5話—4 三神の纏い

 世界の深淵の化身とされるそれは、神代の時代より……数多の生命を飲み込む喰らう者と恐れられた。

 中でも本体とされる中心は、地上のレイラインと呼ばれる龍脈——それも世界中からの流れが集約される地より出でるとされる。

 それは暁の大国日本——いにしえの時代に栄えた太陽の国ムー帝国より連なる、正統なる血統を継ぐ者が住まう地である。


 そのムー帝国でさえ恐れたもの……正しくそこへ、命の深淵とされる存在が関わっていた。

 命の深淵……【ヤマタノオロチ】——それは個の名称を指す名では無い、巨大なる霊的災害を総称した名だ。


 霊的災害である深淵は、自然災害と言う形の他——その最たるものとし、生命の根幹を犯し……生命活動そのものを闇の深淵へ引き摺り込むと言う、恐るべき特徴を持つ。

 そしてその影響を受ける対象は、霊的な格式が高ければそれに比例して強力になり――恐るべき災害へと変貌を遂げるのだ。


 古来より、その恐るべき脅威となる深淵を屠る者とし——ムー帝国が誇る神官の内……王族を守護せし最も武門に長けた神官を選出。

 後にその血統を継ぐ者が、暁の大国に於ける皇族を守護するお家へと引き継がれた。


 つまりは——三神守護宗家とは、元々一つの力ある神官の血統が分かたれた物なのである。

 そして受け継がれた力を一つに纏める事が出来る、禁断の奥義も確かに存在していたが——同時に必要とされる器となる依代は、常人では手にする事が叶わぬと宗家の秘伝書にも記され——

 しかし万一 ——手にする事叶わぬ依代を得る事が出来たならば……理論上、禁断の奥義を発現可能とも記されていたのだ。


 ——それがクサナギ 界吏かいりが得た【霊装機神ストラズィール】であり……クサナギ 桜花おうかが得た魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムである。


「——……当主……様。その姿……は——」


「ハルさんはそこを動かないで。——大丈夫……もう私は大丈夫だから。」


 異形の深淵オロチを睨め付けたまま、背中越しに掛けられる慈愛に満ち溢れた思いやり——しかし周囲を包む気配は、煉獄がそこへ現出したかの如し。


 当主を包んでいた巫女装束型戦闘服が、鎧武者——しかも所々に、炎神ヒノカグツチの霊力が半物質化した様な装いへ傾き……加えて背後に浮かぶ、マガタマを模した機械の浮遊機構を備え——

 さらに前方に顕現するは、ヤタノカガミを物質化した様な鏡面の盾……そして——


 その手に握られる対魔霊剣アメノムラクモは、常に周囲を焼き尽くす霊的な焔を噴き出していた。


「ぐぅぅ!ぎゃおおおぉぉぉぉっっ!!」


 焼かれる焔を振り払い、異形の深淵オロチが周囲へ瘴気の塊をぶち撒ける。

 その瘴気が付着した場所——否、空間が歪曲。

 歪曲空間から現われたるは異形のそれよりは小物——しかし無数の深淵が、既存する無数の生命体を模した形を取り現れる。


「はあっっ!!」


 無数の深淵が膨れ上がる様に現れる中、裂帛の気合いが煉獄の焔を纏い飛ぶ。

 小さな当主を囲む闘気……円城寺えんじょうじのご令嬢を思いやる際に舞わせた焔は——だが、深淵へ向け放たれた業火は——

 それが今、混ざり合う様に少女を包むは……慈愛の蒼焔と憤怒の赤焔を陰陽の関係とし——破壊の炎神を調伏する事で得た、守護宗家最強にして極限奥義。


 否——今深淵へ向かい爆ぜる様に飛んだのは……

 小さな当主桜花はあの天津神の恐るべき破壊神——その霊体本体を、己が傘下に収めてしまったのだ。


「つああっっ!」


 迷いを振り払った剣閃へ……破壊神ヒノカグツチの業火が宿り——その一撃は鋼鉄の銃弾など傷も与えられぬ濃密な負の物質化霊体を、


 ——〈草薙の剣〉——

 その伝説上で銘打たれた名の示す閃撃——恐るべき深淵の大群さえも、刈り取って行く。


「オロチよ……あなたの存在は、世界中で今もあまねくく生を享受する命には不要の物。——そして、あなたと言う存在が生んだ野良魔族が……私の友人を傷付け——」


「さらに今、ここにいる友人さえも深淵へ飲み込もうとした……。それは断じて許すまじき事……!」


 薙ぎ払い――

 突き通し――

 両断せしめる――

 舞い踊る対魔の剣アメノムラクモにて有象無象の深淵を一体……また一体と討ち払う小さな当主桜花——しかしそれらの現出速度が上回ると……少女が術式を展開した。


「ヤサカニ流、真・八式——マガツフウジノマガタマっ!」


 直後——背部へ滞空していた〈封ジ舞ウ勾玉ノカラクリ〉が神域全体へ展開され……強力無比の封じの結界が構築され——


「ガゥオオッッ!!?」


 深淵が瘴気を利用し生み出した位相転移陣が、全て封じられ——完全に巨大な異形を孤立させた。


「ガアアアァァァァッッ!!」


 援軍を封じられた異形の深淵は、無勢と感じるや体躯の前に巨大な負の霊力場を形成——刹那……それが弾ける様に襲撃する。

 ——その場に居合わせる全ての人間へ——


「くっ……こちらを狙って——ハル嬢っ!?」


「い、いやあぁぁぁっっ!!?」


 狙われた先の優しきSP円城寺令嬢ハル——SPでさえ回避を誤れば命を落とす負の霊撃……戦う力を持たぬご令嬢ではひとたまりも無い——

 が……異形の深淵が取ったその行為——それはまさに、破壊の炎神と化した少女の


あぎとさんと……ハルさんに——手を出すなーーーーーーっっ!!」


 それは憤怒——

 慈愛の化身である、金色の王女テセラにも劣らぬ慈愛を纏っていた小さな当主——その少女が業火を撒き散らす様に激昂した。

 愚かなる異形の深淵……すでに破壊の炎神と化した少女へ、さらなる憤怒を上乗せする攻撃をしでかしたそれの末路は——すでに決したも同義である。


 異形の霊撃が二つの目標に届くか否か……その目標眼前へ現れたのは——ヤタノカガミ。

 そして負の霊撃がカガミへ投射されると、力の位相が反転——正のエネルギーと化した霊力の刃となり、放ったはずの異形を逆襲した。


「ガッゴアァ——ガアアッ!!?」


「これはヤタノカガミ!?——しかしこれは、完全防御の……——」


 優しきSPが目にしたそれは、宗家内でもまず目にする事のない討滅に特化した攻撃系防御秘術――

 〈ヤタ天鏡〉——ヤタ家が誇る最強の絶対防御障壁は、通常負の力全てを拒絶する絶対障壁……が、小さな当主が放った術はそこからさらに反撃を伴うヤタ家に伝わる秘儀中の秘儀。

 宗家に於ける術式は陰陽術に通ずる陰陽を主体とし——あらゆる術へ表裏一体の効果が存在……それに該当するのが、ヤタノカガミによる霊力反転撃である。


 己が放った一撃を反転され、さらにその強襲を受け叫びの中で悶え苦しむ異形の深淵オロチ

 その巨大なる体躯を双眸で見据える少女は、異形の一踏みで絶命するほどにいと小さき姿——だがその小さき形から発せられる霊力は、東都心さえ覆わんとする程に巨大な焔と化し……——


 あの異形の深淵オロチが……本能的な恐怖で後ずさった。


「我が纏いし身姿——守護宗家の全てを纏う討滅の鎧〈三神の纏い〉は、三神守護宗家の全ての力を結集して魔を討滅すると言う……確固たる意思そのもの——」


「それを前にして……あなたの様な化け物は存在する事すら叶わない——」


 紫焔しえんの舞う業火の中……その憤怒を宿す少女が——全ての試練を乗り越えた、クサナギの血を継ぐが——


「ここに誓う……私の眼前に現れたる全ての深淵を——己が全力を以って討滅し続ける事をっ……!!」


 宿命に立ち向かう様に、決意と共に咆哮を上げた。

 そして……濃密にして膨大な霊力を具現化した紫焔しえんたかぶりが、遥か天空を焼き焦がす程に爆熱し——


「ヒノカグツチよっっ!我は汝の力を持ちて、この深淵の松葉でしか無い愚かな有象無象を焼き尽くすっ!煉獄の業火の化身よ——……天津神が最強の破壊神よっ!!」


『御意である!我が主!』


 最強の剣と化した主に呼応する破壊の炎神が、その余りある霊体の力全てを対魔霊剣アメノムラクモへ宿し——物質剣であった刀身が、万物を焼き焦がす紫焔しえんの閃条刃を纏い……——

 小さな背に火花と供に舞う紫焔しえんの大翼で、高々に飛翔した最強の当主から……異形の深淵へ向けて降り下ろされた。


「三神守護宗家式・極限奥義……ヒノカグツチ——討滅・纏い三神煉獄断っっ!!」


 人類が扱えるレベルを軽々凌駕する紫焔しえんの閃条——次元をも断つ極限の霊撃が……異形の深淵オロチを位相次元の霊体諸共一刀両断する。


「——……ガゥ……オォォォ……——」


 もはや焼き尽くされるだけとなった深淵は、思考すら宿らぬ双眸に——生命への憎悪を込め……蒼き星の大気へと同化して行った。


「討滅……完了……!」


「——見事な戦いぶりです。よく……立ち上がられました、桜花おうか様……。」


 抜き放ち、紫焔しえんの閃条が煌めきを消した刀身を……キンッ!と響く納刀音と共に鞘に納め——暗雲が晴れる様に光差す、遥かな山々を遠く見つめる最強の当主。

 その凛々しくも雄々しい横顔を見やる優しきSPは、感慨と感嘆を混ぜ合わせた様な賛美を贈った。


 山々もその当主の降臨を讃える様に……清々しき風で、小さき武士もののふの御髪をサラサラと撫で上げる。




 ——クサナギ家……そして三神守護宗家に於ける、新たなる伝説が幕を開けたのだ——

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