第三章 猫を被らば笑顔が鎧3
★★★
「
「はい、五日後に、陛下の即位三周年の日が
「えぇ、もう外に出ても、
アシュナードからの伝言を
パリスの教会を訪れてから二十日近く。アシュナードとともに帝都近郊の『吹き溜まり』を見て回ったが、どこにも
(あちこち出かけたおかげで、私が体を壊している、という
当初の
人が瘴魔に
(って私、なんでアシュナードのこと心配してるのよ……)
シルヴィアは内心、顔をしかめた。アシュナードは、自分を軟禁した相手で、心に別の人を住まわせている人間だ。しょせん政略で結びついた関係でしかない。
(……ここはきっちりと瘴魔を退治して、こちらに頭があがらないようにしないと!)
そう、形だけとはいえ、夫婦なのだ。この先何十年もつきあいが続く以上、しっかりと主導権は
(早く瘴魔と、その背後にいるかもしれない相手の
シルヴィアは数日前に、アシュナードと
王城に瘴魔が出て以降、各地から散発的に、瘴魔の出現が報告されているらしい。
瘴魔出現は、いまだ大々的には
(瘴魔の出現地域が、アシュナードに友好的な貴族の領地に
おかげで、瘴魔の出現報告が届きしだい、秘密裏に処理することができている。騒ぎにならず幸運だったが、不気味でもある。瘴魔とは本来、自然災害のようなもの。
にもかかわらず、瘴魔の出現場所がアシュナードに友好的な領地に偏っているのは不自然だ。
(瘴魔を用いて、政治的妨害を行う、か)
それが、アシュナードから聞かされた推測。シルヴィアだけでは、出てこなかった考えだ。
瘴魔は多くの人間を殺してきた、相いれない存在だ。滅することができるのは
(けどもし、瘴魔を
瘴魔は、強力な兵器となるはずだ。吐き気がするような、
(もし、瘴魔を利用し、何かを
実害が出てからでは遅い。
そんな
「即位式典に出席なさる方の
★★★
礼服というのは、まとう者の立場を知らしめ、姿良く見せるためのものだ。
(むぅ、
正装に身を包んだアシュナードに、シルヴィアはうならされた。
「黙り込んでどうした? 見とれたのか?」
「違いますわ。その、そうしていると、まるで生まれながらの王族のようだな、と」
少しだけ速まった
アシュナードは
だが彼の生まれは弱小貴族にすぎず、その出自ゆえに、いまだ彼が帝位にあることに、不満を持つ人間もいる。今日これから行われる即位三周年の式典は、アシュナードの威光を知らしめ、
「人間、見た目というのは大きいですわ。その点、陛下は
「見た目は大切、か。おまえが言うと説得力にあふれているな」
「あら、なんのことでしょう?」
シルヴィアは柔らかな笑み――――あくまで表面だけは―――を浮かべた。
アシュナードは
(だって、私のありのままの姿なんて、誰も求めていないもの)
シルヴィアは、自分の本性が聖女という肩書から程遠い、
「陛下の妻として、陛下のご威光を示す手伝いをさせていただきますわ。陛下もそれがお望みで、私を妻になさったのでしょう?」
互いの役割を確認する。線を引くよう宣言すると、シルヴィアは式典会場へ向かった。
★★★
(今のところ、怪しい人間は見つからないわね)
会場で貴族らと談笑しつつ、シルヴィアは内心呟いた。
式典の場となったのは、大きな
客からアシュナードへの挨拶の後、アシュナードによる演説と、即位三周年を祝した号砲を鳴らし花火を打ち上げる、といった予定になっている。今は半分ほど客をさばいたところだ。
このまま、何も起こらなければいい。そう願いつつ、シルヴィアは
原因は挨拶の順番待ちをしている、教国からの使者だ。
(よりにもよって、ゴルトナージュ
ゴルトナージュ枢機卿は、シルヴィアが
『このような、まともな口もきけない小娘が聖女になるなど、間違っている』
冷たい瞳で吐き捨てた彼の言葉は、幼いシルヴィアの心に消えない傷を刻みつけた。
教国で重要視されるのは
幼いシルヴィアは
(私が私のままでは、誰も認めてくれないと、ゴルトナージュの言葉に気づかされたのよね)
猫を被る必要性を、理解させてくれた点は感謝している。が、やはり彼のことは苦手だし、
挨拶客から進み出てきたゴルトナージュを前に、シルヴィアは気合を入れなおす。
(え? この気配は……)
アシュナードにむけ、
(でも、ゴルトナージュは、気づいていない?)
ゴルトナージュは、何人もの枢機卿を輩出してきた教国名門貴族の出だ。本人も強い祝片の子の力を宿していたが、それでもシルヴィアと比べれば数段落ちる。
だから、どこかで瘴魔の残り香に
(それとも、ゴルトナージュ自身が、瘴魔と意図的に
疑いが首をもたげる。疑心を表に出さないよう細心の注意をはらいつつ、ゴルトナージュに声をかけた。
「ゴルトナージュ様、教国より遠路はるばるお疲れ様です。帝国に来る道のりは、なかなかに大変だったでしょう?」
「帝国の、ひいては教国のためだ。この程度の旅路、苦労のうちにも入らん」
「そうでしたの。では道中、何か変わったことは?」
「この場で言うほどのことはない。今の私は、アシュナード陛下に祝いの言葉を述べるためにいるのだからな」
取り付く島もない答えだ。
暗に、場に
(確かにこの場で、問い詰めることはよくないけど……)
「どうした? もしやそちらこそ、疲れているのではないか? 自身の体調を
未熟な小娘が、疲労を
なじるような言葉に、シルヴィアはすぐさま
「違いますわ。ゴルトナージュ様との再会を
「それは光栄だ。だが――――」
「やぁ、シルヴィア。夜会は楽しんでいるかい?」
どこか緊張感をはらんだ空気を、とぼけた声が
「ハーヴェイ様?」
ゴルトナージュの背後から、養父がひらひらと手を振っている。
「お久しぶりです、ハーヴェイ様。招待客のリストには載っていませんでしたが、何故ここに?」
「教国の仕事で、近くに来ていてね。思ったより早く終わったから、顔を見せにきたのさ」
「まぁ、そうでしたの。嬉しいですわ」
助かったと、シルヴィアは内心胸を
ゴルトナージュを前にすると、対抗心と苦手意識から、つい言動が
うっかり
ゴルトナージュがハーヴェイの
「ハーヴェイ様は、しばらくこちらにいらっしゃるつもりですの?」
「そうしたいところだけど、色々と忙しくてね。明日には帝都を
「そうでしたの……」
残念だが、顔を見られただけ良かったと思うことにする。
久しぶりに見た、養父の気の抜けた笑顔につられ、自然と顔がほころんだ。
「…………なんだ、おまえも笑えるんだな」
ぽつりと、アシュナードが言葉を
「おまえの笑う顔を見るのは、初めてだな」
「あら、どういうことですの? 私はいつも、陛下をお
言葉の通り、柔らかな笑みを浮かべる。アシュナードは
(ハーヴェイ様を前に、つい、気が緩んじゃったわ。これをネタに、またからかわれるかも)
身構えたシルヴィアだったが、アシュナードからの
やや
ハーヴェイと軽く雑談し、その後はそつなく他の招待客をさばいていく。客の顔と名前、そして帝国内での立ち位置を確認しつつ挨拶をするうち、招待客の列がはけ終わる。そして気づいた時には、会場の大広間に、ゴルトナージュの姿は見受けられなかった。
アシュナードが演説を行い、場を締めるまで、まだ少し時間がある。
その間に一息つくため、ゴルトナージュも会場の外に出ているのかもしれないが―――
(……嫌な予感がする)
――――予感、
遠くに瘴魔の気配を感じた時に似た感覚が、シルヴィアの指先を冷やした。
直感を信じ、瘴魔探知能力を広げる。
もしもの事態に
聖水を配置した今、シルヴィアの祝片の子の力は、王城全てへと及ぶほどだ。
広げた探知の網に、いくつもの
(何よこれ、ゴルトナージュが関わってるの?)
早く瘴魔を浄化したいところだが、騒ぎを起こしたくは無い。シルヴィアが抜け出せば目立つし、この場から浄化の力を飛ばそうにも、光を放つせいで人目を集めてしまう。
思い悩んでいると、アシュナードが目ざとく声をかけてきた。
「どうした? ひょっとしてもう眠いのか? ならばもう少し待て。じきに号砲と花火が始まる予定だ。そうすればきっと、おまえの眠気も晴れるだろう」
「花火……」
祝い、アシュナードの力を誇示するための、華やかな行い。
(あ、だったら、私も、同じようにすればいいんじゃ?)
シルヴィアの
「陛下、私が、花火の代わりとなってもいいですか?」
シルヴィアは声を
「おまえが? どういうことだ?」
「私が浄化能力を使う際、光が立ち上るのをご覧になったでしょう? ですから、今夜は花火のかわりに、私が生み出す光をもって、陛下への祝いにしたいのです」
「ほう?」
意図を察したのか、アシュナードが金の瞳を眇めた。
「おまえの放つ光は、花火よりも華やかだと、
「えぇ、陛下への祝いに
「
アシュナードの
「
腕を胸の前に組み、体の前に浄化の光を発生させてゆく。
「おおっ!! 聖女様、その光はっ!!」
どよめきが生まれた。声と光に釣られ、さらに多くの人間、広間のほとんどの客の視線を集めたのを確認し、シルヴィアは
「―――――陛下の
両腕を広げ、浄化の力を解放する。
(見つけた――――!!)
四方へ伸ばした光の一部に、わずかな
瘴魔浄化の手ごたえを得、力を弱めていく。
最後に大きく深呼吸して光を収めると、
招待客たちが、瘴魔の存在や不穏な気配に気づいた様子は無い。ただ
(ふふっ、どんなもんよ)
達成感を胸に、アシュナードへと
(え、
アシュナードへと向けた視界が、ぐらりと歪む。
以前、王城の庭で力を使った後、
だからこそ、今回はあらかじめ聖水を用意し、力の放出を
(しまった、思ったより……強く力が出、て……)
急速な眠気にまぶたが落ちかかり――――
―――鳴り響いた
(……っ!!)
アシュナードが砲手に指示を送り、花火を打ち上げてくれたようだ。
客たちの多くは、色とりどりの光に注意を引かれ、硝子窓の外を見ている。シルヴィアの不調に気づいた人間は、少ないはずだ。たとえ疑われても、花火の音に驚きふらついたと、そう言うことができそうだった。
(た、助かった……)
笑顔を張り付け、内心冷や汗をぬぐう。
しかし、間近にいたアシュナードには隠し切れなかったようで、小さく喉を鳴らし笑われてしまう。
「くくっ、見事な光、いや、立派な前座だったぞ? 花火の前座、どうもご苦労様だ」
「…………気に入ってもらえたなら、光栄ですわ」
言い返しつつ、心の中で
(笑われたっ!! 前座で悪かったわね私の
うまくいったと思い、鼻高々だったのに、直後にこのざまだ。恥ずかしさと
「ありがとうございます、陛下。助かりましたわ」
「あいかわらずの、めっきの笑顔か。まるで
「あら、何のことでしょう? 全くもって、心当たりがありませんわ」
「あくまでしらを切るか。
言葉の続きは、打ちあがる花火の音にかき消えた。
アシュナードが目を細める。光が
アシュナードは今、何を言おうとしたのだろうか。
(どうせ、ろくでもないことだと思うけど……)
胸が騒ぐ理由はきっと、花火が美しいせいだ。
そう思うことにしたのだった。
わざわざ聞き返す気にもなれず、大窓の外の夜空へと視線を向けたのだった。
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次回は【2018年8月31日(金)更新予定】
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