白いひと 参
その日、
昨日目撃した、天然同士の
果たしてそれは見事に的中することになる。
「
「急にどういった経緯かはわからんが、先程そのようにお
「ともあれ、講義の内容に変更はない。それにもうじき
主上がわざわざ謌寮くんだりまで
「ど、どど、どうしましょう、紅緒……紅緒?」
反応が無いことを
玄梅が言葉に詰まっていると、ゆらり、とそれが近付いてきた。
「
「うわ、紅緒でしたか。やめてくださいよ、何で顔を隠しているんですか?」
紅緒が、のそのそと目のあたりの髪をかき分ける。
「私にはまだ
「え。それは、何というか……困りましたね」
まだいない、というのは今日の講義中に身随神の契約を結ぶつもりだったからで、ただの講義であれば宇賀地に事情を話せば問題ないと思っていたのだ、ともそもそと紅緒が言い訳する。
「
紅緒が、きょどきょどと目を泳がせて再び髪で顔を
「わかりますよ。でもまぁ、失敗しても死にはしませんから」
人間、自分よりも
しかし、いっこうに晴れないどんよりした半眼の紅緒は、
「いや、死ぬ。契約を結ぶ予定のモノから昨日そう言われた。失敗すると死ぬ場合がある」
出来れば
「え? いや、御前でなくとも死ぬのは避けて欲しいのですが……? ちょっと待ってください、貴女いったい何と契約を結ぶ気なんですか?」
身随神の契約で命を失うようなことがあるなど聞いたことがない。一時のささやかな余裕など
「
「んんんん?!
耳は確かに彼女の言葉を拾っていたが、脳が理解を拒否したので、珍しく大きな声で聞き返した。なにしろ
「あー、言い忘れてたが、今日の御前講義の出来で
何の気なく話している途中で、さらに強張った
「まさか
日和がぼそりと呟いた。こうなってはもう、一体何に緊張していいかわからない様子で、
「何だお前ら。珍しく喧嘩か?」
「おお、ちょうど良かった、うたよみ殿」
失敗した場合のことは伏せて、身随神の契約をその場で結びたい
その時、にわかに張りつめた空気が静かな波のように押し寄せ、次いで皇帝の
場所は、
「あーそれでは、寒いのでさっさと始めてさっさと終わるとしようか、諸君」
常に比べて少しだけ
「昨日伝えたとおり、今日は身随神を
淡々と説明をするうたよみは、いったん言葉を切ると、ちら、と紅緒を
「その前に、紅緒がこの場で身随神の契約を交わすらしいから、まずはそれからやってもらおうか」
謌生たちが、「あ、そうなの」くらいの表情で進み出る紅緒を眺めている中、玄梅だけが
目まぐるしく、悔やんだり
いや、そんな握りこぶしひとつでは毛ほどの平静ももたらされない、と玄梅が
『あまさかる ましろきいわおにます ましろきかみ じょうていにさかいつ ふじょうのながれかみ』
紅緒の唇から滑り
『かがせ こんじん みか さいせつ おがみたてまつりて かしこみかしこみもまをさく』
恐らく、紅緒が自ら詠んだ謌ではない。更に言うならば、身随神の契約を結ぶ謌とも形式が違うように聞こえる。あれは、一体何の謌だ。
鴉近は、玄梅が顔面蒼白で爪を噛んでいるのに気付いた。何やら様子がおかしい。そっと宇賀地の顔色をうかがうと、紅緒を眺める表情こそ平静を装っているが、やや日焼けした額に、玉のような汗が浮かんでいるのが見えた。
『あがたまを たてまつりて くすしきみかげ このみにあたえたまへと まをすことをきこしめせと』
紅緒は、
『かしこみかしこみもまをす』
結びと思われる
何も起こらない。
謌生たちは無言のまま、再び困惑の視線を交わし合い、最終的に宇賀地をちらちらと
通常、謌にのせた魂魄が神に受理され身随神の契約が成立すれば、神が姿を示すなどするはずである。が、何も起こらない。失敗なのだろうか。
紅緒は
「おい……?」
宇賀地が、恐るおそる紅緒に声をかけるが、反応がない。最悪の事態を思って息を詰めた玄梅の
紅緒が膝から崩れ落ちた。
まるで、
そのまま動かない
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