第4話
彼女の問いかける声に、人とのコミュニケーション不足の僕は背筋を震わせる。だけど、瞳は真っ直ぐと彼女の方へ向ける。
「僕は……通りかかっただけだよ」
「……ここ屋上なんだけど」
緊張のあまり初手から盛大にこけた。焦る気持ちを抑えつつも、優しい声音で問いかける。
「それより君は、何をしていたの?」
彼女は一瞬考える素振りを見せて、笑みを浮かべる。
「……風に当たっていました」
僕の経験上、普通の高校生がわざわざ屋上に来て、風を感じているだけなんて有り得ない。別に、何か事情が無い限りは……。
「そうなんだ。でも、もう授業が始まるよ?」
どんな理由があるにしても、それは僕にとってはどうでもいい。取り敢えず、彼女を刺激せず、この場を凌ぐ事に専念する。
「そうですね……もう少し涼んだら戻るので、先輩こそ早く戻った方がいいですよ?」
「僕も涼みに来たんだ。取り敢えず、まだ一緒にいるよ」
勿論、嘘だ。
僕は緊張で硬くなっていた体をほぐすように、地面に座り込む。春特有の日差しが、僕の体を暖めていく。
……嘘つき。
落ち着いていた僕の耳は、素早くその微かに響いた言葉を聞き取った。内心慌てていたものの、悟られない為に平然を装い彼女に視線を合わせる。
そこには薄ら笑いを浮かべ、こちらを見ている彼女がいた。
しまったと、僕は心の中で悔やむ。
きっと彼女は理解しただろう。なんで僕がここに居るのかを。
彼女は立ち上がり、座り込んでいる僕の元へゆっくりとやってくる。春のそよ風に乗った、彼女の長い髪が静かに揺れる。
僕の足元で立ち止まり、立ち尽くす。彼女の後ろに見える日光に目を細めながら、諦めとため息と一緒に聞いた。
「なんで……」
「だって……君、そういうキャラじゃないでしょ?ここで最初に会った時だって、私が来たから出ていったし……それに一人でご飯食べてたし」
今の彼女の発言で分かったことがある。
彼女はーーー自殺しようとしていた。
僕は立ち上がり、彼女の目を真っ直ぐと見つめて離さない。すると、彼女はすぐに視線を少し横にずらす。
「なんで……死のうと思ったの」
「………」
彼女は表情を変えずに無言を貫く。
お互い言いたいことは分かっている。僕が自殺を阻止しようとした事も、彼女は知っているはずだ。だけど、僕だけはあまり信じていなかった。
本当に自殺を考えうる人に会ったことはない。なので、疑心暗鬼のままここに来たけど、さっき確信に変わった。
「死ぬ為に、屋上で辺りを見回してたんでしょ。そうじゃなきゃ、ここから離れている僕なんて気にもとめない。しかも、それがさっきすれ違っただけの先輩だなんて分かるわけない」
「………」
彼女は黙り込んだまま振り返り、僕に背を向ける。
「なんで静かに死なせてくれないかな」
それははっきりとした口調で、どす黒く、覇気の感じた一言だった。彼女をこの言葉には、今まで生きてきた全てが込められているようだと思った。
「まぁ、素直に死ぬ覚悟があったら…とっくに死んでるよね」
次は覇気のない空笑い。
皮肉も混じった言葉には、阻止した僕への恨みのようなものが感じられる。
「ご、ごめん……」
「なんで謝るんですか?」
何故か後ろめたい気持ちになってしまう。覚悟していた人の邪魔をしてしまった。それが例え、死ぬ覚悟だとしても一度決心したものを揺らがせてしまった。
僕が返答に困り、しばらく無言の状態が続く。
それを見兼ねた彼女が話を続ける。
「先輩はいい事をしたと思いますよ?死のうとした人を救ったんですから……褒められる行為ですよ」
そう言って、彼女は笑みを浮かべる。
「………軽いね」
「え?」
僕はあんまり本音が出ないタイプなんだけど、この時はつい口にしてしまった。余りにも彼女の笑顔が
ーー"偽物"に見えたから。
慌てて口を噤んだけど、彼女の表情は今の僕にも分かってしまうぐらいわかり易かった。
君と僕の物語 黒井黒 @kuro0912
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