第21話 the first stage last episode.

 その変貌は、一瞬だった。

 地面が割れ、そこから炎が漏れ出す。《キング》が瞬間的に反応して氷に鎖すが、一瞬で消滅させられた。すかさず《ボス》が熱を放つも、それも消える。

 それだけではない。

 どこからともなく風が吹き荒れた。

 反射的だろう、二人が飛び退く。その刹那、二人がいた地面が切り裂かれた。


「なんだ、いきなりっ……! っがっ!」


 混乱した《キング》が、見えない何かに背中から押し潰される。咄嗟に風の魔法を展開して脱出し、致命傷は避けたようだが、ダメージは大きい。

 げほ、と吐血して膝をついた。


「まさか……暴走?」


 その様子を見て、《ボス》が顔を青くさせながら呟く。


「僕の能力には……確かに制限がある……それは、僕が能力を使いすぎれば……自分の能力を、制御出来なくなるからだ……」


 荒々しい息をつきながら、ライアーはゆっくりと歩を進める。そのたびに地面は割れ砕け、破片がその周囲を飛び回る。

 そこから放たれる威圧に、クレイジージャックは全身を寒気に震えさせた。


「……コイツ、敢えてそれを引き出したってことか」


 尋常ではない。

 いったい、どれほどの負荷が掛かるのか。


「こうなったら……僕が疲れて気を失うまで……能力は暴走し続ける……破壊の限りだ」


 その制御出来ない能力の猛威を放つ。たった腕の一振りで、彼の目の前の地面にクレーターが出来上がった。

 それも、一つや二つではない。


「それまで、生き残ることが出来れば良いな?」


 風が、薙いだ。

 同時にクレイジージャックは腕をクロスさせて身体を小さくさせる。鈍い音が幾重にも重なり、衝撃で吹き飛ばされる。


 ――ただのそよ風と思ったら、殺す気マンマンじゃねぇの!


 嘲笑うクラウンマスクの奥で、クレイジージャックは笑みを深くさせた。

 全身が昂る。血流が増強されて、全身の隅々まで知覚し、激しく動く。


「いいね、いいねぇ! そのとびっきりの愛っ! 奏でようじゃねぇの、死の音楽をっ!」


 クレイジージャックカオス粒子を全身に取り込み、極限まで身体能力を高める。

 地面を砕ける勢いで蹴って、猛威の中へ飛び込む。


 ライアーがゆっくりと、指を動かした。


 それだけで地面が剥離して岩となり、上、左右から挟み込んでくる。

 だが、クレイジージャックは回避することもなく、全身に電撃を纏いつつ、更に加速。

 ぶつかってくる岩をむしろ殴りつけて破壊して突破した。


「……だったら」


 血を流しながら、ライアーは指をまた動かす。

 回避する暇はなかった。

 横殴りの暴風に脇腹から抉られ、踏ん張る余裕さえなく吹き飛ばされた。強制的に息を吐き出させられ、クレイジージャックは呻く。

 目まぐるしい視界の中、辛うじてバランスを取るが、そこに追い打ちがやってきた。


「――っ!?」


 光。明滅。衝撃。そして、轟音。

 落雷に打ち据えられたのだという理解は、地面をバウンドしてからやってきた。


 唐突のとんでもない破壊力に、スーツが悲鳴を上げる。


 さすがに落雷を受けて一部にダメージを受けたらしい。

 クレイジージャックは舌打ちしつつ、ハンドガンを抜く――が、それが暴発して爆発した。破片に顔面を殴られ、不快指数が急上昇する。


「こんの……っ」

「無駄だ」


 クレイジージャックがそれでも抵抗しようともがくと、更なる圧迫がクレイジージャックを吹き飛ばす。それだけでなく、後ろに回り込もうとしていた《キング》と《ボス》さえも吹き飛ばしてしまった。

 まるで全方位見えているかのような。

 否。

 見えているのだろう。その能力で。


「弱いくせに、調子に乗るからだ」


 虫けらを払いのけるようにつむじ風を起こし、三人を吹き飛ばす。


「さぁ、どうしてくれようか」


 ライアーは、黄昏色に染まった目で、薄ら笑う。


「このまま大地を火の海に沈めようか。それとも、氷河期でも起こそうか。天変地異でもいいな。もう、どうでもいい。僕が好きに生きられない世界なんて要らない、僕を傷付ける世界なんて要らない。だったら、全部壊れてしまえばいい」


 その憎悪。

 戦慄どころではなく、もはや恐怖さえ抱く。


「これは……せめてクレイジージャックだけでも回収しないと……」


 サニアは慌ててボートから飛び降り、ダッシュをかけながら両手を変形させる。

 だが、それもライアーが暴風の壁を展開して強制的にキャンセルさせた。


「っくっ……! こんなの、どうしようもない……!」

「そう、どうしようもない」


 ライアーは、虚無的な声を放つ。


「お前らはこれから、滅びていくのを指をくわえて見ているしかないんだ。まぁ、その前に命が終わってる可能性も十分にあるけどね。そもそも逃がすつもりもないし」


 聞きたくないような軋む音。

 地面に亀裂が幾筋も走る。それだけではなく、周囲の海も荒れ狂い始めていた。


 ――能力の影響範囲が、広がってる……!?


 サニアは思わず腰を抜かしそうになった。

 本当に手の出しようのない、絶望的な状況だ。


「そんな……まさか……」


 それにも関わらず、クレイジージャックと《キング》と《ボス》は立ち上がろうとしていた。もはや意地でしかないだろう。

 ライアーは目にもくれてない。

 もう、どんな手段も通用しないと知っているからだろう。


「どう、すれば……」


 絶望が全身を支配し、弛緩していく。


「大丈夫。任せて」


 そんなサニアの肩を叩いたのは、《カナリア》だった。

 かなり強張っているが、覚悟を決めた表情でもある。


「な、何を……」

「私の能力は、こういう時のためにあるから」


 そう微笑んで、《カナリア》は息を吸い込んだ。


 始まったのは、歌。


 伸びやかで、美しくて。

 声量はすさまじくあるはずなのに、それを感じさせない澄み切った、凛とした声。

 僅かワンフレーズで聞きほれてしまいそうなその声の歌は、完璧な音程だった。


 揺れのない声。


 声を放つことさえ許されない歌声は、あっという間に周囲へ響き、世界を淡く光らせる。

 カオス粒子だ。

 それは彼女の声をさらに艶やかなものに仕上げ、周囲に撒き起っていた破壊を沈黙させていく。僅か数小節奏でたところで、ライアーの能力も鎮静化していっていた。


「この歌は……《カナリア》!」

「く……」

「あの女が……」


 一瞬、サニアはぞっとした。《キング》はともかく、《ボス》は彼女を殺そうとしている。手を出されるかもしれない。

 反射的に動こうとするが、《ボス》はいつまでも攻撃をしなかった。


「これが、《カナリア》の歌の力なんだよ」


 ボートに乗っていたはずのワニ男が、いつの間にか《カナリア》を庇う位置にいた。


「《カナリア》の歌は、カオス粒子を少し集める。そして、《カナリア》の歌声をブーストさせる。上手く活用すれば、相手の戦闘の意志を奪うことも出来る」

「それで、あの人たちは戦う意志を……?」

「失ったってトコだな。本来、《カナリア》のあの歌は、ライブにきたお客さんを少しだけ心地好くさせるくらいに使ってたから。ここまで効力があるとは思わなかったけど」


 その歌が、終わる。

 最後のロングトーンをフェードアウトさせ、《カナリア》は息を吐いた。


「力が……おさまった……うぐっ」


 ライアーは痛みのぶり返しを覚えたのか、そのまま膝を折る。

 それを見ながらも、《キング》と《ボス》は戦意喪失したまま、立ち尽くしていた。


「分かってくれたかしら。これが、私の能力」


 少し疲れた様子で、《カナリア》は訴える。


「少しだけ、テンションを調整するくらいしか、私には出来ないの。何がどうしてそういう噂になったかは知らないけど、次元の穴をあけるとか、そんな能力はないわ」


 その自らの証明に、誰も反駁はやってこなかった。

 クレイジージャックは呻きながら立ち上がり、大きいため息をついた。


「そういうこった。つまり、お前らがやってたことは全く無意味だったってことだ。分かったか?」

「クレイジージャック、お前……!」

「俺が知ったのもつい最近なんだけどな。分かったなら、さっさと手を引け、お前ら」


 邪魔者扱いしながら、クレイジージャックは手で振り払う。

 それから、ライアーを指さした。


「それと、このお嬢ちゃんは返してもらうぞ。この子にはこの子のやりたいことがある。テメェにどんな思いがあったか知らねぇが、それを邪魔しちゃダメだろ」

「……!」

「ライアー。守ってもらったことには感謝するよ。でも、私は歌いたい。あのちょっとボロくて埃臭いトで、でも好きなように出来る場所。そこで歌いたい」


 鎮静化させられた後だからか、余計に効果があるらしい。

 ライアーは静かに俯いた。


「ごめんね。私の歌、聞きたかったら、ライブハウスに来てくれればいいから」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、戦いは終結した。

 島は半壊状態になってしまったが、ライアーの能力で元に戻された。すっかり戦意、というかやる気を失った《キング》と《ボス》は自分たちの兵隊を引き連れて撤退。

 なし崩し的に事態は終息し、その日のうちに噂はあっさりと上塗りされた。


 ――《カナリア》に《ブレイク》を発生させる力はない。


 恐らくも何も、《キング》と《ボス》が意図的に広めさせたのだろう。ここまで素早いのは、《ヨコスカ》への保証も兼ねていると推察された。今回の騒動は、《ヨコスカ》の連中から大いなる顰蹙を買ったはずだ。

 クレイジージャックとサニアも、《カナリア》たちとの挨拶も早々に現実世界へ戻った。

 せっかくだからとライブに誘われたが、クレイジージャックが断った。


「――俺は歌よりも何よりも、飯が食いたいんだ、ですか」


 クレイジージャックの自宅で報告書を作成しながら、サニアはそうぼやいた。

 大量の紙とファンがフル回転するノートパソコンの前で。その近くには例のコインロッカーの列があって、クレイジージャックはその上でピザを食べていた。


「んだよ。悪いか? お前だって、帰ってソッコーでスープカレーカムイにいったじゃねぇか。んでアホみたいに美味い美味い言ってたクセに」

「それは、そうですけど……! っていうか、ピザ食べてるし」

「ピザとコーラは別腹だ」


 くちゃ、とたっぷりのチーズ噛む音を立て、クレイジージャックは言い切った。


「それより、さっさと報告書作れよな。俺、寝たいんだけど」

「あなたも作らなきゃいけないんじゃないんですかねぇ?」


 ジト目でサニアは睨むが、クレイジージャックが動じるはずもない。


「報告書なんて一つありゃ充分なんだよ」


 寝そべって言う始末だ。


「どうせそう言うと思いましたけど。それよりも、良いんですか? この先、あっちの世界ではやりにくくなったと思いますけど」


 キーボードを叩きながら、サニアは心配を口にした。

 言うまでもなく《マフィア》と《ギャング》のことだろう。確かに今回の一件で、クレイジージャックは利用するだけ利用した上に、ケンカまで売っている。冗談抜きで次からは命を狙われていても不思議はない。


 ――だが、しかし。


 クレイジージャックは、それを鼻で嗤った。

 またピザを一口して、ピーマンとソーセージを咀嚼する。


「んなワケねぇよ」


 そしてコーラ。


「あいつらの考えはこうだ。元凶が悪い。元凶がいなかったら、俺にケンカを売られることもなかったし、被害も遭うこともなかった。つまるところ、その元凶を殺して、全部無かったことにしようとするんだよ」

「……まさか、そんなことまで考えてたんですか?」

「当たり前だろ。今回は連中の一番上まで出張ったんだ。その上で物理的にも精神的にも、名誉的にも傷がつけられた。そんなの許すはずがないだろ。あいつらはそういうイキモノなんだからな」


 一体だれの精神をコピーしたらそうなるか分からねぇけど。と、毒づいてから、クレイジージャックはかか、と笑う。


「というワケで、まぁ多少の怨恨は残るだろうが、アイツらは俺を襲ってこねぇよ。その元凶を殺すことで、忘れようとする。もし俺を襲うとか、そんなことしたら自分の器の小ささを露呈させるようなもんだ」

「良く分かりませんけど、そういうものなんですか?」

「下らないプライドってヤツなんだよ。俺みたいなヤツ、捨て置くのが度量。そして、異世界そのものを揺るがした罪として、元凶は始末する。そういうもんだ」


 サニアはそれでも分からない様子で首を捻るが、クレイジージャックがそういうのであれば、事実なのだろうと強引に納得した。

 と、ある考えが浮かぶ。


「……まさか、ライアーのことも?」

「やめてくれ。ああなったのは俺が描いた中で最悪のシナリオだったんだ」


 苦虫を潰したように、クレイジージャックは途端に機嫌を悪くさせる。


「本当なら俺がド派手に立ち回ってどっかーん! って目立って何とかするはずだったんだよ。けど、奴等は乱入してくるしライアーはアホみたいに暴走して手が付けられなくなるしもうどうしようも無かったんだよ! ああくそ! びっちびちのクソだ!」

「汚いです」

「人間薄皮一剥いだら漏れなく汚いんだよ。心も、身体もな」


 舌を出しながらクレイジージャックは吐き捨てる。サニアは呆れた。


「そんな真理、今言う必要あります? まぁそれはともかくとして、やっぱりちゃんと狙っていたんですね、そういう展開。それも、割と本気で」

「最悪のシナリオだっつったろ」

「でも、《カナリア》さんは自力で力を証明して、誰からも狙われない権利を手にしました。彼女にとっては最良だったのでは?」

「だとしたら、俺とソイツは相性最悪だ。あー歌きかなくて良かった」


 ピザをつまみながらクレイジージャックは低い声で唸った。


「照れ隠しですか、それ」

「は? お前、は? はぁ? それマジで言ってる? この俺に照れの成分があると思ってんのか?」

「いや、今まさに照れてませんか?」

「んなワケねぇよ。なんだ? じゃあ今すぐ俺はお前にとっての最後の砦らしいボクサーパンツを脱ぎ捨ててコトに及んでやろうか?」

「それセクハラ通り越してもうヤバいですよ? 乱射しますよ?」

「おい待てさりげなく両手でハンドガン持つんじゃねぇよ」


 慌ててクレイジージャックは起き上がって手を上げた。


「全く。あ、それと、言い忘れてました」

「あ?」

「今回、私はあなたの協力者として立ち回りましたので、あなたが本当に内通しているかどうかの判断は出来ていません。よって、あなたへの二十四時間監視の任務は解かれていませんので」

「……あ?」

「ということなので、まだしばらくの間、よろしくお願いしますね」


 サニアはお返しとばかりに、とびっきりの笑顔を浮かべた。反対に、クレイジージャックの表情が面白いくらいに引きつる。


「お前、ふざけろ、ふざけろよっ!! 出てけ、今すぐこっから出ていけ――――っ!!」


そして、叫びが響き渡った。


――――――――


これにて第一章完結です。

第二章は、また時期がきましたら。

ではまた、それまで。


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クレイジージャック~地獄の淵から蘇ったらやんちゃヒーローになってました~ しろいるか @shiroiruka

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