る。勝手に出ていく分には抵抗は無いんだが、入るとなると、どうもうな。
起きてると期待して、インターホンを鳴らす。やっぱ、無理か。
とは言っても、アイスだって、冷凍庫に入れないと溶けるわけだ。
「仕方ない。入るか」
とりあえずの言い訳を言葉にして、家に入ると冷蔵庫を探す。お目当ての物を探し当てて、雨傘の部屋にもどると、見ての見てのとおり、寝込んでるわけだが。
帰るべきだよな。でも、居なくなってちゃ、ダメだよ。か……気にしないで帰っちまえばいい。そう思ってるはず。まぁ、次に目を覚ますまでは、居てやるか。
そう考えて、適当な所に寝転ぶ。どうすっかな。
無駄な思考を巡らせる。雨傘も大概に変な奴だけど、この家も広すぎる。しかも、一人で住んでるっぽい? 親はどうしてるんだ? 単身赴任? 母親は? 他人事に首を突っ込み過ぎだな。止めだ、止め。
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