第2話
僕はまだあの日の夢を見る。忘れた頃にふらっと出てきては、忘れるなと僕に言い聞かす。
今日は四月二日。
高校三年生になった僕は新学期早々、春の香りに誘われ居眠りをし、先生に叱られる。
「
クスクスとクラスメイトの笑い声が聞こえる。その声は夢見心地だった僕の意識を覚醒させるのに、充分だった。先生の目は見ず、後ろの黒板に視線を向ける。
「すいません、気をつけます」
「全く・・・大学進学や就職を控えるお前達がいつまでもだな・・・・・・」
くどくどと為にもならない先生の自慢話が始まる。周りの奴は、始まったよ、早く終わんねぇかな、それぞれ思い思いの愚痴を言い合っている。
僕は先生や愚痴を言い合っているクラスメイトにも興味を示さず、頬杖をついて窓の外を覗く。
僕は空や雲を眺めているが好きだ。あのゆったりとした時間は、何も考えなくていい時間だ。
今日の空は雲がない。快晴だ。
日差しを遮る物がないから、直射日光が窓側に座っている僕の肌を刺激しているのが分かる。
その感傷に浸っている間に四限終了のチャイムが鳴る。
「だからなお前らには頑張ってほし・・・ってまだ話は終わってないぞ!」
「先生、もう時間ですよ!話長いんスよ!」
サッカー部レギュラーでクラスの人気者でムードメーカー的存在の池谷が、真っ先に教室を飛び出す。新学期になって、新入生が入ったので自分を売りにでも行ったんだろう。
彼は次の生徒会長に立候補したいらしい。
まぁ僕にとってはどうでもいい事だ。
教科書を机の中に入れ、カバンから弁当を取り出す。そして、誰とも会話をする事なく教室を抜け出して、人通りの少ない階段を上がり、屋上につづくドアを開ける。
「やっぱり誰もいない」
僕は静かに歓喜する。屋上は基本的に誰もいない。理由は単純明快、暑いからだ。
この学校は、冷暖房完備、空調完備、オマケに中庭まである。中庭には緑地になっているから日陰が多い。だから、わざわざ日が当たる屋上なんて誰も来ないのだ。
おかげで静かに弁当が食べれる。
ガチャ・・・。
と思ったが、やっぱりそう来たか。
二年生の時にも同じことがあった。
新学期は中学から上がったばかりの新入生が、何もわからず屋上に来る。ドラマやマンガの影響なのか、やたらと集団で押し掛ける。
この学校の利点として、挙げられる事がもうひとつある。それは、屋上が解放されている事だ。
最近では自殺や事故を防ぐ為に、屋上にフェンスが建てられて、解放されない事が多い。
だけど、この高校はPTAを無視して、フェンスを建てず、屋上を解放している。そこは、私立校だからと教育委員会も見逃しているらしい。そして、学長が委員会のお偉いさんだという事も多少影響しているんだろう。
今日は大丈夫だと思っていた僕は、素早く弁当をしまい、屋上を後にしようとした。
そこで彼女と出会った。
「・・・先輩」
僕のことを見て、渋そうな顔をする彼女は僕の予想を反して、ひとりだった。
そんな彼女を見て、口には出さないが僕の多少なりとも気分が削がれる。もうここには、居られない。
目も合わせず、横を通り抜ける。
僕はこういう時の為に、第二、第三の昼食場所を事前に用意している。
まずは、体育館の裏だ。
たまに、バスケ部の部員が占拠しているが今日は居ないようだ。
僕は、体育館の裏口から教師用駐車場まで続く、無駄に長い階段の丁度中間ぐらいに座る。
子供っぽいと笑われてしまうかもしれないけど、僕は学校生活の中で昼食を食べれる昼休みが唯一の楽しみだ。
この高校には、私立校らしく購買ではなく食堂がある。ほとんどの生徒は食堂で昼を済ませているらしい。僕は三年間で一回も行ったことがない。一度、足を踏み入れたのは一年の時に学校の紹介で校内を回った時ぐらいだ。
あの食堂は、和食、中華、洋食と取り揃えているが値段が異様に高い。
普通の醤油ラーメンが700円と、当時の僕が引くぐらいに高い。
僕は、親が作ってくれた弁当を何の感情も無く口に運ぶ。玉子焼きを一口齧りながら、ふと屋上を視線が映る。体育館は本校舎より標高が高い位置に建てられているので、屋上がしっかりと見える。
「何してるんだろ」
あまり他人の行動を気に掛けた事は無いが、不自然に屋上を歩き回っている少女に不気味さを覚えた。
多分さっきすれ違った女の子だろう。リボンの色が青だったという記憶がある。ということは、入学したばかりの一年生だろう。
僕ら、三年生の女子が付けているリボンは赤。二年生は緑。そして、一年生は青だ。これは学校の伝統というか決まりだ。毎年、新しいリボンに買え替えなくてはいけない女子達は可哀想だ。
男子は三年間、同じブレザーを着る。夏用と冬用があるけど、基本的には買え替えなくて済む。
僕には関係ない事だが、目に入ることで自然と気になってしまう。料理を食べながら、チラチラと屋上を確認する。
彼女は今、屋上の真ん中で仰向けになって寝ている。特に不自然な行動ではない。
それで興味が失せた。
僕は屋上もとい、彼女を気にしなくなり、弁当を無言で食べ続ける。
そして、残りは白飯半分とその中央にある梅干しだけになった。
駐車場に設置してある時計を見ると、12時43分を指していた。午後の授業は1時からなので、そろそろ戻らないと厳しい。
放課後に食べようと、弁当に蓋を被せる。
そのまま教室に帰ろうとして、不意に映ってしまった光景に僕は二度見せざる負えなかった。
「えっ?」
屋上にいたあの子が・・・飛び降りる姿勢をとっていた。
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