8.未来プロミネンス

 いったん比翼と別れ、家に戻ってすぐ、庭の物置を開け放った。ほこりっぽさにムセそうになりながら、目的のものへと手を伸ばす。

 大きなケースにしまわれたそれを両手に抱えて、家に飛び込んだ。


「父さん!」

「うおっ!? なんだなんだ」


 父の手は、発泡酒のプルタブを開けるところだった。

 息を切らしつつ安心するあたしを見上げ、父は目を丸くした。何が言いたいか大体分かるよ。でも、ちゃんとコイツを見てくれ。

 思い出の天体望遠鏡を。


「お前、それ……」

「クルマ」

「は?」

「まだ呑んでないでしょ。クルマ出して。今すぐ。自然公園に!」


 思わず大声が出てしまい、母が何事かと顔を出した。あたし達のただならぬ様子に、何も言えずにいる。

 ケースを床に置き、座り込む。


「昨日さ。望遠鏡が物置にあるって聞いて、イラついたんだ。どうせ使わないなら捨てろよってさ」

「……何を言うんだ」

「それだけじゃない」


 家庭事情の不和から趣味を手放し、なし崩し的に二人で見ることをやめた星空。家が落ち着いた今も、半ば禁忌のように目を逸らしてきた。

 でも、それももう終わりにしよう。


「まだ……好きだからでしょ? 捨てられないのは。あたしずっと、父さんみたいになりたくないって思ってた。しょぼくれちゃったんだって。でも違った。星を見ることを忘れてたんじゃないんだ。それにずっと、この家のために頑張ってくれてたんだ」


 喋りながら分かっていく。勝手な思い込みで、娘の立場から父を貶めていた。家族を守るために自分を殺した、大人の背中を。

 あたし達の間にあったかもしれない七年は取り戻せない。

 だから、これからまた作ろう。


「お願い。十七歳でやっと気付いたんだ。夏は一年に一度しか来ない、高校二年の夏の思い出だって、一度きりしか無いんだって。父さんだって同じだ」

「……」

「……あたし! クルマで待ってるから!」


 想いと気恥ずかしさと色々が綯い交ぜになって、たまらずあたしは車庫へ向かった。

 何やってんだ。もっときちんと言うこと、あるはずなのに。

 ねぇモカ。あたしダメだね。これでも、頑張れてるかな。


「……あ」


 どれくらい待ったろう。長いような短いような時間が経って、運転席に父が入ってきた。


母さんあいつとは話をつけてきたよ。自然公園、でいいんだな?」

「うん」

「今日はペルセウスの極大の日か。知ってたのか?」

「……うん」


 なんだ、父さんも知ってたんだね。

 似たもの父娘ってやつ、なのかな。何年経っても、こればっかりは変わらないのかも。


「そういえば前から気になってたんだが。お前の部屋に貼っ付けてある『焼死』とかいう、アレは何だ?」

「え、見たの!? 勝手に部屋入んないでよ!」

「ちゃんとドアは閉めとけ。隙間からだって見えるんだ」

「ちょっともう、うわ最悪!」

「それで、何なんだ? 高跳と関係でもあるのか」

「……秘密! 七年も放ったらかしの人には教えない!」


 はははと苦笑し、父はエンジンキーを回した。夜空へのドライブ。クルマは少しずつスピードを上げ、闇を駆け抜けていく。

 ――ありがとう、モカ。比翼。また始められそうだよ。


 ウィンドウを下げて、宇宙そらを見上げる。

 そこにいるはずの友を思い、あたしは星を掴むように左手を伸ばした。

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いつかライド・オン・シューティングスター あさぎり椋 @amado64

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