第68話 儀式 3

 ウバは、まずノゾムくんを手招きした。

 ノゾムくんが緊張した顔で近づく。


「ゆっくり、うでをおろして。そう、ゆっくり」


 ノゾムくんが玄米の小袋を握る手を止める。心配そうに、ウバを見上げ、それから、ひび割れた地面に見つめる。


磯城島しきしまの 大和の国は 言霊の助くる国ぞ まさきくありこそ」

(大和の国は 言霊の 助け給う国です どうぞ、ご無事でいらしてください)


 ウバの凛とした声に反応して、ぴしりと大きな音がする。

 ぴしり、ぴしり。

 最後、ゴボリと鈍い音がして、地面に穴があいた。

 と、すぐに黒い水のような渦が、ぐるぐると激しく円を描く。


「ノゾム。捧げものを」


 声にぴくりとするノゾムくん。

 はっとした顔をすると、渦の中に小袋ごと玄米を投げ入れる。

 ゴオオという、嵐のような音と共に、渦はあっというまに袋を飲みこんだ。


「次は、ミコ。きみだ」


 ミコちゃんはうなずくと、口をきゅっと結んで渦へと近づく。


「スヤスヤネムレ」

 ミコちゃんは静かに唱えると、置くようなかたちで、ゆずの枝を渦に入れた。


「ケイゾウ」と声。ケイゾーは、「よしっ」と小さく気合を入れる。

「これで、助かるんだな」


 プラスチックのフタをあけると、どぼどぼと渦に料理酒をそそいだ。酒のにおいが、渦が作り出す風にのって鼻まで届く。


 次はあたしだ。

 大きく息をすって、長くゆっくり吐き出した。

 ウバの輝く黄金の瞳が、あたしを見ている。


「あんず。きみで最後だ」

「うん」


 足がふるえた。気を抜くと、へたりと地面に座ってしまいそうだ。

 そっと、にぎっていた手を開く。力を入れすぎていたからなのか、手の平は赤くなり、汗ばんでいて、ラッカセイはつやつやと光っていた。


 手をにぎり直し、渦の真上までもっていく。下ではゴウゴウと激しい音がしていて、体ごと吸い込まれてしまいそうだ。風が顔にふきつけてくるから、目をあけているのがむずかしい。


「落とすよ」とあたし。

 全員の、真剣なまなざしが体に刺さるように感じる。

 もう一度、大きく深呼吸した。


「卵さん、まだ起きないでね」


 手からラッカセイがこぼれる。

 手の平を下に向けて、全部、渦に飲み込ませる。


 変化がない。

 そう疑問が浮かんだ瞬間。


 ビュウと渦から白い光が空に向かって吹き出した。

 まるで打ち上げ花火が発射されたみたいな大きな音とすさまじい速さ。


「あんず!」


 ケイゾーに手をひっぱられる。

 いきなりすぎて、あたしは尻もちをついた。


「うわっ、見て!」


 空を指さす。

 虹だ。大きな虹が浮かんでいる。


「あっ」とミコちゃんが声を出したので、見上げていた顔を戻した。

 さっきまで激しく渦巻いていた地面が、何事もなかったかのように、もとに戻って平らになっている。


「おい、これで成功したのか?」

「ああ、完璧だ。感謝する」

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