毒、滴る 壱
梅の花が見たい、と姉が言った。
まだ年が明けて間もない、酷く冷える
そのうち、小指の爪先ほどだった蕾は豆粒ほどに膨らみ、固く締まっていた
震える両手を胸に抱え込み、声も出せずに
咲いていたはずの毒々しいほどに紅い花は影も形もなく、ただ、開く気配のない赤茶けた
薄い瞼がわずかに震える。寝息より幾分深く吸われた息が、長く長く吐き出され、そっと目が開いた。密に生えそろった
「
先を行く獣の太い尾がゆらゆらと揺れている。
「姉が一人おりますが」
そこそこ良い家に
「女の扱いがうまい」
「お……女の、扱い」
玄梅は音を立てて
まるで自分が
年の瀬の皇都は、冷たい
「紅緒のことでしたら、あれは幼馴染だからですよ。幼いころから世話を焼いていた癖で」
そこで、はっと口を
そして、訪れた気まずい沈黙が二人の足音を必要以上に響かせる。この道中、この調子で一言二言交わしては黙ってを繰り返している。口下手同士の会話など、
ややあってから、耐えかねた玄梅が沈黙を破った。
「そ、それにしても、
「……あぁ。まさかこちらから迎えに行くことになるとはな」
頷いた氷雨は、昨日謌寮に現れた
五辻は、しばし放心したかのように黙っていたが、やがて独り
「ちぎられて、あかぁく、くろく、ちいぃさく、まろめられてしまう」
「氷雨殿?」
名を呼ばれて、氷雨は我に返った。いつの間にか、玄梅も氷雨も足を止めていた。耳にまとわりつく五辻の熱に浮かされたような声を振り払って、
「大丈夫ですか」
「……昨日の五辻殿を思い出していた」
あぁ、と玄梅は眉尻を下げた。紅梅色の目には同情や悲哀ではなく、嫌悪がうっすうらと浮かんでいる。
「最後はかなり取り乱していて全く要領を得ませんでしたね。おかげで紅緒が無駄に興味を持ってしまって」
自らの精神衛生上の理由で、彼女にはこういう物騒な匂いのぷんぷんする事柄に、できる限り首を突っ込まないでほしい、と心中で舌打つ玄梅の顔には「いい迷惑だ」とはっきり書いてある。それを流し見て、この男も大概だな、と氷雨は思う。
それはさておき五辻邸である。
門外から見ても、
「まぁ……あのように差し迫った様子で、夕刻には必ず母と妹を連れてくると言っていた人間が現れなかったのだ。何かないほうがおかしい」
低い声で言って、
庭は物寂しく
「五辻殿。
玄梅がやや声を張って庭から呼びかけたが、やはり
「どうされま」
「シッ」
息だけで鋭く制されて、玄梅はやや垂れ気味の目を
「――聞こえたか、今の」
低く静かだが、緊張を
「いえ、何も。何か聞こえました?」
「女の、泣いているような……」
言いさした氷雨と玄梅の耳に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます