エピローグ
「……って、いい話だと思ったんですよ。悲しくていい話だって。あたし、あの後けっこう泣いちゃったのに……」
「知らん」
表情も変えずに突き放したのはヒムカさんだった。
その後ろで和泉さんがクスクスと笑っている。
ヒムカさんが振り返っても、やっぱり笑ってる。
変わらない和泉さん。
でも、ヒムカさんはあたしが最後に見た時とはずいぶん変わっていた。
今のヒムカさんは十歳ぐらいの少年の姿をしている。
あれから半年。
無事、十柱(どころじゃない)ケガレを祓うことに成功したあたしはこの春、正式に
そして、あの時のお礼も兼ねて、今日こうして花立花神社を訪れている。
実のところ、和泉さんとは連絡は取っていたのだけど。
「消えたと思ったのに……。和泉さん、最初からわかってたんですよね」
「デメリットもあるから、最後まで自分で祓うつもりだったんだけどね。あの時は、ヒムカに任せるしかなくて、悔しくて泣いちゃったなー」
そういうことだった。
ヒムカさんは穢れを大量に取り込んだ。その中にある生の部分を自らの内で凝縮して、あの
本来の自分自身の肉体、古神の穢れの部分全てを含めて。
結果、神直日神の力を使い切って、肉体のほとんどを失ったヒムカさんは、ほんの少し山野の気の塊だけを残すような状態になった。
半年でようやく少年にまで育ったというところだ。
「……どうやって育ったんだろ」
「それはね」
「あ、説明はけっこうです」
あかなめが育つ方法なんて決まってるし、和泉さんから詳しく聞きたくない。
話したそうにしているけど、見なかったことにした。
「……でも。あの時は、本当にお世話になりました。色々なことを教わりました」
巫覡専攻科の中だけじゃ学ぶことなんてできなかった。あかなめと一緒に戦う巫覡のことを。
「それならよかった。わたしはわたしで、優秀な巫覡が増えて嬉しいわ。これで、ケガレの被害も減るし、後継も育つ」
和泉さんは目を細める。
「香月さんのところは全員落第したのよね」
「……そうですね」
「本庁にきちんと報告した甲斐があったわ。力のない巫覡は必要ないし、本庁内での香月さんの地位はいい加減落ちてもらわないと困るし」
どこまでが狙いどおりだったのかはわからないけど……けっこう、掌の上だった気はする。
にこやかな和泉さんを見て、なんとも言えない気分になる。
でも、ひとつだけ確信していることはあった。
和泉さんとヒムカさん。寄り添う人と神の姿。
人であって神であり、神の力をもってよこしまな神を祓う。巫覡というのは本来こういう形だった。
「学びました。お二人の絆の深さに」
しみじみ言った。
「舐めるとかで驚いていた自分が恥ずかしいです。お二人はそんな俗な感情なんて持っていないのに」
「俗な感情?」
和泉さんがきょとんとする。
「好きだとか、そういうのです。なんか、二人はそういうの超越していて――」
気づく。あの夜のように。
気配というか、空気が変わったことに。
「あれ?」
和泉さんと少年姿のヒムカさんが顔を見合わせていた。
「や、やだ。そういうのじゃないし……。好きとか。わたしは巫覡として、ヒムカを見ているだけで……」
「そもそも俺にはそんな資格はない。考えたことすら……」
みるみるうちに二人の顔が赤くなる。
寄り添っていた二人が微妙な距離をとった。
やっちゃった……。
そう思ったけど、遅かった。
「考えたことないのよ!」
「そんなことわかっている!」
「違うから!」
「わかっていると言っている!」
この後、お互いを意識してしまって、舐めたり舐められたりに戸惑いを覚えてしまうようになった二人に、思いきり振り回されることになったのは、残念ながら別のお話。
あかなめが 巫女を舐めると 敵は死ぬ ~あるいは棄神棄覡(きしんきげき)~ 八薙玉造 @yanagitamazo
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