第31話 動き出した、よげん 1

「うそ、なんで」


 小屋が燃えはじめている。

 見ているあいだにも、煙のいきおいがましていく。


 キッと短いブレーキの音がして、ふり返るとこっちへ向かってきていた自転車軍団が止まっていた。全員が同じように、ぽかんと大きな口を開けている。


「なぁ、これっておれたちが放火したって思われるんじゃ……」

 ケイゾーのイヤな発言に、ミコちゃんがびくんと体を震わせる。

「うそだ。だって何もしてないじゃん」


 冷静でいようとしていたけど、声はうわずる。

 とにかく小屋からはなれようと、アオサカ堂がある方向へと走った。


 足を一生懸命に動かす。お堂につくまで、一度もふり返らなかった。その間も、ぱちぱちと燃える音といっしょに、黒い煙があとを追いかけてきた。


 どんどん火は強まっているようで、やっとアオサカ堂についたときには、小屋は炎に包まれていた。


「すごい」


 ミコちゃんがつぶやいた。あたしも横でこくりとうなずく。

 ごうごうと燃えている。炎が上へ上へと争うようにのぼっていく。


 消防車を呼ばなくちゃ。

 そう、思い出したのは、もうサイレンがきこえてきてからだった。

 まるで時間がショートカットしたみたいに、あっという間の出来事だった。


 ミコちゃんのお母さんが、心配してお堂までミコちゃんを迎えにきた。よほど びっくりしたのか、顔が赤くなっていて、ちょっと怒っているように見えた。


 ミコちゃんに、バイバイって手をふっていると、ケイゾーが、「バケツ」と言って、肩をぶつけてきた。あたしは、ずっと三つ重ねたバケツを抱えたままでいたんだ。


「今、これ返すとあやしいかも」

「だな」


 放火したって思われたかな。

 不安だった。

 あの中学生たちが誰かに言うだろうか。それとも黙ってる? 


「『よげんの書』はミコちゃんが持ってるんだっけ?」

 ケイゾーにきく。目は前に向けたままでいた。

「バスケットの中にあるはずだ」とケイゾー。


 ちらっと横を見ると、ケイゾーも小屋の火がだんだんと小さくなっていくのを見ていた。もうすぐ消えるだろう。炭のような、しめったにおいが風に乗って、ここまで届いてくる。


 そっか。

 バケツをこんこんと叩いた。ブリキの音が、楽器みたいに響く。


「ケイゾー、『よげんの書』って、見つけてよかったのかな」


 ケイゾーが首をかしげる。


「いいとか悪いとか。なんか、ちがう気がするけどな」

「そう?」

「うん。だいたい、あるもんはあるんだし。見つけたもんは、しょうがない」


「よげん、あたってるよね」

「たぶんな」


 わかっていても止められない。

 それって意味があるんだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る