最終話 クサナギ武門を統べる者

 異形の深淵オロチ騒動が過ぎ去るも、守護宗家は山積みの事後処理がさらに増加し……完全な人で不足に陥っていました。

 なので——本来なら私の護衛や身の回りでお世話するあぎとさんまで駆り出される始末……そのため彼が実質担う役割を、分担して請け負える人材の必要性も発生していたのです。


 そんな私は現在、今の自分が迎えるべき儀式の為の準備を進めています。


「……なんかこの服、新鮮だね。今日のためにあぎとさんが特注してくれたんだって。」


「……ふ、ふむ。なるほど……あ、いや——誠に、似合っておるぞ?主よ。その——美しいな……——」


 私の艶姿を見る炎神様カグツチ君が、見た事も無いぐらいな挙動不審——どこか顔も赤くなってるのを見てクスッと笑いが漏れ出します。


「あれ~?カグツチ君何だか顔が赤いよ〜?て言うか、量子体でもそんな紅潮とか出来るんだ(汗)トンデモ機能だねそれ……。」


 この身を包む姿は巫女と、陰陽服のいいとこ取りを狙った様な——それでいて、私の蒼い髪に合わせた白と蒼が配された……足元まではかまの伸びる装束。

 これは儀式服であっても、力の儀を執り行う物ではない——この装束は、のための物。


 そう——今まで実質の扱いであった私が、ようやく真に御家を継承する時が訪れたのです。


「お嬢様——」


 ふすまの向こうから掛かる声は、今まで私のために人生を懸けて尽力してくれた強く優しいSPあぎとさん——すでにこのクサナギ家が擁する大豪邸の、中央庭園を望む大広間で……並み居る御家重鎮が肩を並べている所——

 そこにこれより赴く私を迎える彼の声は、今まで以上に優しく——どこか初めての様な、暖かさを孕んでいました。


「はい、あぎとさん。準備出来ました。」


 私は装束を纏い……そしてゆっくりと、両足の感触を確かめつつ——「んっ。大丈夫。」と、隣り合う炎神様へ笑顔を送り

 けど、隣り合う炎神様は今……私の両足を動かす為の霊力接続は行っていません。


 そうなんです……私自身が天津神の炎神を調伏した事により、両足への電気信号が回復し——私は誰の助けも無く、この足で立つ事が出来る様になったのです。


「失礼します、お嬢さ——なんと……これは、お綺麗になられました。」


 ふすまを開け迎えてくれたあぎとさん——大きく見開いた後、とても優しい視線で素敵な賛美をくれました。


「ありがとうございます……。では——参りましょう。」


 きっといつもの私なら、あぎとさんの賛美でデレデレと惚気のろけた表情で崩れ去る所——しかし今日の自分は一つの決意の元に、儀に向かいます。

 デレデレ惚気のろける私を、心の奥底に仕舞い——これより背負う定めを見据えた瞳で挑みます。


 この儀を境に、私はクサナギ宗家が世界で担う裏の面——この蒼き星の片隅で未だ跋扈ばっこする深淵全てを相手取ると言う……壮絶なる試練へ望む事となります。

 普通に考えれば、学園中等部の身である私が背負うには余りにも大き過ぎる定め——けれど私は、何の躊躇ためらいもありませんでした。


 だって……私を支えてくれてる因果が巡り合わせた素敵なお友達——魔族の王女様テセラちゃんに、誇り高き吸血鬼レゾンちゃん……そしてつい今しがた、炎羅えんら叔父様から聞き及んだ件——

神の御剣ジューダス・ブレイド】機関からの正式な通達により、聖霊騎士パラディンの称号を会得した断罪天使アーエルちゃんに——今も守護宗家内で同じ定めに向けて、切磋琢磨する若菜わかなちゃん。

 皆それぞれ道は違えど、自分の運命に向かい進んでいます。

 なら——負けてなんて、いられないじゃないですか。


 そんな思考で踏み出す一歩——私にとって大きく、そして覚悟を伴うその一歩で——

 これより正式なる当主継承を終えるため、大広間への廊下を歩み出します。


 私を照らす明の空に舞い上がる暁が、まさに日本神話の主神……アマテラスオオミカミからの賛美の如く、私の進む道を照らしてくれる中で——



 ****



 居並ぶクサナギ家重鎮が羨望の眼差しで、奥の一段上がった当主の座を見上げる。

 クサナギ家が誇る大豪邸……その大広間へ障子越しに差し込む朝日は、新たなる当主を出迎える様に部屋を紅く照らし——僅かなり足と衣服のこすれる音が、そこへと近付いて来る。


 その重鎮に紛れる幾人かは、あの当主継承の儀を早まった者達——しかし彼らも己らの独断専行を悔い、そして訪れる新たなる当主を歓喜を以って迎える面持ちに包まれていた。


 ただ——その重鎮らに混じりたった一人……完全に場違いな、当主へ最も近き場所へ居座っている。

 否——そこへ向かえと指示を受け、疑問と不安に苛まれながら一人違う空気を醸し出す少女。


「(絶対におかしいです、これ……。何で分家にすら属さぬ一般人である私がこんな場所——それも当主様の御前じゃないですか……。)」


 思考に舞い踊る疑問符に迷うは、あの異形の深淵オロチ討滅の折——最後まで当主を守り抜いた少女……円城寺えんじょうじ財閥ご令嬢、ハル嬢であった。

 少女としても宗家より下る指示は、分家を目指す御家にとって何ものにも優先される

 円城寺えんじょうじ財閥の未来を担うご令嬢は、思考で舞う疑問符もそのまま小さき背に御家の誇りを背負い……場違いとも言えるそこへ臨んでいたのだ。


 程なく開く障子——差し込む朝日が一層の紅き陽光を大広間へと運び——

 その光に照らされた凛々しき双眸を湛える横顔……それを視界に捉えた重鎮全てが息を飲む。

 眼前に現れたるは、クサナギ裏門を真に継承せんと訪れた……あの天津神の炎神さえも調伏せし小さな当主——が、同時に宿るのは日本神話の主神であるアマテラスオオミカミさえ彷彿させる……慈愛と美しさを備えたたたずまい。


 試練を乗り越えた少女は、すでに動く事が叶うその両の足で自らこの場へ赴き……当主が座すべき場所へ纏う衣を舞わせて座す。


 そして……一段下がった場所へ遅れて座した優しきSPの言葉によって——いにしえの時代から伝わる伝説へ記される、新たな幕が上がる事となる。


「これより……クサナギ裏門家に於ける、正式なる当主継承の儀を執り行う事となりますが……その前に——」


「此度正式に当主となられる桜花おうか様……引いてはそれを支援するSPなど、現在の日本国家情勢を鑑み——手に余る事態を考慮した結果、急遽相成った次第。」


 つづられるは度重なる世界と日本国の疲弊——その対応が、後手に回りつつある事態。

 異形の深淵オロチによる御神殿浸蝕も、正しく後手対応——事態把握の遅れが招いた結果と御家では囁かれる。

 加えて先に地球と魔界防衛作戦で失った、深淵の浸蝕に飲まれた哀れな身内の後任も……後々を考慮すれば、補充も止むなしであった。


 その思考のままに優しきSPが送った視線の先……そこへ座していたのは、あの円城寺えんじょうじのご令嬢——ハル嬢である。


「……えっ?……それ……は——」


 小さな当主桜花とは三つと変わらぬ年齢のご令嬢……寝耳に水な言葉と供に送られた視線に、ドクン!と鼓動が跳ね上がる。

 御前に座する当主の護衛は、新たな分家を組み込むと口にし——そのまま視線が向けられたのは彼女……当然この大広間へ呼集を受けた者の中に、該当する分家以下の御家は存在していない。

 ——その円城寺えんじょうじのご令嬢を除いては——


「ハルさん……。」


 ドクン、ドクンと早鐘を打つ鼓動が、小さな当主の発した言葉を僅かにさえぎり——遅れて反応したご令嬢は飛び跳ねる様に応答した。


「はっ!?はい……すみませんっ!けれど私は——その……R・D・Cレーシング・ドリフト・チャンピオンシップでも早々に敗退して——」


「確かに充分な素養を準備した……とは、言い難いですよね?でも——」


 未だ正式な当主継承は終えていない小さな当主——しかし儀など必要も無き程に、堂々たる当主の面持ちで……静かに円城寺令嬢ハルへと語りかけ——

 視線を優しきSPへと移した。


「はい……。円城寺えんじょうじ ハル様——確かにその点は不足していますが……貴女はその後、収めております。」


「——あの異形の深淵オロチによる襲撃の最中……よくぞお嬢様を、最後までお護り下さいました。我らクサナギ裏門家を代表し、お礼とさせて頂きます——ありがとうございました。」


 守護宗家の家元に仕える重鎮が……分家ですら無い財閥へ、平にこうべを垂れた。

 それはあの、クサナギ表門を代表する【勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー】に準える様な立ち振る舞い——を見せられて、提示された言葉の意味する所を理解出来ぬご令嬢では無かった。


「いえっ!?あの——でも……それでは——」


 ゆっくりとこうべを元へ戻したSPに変わり……小さな当主——否、……財閥令嬢へ——

 共に切磋琢磨した素敵な友人へ……そのたゆまぬ研鑽が生んだ最高の成果を差し出した。


円城寺えんじょうじ ハルさん……貴女は——いえ、円城寺えんじょうじ家は今日をもってクサナギ裏門家の末端分家となり……私達三神守護宗家を支えて下さい。そして今後——」


「貴女は私のストリートに於ける支援部門での活躍を期待します。……過酷ですが——着いて来て貰えますか?」


 すでに当主に相応しき立ち振る舞いを如何なく振るう最強の当主桜花——その言葉に異論を挟む様な無粋は、この広間にはいなかった。

 御前の当主を見つめるご令嬢……その双眸が御家を背負い、敗北すら味わった研鑽を続けた心が——大粒の雫を黒曜石の双眸から溢れさせた。


 そして響くすでに分家である者たちからの、温かい賛美の拍手——これより一蓮托生であるとの思いを込めて……戦い続けた少女へ溢れんばかりに注がれた。

 少しの間……拍手も止んだ大広間で一際輝いた少女は、その双眸の煌めきをグイッと拭い——御前にそびえる最強の当主へ向き直ると——


「当主桜花おうか様!本日をもって……私率いる円城寺えんじょうじ財閥は——このクサナギ裏門の分家として、全力で当主を……そして宗家をお支えしたいと思います!」


 思いの長けを放つ様にこうべを垂れ——


「何卒……よろしく、お願い申し上げます!」


「うん!よろしくね、ハルさん!」


 そして上げた二人の視線は友であり、親愛なる主従の関係へと昇華され——

 一連の事前事項が終わりを告げると、最強の当主がおもむろに立ち上がる。


 差し込む朝日へ誓う様に……決意の双眸で——少女は宣言した。


「皆様にはこの日を迎えるまでに、多大な心配をお掛けしましたが……ようやく私はこの正式な座を迎える事が出来ました。これも今まで私を支えてくれた方々の尽力の賜物と——この場を借りてお礼を述べさせて貰います。」


 一瞥する視線には、羨望が並々と宿る重鎮らの面持ちが映り……そしてその者達の視界に映る様——腰に携えた対魔霊剣アメノムラクモを鞘に納めたまま眼前に掲げた。


「私はこれより後、数多の悪鬼と切り結ぶ事となりましょう。……なれど、私は一歩も引きません!当然です——私はここにいる方々の支えによって、ここに立っているのですから!」


「この剣で、如何いかなる時も対魔の力で世を守り抜ける様——これからも弛まぬ研鑽を重ねて行きます。ですのでどうか……どうか皆——こんな私に着いて来て頂きたい!」


 裂帛の気合いと共に霊剣と皆を見据え……そして羨望を送る重鎮もそれにならい心を一つとする。

 ——朝日が広間を照らす中で……クサナギの伝説がまた一つ、書き換えられた瞬間であった。



 ****



 小さな当主が最強の当主へと至るその瞬間を、優しきSPとは違う視線を送る者。

 少女にこの過酷なる試練を、図らずとも課す事となってしまった天津神の炎神ヒノカグツチ——だがその炎神の双眸でさえ、感慨深さに熱く揺れていた。


「(ようやく我は、主と真の一歩踏み出せました。我が父イザナギノミコトよ……そして偉大なる主神にして我が姉——アマテラスオオミカミよ……——)」


「(我は、今の存在のあり方に後悔などない。例え父にこの首が撥ねられ様とも——父が我を愛していたからこそ、この因果の出会いがあったのだ。)」


 最強の当主となった少女を眩き光越しに見つめ……彼は因果の出会いへ、全身全霊の感謝を贈る。


「(因果よ……良き出会いを与えてくれた事——感謝する。)」


 そして天津神の誇る破壊の炎神もまた……最強へ至った小さな当主と共に——これより先訪れる、世界最大の危機へと立ち向かう事となるのだ。

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