第3話


今思えば、それを見たのが僕達の始まりだったのかもしれない。


僕は屋上の光景を見て、大袈裟ではなく瞬間的に動く出した。


本校舎と少し離れている体育館から、本気で駆け出した。何ヶ月ぶり、いや何年ぶりかもしれない猛ダッシュに足が縺れて何度も転びそうになる。


そうまでして、僕を駆り立てる感情が何なのかは分からない。だけど、人間として当たり前の事という概念は自分にもあったのかもしれない。


途中で放り投げた弁当箱は後で回収しよう。とにかく、今にも身を投げそうな彼女の元に行かないと……。


走ってる途中で昼休みが終わるチャイムが鳴る。あの代表的なウエストミンスターの鐘だ。いつもなら、陰気臭くため息をつくところだけど……今の僕には何も聴こえてない。


無我夢中に走り続けた。


校舎内は教室に戻る生徒達で溢れ返っている。その人混みの中を、必死にダッシュしている僕は明らかに場違いで頭がおかしい人だろう。


幸い、友達と呼べる程親しい仲の人がいないのが助かった。周りから奇妙な目で見られているのは何となく分かる。


それを無視して、さっき通った道を戻る。


先生に度々呼び止められたけど、適当に言い訳してようやく四階に辿り着き、屋上に続く階段を上がろうとした時。


「よぉ金木!何してんだ?」


今一番会いたくない奴に会ってしまった……。


「どうしたんだ?もうすぐ授業始まるけど……」


「いや…ちょっとね。成宮くんは?」


成宮翔なるみやしょう


一応、クラスメイト。そして、小学校以来の幼馴染でもある。


彼との関係は決して浅いものじゃないけど、僕は少し彼の事が苦手だ。他人の心に入っていくのが上手い成宮くんは、誰であろうと仲間はずれにしない。


いつも一人でいる僕にも積極的に話しかけてくる。


だから、苦手だ。


こうして、忙しい時にもタイミング悪く会ってしまったのは、僕の日々の行いが悪いということかと、自分で落とし所を見つけて納得する。


「俺は、もう教室に戻るところだけど?一緒に行くか?」


僕は首を横に振る。


「大丈夫。忘れ物を取りに行ったら戻るよ。先生に伝えておいて」


すると、成宮くんは笑顔を浮かべて頷いた。


それを確認した僕は、また走り出した。もうこれ以上、時間を取られる訳には行かない。

疲れて、心臓が激しく鼓動する。自分が階段を蹴る音なのか、心臓が鼓動している音なのか区別が曖昧になる。


最後の階段を登りきり、ドアノブに手をかけて、押す。


古いドアが吹き飛びかと思うぐらいの勢いで、屋上に突撃した。


息が絶え絶えになりながらも、周りを確認する。疲れてなのか視界がボヤけて焦点が合わない。だけど、僕は確かに確認した。


屋上のバラペットの上に座る少女の姿。


よかった、僕は心の中で安堵する。


「だ、誰?」


ドアを開く音が大きかったのか、彼女はじっと僕を見つめている。


これが僕達の初めての会話だった。

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