第5話 観葉植物くんは全てを見ていた

ここは月宮。


霊脈豊かな日本の街。


俺はこの街にふらりとやってきた探偵の家に住まわせてもらってる。


ま、いわゆる居候ってやつだ。


俺は毎日この探偵と、この街を包み込む怪奇と戦っている。


今日も俺のバディは日も出てないうちから、まどろんだ様子で俺の眠る客間の方へとやってきたのだ。


ここには俺と彼女だけが住んでいる。


小さな貸家で接客用のテーブルとソファ、それから探偵のデスクが置かれた縦長の部屋が一つ。


それから小さなガレージに小部屋が2つつながっている。


俺の特等席は探偵が座る旧式のタイプライターが置かれたデスクのすぐ横のソファだ。


ここからは部屋の全体が見渡せるし、探偵の顔がすぐ横に見える。


彼女が依頼人と話す様子や彼女がたくらむ表情がここからならすぐにわかる。


まぁ俺も根無し草でいろんなところを渡り歩いてきたし、今は何より居候の身だ。


俺も同じようにして彼女におはようと返す。


寝ぼけまなこでどこだったかな、とテレビのリモコンを探す、手探りの彼女に俺はテーブルの横に置いただろう、と言ってやる。


彼女はそうだそうだ、とつぶやきながらテレビをつける。


薄暗い朝の部屋にテレビの明かりがほのかにともる。


眠たげな彼女は洗面台へ行き顔を洗う。


水のはじける気持ちのいい音が部屋にまで響いてくる。


すると先ほどまでとは打って変わって、凛々しい顔の彼女が見える。


彼女はニュースを一通り聞き流しながら、コーヒーを淹れる。


俺は朝は目を覚ますために水を何杯か飲む。


沸き立ったコーヒーのかぐわしい香りが部屋に充満するころには、朝日が差し込み始め、人々の喧噪がどこか遠い世界の音のように聞こえてくる。


とても優雅にのんびりとした時間が過ぎていく。


依頼のない時の探偵なんてこんなものだろう。


小説や漫画じゃああるまいし、探偵にスポットが当たったとき必ずしもなぞ解きをしているなんてことはない。


もちろん朝から忙しいこともある。


依頼のほかにも確定申告とか理由はいろいろだ。





部屋にノックの音が響く。


時計を見るとちょうど7時を打ったところだった。


こんな時間にやってくるのは一人だけだ。


彼女は扉を開け、そいつを迎え入れる。


高嶺悠生(たかみね ゆうせい)。この家の大家でなにかと世話を焼いてくれるお人よしだ。


めんどくさがりで口は悪いが、根っこのところはいいやつで困ったときは頼りになる。


机の上に手に持っていた鍋を置き、残りもんだけど食ってくれ、と言った。


彼女は嬉し恥ずかしそうに、いつも悪いわねとその前へ行き朝ごはんにする。


俺もごちそうになろうと起き上がると、奴は俺の顔をみるなり、元気そうだな、とかいって生意気に俺の口に栄養ドリンクを差し込んできやがった。


まったく、すかしたガキだぜ。


悠生は毎日こうして、俺たちに飯を持ってきてくれる。


それだけじゃなく、俺たちの依頼も善意で手伝ってくれる。


彼女はあまり巻き込みたくないようだが、俺としては彼の協力は非常に心強いものだ。


正直なところ俺はあまり外に出てああだこうだというのは苦手だ。


たまにならいいが、それも散歩ぐらいのものだ。


太陽の光なら部屋の中でも浴びられる。


俺はそれより探偵が集めた情報を推理しているときに助言をする方が似合っているだろう。


それに彼女はたまに自分の疲れに気付いていないことがある。


俺も鈍い方だから、人にどうこう言えたものじゃないが、悠生はかなり周囲に目を配る力がある。


悠生の存在は必ずや彼女の助けになる。


だが、彼女はそれを望まない。


きっとそれは彼女自身の過去に関係しているのだろう。


彼女はこれまで今のような平穏な時間を歩んだことがなかったそうだ。


今こうして笑っていられるのも不思議なくらい過酷な経験をしている。


俺も火事や地震なんかで大けがをしたことはあるがその比ではない。


同じ釜の飯を食った仲間に殺されかけ、今もなお命を狙われ続けているというのだ。


まるで映画のような話だが、現実とは得てして奇妙なものなのだろう。


住む世界がまるで違った。


それでもこの街で暮らす彼女にそんな過酷さを潜り抜けてきた様子はどこにもない。


きっと未だどこかへしまいこんで、誰にも見せないようにしているんだと思う。


だから彼女は日常を知らない。平和に暮らしている悠生のような学生には、あまり自分にかかわってほしくないのだろう。


俺は不器用だから話を聞いてやるぐらいしかできないが、それでも俺は悠生なら彼女の弱みも受け入れ、彼女をより前進させてやれるんじゃないかと思っている。


本人の名誉のために言っておくと、結名も別に料理が不得意だから悠生の好意に甘えているのではない。


しかし彼女は不定期に依頼で家から離れたりするため、保存のきかない食料をあまり置いておかないのだ。


そうなると、自然と自炊のタイミングや機会も減っていき、不摂生にもカロリーだけで栄養なんてないような食べ物しか食べなくなる。


カップ麺を食べているのを悠生が見て、激怒してからというもの、悠生は家の残り物や食材をもってくるようになった。


本当に世話焼きな男だ。






飯を食っているうちにもう8時になりそうだ。


この時間になると必ずもう一人の訪問者がやってくる。


今日も今日とて元気はつらつ、大きな声の挨拶が部屋に響く。


おはようございます!高嶺ー!いるのはわかってるぞ!、と。


悠生の幼馴染の美山蒼生(みやま あおい)だ。


蒼生はだらしのない悠生と真逆でとても熱意がありまじめだ。


しかし、用意周到でかつ臨機応変な悠生と違って、勢いでやる上に失敗すると動転するタイプでもある。


蒼生はさぼりがちな悠生を学校に連れていくため、ほぼ毎日来ている。


悠生には厳しくそれ以外には普通で、仲はとてもいい。


周りから見たらどうみても夫婦にしか見えない。


悠生は迷惑がっているが、甘えているところもあるようで、きっと両思いだろう。


いつもいじってやるのだが、蒼生の方は勝手に自爆するし、悠生の方も狙ってやってると言わんばかりにしどろもどろになるから面白くてたまらない。


お、お前のことが好きだからとかそんなんじゃなくて、幼馴染の私以外誰がお前の面倒をみるんだってことで、仕方なくだからな!決してそんなんじゃないんだぞ!!


お、俺もお前と添い遂げるなんて願い下げだ!な、なぁおい。


俺にふるんじゃねぇよ。とまぁ、この後二人は仲良く喧嘩しながら登校していくわけだ。


まったく青春してるねぇ。


彼女は毎朝それを見送った後、依頼人が来るまでの準備をする。


部屋の掃除をしたり、家具をいじったりだ。


それが終わると本を読み始める。


俺は飽きることなく探偵を観察し続ける。


少しして、ふと彼女が本を読むのをやめる。


これは依頼人が来た合図だ。


俺は少し気を引き締めて依頼人が扉をたたくのを待つ。


音はすぐにやってきて、探偵が扉を開く。





時間は9時半を回ったくらいだった。


扉の前に立っていたのはいつも来る近所のおばちゃんだった。


どうやら猫がまたいなくなったらしい。


猫を抱えてお礼にやってくることもあるが、俺はあまり動物が得意じゃあない。


引っかかれたり噛まれたりと、あまりろくな思い出がないからだ。


探偵は笑顔で依頼を引き受ける。


依頼内容にもよるが、探偵料は多分安くない。


猫探しくらいなら子供に小遣いを上げるくらいの値段で済むが、月一くらいで猫が逃げるとなると、おばちゃんもなかなか大変だろう。


もしかすると、探偵の様子をみるための口実に使ってるのかもしれないな、とも思う。


おばちゃんは留守の探偵の代わりに俺のいる部屋で待つ。


気の利いたこともできないが、おばちゃんは話し相手になってくれればそれでいいようだった。


俺としてはしゃべるよりも聞いてる方が得意だから都合がいいんだけどな。


まるで独り言のようにぺらぺらと探偵についていつもどうしているのかとかを聞いてくる。


それからおばちゃん自身のことも。


小1時間くらいで、あっという間に猫を捕まえた探偵が戻ってくる。


もう慣れたもんだ。


初めて依頼を受けたころは引っかかれたり噛みつかれたりと散々な様子だったが、大体いる場所などもすっかりわかるようになったようだ。


猫が戻って上機嫌なおばちゃんは探偵とすっかり話し込んで、依頼料のほかにお菓子や家で作った食べ物を置いていく。


あまりものだとよく口にするが、見るからにそれは作りたてで、ここに来るために作ってきたといわんばかりの代物ばかりだった。


この街の人たちは親切で温かい。


しみじみと感じる。


もちろん探偵ははじめは断るのだが、おばちゃんの熟練のトークテクニックであれもこれもと置いて行かれる。


ちなみにあのおばちゃん、別に猫探さなくても普通に遊びに来たりする。






はてさて、気付くともうお昼だ。


おばちゃんからもらった食べ物をつまみながら次の依頼者を待つ。


午後からの探偵は意外と忙しい。


孫のおもちゃの修理を頼みに来るじいさんや、子供のなくしもの探しなど、小さく細かいところでたくさんの依頼を受けている。


もはや何でも屋だ。


街のはずれの方にあるから平日の日中から夕方にかけては子供や老人が多い。


依頼料も小物の修理ぐらいなら1000円程度で請け負っているので、買いなおすより安いと考える人たちは結構探偵のところへ来たりするものだ。


問題は依頼料よりも高額なお礼をいっぱいくれたりと、お金を取るのに罪悪感が生じることなのだが、そこは仕事だと割り切ることにする。


今日は子供の落とし物が2件と、おばあさんから懐中時計の修理、それから生まれたばかりの犬の里親探しと、なかなかハードな依頼が来た。


探偵は嫌な顔せずに笑顔で承る。


生まれたばかりの犬の里親は数日かかると思われていたが、思いのほかあっさりとみつかった。


何よりも時間がかかったのは子供の落とし物だ。


ハンカチの方はすぐに見つけられたが、公園でなくしたらしいボールがどこに行ったのか探すのに苦労した。


懐中時計の修理にはまだまだ時間がかかりそうだった。





夕暮れ時には近所の学生たちが悩みの相談にきたりもする。


話だけならお金はいらないし、探偵も学生たちの話が聞けて楽しそうだ。


恋愛の話、勉強の話、部活の話。


どれも触れたことさえないその他愛のない話は、彼女にとって新鮮で神聖なものでさえあったようだった。


そうしてるうちに日も暮れる。


この時間になるとまた悠生と蒼生がやってきて、晩飯を作る。


ちなみに蒼生は料理がからきしのため、悠生の炊事を待つ間、探偵の作業の手伝いを始める。


蒼生は手先が器用で、探偵がてこずっていた懐中時計の修理をだんだんと進めていく。


悠生が飯を作り上げ、運んでくるころには、劣化した部品をどう交換するかという問題を提起していた。


そこに食事の準備を済ませた悠生が合流する。


どうやら足りない部品は悠生の知り合いに金属を加工できる技術者がいるというので、悠生に頼んで発注することにした。


悠生にせかされみんな席に着く。冷めないうちにと、食事を勧める。


探偵と今日一日あったことを話ながら、晩餐を開く。


たまに二人の両親や祖父母もやってきて、探偵の世話を焼く。


ほほえましく、楽しい時間だ。


今日は鶏団子と春雨の入った野菜たっぷりの白湯鍋だった。


ご飯を食べ終わると二人は家へと戻っていき、部屋は一気に静かになる。






探偵は今日一日の依頼内容と収支をまとめるためデスクについて作業を始める。


俺もここらで背伸びをして探偵に付き合う。


デスクでの作業が終わると、部屋の整理を始める。


そうして、依頼がこなければ夜が更ける前に眠りにつく。


今日は夜に依頼は無いようだった。


これが大体の一日の流れだ。


しかし、時折探偵の命を狙う不届きものが、夜こっそりと気配を消して、この家へと近づいてくる。


俺も探偵も、もちろんその気配に気づいている。


というか、襲撃者が来る日、探偵は俺にソファではなく側のタンスの上に寝るように指示する。


ここならまず見えにくいし、襲われても狙われにくいだろうとのことだった。


探偵の予想は大体外れない。


探偵が俺をタンスの上に追いやった日は、必ずと言っていいほど、探偵を狙う輩が家へと入ってくるのだ。


もちろん入ってきた相手とは容赦なく戦うのだが、俺の出る幕はない。


探偵は強い。


話によると武術の心得があるらしい。


だが、今日の相手は一筋縄ではいかない。


珍しく探偵が押されている。


しかもなんと、相手の蹴りがクリーンヒットし俺の隠れるタンスに背中を打ち付けられた。


相手がナイフを持ち出し探偵にとどめを刺そうと近づいてくる。


情けない話だが、俺は恐怖した。


次は自分の番ではないかと。


しかしそれと同時に、探偵が死んでしまうことへの恐怖心が自分の内側の方からひしひしと湧き出てきたのだ。


武器を持った相手の前に出ていくのは得策ではないだろう。


ただ、一瞬のスキでも作ることができれば、と。


いろいろと思慮を巡らせている中、俺は気が付くとタンスの上から飛び出していた。


俺は戦う力なんてないし、飛び出してもどうしようもなかったが、なんとラッキーなことに俺の固い部分が相手の頭にヒットしたのだ。


最後に見えたのは探偵のぽかんとした顔と、自分の上に振ってくるナイフの反射した光だった。


そこで俺の意識は途絶えた。





ここは月宮。


霊脈豊かな日本の街。


その中心街から離れた閑静な住宅地。


探偵・九十九結名(つくもゆいな)が住む、貸家。


割れた窓や、家具の破片が飛び散った荒れた部屋。


休みだというのに朝早くから、高校生にしてこの貸家の大家である高嶺悠生が、結名の元を訪れていた。


部屋の補修や掃除を手伝いながら壁紙の張替えを見積もっている。


「いやー、この子がいて助かったよ」


結名は新しい植木鉢に入った小型の観葉植物にコップで水をやりながら誰にでもなくそういった。


悠生は少しあきれた様子でそれを見ている。


「何かあったらすぐ呼んでくださいって言ったじゃないっすか」


襲撃者の対峙に助力できなかったことがよほど不服だったのか、半場苛ついているようにも見える。


そして手際よく割れた窓ガラスの破片を掃除すると、綺麗になったテーブルの上に今日の朝ごはんを広げる。


「んー、なんだろね。私がタンスにぶつかったから落ちてきたのかな?」


結名は昨夜の不思議な光景を呆然と思い出している。


「え?何言ってんすか、そりゃあそうっしょ。こいつが自分で相手の頭の上に振ってきたとでもいうんすか?」


悠生は再びあきれた顔をして、結名の見つめる観葉植物に活力剤を指す。


「まぁ、今回ばかりはダメかと思ったけど、ラッキーなこともあるもんだね」


結名はそういいながら、観葉植物の葉を撫でた。


なんとなくだが、これからもよろしく、とそう聞こえた気がした。


「なにしてんすか結名さん。早く飯にしましょうよ」


「あ、はーい。いただきまーす!」


こうして今日もまた、探偵の一日が始まる。


観葉植物は補強された折れた茎でも、背筋を伸ばしながら、今日も探偵をみている。

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月宮怪事件簿 アキタタクト @AkitaTakuto

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