第55話 いざ、出陣じゃ!
さわさわと水音がする。髪がぬれると面倒だけど、全部きれいにしたほうがいい気がして、てっぺんから、足の裏まで、全部にシャワーをかけて洗った。水をかけるだけで、せっけんは使わなかったけど、たぶん、これで大丈夫なはずだ。
タオルでゴシゴシ頭を拭いた後、ちょっとだけドライヤーをして乾かした。でも、あまり時間がかかると、ミコちゃんを待たせちゃうだろうと、ちゃっちゃとすませて、服をきる。新しいほうがいいと思って、下着も洋服も、さっきとは別のやつにかえた。
派手なのより地味なほうが儀式にあう気がして、紺のキュロットとグレイのパーカーにした。ソックスは白をはいてから、やっぱり黒にかえた。こっちのほうが、汚れが目立たないから。
あとはラッカセイを忘れないようにしなくちゃいけない。
うっかりすると、肝心なことを忘れそうになるんだから。
脱衣場に投げたままだったズボンのポケットからラッカセイをとり出し、新しい服のポケットに移動させた。ぽんと叩くと、ごつごつした感触が痛かった。
これで完了!
さぁ、行くぞと、廊下を歩いていると、テレビで時代劇を見ていたおばあちゃんの、「ありゃりゃっ」と、大きな声がした。
「どうしたの?」
顔をのぞかせると、おばあちゃんはテレビを指さして、まゆげをハの字にする。
「また、地震だって。ひどくないみたいだけど。多いねぇ、最近は」
見ると、速報ニュースが画面の上に出ていた。震度4とある。場所はここよりずっと遠くだったけど、あたしは地球卵が動いたんだって思った。精霊が言っていた、「時間がない」って言葉が頭でぐるぐるする。
「大丈夫だよ、おばあちゃん」
画面に視線を戻していたおばあちゃんが、また、あたしを見る。
ちょっと小首をかしげて、なにが? って顔だ。
「あのね、ぜったい成功させるからさ。安心しててよ」
おばあちゃんの、なにが? って顔がますます広がっていったけど、あたしは笑って、「ミコちゃんと遊んでくる」と手をふった。
ドキドキする。
あたしが世界を救うんだって。
いそがなくちゃ!
廊下を玄関まで、滑りそうになりながら、ソックスで走る。靴もきれいなのがいいだろうと、普段ははかないお出かけ用のいいやつを靴箱から引っぱり出した。ビニール革のカチッとした茶色の靴だ。
この前、これをはいたのはいつだったろう。
ちょっと、きついな。
かかとを玄関タイルに打ちつけながらドアを開けると、お姉ちゃんが学校から帰ってきたのが、目に入った。裏の車庫まで自転車を持っていっている。隣には、なんと知らない男の子がいた。背はお姉ちゃんと同じくらいで、目が細くて、体も細い。
もしや……、と興味がわく。
でも、
あたしの自転車は玄関前に置いたままだったから、お姉ちゃんたちとは顔を合わせずにすむはずだ。地球を救ってから、じっくりと話をききだしてやればいい。
大きく深呼吸する。
玄関を一歩出たら、もう、口をきいてはいけない。
ふうと息を吐き出して、ひたいに汗がにじむのを感じた。
せっかくきれいにしたのに、これだとダメだろうか。
もう一度、最初から?
でも、十字路まで行くあいだに、汗はどうしたって、かくだろう。
あたしは、目を閉じて、えいやっと一歩を踏み出した。
自転車にまたがったとき、家の裏から、お姉ちゃんの弾けた笑い声が響いてきた。普段より、かわいコぶっている感じはしたが、楽しそうでなによりだ。
妹は、今から地球を救ってくるぜ。
得意げな気持ちになると、カラカラなる車輪をこいで、十字路を目指し、爆走。誰にも会わずに、たどり着くことをひたすら願った。
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