儀式の準備をしよう
第54話 豆は、みな兄弟
こっちが、めちゃくちゃに急いでいても、周りもそうだとは限らない。家に戻ると、そのまま台所に直行したけど、戸だなや冷蔵庫、食器だなの引きだしまで見たのに、大豆は一粒もなかった。
たしか記憶では、このあいだのカレーに入っていたから、大豆はあるんだとばかり思っていた。でも、冷凍庫をさぐっても、大量の保冷剤とカップアイス、それからシメジしかない。
戸だなだって同じだ。はるさめとお茶漬け、しょうゆがあるのに、大豆はない。食器だなにいたっては、景品のグラスと割りばし、ビニール袋でうまっていた。
「おばあちゃん」
居間でテレビを見ていたおばあちゃんに声かける。
おばあちゃんは、ラッカセイをバキボキ割りながら、こっちを向いた。
「あんず、お帰り」
「うん、帰りました!」
テレビは時代劇をやっていた。悪者役の人が、若い娘にいいよっている。
げーって思って、目をそらす。
それから、おばあちゃんの手もとで視線を止めた。
「それ、大豆の親戚かな?」
「ラッカセイだよ」とおばあちゃん。
「大豆、ないんだよね」
「そうかね。なら、ラッカセイお食べ」
がしりと殻つきラッカセイをつかむ、おばあちゃん。
両手をおわん型にして出すと、じゃらっと中に入れてくれた。
「大豆と近いよね」とあたしは、もう一度、きいてみた。
「そうだね。ほぼ、同じだね」
おばあちゃんは、また、バキっと殻を割ると、手のひらに赤茶色の豆を出した。
「ま、似てるだろうね。豆だもの」
「うん。豆だ」
もう、ひとにぎり分のラッカセイをもらうと、ポケットに入れた。
それから、台所に引き返して、塩の入ったビンを手に取る。
脱衣所で素っ裸になってから、塩が固まっているのに気づいた。
もう、急いでるのに!
洗面所にタオルを置いて、その上にビンをコンコンとうちつける。
まだ固まっているから、中ブタを外してのぞいてみる。
ああ、もう。
パンツとシャツだけきて、台所に戻ると、つまようじでビンの中をグリグリかき混ぜた。バタバタした足音がうるさかったのか、おばあちゃんの、「なにやってんだい?」という大声が飛んでくる。
「汗かいたから、シャワー浴びるの。いいでしょ?」
「ふーん」とおばあちゃん。
忍者の気分で、さささっと廊下を走って、脱衣所まで移動する。
それから、また素っ裸になる。
右と左、両方の肩に、塩をふりかけた。
一つまみってどれくらいだろう。
心配になったので、さらに、もう三回ビンをふった。
洗面所の鏡を見たら、ずいぶん真剣な顔をした自分がいて、キラキラ光る肩がおかしくて、大笑いしてしまった。でも、きっと顔を引き締めると、浴室に入って、深呼吸する。
と、また、脱衣場に戻って、それから廊下に出る。
ボイラー、つけわすれた。
さすがに水は冷たい。
ピッとボイラーのスイッチを押すと、すぐにとって返した。
おしり丸出しが、はずかしい。
誰も見てやしないんだけどさ。
廊下に出たとき、居間からはチャンバラのヤーヤー言っている声がきこえた。どうやら盛り上がっているらしい。あたしもこれから勝負だって気分で、もう一回洗面所の鏡をのぞきこむ。
うん。
塩、もっかい、ふっとくか。
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