先つ祖へ返る者 弐
ふと、違和感を覚える。
動いていないのに、
とてつもなく嫌な予感が、鴉近の心の臓を
そのまま立ち去りたい衝動を何とかねじ伏せて、息を殺し、なるべくゆっくりと裂け目を
声も漏らさず、鴉近はただ息を止めて全身の産毛を逆立たせた。
それをぼんやりと見ている
今しがた、「綺麗な目もあまりしなくなったしね」と
「…………いや、何か言って?」
耐えかねた
「これは申し訳ない。
「違う違う、紅緒が言ったんでしょ。高鞍殿の目が綺麗だって。怒りに燃える……何だっけ」
あぁ、と気が抜けたように呟いた後、紅緒は肩に置かれていた日和の手をそっと掴むと、兄の
「その、怒りに燃える
ちゃっかりと日和の瞳の色に合わせて言い換えつつ、
「そうそう、それ。私もあれは綺麗だと思ってたんだよね。もともと紫だか青だか、作り物みたいに不思議な色をしているけど、怒ったときは特に人間ぽくて」
「高鞍殿は、以前はいつもああいう目で紅緒の背中を見ていたんだけど、本当に最近はそうでもないんだよね」
紅緒は
いつもと何ら変わらぬ様子で話す
危なかった、と
「少し強く引っ張ってしまいました。平気ですか」
「いや、大丈夫、ありがとう」
「鴉近殿は、きっと
なかなか
それはまるで
「いつか、紅緒が怒っているところも見せてね。私たち友人なんだからさ」
兄の氷雨といい、この兄弟は何故私が怒ることについて気に掛けるのか、と心底不思議に思いながらも、紅緒は
背に得体のしれない
「う、え、おおおお!? 紅緒、走って!」
叫ぶことで我に返った日和は、うわぁ、などと気の抜けた歓声に近いものを漏らして棒立ちになっている紅緒の腕を乱暴に
程なくして鴉近が二人に追いついた。つまり、蜘蛛もまた近くに迫ってきているということだ。
「高鞍殿ッ? 何てものを連れてきてくれたんですか!」
前を向いたままの日和が、追ってくる地響きに負けないように声を張り上げるが、必死の
「冬は、死んだように、寝ておるという話では、なかったのか」
紅緒は誰にともなくそう言いながら、ちらちらと後方を
「ぜ、全ッ然、話がっ、違う! 二人とも、いる!?」
「ははっ、日和殿、走るのが早くていらっしゃる!」
場違いに明るい紅緒の笑い声が地響きに呑み込まれてしまうほどに、追跡者が近づいている。後ろを振り返って更に顔色を失くしているところを見ると、鴉近は使い物になりそうもない。
『暗き地を
「鴉近殿! 貴方が連れてきたんだからッ、何とかしてくださいよ」
「鴉近殿っ、大丈夫です。蜘蛛は刺したりしませんよ」
紅緒も援護するように
「この野郎、後で覚えといてくださいね!!」
みるみる高度を上げる鴉近に向かって、良家の子息にしては少々口汚く叫ぶ日和を助け起こしながら、紅緒は背後に迫る大蜘蛛にさっと目を走らせた後、空を振り
「
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