白いひと 伍
そんな自らの想像に微苦笑をうかべながら、一人の女官が
「
それから
「たーまーつーゆーさま」
「……何」
遠い目をしたまま、傍らに立つ二人の女童に応答する。顎のあたりで切り
「今朝は姫様、この襟巻きを忘れて行かれました」
「まあ、もうこんなに寒いというのに。
何故今この襟巻きをわざわざ自分のもとに持ってきたのか。玉露が少し首を傾げると、二人は目を見交わしながらもじもじしていたが、やがて片方が
「私たち、この襟巻きを姫様に贈った方がどなたなのか、気になって仕方がないのです」
「玉露さまは、ご存知なのですか?」
頬を
「裏地に付いている
小さな手が急いで襟巻きを裏返してみる。彼女たちの
「た、玉露さま、姫様は気付いておられないのですか?」
額に手を当てて、優秀な女官は
「あの……
おろおろと泣き出しそうな女童の髪を撫でながら、玉露は再び遠い目をした。
「安心なさい。
もうもうと舞い上がる
「そなたら、
淡々と
「いや、しかしそれでは……」
「
喉の奥で
「うたよみ、私はどうすれば良い」
やや
「
不敬を覚悟で
辺りは何事もなかったかのように静まり返っているが、先刻、地面が割れた瞬間に紅緒の目は、恐ろしく
「
声音にわずかに
「俺はまず主上を寮内までお連れすることに専念する。その間はお前たちでどうにかしろ。安心しろ
それを聞いて、今後虫の知らせがあったら絶対に家に
『我が想いの
走りながらに最後の
静かに皇帝を立たせながら、宇賀地は蠱物を横目で確認した。
人の頭だ。
目鼻口の
「相当な念とみえる」
紅緒が炎を
『
次の瞬間には、赤い炎が渦をまいて蠱物を包み込み、骨まで焼くように激しく燃え上がった。叫びは上がらないが、喉から空気の漏れるような音と、肉が焼ける嫌な音がして、日和本人も眉を
「うたよみ殿!!」
鋭い声が聞こえた。紅緒か、と思う暇もなく視界に素早く影が差した。皇帝を背に
「え? お前、飛ぶってそういうこと? そりゃあ、すごい。しかも速い」
「言ってる場合ですか?!」
振り向きもせずに珍しく声を荒げる
玄梅が扇を振って、風を生じさせるとそれが刃となり、鴉近の腕を絡めとる髪を断ち切った。同時に蠱物に駆け寄った紅緒が、「どっこいしょおお!」と声を上げながら
「骨が無い」
氷雨は無表情にそれだけ言って、再び組み直された陣に加わる。蠱物は、散らばった自身を次々に集めながら、ずり、ずりと地を
「う、宇賀地様、我々にはちょっと難しいかと……」
後退りそうになる足を何とか留めて、日和が言った。玄梅は口もきけない。
「確かに、あれはちょっと普通の蠱物とは違うようだ。仕方ない、俺が謌を詠むから時間を稼げ」
毛髪の攻撃がある以上、下手に皇帝を動かすこともできない。宇賀地はすぐさま謌を詠み始めたが、それを察したのか、蠱物は
「まずいまずいまずい!」
早口に言って玄梅が扇を構える。今すぐに使えるのは、紅緒の鉄鞭と氷雨の糸、玄梅の扇だけである。日和と鴉近が今詠み始めた謌は間に合わない。玄梅が扇を
「く」
来る、そう言いかけた紅緒の目の前で、燃え盛る壁が割れて、顔面を焦がしたあの顔が、現れた。
これは絶対に
何故かそれが頭を
全員が
「……いたたたたたじゃない、この馬鹿」
地の底から響いたかと思うほど不機嫌な声とともに、手の主が炎の中からぬるりと姿を現した。
切れ上がった
「なにゆえ」
紅緒がそう呟くのを聞いた彼は、ふん、とひとつ鼻を鳴らして、右足で勢い良く地面を踏んだ。男の首は、濡れた音を立てて柔らかく踏み潰されたきり、二度と動く気配はなかった。謌生たちがそれを信じられないものを見る目で見ている。そこで、はっと何かに気付いた紅緒が、皆を振り返って手をばたばたさせた。
「この者は、私が今日
鴉近が出会ってから何度目かの「こいつ、どうかしてる」という表情を浮かべて口を閉じたのを確認して、息をついたのも
「お前ね、昨日俺はお前に何と言った? 考える時間を寄越せと言わなかったかい」
目を泳がせながら、紅緒は応えた。
「一晩あれば良いかと……」
やれやれと首を振って蠱物は言い
「繊細な問題だと言ったろう。一晩でどうこうなる話じゃない。せめて契約の謌を詠むことを予告してくれないと」
「今日身随神が必要なことを言い忘れておった」
「忘れておった、じゃないよ。急にお前が謌うものだから、俺は急いで許しを
「許しを得るとは、一体誰に?」
「だから親だよ。あぁ、もういい。互いに説明が足りなかった」
「誠に申し訳ない。そして助けてくれて有難う」
「紅緒、ちょっといいか。まず
明らかに様子のおかしいうたよみは、全く明後日の方向を見ながら
「この者は
「處ノ森の蠱物様にお出ましいただいて、お話をおうかがいいたしたく、おがみたてまつりてかしこみかしこみまもうさく」
地震もかくやと思われるほどに震える
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