第32話 動き出した、よげん 2

「何のためなんだろ。なんで、字が浮かんで消えるんだろ」


 止めて欲しいわけじゃないのか。

 なにを知らせようとしてるんだろう。


「また、何かよげんするのかな」


 なんだか、思っていたのとはちがう。

 どんどん、よげんはひどくなってる気がする。


 最初はトモダ先生がボールがぶつかった。

 次は、小屋が燃えてしまった。

 この次は?


「あたしさぁ」と、燃えた小屋をながめながら、口にする。

「もし、よげんっていうか。未来でおこることが、わかるんならさ。もしかしたら、ヒーローになれるんじゃないかって思ったんだよ」


 ふっと笑ってしまう。

 ケイゾーを見ると、少しも笑ってなくて、おどろいた。

 目をそらして、また、小屋に視線をむける。


「ピンチのときに、登場するヒーローみたいにさ。前もってわかってるなら、かんたんだと思ったんだ」


「それって、面白そうだな」

「でしょ」


 ふふっと笑う。横から視線を感じて、顔をこするった。

 なんだか、さっきからずっとこっちを見ているようで、はずかしくなる。


「近づくなって、あった」

 ケイゾーが、とつぜん言った。

「え?」


「『よげんの書』。あれ、小屋に近づくなって、書いてあっただろう」

「そうだっけ」


 そう……だった気がする。近づくなって。

 つまり……、どういうこと?


「おれたちに火を止めてくれってわけじゃなかったんだよ。あぶないから近づくなって、教えてくれてたんだ」


「なら、燃えちゃうのはしかたないの?」


「しかたないっていうか……、『よげんの書』は、おれたちを守ってくれたんじゃないか?」


 そうなんだろうか。

 キケンを知らせてくれた?

 でも、じゃあ……、


「ヒーローごっこは、ムリ?」

「うーん」


 ケイゾーは少し考えたあと、口の端をあげて笑う。


「キケンを知らせることは出来るかも。にげろーって」

「うーん」


 思い描いていたヒーローとはちがう。

 けど。


「助けてあげられるんなら、いいけどさ」

「中学生たちは、燃えずにすんだけどな」


 そうか。

 あたしたちが小屋に居座っていたから、中学生たちは助かったのかな。

 そういうことなのかな。


「じゃ、ヒーローか」

「かもな」


 コンコンとまたバケツを叩く。

 小屋はすっかり燃えてしまっていた。

 地面に黒いかたまりが積み重なっているだけだ。


 帰ろう。もう日が落ちてきた。


「じゃ、明日ね」

 手をあげると、同じように、ケイゾーも手をあげる。

「じゃあな」


 自転車にまたがり、ぐんぐん遠ざかる背中。

 ピカピカの自転車。

 ああ、うらやましい。


 バケツをかごにのせると、あたしもペダルをふみこんだ。

 もう、夕焼け。

 カラスが三羽、空の上のほうで、小さくなって飛んでいた。

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