第四章 聖女と侍女の二重生活
「はぁ、あいかわらず足がかりになるような情報はないのね……」
シルヴィアは
アシュナードの記念式典での
そしてそれ以来、シルヴィアが瘴魔を浄化する機会は無かった。
(でも、今でもアシュナードは時々、瘴魔の残り
ならばと、今まで以上にアシュナードに付き従ったが、シルヴィアが同行している時には、瘴魔が姿を現すことはなかった。
(こうも
瘴魔単体で、そんな知恵が働くとも思えない。やはりアシュナードが言うように、
アシュナードも
(せっかく瘴魔のいない世界になったのに、どうしてそんなことするのよ。それに瘴魔を悪用できるとしたら、それは……)
瘴魔を浄化することができるのは、
(それに記念式典の日、ゴルトナージュ
瘴魔を浄化した後は、花火などで会場がざわついていた。場が収まった頃、ゴルトナージュの姿を再び会場で確認したが、問い詰めることはできなかった、
彼について後日調べてみると、かつてこの国の教会に
(彼が白にしろ黒にしろ、早く犯人を見つけ出したいのに……)
犯人が誰かはまだ断定できないが、シルヴィアを
(アシュナードにばっかり負担かけるのも、後が怖いのよね……)
だが、シルヴィア自らが動き回ると、敵も
どうしたものかと思い悩むうち、一つの
(あ、つまり、私だって気づかれなければいいわけよね?)
★★★★
「シルヴィア
光り
「王妃はどちらに? 陛下の名代として茶会の欠席の知らせと、書類をお持ちして―――」
「ルドガー様、シルヴィア様は寝室でお休み中です。お声を
部屋の
「シルヴィア様は陛下を待っておいででしたが、お疲れになったようです」
「そうだったか。陛下の名代として
「承知いたしました。こちらも主人から、
「あぁ、渡しておこう」
手紙の表面の『陛下へ』という文字は、確かにシルヴィアの手だ。
ルドガーは生来の
★★★★
「ふふっ、変装は完璧ね」
紺色の侍女服でくるりと一回転し、シルヴイアは
以前、部屋から抜け出すために侍女のお仕着せを
「ルドガーは私だって気づいた様子もなかったし、これなら他人にはバレないわね)
アシュナードの腹心であるルドガーとは、
今のシルヴィアは、こげ茶のカツラを被っている。カツラは、ハーヴェイからの差し入れだ。帝国に持ってき
こげ茶の髪に、眼鏡をかけた侍女姿。顔に
「昔、お忍びで変装していたのが役に立ったわね」
この姿のまま外に出れば、誰もシルヴィアだと思わないはずだ。
ルドガーも、そして部屋に控えていた他のシルヴィア付きの侍女も、誰一人変装には気づかなかった。仕上がりは上々。せっかく気合を入れて変装したのだから、この姿のままアシュナードを
侍女姿のまま日課である帝国の歴史の勉強を行い、運ばれてきた夕飯に手を付ける。
最後の一皿を片付けてしばらくすると、
「昼間は待たせて悪かっ――――」
「陛下、こんばんは」
(あら、
ちょっと得した気分になり、小さく
シルヴィアの部屋の侍女の人選は、アシュナードも目を通し関わっている。なのに、見覚えのない侍女がいたせいで、間者を疑い
うっかり
「きゃっ!?」
強い力で手首をつかまれ、背中を壁に押し付けられる。
「おま、いや、あなたは――――!!」
「…………っ!! 」
「わ、私です陛下。シルヴィアです!!」
口調をいつもの聖女のものに戻して言うと、アシュナードが再び目を見開いた。
「……なるほど、そういうことか」
「どういうことですの?」
「いや、何でもない……」
珍しく、アシュナードが言葉を
手首を
「………まさか、と思っていたが、予想が当たるとはな」
シルヴィアには届かない小さな声で、アシュナードが
腕の
乱れた衣服を整え、事情を説明しはじめる。
「聖女である私が出歩いていては、敵も尻尾を見せないでしょう? ですから、私は―――」
「―――こうして侍女や町娘に
「見事な化けっぷりだな」
「おほめに
してやったりと笑う。聖女の時にはおくびも出さなかった、いたずらっ子のような得意顔だ。
今までとは別人といったシルヴィアを前に、アシュナードは
おかしそうで、
(なによ、驚いた。そんな顔もできるの……?)
彼らしからぬ柔らかな表情に、何故か
「おまえ、そちらの方が本性だろう?」
「そんな、まさか――――」
もう一度深呼吸し、がらりと口調を切り替え、聖女らしく
「――――聖女であっても、
「女は皆女優だと言うが、おまえは大女優だな」
「これくらい、聖女のたしなみですわ」
「……おまえは一体、聖女を何だと思っているんだ?」
「実際に今、陛下の目を
話す
足取りは軽く、表情もくったくないもの。町娘そのものといった様子だった。
「だから、変装しての外出を認めろと?」
「えぇ、これなら文句ないでしょ? 一日中だって、こちらの口調で過ごすこともできるわ」
自信たっぷりに胸をそらす。やはり、素に近い口調は楽だ。
どうだとばかりにアシュナードを見上げると、視線をそらされてしまった。
「……あぁ、そうだろうな。その点については、心配はしていないさ」
「へ?」
まじまじと、アシュナードの顔を見返した。変装の出来を認めてもらえたのは、喜ばしいことだ。だが、あまりにもあっさりと認めすぎではないだろうか?
(アシュナードのことだから、「どんな状態でも変装が保てるか証明しろ」とか、無理難題を振ってくるかと思ったのだけど……)
それだけ、シルヴィアの変装に
だとすれば、先ほどアシュナードの様子がおかしいのも説明がつくが、
「夫である陛下だって、変装を見破れなかったんだもの。
「違う。疑ってはいたさ。以前からな。だがまさか、そんな
「以前から? 都合のいいこと?」
何だそれはと、首をひねる。
「一体何を言っているの? 陛下、やっぱり、なんかおかしいわよ。変なものでも食べたの?」
「歯に
「そういう演技設定よ」
「………そういうことにしておいてやろう」
アシュナードは言うと、
「おまえの化けっぷりに免じて、外を動き回るのを考えよう。ただし、いくつか条件がある」
「ありがとう、わかったわ。それじゃぁ早速、変装計画について説明するわ――――」
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この続きは書籍にてお楽しみください。
2018年9月1日発売!!
角川ビーンズ文庫
「眠れる聖女の望まざる婚約 目覚めたら、冷酷皇帝の花嫁でした」
秋月かなで イラスト/北沢きょう
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