【カクヨム限定書き下ろし短編】侍女の時間は甘い時間
シルヴィアが
「待たせて悪かったな。この書類を、
近頃、シルヴィアはこういった、アシュナードへの届け物を頼まれることが増えた。
お使いのついでに、アシュナードの部屋を
ルドガーに向かい侍女らしく一礼すると、シルヴィアはアシュナードの
(ふふっ、最初はアシュナードへの届け物なんて、なんでそんな雑用を私が、って思っていたけど……)
この国の皇帝でもあるアシュナードは、シルヴィアの夫だ。
瘴魔の調査の進捗を知らせるだけなら、侍女として彼の部屋を訪れる必要は無い。夫婦そろっての食事の時に伝えるだけで十分だ。
にも関わらず、アシュナードは少しでも早く調査状況を
彼の
その理由は――――
「失礼いたします、陛下。書類をお持ちしましたわ」
執務室の前で
(わぁ、今日もおいしそうね)
部屋の一角、応接セットのテーブルの上に、きつね色の焼き
表面が
想像を
アシュナードは書類を
「きりのいいところまで、もう少しかかりそうだ。書類はそこに置いて、おまえは菓子でも食べて待っていろ」
「わかりましたわ」
アシュナードの言葉に、シルヴィアは内心うきうきと従った。
応接セットの
(う~~ん、
さくさくとした生地に、歯ごたえのある
口内に広がる幸福に、シルヴィアの頬が
(幸せ~。役得ってやつね)
元々この菓子は、アシュナードの軽食用に置かれているものだ。
近頃、アシュナードに呼びつけられることが多くなったが、彼もなかなかに
部屋を訪れても、すぐには手が空かないことも多い。そんな時彼は、菓子でも食べて待っていろと言うのだった。
(もっとも、最初は
アシュナードを待つ間、手持ちぶさたなのは事実だったし、置かれている菓子は何故か毎回、シルヴィアの好みのものばかりだった。
(
(だったら、私がもらっても、問題ないわよね)
そうして
「あら、陛下、もう仕事は終わったの?」
町娘のようなくだけた口調で、アシュナードへと話しかける。
部屋の中には、シルヴィアとアシュナードの二人だけ。先ほど、部屋の戸を開けた
侍女服を着て、アシュナードと二人っきりの時、彼はシルヴィアに、くだけた口調で話すよう求めていた。シルヴィアのこの口調は、正体を
(まぁ、私もこっちの方が話しやすいから、ちょうどいいんだけど)
シルヴィアは
だが実は、先ほどのような口調こそが素だ。
「あいかわらず、おまえの町娘風の口調は
アシュナードは
どうやら、書類仕事が続いていたせいで、軽食を取る
きつね色の菓子が、アシュナードの
無言で
(うーん、無表情。美味しいものを食べても、顔に出ないタイプなのかしら?)
元々、アシュナード用に置かれた菓子であるから、彼の好物ではあるはずだ。
だが、アシュナードは嬉しそうな顔を見せるでもなく、
そんな彼を見つつ、シルヴィアもまた、皿に盛られた焼き菓子を頬張った。
さくさくとした食感と甘さを楽しんでいると、自然と笑顔になる。
いつもは聖女らしく
(あ、笑った)
アシュナードがこちらを見て、わずかに目を細め
(………そんな風にも、笑えるのね)
―――――あの笑いは、自分に向けられたものではない。
アシュナードもまた菓子を美味しいと感じて、表情に出たにすぎないはずだ。
なのに、甘い。ふわふわとして、
「私だって笑うぞ?」
「あ……」
心の中だけで呟いたはずが、声に出ていたらしい。
アシュナードの笑顔が深くなる。ただし、先ほどまでの
「目の前で、悩みなど何も無さそうな能天気な顔で、菓子を頬張ってる奴がいるんだ。つられて笑ってしまうものだろう?」
「失礼ね。美味しいものを食べたら、笑顔になるのが自然でしょ」
「あぁ、そうだ。その通りだな。だがな、頬を
「
言い返しつつ、ふと、思い出の
(そういえば昔、このお菓子、ラナン君と一緒に食べたな)
町娘に扮装し、ラナン君と二人で、買い食いをした時の話だ。
シルヴィアが菓子を差し出すと、ラナン君は小さくかじり――――
『このお菓子、とっても美味しいです!!』
口元を緩ませ、こちらを見上げるラナン君。瞳を
その笑顔は、少しだけ先ほどの、アシュナードの顔と似ているような気がして―――
「うわっ!?」
唇に感じる、甘い
アシュナードが机越しに腕を伸ばし、唇に焼き菓子を押し付けていた。
「な、なにするのよ陛下?」
「……私といるのに、他人のことを考えるな」
「へ? 今なんて、ってわっ!!」
聞き返そうとすると、口の中に焼き菓子を押し込まれる。
声を出すのを
「そうしていると、やはり、リスのようだな」
「むっ」
人の口に菓子を突っ込んでおいて、なんだその言い分は。
反論したいが、焼き菓子を飲み込むのが先だ。
いそいそと口を動かし、いざ唇を開こうとする。だが、今度はアシュナードの指が、直接顔へと
「動くな」
低く
指先が唇をかすめ、
思わず固まっていると、アシュナードが顔を寄せ、間近でこちらを
(な――――――――!?)
訳が分からず、アシュナードの金の瞳を見返す。
見つめあっていたのは
アシュナードが
(だ、だとしても何で、あんな近くに顔を寄せてきたのよ⁉)
もしかして、他に菓子屑がついていないか、確認してくれたのだろうか?
どちらにしろ、心臓に悪いことこの上なかった。
「も、もうっ、やめてよね!! そんな子ども相手にするような仕草、いきなりびっくりするじゃない!!」
「子ども
アシュナードの呟きは小さく、シルヴィアに届くことは無かった。
―――――アシュナードの呟きの意味、そして彼が
【発売前試し読み連載!】眠れる聖女の望まざる婚約 目覚めたら、冷酷皇帝の花嫁でした 秋月かなで/角川ビーンズ文庫 @beans
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