第一のよげん
第5話 あんず、逃亡する
本を見つけたときが、どんなときだったかってことが、もしかしたら重要かもしれないから書いておく。つまり、世の中がどんな風だったかってこと。それがわかれば、あなたにも『よげんの書』がどんなときに見つけられるか、わかりやすいかもしれないから。
といっても、特別なことがあったわけじゃない。いつもどおりの普通の日だ。春がおわったばかりなのに、すっかり夏みたいに暑くて、今年の夏はとんでもなく猛暑になるぞって大人たちがさわいでいるかんじ。
野菜が高くなるとか、畑での育ちがわるいとか、会えばそんな話ばかり。天気の話ってのは、大人はしやすいらしい。それかご近所のうわさ話。子供のことも話すけど、それが始まると遠くに逃げたほうがいい。きいていて楽しいことはひとつもないから。
ともかく、世界的に異常気象でたいへんだって話だ。南極の氷がとけたり、山火事がおきたり、それか、ものすごく寒くて大雪が降ったり、こおったりしてるってこと。日本でも地震や大雨・大雪で、毎年何かが起こってる。
昔はこんなじゃなかったって言ってる人もいるけど、昔をしらないあたしには、よくわからない。少なくとも、ずっとこんな感じ。だから、『よげんの書』を見つけたときも、日常の中で、いきなり起こったってことなんだ。
この、いきなりっていうのが重要。
あたしがどれだけおどろいたか、ミコちゃんがどれだけ怖がったか、ちゃんと伝わればいいんだけど。とっても、びっくりしたんだから。
ミコちゃんは、『よげんの書』は見つけた棚に戻そうって、しつこかったんだけど、あたしは、そのまま教室まで持って帰った。図書室の本とは思えなかったし、見せて先生に取りあげられるとイヤだから。だまってこっそりと運んで、教室の机にかくした。
あたしは、怖いって思いながら、すっごくワクワクしていた。
授業が始まっても、気になってしかたなくて、何度も机の中から、少しだけ引きだして確認した。『よげんの書』ってタイトルを見るたび、ニヤニヤしてしまう。
休み時間になっても、本は白紙のままだった。ミコちゃんは気味わるがって、あたしのことまでイヤそうな顔をして見てくるようになった。はっきり何か言うわけじゃないけど、「あんずちゃん、おかしいよ」って、そんな目。
だから、いつもはミコちゃんといっしょに学校から家まで帰るんだけど、この日はひとりで走って帰った。ミコちゃんがまだ、となりの席の子と話しながらランドセルを背負おうとしているときには、あたしは教室から飛び出て廊下にいたんだからね。
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