第17話 『放送局さん』

 学校からは、ずっと走って帰った。ミコちゃんと別れてからは、もっと早く走った。ミコちゃんは運動が苦手なんだ。それでも、一生懸命だから、ふうふう息を吐きながらも、ずっと走っていた。


 台所で麦茶を飲みながら、時計を見上げると、学校を出たときから二十分ほどしかたっていなかった。だらだら帰ったときは一時間近くかかって、お母さんに怒られたことを思うと、超早い帰宅だ。


 途中、通り過ぎた畑に『放送局さん』がいて、「帰りましたーっ」と、あいさつしたとき、ちょっとだけ走る速度をゆるめたから、本当はもっと短い時間で帰れるのかもしれない。


『放送局さん』っていうのは、小がらで背中が丸まっているおばあさんのことだ。畑仕事に熱心で、帰り道にはいつも会う。このおばあさん、あいさつしないと、ものすっごく怒る人なんだ。


 といっても、直接、コラッて怒られるわけじゃない。お母さんや近所の人に、「あんずちゃんって子は、あいさつしない子だねぇ」って言いふらすんだ。


 他にも、このおばあさんは、いろんなウワサ話を知っている。地域のことで、知らないことなんてないし、知らないことがあれば、このおばあさんにきけば、喜んで教えてくれる。


 だから、『放送局さん』。

 いろんなウワサは、この人から発信される。


 この日、『放送局さん』は、畑でイチゴの手入れをしていた。赤くて大きなイチゴがたくさんなっていて、スーパーのパック詰めとかわらないくらい、つやつやしてきれいなかたちをしている。


 それでも最近は温暖化で出来がわるいって、あちこちに言いふらしているようだ。もしかしたら、「そんなことないですよ。とても立派ですよ」って言ってもらいたいのかもしれない。きっとニンマリして喜ぶはずだ。


 そんなことを考えながら、「帰りましたーっ」て、あいさつした。

 また、「イチゴ、持っていく?」ときいてくれるかなって、期待する気持ちをこめて、歩調をゆるめる。


 でも、あいさつしたあとの返事は、「はい、お帰んなさい」と顔をあげただけで、すぐに作業にもどってしまった。これには、がっかりだ。


 まだ根にもっているのかもしれない。

 というのも、おとつい、すすめてくれたときは、ことわってしまったから。


 本当は、イチゴ欲しいなって思ったんだけど、遠慮えんりょして首をふってしまった。

 でも、これがまちがいだったらしい。

 

『放送局さん』はにこやかな顔をしていたのに、あたしが首をふると、しぶい顔になってしまった。たぶん、子供らしくないって思ったんだろう。ここは、大喜びでイチゴを欲しがるべきだったのだ。


「わーっ、本当ですか? うれしい」

 って、感じだろうか。

 それとも、

「わーっ、やったー!」

 ってバンザイして、飛び上がるとか?


 こういうかけ引きは難しい。あたしはヘタなんだ。

 ミコちゃんは、にこっと笑って、大人にも好かれる。

 見習いたいけど、なかなか身につかない。


 こういうのを才能って呼ぶのだろうか。だったら、あたしの才能は控えめすぎて目立たないようだ。これといって、とりえがないんだから。

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