072話 セイレンディアーナ・抜剣



 ※期間が開いたのでこれまでの粗筋


 勇者として異世界を救った童貞、久瀬修。

 女の子モテたい人生だった……と、嘆く彼は日本へ戻る事に。

 そこで、お嫁さんとなる銀髪褐色巨乳美少女ディアと出会い、数々のイベントを乗り越え仲を深める二人だったが……。(一章)


 異世界からエルフの姫のイア。

 日本最強の巫女、小夜。

 突如現れた二人は、それぞれの理由でもって修の家に同居。

 アプローチを始めるも、そんな中、ディアに人間らしい感情が育ってきている反面。

 修の重大な事実が発覚する。

 ――彼の娘は魔王の生まれ変わりだと言うこと。

 更に。

 ――ディアと一線を越えないのは、彼女の事を汚したくないから。

 という、前者はともあれ後者は童貞丸出しの事実。

 なんだかんだで、ラブホで初体験は失敗に終わるのだった。(二章)


 そして現れたる、姉&異世界の姉。

 彼女はディア達三人の嫁度を計るために試練を始める。

 修の誘惑に耐えろという試練であったが、何故か小夜が幼馴染みだという事が発覚。

 イアもまた、自らの想いをぶちまけ…………。

 そして今、感情の重圧の中で潰されそうになる修に、イアの試練のターンが始まろうとしていた。(三章の前話ココまで)





 死ぬ、このままでは死んでしまう。

 リビングに回帰した途端、流れ込んだ記憶にずしりと重い感覚を得た。


 忘却させられていた小夜との思い出、今の彼女の想い。

 目を反らしていたイアの感情、変わらぬ彼女の想い。

 本当に、本当に。


(俺が二人居たらなぁ……)


 とはいえ、実際に分裂した所でディアへの想いが薄まる筈がなく。

 苦悩を抱えながら、彼女達を愛する事になるのは明白であり。


(いや、出来もしないイフなんて考えない方が良い)


 かつて魔王を倒す旅もそうだった。

 もっと仲間を集めていれば、もっと自分が強くなれば。

 誰かを救う事には限界がある、自分に出来る事の最前を。

 きっと、恋愛だって変わらない筈だ。


(――――敵を倒せば、大概なんとかなってたあの時が懐かしい)


 だが懐かしがっていても仕方がない、なにせシーダの試練はまだ終わっていない。

 一番大切なヒト、ディアの番がまだなのだ。


 胃を押さえ、歯を食いしばりながら笑顔で顔を取り繕うとしている修を。

 小夜とイアが戻った後に見せた複雑な表情を。

 ディアは静かに見ていた。


(分かって、分かってはいたのです……いいえ、きっと私は)


 理解したつもりになっていただけなのだ。

 と、ディアはぎゅっと握りしめた右手を左手で隠した。


 二人が来るまで修とローズの三人で、ひとつひとつ歩んでいけるのだと漠然と思っていた。

 けれど、イアが来た。

 そして、小夜が来た。


 ディアは、悲しみを覚えた。

 ディアは、悲しみを覚えた。

 ディアは、修を独占出来ると思っていた。

 だって、ディアは修が好きで、修もディアが好きでいてくれて。

 二人の仲は母ではる女神が後押ししてくれて。


(人間の事を、恋を、恋愛感情を、私は全然理解していませんでした……)


 沸き上がる怒りを、悲しみを、憎悪に変わりそうな痛みを。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、オサム様、オサム様、オサム様――――)


 今すぐ縋りついて泣きわめいて、自分の事だけを見てと叫びたい。

 だがダメだ、迷惑になるだろうし、そもそも触れるのが恥ずかしい。

 そして――、決して表に出してはいけない。

 このドロドロした気持ちは、知られてはいけない気がする。


 だから、笑顔を。

 いつものように笑って笑顔を。


(オサム、様――)


 笑って、微笑んで、彼がそうする様に、心安らかになるように笑みを浮かべて。


「オサム様……」


 ディアはぎゅっと心を押し込んで、忘れろ、忘れなきゃ、と目をつむって。

 ――そんな彼女の様子を、修は気づかなくて。

 しかし、小夜は、イアは、ローズと都とシーダも気づいていて。


「…………悪いとは言わないけどさ」


「ディアさん……」


 気まずそうな、気遣うような声はディアに届かず。

 ディアは静止しながらニコニコと、強ばった笑顔を。

 今にも感情が決壊しそうな彼女に、不甲斐ない童貞はさておきシーダは問いかける。


「じゃあ、そろそろ貴女の番なのだけれど……、大丈夫?」


「え、ええ、……はい、いつでも。大丈夫、です」


「全然大丈夫に見えないぞママよ……」

「ねぇシーダ? 日を改めるか中止したらどう?」


 都の言葉に、シーダは修とディアに視線を向けて。


「…………俺は、まだ行ける。ディアさえ良ければ続行したい」


 それは、抱え込もうとする男の顔。

 ディアを気遣う声、小夜とイアを気遣った声。

 それが無性に。


(――――不快、です)


 ふつうなら心地よい声が、今は妙に耳に障って。

 嫌だった、修が二人の事で思い悩むのが。

 不快感を越え嫌悪感さえ浮かぶ、想いに真正面から立ち向かう修に対し、目を反らした自分が。


(何故、どうして)


 己は目を反らしたのだろうか。

 引け目を感じなければならないのだろうか。

 ディアの心は溢れて。



 ――――そして、ふと、気づいてしまった。



 ディアの目が見開かれ、すとんと表情が落ち能面の様に。

 その変化には、流石の修も気づく。


「ディア? どうしたんだ?」


「アンタ、本当に大丈夫ッ!?」


「――ディアさん、わたし達が言う事ではありませんが無理は」


(何故、どうして)


 抑圧された心が、愛する男の行動が、ディアに新たな目覚めを引き起こす。



(――――――どうして、私が悲しまなければならないのでしょう)



 何故、心を隠さなければならないのか。

 目の前の彼女達は、きっと素直に心に従っただろうに。


(私は、悪いことなど何ひとつしていません)


 剣として見ていただけだが、故郷セイレンディアーナでもそうだった。


(そもそもです、私という恋人が、妻が居るのに言い寄る者が悪いのでは?)


 確かに向こうは一夫多妻制の所もあった。

 だが、修の故郷であるこの日本は一夫一妻、愛する者を独占出来て当たり前なのである。

 ――スッとディアの青い瞳が細まった。

 瞬間、身に纏う空気が剣のように鋭く堅く。


「え、でぃ、ディアさーん?」


「ふぉっ!? 小夜よイアよ、ママが激怒しているのではないかっ!?」

「――――相手は女神、相手にとって不足なし」

「対神の術具を持ってくるべきでしたか――」


 戦々恐々とする四人、そして静かに事態を見守る姉二人。

 彼らのざわつきなど耳に入らず、ディアの思考は深化する。


(理屈と感情が違うのは分かります、ですけれど、ええ、私がメソメソ泣いて傷ついて心を押し殺す事こそ悪手なのでは?)


 そして。


(恋とは戦争、――オサム様のマンガにもありました)


 恋は戦争とは誰が最初に言い出したのか。

 そして戦争、――即ち戦いならばディアの神としての存在意義の一つ。

 女神としての部分が、恋する乙女に力を与える。


(私は間違っていました、危うく、手遅れになる所でした……)


 今のままで修の側に居るならば、それは敗北に繋がる道。

 恋人として、夫婦として、不満や不安を言えない関係がどうしてソレと言えようか。


(私は剣の神、戦の女神)


 そして欲する存在が居る、争い競う相手が居る。


(ならば、――ここは戦場。オサム様の……いいえ、私の戦場)


 だから、彼女たちに。

 ヒトとして人生経験が圧倒的に勝るイアと小夜に立ち向かう為には、修に向き合う為には。



(受け入れましょう、私は傷ついている)


 二つ目。


(受け入れましょう、イアさんと小夜さんはオサム様の事が好き)


 三つ目。


(受け入れましょう、私はオサム様とふれ合うのが恥ずかしい――臆病だから)


 だから。


(全部受け入れて、…………立ち向かいましょう)


 修と築き上げる、これからの未来の為に。

 ディアの顔が自然と笑顔を作った。

 それは、暗い感情を我慢したモノではなく。

 決意と覚悟を持った、女という戦士の微笑み。


「――――ッ!? やっぱり、あっちで決着を付けるべきだったようね」


「負けない、――負けません」


(俺は、ディアに…………嗚呼、強いなディアは)


 そんな戦士にシーダは頷いて。


「じゃあ、準備は良いわね」


「ええ、いつでも大丈夫です。――ご心配をおかけしました」


「ふふっ、貴女の心境にどの様な変化があったのか分からないけれど。……どうか幸せを。嗚呼、こんな事態を引き起こした私が言うべき事じゃないわね」


 シーダはディアの変化を素直に喜びつつ、魔法を行使して。


「――――さぁ! これが最後よ! 存分におやりなさいなッ!」


 そしてディアと修は、彼女の作った模造空間に消えた。





 見知ったいつもの部屋、修とディアの寝室。

 普段なら、嬉し恥ずかしも慣れた頃の二人っきりではあったが。


(な、何を言えばいいかわっかんねぇええええええっ!?)


(うう、何から聞けば……。いえそもそも、確かオサム様から誘惑……、しかし、お二人はそれを利用して)


 ベッドの上で共に正座、視線を合わさず俯いて無言。

 ディアは試練を真面目に行うか、それとも彼女自身が行動を起こすか悩み。

 修としては、あんな事があった身だ。


(言わなければ、俺にはディアが。――でもさ)


 本当に、言わなければならないのだろうか。

 結婚が予定されている恋人が居るのに、言い寄られた。

 ディアを一番に考えている事は確かだ、しかし。


(俺は……心が揺らいだ。例え仮初めの感情だったとしても、それは確かに俺の心で。きっと、どこかで望んでいたかもしれない事で。もしも何かが違えば)


 これは裏切りだろうか。

 そもそも。


(楽になりたいだけじゃないか? 罪悪感をぶちまけて、ディアを悲しませるだけじゃないのか?)


 何処の世界に、他の女に心が揺らいだと言って喜ぶ女性が居るのか。

 これは独りよがりの懺悔ではないか、否、考えるまでもない。

 ――――男の、修の身勝手な罪悪感だ。


(ディア、ディア、ディア…………)


 顔が上げられない、瞳を合わせられない。

 見てしまえば、声を出してしまえば、全てを話して許しを乞うてしまいそうで。

 修はただ、両の拳を膝の上で握りしめ、じっと俯いて黙る。


 そんな男の前で、女は静かに目を伏せた。

 胸中に渦巻く想いは複雑、彼の心を悩ませる存在、自分の至らなさ、何があったのかを知りたい、全てを把握して、全てを自分に向けて。


(私は……)


 何も分からない自分を、男の全てで染め上げて欲しい。

 世界を救った勇者を、自分だけの男を、自分の幸せの為だけに。


(浅ましい、浅ましい欲望です。身勝手な、オサム様の事を考えない欲望)


 だが、今なら分かる。

 同じくらいに強い欲望がもう一つ。


(どうか、思い悩まないでください。悲しまないでください)


 戦い抜いて、平和を勝ち取った勇者を。

 平和な世界で産まれた、大好きな、普通の男を。

 これ以上、傷ついて欲しくない、思い悩み苦しんで欲しくない。

 その原因が他の女の子でも、たとえ自分であっても。

 ただ、心安らかに、幸せに、平和に生きて欲しい。


 二つの欲望は、決意と覚悟通りに相反することなく混じり合って。


「…………オサム様」


「――――っ!?」


 穏やかに呼ばれる名、自然に延びる褐色の腕は修の頭に回され。

 包み込むように、豊満な胸へ誘われて。

 抵抗も拒絶も、喜びも驚愕も沸き起こらず、修の心に浮かぶのは。


「よしよし、よしよし」


「ぁ…………」


 強ばっていた体から力が抜ける、頭を撫でる暖かさに泣きそうになる。

 胸の柔らかさが、妙に心に染み込んで。


「よしよし、よしよし、……良いんです」


 何が良いと彼女は言うのだろうか。


「……――辛いことがあったなら、私にも教えてください。悲しい事があったなら分かち合いましょう。問題が起こったなら共に乗り越えましょう」


 それは、かつて修がディアに送った言葉。

 だが。


「でも、良いんです。……私に伝える事で、貴男が思い悩むなら、悲しむなら、苦しむなら。良いんですよ、伝えなくても。――無理をしないで」


「――――っ!?」


 伝わっていた、見抜かれていた、理解してくれていた。

 それは歓喜であり、驚愕であり、嘆きにも似た安堵。


 言葉無く震える勇者に、よしよしと優しく包容を続ける女神。

 彼女の腕の中は、まるで幼い頃に感じた母のそれ。

 でも少し違う。

 暖かな言葉の中には、確かな悲哀と女の愛情。


(俺は、――俺はっ! 俺はぁっ!!)


 言わなければならない、勇者である以前にヒトとして。

 決して、決して、この温もりに甘えてはならない。

 人間が、男が誰しも欲しがってやまない母の如き無条件の柔らかさ。


(果報者だな)


 もしディアが異世界の旅路で共にあったなら、間違いなくそこで骨を埋めていたであろう。

 同時に理解した。


 本当はきっと、モテたかったのではない。

 甘えられる存在を、受け止めてくれる存在を。

 甘えて欲しい存在を、受け止めたい存在を。

 だから。


(たとえ自己満足だとしても、男を見せる時だ久瀬修――――!!)


 修は顔を上げる、ディアの褐色のきめ細かい肌が、麗しい唇が、美しい鼻梁が、全てを見通すような青の瞳が、銀色の髪が。


「聞いて、欲しい事があるんだ」


 絞り出した声は無様に掠れて、けれど彼女は微笑んで。


「――――小夜が、幼馴染みだったんだ。子供の、何も分かってない時の頃だけど、結婚の約束をした。…………俺の事が好きだって」


 ディアは何も言わない、ただ優しく目を細めて。

 けれど、胸はずきりと痛んで。


「イアが、俺の事を好きだって、ずっと前から、あの旅の時から好きだって。……一緒に、向こうの世界に行って、結婚して暮らそうって」


 やはり、ディアは何も言わない。

 そして、きゅうと胸は締め付けられて。


「俺、俺っ、ディアが好きなのにっ、アイツらの事も同じ様に好きかもしれないって、――アレはシーダが作り出したまやかしかもしれない、けどさ。多分、心のどこかで思ってた事なんだよ」


 なおもディアは微笑み続けて。

 しかし、目尻は潤み始め。


「俺はっ! 想いを寄せてくれるアイツ等に答えたいっ! けどさぁっ、俺が好きな人は、愛する人はオマエだけなんだよっ!! オマエと幸せになりたいんだっ! でもアイツ等を悲しませたくないんだっ!」


 それは、優しさが産んだ弱さだった。

 一人を愛するという倫理観で育った男の悲鳴、ヒトの命は、想いは平等だと戦ってきた勇者の欠点であり長所。


(だから彼女たちは、オサム様の仲間達は一緒に戦って……)


 ディアはゆるゆると目を開く、その表情には笑みは無く。


「オサム様は、ひとつ忘れてます」


「忘れて……?」


 縋るように、きつく腕を掴む男に女は静かに答える。


「どうか、一人で苦しまないでください。これは私達の恋愛、二人で答えを出さなければならない問題です」


「…………俺達、二人で」


「この件について、私の意見はこうです。――――許しません、負けません。正直、怒りすら覚えていますよ?」


「うぐっ」


 ずどんと直球の答えに、ぐにゃりと修の顔が情けなく歪む。

 ディアはそれに若干の愉悦を感じながら、刺々しく言い放つ。


「私はイアさんの想いは否定しません、けれどですよっ! そもそも、それなら彼方の世界でオサム様を掴まえておけば良かったんです!!」


 そして。


「小夜さんの事も分かりました、でもですよっ、今現在のオサム様の妻は私ですっ!」


 更に。


「敢えて言いますっ! ――――私を愛してるって嘘なんですかオサム様っ!! 本当に愛しているなら、それが本当にあったかもしれない可能性の感情だとしてもっ!! 揺るがないでくださいっ! 貴男の恋人がすぐ側に居るんですっ! 手の届く所に居るんですっ! 無理矢理襲って押し倒されたら悲しいかもしれませんが喜んで受け入れるんですよコッチはっ!!」


 ぐさ、ぐさ、ぐさ、と言葉の刃が修に突き刺さる。



「……………………オサム様には、がっかりです」



「ぐきゅう」



 トドメだった。

 遡れば、ディアが恥ずかしがらずに修を受け入れていれば、こうはなっていなかった可能性を棚に上げて。

 しかして、それは心が揺らいだ恋人に対する女の権利。

 修ががっくしと頭を下げて。


「…………ごめん」


「ふふ、良いんですよオサム様? 優しいのがオサム様の良いところですし、ヒトの心は不可侵、強制してどうなるモノでもありませんし?」


「…………ごめん、マジごめん」


「小夜さん、黒い髪の美しいヒトですよね。幼い頃に結婚の約束までした女の子ですものね? ええ、もしオサム様が同時に複数の女のヒトを愛する事の出来るヒトであったならば、悩みませんものね」


「…………うう゛、面目次第もございません」


「イアさん、綺麗な方ですよね。一緒に旅をして、お互いの何もかもも知っているような仲ですものね? しかもエルフのお姫様なんですもの。オサム様じゃなくても、心揺らぎますよね」


「…………ぐぅ」


 もはや、何を言っていいのか。

 問いつめるように拗ねる褐色の女神は、心なしか言葉だけでなく触れ合う肌でさえ尖ってきている様な。


「それに対して私は、オサム様の求めにも応じられず、魔王討伐の力にも慣れず、ヒトとしての経験も足りず。出来るのは心ひとつで貴男に寄り添う事だけ。……勇者たるもの? 複数の女性を愛し子を産ませる事こそ平時の大きな役目の一つかもしれませんが? それさえ許容できない心の狭い女神ですし?」


「――でも、そんなディアが俺は好きなんだ」


「……………………私、怒ってるんです。腹を立てているんです、怒髪天なんです。――その、口説かないでください」


 ぷいと口を尖らせながら、ディアは真っ赤な顔でそっぽを向いた。

 その姿に修は理解する、ここが正念場であると。


「なぁディア、俺が全部悪かったよ。……誰も彼も救いたいって、不幸にしたくないって、我が儘を言った。――オマエっていうこんなに素敵な女の子が居るっていうのに」


 彼女がこんなに気持ちを吐露したのは、初めてだった。

 だからこそ理解が及んだ、ディアが自分の弱い部分を認めた事が。

 一歩前に進んだ事が。

 だから…………今度は、修の番だ。


「ディアの言うとおり、これは二人の問題だ。二人で、イアと小夜に向き合って答えを出す事だ。俺一人で悩む事じゃなかった」


「オサム様……」


「だからさ、俺はこれからディアに甘える事を言うよ。……許して、くれるかい?」


 甘えて欲しい、だから甘えさせてください。

 この世で唯一無二の存在だから、この先、ずっと、一緒に居たい存在だから。

 寄りかからせて欲しい、寄りかかって欲しいから。


「ディア、俺のディア。――どうか、もっと俺を夢中にさせてくれ」


 修は彼女の両手を、自分の両手で包み込み祈るように熱く。


「その蠱惑的な目で俺を見つめて欲しい、その美しい髪で俺を絡め取って欲しい、この世で誰よりも妖艶なその肢体で俺という男を溺れさせてくれ。――――オマエの愛で俺を包み込んでくれ、皆を幸せに出来るように」


 たおやかな指先に唇を滑らせ、熱情の吐息。



「俺を、愛してくれディア」



 最後の言葉が紡がれた瞬間、ディアの心は花開いた。

 愛する男からの、愛の懇願。

 それこそが、恋人として、妻としての本懐。


(不思議です、今までの不安や怒りが嘘の様に――)


 全てが、愛おしさへと変わっていく。

 ディアはそっと修の顔に己の顔を近づけ、どちらからともなく、瞳を閉じて。

 ――唇と唇を合わせるだけの、単純な行為。


 永遠にも思える一瞬、顔を離した修が見たのは。

 全身を真っ赤に染めて、濡れた瞳で俯く愛する女。

 彼女は幸せそうに微笑むと、右手を高々掲げて。


「…………抜剣」


「は?」


 瞬間、ディアの手にはもう一つの彼女である剣が。


「え、は? はぁっ!? いったい何で剣を持ってるんだよっ!? 超良い雰囲気だったじゃんよっ!?」


「ふふっ、オサム様。愛の力で私は今、自分の力の使い方を理解しました。なのでこうして、剣を振るえるように……」


「いやいやいやっ!? それ照れながら言う事っ!?」


 テレテレと体をくねらせるディアは、シャキンと剣を修の首に当てて。


「これは剣の形を取った力なのです、だからこうやって――――拘束! きゃっ、やっちゃたぁっ!」


「ぬおおおおおおおっ!? か、体が動かんっ!?」


 するとどうだろうか、ディアの剣はぐにゃりと柔らかに延び、修の体をぐるぐる巻きに。


「えいっ」


「ふおっ!? 押し倒されたっ!?」


「ねぇオサム様ぁ、私、うふふっ、気づいたのです。いえ、実はあの日から考えていた事なのですが。無理強いするのは良くありませんし、第一に手段がなかったので…………」


 身動き取れずに、ベッドに転がる修。

 かの男の視線の先には、ねっとりとした瞳で舌なめずりする褐色の女神。

 彼女は彼にのし掛かりながら、荒い吐息で。


「嗚呼、こんなはしたない事……、こんなに触れ合って、嗚呼、嗚呼、恥ずかしいですオサム様ぁ。でも、でもです、妻として慣れなきゃいけませんものね。だから」


「ちょっとっ!! ちょっと待とうかディアっ!?」


「先ずは指先からです、ふやける程舐めて……、そしたら服が全て、私の唾液まみれになる頃にはきっと、素肌で触れ合う事に慣れるでしょうから次は――――」


「シーダっ!? シーーーーダっ!? 助けてっ!? 肉食獣にイケナイ性癖を開かされる気がするっ!? なんかヤバイってっ!? 俺ヤバイ気がするよっ!?」


 ディアが積極的になってくれるのは嬉しい、羞恥心を克服しようとする姿勢もだ。

 だがこれは、――プレイとか訓練とか、そういう領域を越えたアブノーマルな何かな気がする。

 有り体に言って、男としての沽券に関わるような。


「フフっ、大丈夫ですよオサム様。きっと、私も貴男も新しい扉を開いてしまうだけですから」


「ほわぁあああああああああああああああっ!!」


 修の指に、ディアの舌が接触する瞬間であった。

 監視、もとい見守っていたシーダによって空間が解除。

 二人はリビングに戻って。


「…………ねぇ、何をどうしたらそんな感じになるの?」


「弟よ……、お姉ちゃんどうかと思うなぁ?」


「時と場所を選んだらどうじゃ? パパよママよ……」


 呆れ眼の姉二人と(見た目)幼き娘。


「狡いっ!! 妾だって思いついたけどしなかったのにぃっ!!」


「――――混ぜてくれませんか?」


 きぃ、と髪が逆立つエルフの姫と、乱入しようとする巫女。

 二人の姿を認識したディアは、仁王立ちになって宣言する。



「かかってきなさいっ! オサム様は、私だけのものですぅ!!」



「良く言ったっ! 奪ってやるわ! オサムは妾の夫になるのよッ!!」



「…………妾でも良いんですけど?(と言って油断させてシーフしますよわたしはっ!)」



 がるる、うぎぎ、こそこそ、と乱闘騒ぎを始める三人。

 その光景に、疲れ果てた修はシーダへ問いかける。


「なぁ、シーダ姐さん。勝敗ってどうするんだ?」


「馬鹿ね、全員失格に決まってるでしょうが……」


「然もあらん、じゃなぁ」


「修、悪いこと言わないから。今度からお腹に雑誌でも入れておきなさい」


 修、ディア、小夜、イア、それぞれが一歩を踏みだし新たな関係へ。

 果たしてそれが、良いことなのか悪いことなのか。


「恋愛って、思ってたより大変なんだなぁ」


 しみじみとしていた修に、シーダは声を潜めて。


「馬鹿弟子、晩ご飯の後……いえ、寝る前でも良いわ。二人っきりでちょっと話があるの」


「ん? 分かった」


 彼女にしては妙に歯切れの悪いトーンに、修は首を傾げながら頷いた。


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【未完結】クリア特典は聖剣の戦女神さまっ! 和鳳ハジメ @wappo-

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