5話—3 煉獄を纏う戦神

 スクランブル交差点手前に差し掛かる騎兵隊。

 キングあぎとがストリートの騎兵隊を従えて、宗家の儀を行う山間部——そことは方向が真逆へひた走る。

 そのキングの背後に追従するは、円城寺令嬢ハル——時間稼ぎをさらに引伸ばすキングの策遂行のため、赤きエンブレムのインテグラ TYPE Rを走らせる。


「チームBUG!スクランブルでオレの合図と同時に、噴進撹乱弾を周囲へ全弾発射!……同時に各車揃って定常円旋回——」


「掻き乱された煙幕で、道を見失わない様注意しろっ!」


『『了解やっ!』』


 それは一瞬の攻防——スクランブル交差点と言う限られた空間が賭けの舞台となる。

 そこで煙幕を掻き乱す手段に、定常円を選んだ優しきSP——定常円旋回とはドリフト競技でも基本を学ぶための初歩ドリフト練習術。

 しかし上級者が演じれば、すぐ様それが

 車のリアをスライドさせ、大小の円を描く様に滑走する——だがそれを一度に数台でこなすためには、卓越した技術が必要不可欠。


 差し詰め、その動きを巨大な送風機に見立てた煙幕撹乱—— 一時的な時間稼ぎとしては辛うじて成り立つ策略。

 闇夜を切り裂く無数の閃光が、まさにスクランブルへ差し掛かろうとした時——


「各車旋回、及び煙幕墳進弾――全弾発射!!」


 優しきSP後方へ続くマシンが連なる様に定常円旋回を始め……同時に放たれる煙幕と、高速回転する後輪より巻き上がる白煙が混ざり合い——スクランブル交差点を包む巨大な渦状の壁と化す。


 視界と言うものが存在せぬ異形の深淵オロチも、囲う様に巻き上がる煙幕で霊力が撹乱され——巨大な体躯を持て余して右往左往する。


 一時凌ぎであるも、優しきSPが講じた賭けを放つには充分な1分足らずの時間稼ぎの直後——


「各車、オレに続け……このまま新湾岸ハイウェイへ上るぞっ!」


 合図と同時に、煙幕を抜けた優しきSPの任務車両を先頭に……後続のマシンが定常円より通常の走行へ移って行く。

 東首都で一度は壊滅した新湾岸線——大きく路線を変更したその入り口がスクランブル近くへ伸び……そこから延々と湾岸を横断する


 モンスター級のパワーが持ち味の車両であれば、地上を恐竜の如く闊歩する異形の深淵オロチを引き離すには十分なステージ——次々と新湾岸へ進路を向けるチームBUGの残存メンバー。

 同時に放たれた霊力誘導弾を頼りに、ようやく異形の深淵は己が獲物の方向を感じ取り——新湾岸を駆ける騎兵隊へと追い縋る。


 ……だが、その中にあの純白のボディと赤きエンブレムが輝くマシン——ご令嬢のマシンインテグラだけが存在しなかった。


「頼むぞ……ハル嬢っ!」


 優しきSPはその状況を策とし——それに応じたご令嬢が見事に対応する。

 ハル嬢のインテグラと同時に……任務車両RX-7の助手席に乗せていたはずの炎神と主も姿を消していた。



 ****



 深い山間……そこは守護宗家要する広大な儀式様に所有する土地。

 山々に囲まれた地形は、八百万やおよろずの神々の力みつる巨大な霊場……かつてその一角で、小さな当主への儀式を執り行い——

 降り立ったのは天津神の破壊神ヒノガグツチ……その霊体本体であった。


 儀式の場近くに広がる駐車スペースへ現れた車両——そこへ向かっていたはずの優しきSPの任務車両……ではない車両が停車する。


「当主様っ……ここで間違いありませんよね!?到着です!さあ火の神様、こちらへ——」


 現れたのは純白のボディに輝く赤きエンブレム——ゴワッ!と甲高いNAエンジンを響かせるは、円城寺令嬢ハルが駆るマシン……インテグラ TYPE Rであった。


かたじけない……行くぞ、主よ!」


「……うん……ごめんね。ありが……うっ!?——っカグツチ君……それにハルさん……。」


 純白のマシンインテグラ助手席の扉を開け放ち、虚ろに揺れる眼差しで苦痛に歪む主を抱く破壊の炎神ヒノカグツチが降り立ち——それを確認した円城寺令嬢ハルもマシンを後にする。


『(ハル嬢……場所は確認した通り——こちらで時間は稼ぎます。貴女へお嬢様を託しますので……何卒、無事に目的地までお送り下さい。お願いします。』


 あの定常円旋回で巻き上げた煙幕の中……異形の深淵オロチを足止めする傍らで、密かに主を乗り換えさせた優しきSP——

 その対象に選んだのは、自ら危険に飛び込んだ主の親友ハルのマシン。

 卓越した運転技術は、小さな当主やキングの名を持つSPに引けを取らぬ事実——当然の如く知り得る綾城 顎ドリフトキングだからこその采配で、愛しき主を託したのだ。


 炎神と円城寺令嬢は、数段に渡り伸びる階段を急ぎ登る。

 優しきSPより、極力外界から遠ざける事で討滅に於ける市街地への被害を抑えられると耳にしていた円城寺令嬢——しかし本来は、彼女が無理を押してその場所まで足を運び……危険へ身を投じる必要などは無い。


 それでも——


「ハル……さん。これ以上——関われば……ハルさん、にも……——」


「良いんです。これは……私が、なんですから……。」


 小さな当主を——友人の言葉をさえぎる様に決意を放つご令嬢。

 炎神の後に着いて階段を上る少女は、その双眸に揺るぎなどない——その信念を宿した猛りを耳にし……やがて小さな当主は、心の奥底へ止めどない力を呼び起こす。


 階段を登り切った先……炎神と円城寺令嬢の視界を奪ったのは——山間とは思えぬ広大な大地。

 その際奥へ……あの小さな当主へ破壊の炎神が降臨した祭壇が今もそのままたたずんでいた。


 同時に円城寺令嬢を襲うのは、心が緊張の只中へ飲み込まれる程の荘厳さ——それは八百万やおよろずの神々から全てを見定められる様な……厳格なる空気。


「ここが……儀式の場——」


 元来——宗家の正式な傘下にある者でさえ、その場所を知り得ない神域……宗家の家元及び直轄のお家のみが、足を踏み入れる事を許される場所。

 円城寺のご令嬢が遠く目指した先に含まれる、晴れ舞台の一端であった。


 しかし突如、その空気が大きく乱される。


「——これ、あの化け物……うっぐああっ!?」


「ハル嬢!」


 荘厳なる空気がドス黒い瘴気にみるみる包まれ……それを発する異形の存在が、階段下の空間へ既に辿り着いていた。

 魂すら撃ち抜かれる様な深淵の瘴気は、宗家末端にすら位置せぬ円城寺令嬢の魂を喰らい尽くさんとする。

 宗家になぞらえた者たちは、総じて深淵との戦いを考慮した訓練と護身術を叩き込まれる。

 それは表門に属し——社会貢献と資金工面に活躍する者でさえ徹底付けられるのだ。


 ご令嬢の様に訓練も何も無い丸裸の身で深淵と対峙するなど、地獄へ自らその身を投げ入れるかの絶望的な行為と同義——

 が――少女は当主を背にして異形の深淵の前に立ちはだかった。


「……ぐるうぅぅぅぅ!!」


「ば……化け物が!……当主様に一歩でも近づいてみろっ——た……ただじゃ、済まさないぞっ!!」


「ダメだ、ハル嬢……主ではただの餌食——下がられよっ!」


 震えるその足は今にも崩れ落ちる寸前——それでも気丈に猛るは、あのレースで戦っていたご令嬢のそれ。

 例え巨大な力を秘めようとも、当主が自分より年下である事実は揺るがない――それこそ年上であるご令嬢が思考するより先に行動で見せた、幼き弱者を守ると言う

 力は持たずとも——人としての本懐を成そうとする裂帛の気合だけは、深淵に劣らなかった。


「(ハル……さん。こん……な、恐怖の存在を前に——こんなの……負けられない……じゃない。)」


 確かに直前までは騎兵隊の誘導に誘われ、新湾岸を目指しその傍若な欲望の牙を向けたが――

 モンスターマシン達の時間稼ぎも虚しく――すぐ様獲物とする霊力が、違う方角へ向かったと感じた異形の深淵は……新湾岸へ上がったマシン達を尻目に、小さな当主の霊力を追って来たのだ。


 一歩……また一歩と深淵が歩み寄る。

 その体躯はこの道筋までに、一体どれ程の負のエネルギーを吸い上げて来たのか——騎兵隊を追っていた時よりふた回りは巨大な陰。

 それは確実に地球と魔界防衛作戦で見られた、人造魔生命の上位種デーモンクラスに相当している。


 気迫のみで立ちはだかるご令嬢も、いつ崩れ落ちてもおかしくは無いほどに震える足へ鞭打つも——次第に表情へ恐怖が宿り始める。

 相手は人外……かつて見た事も——想像した事さえ無い異形の化け物。


「く……るな!当主様は——」


「ぐおおおおおおおおおおっっっ!!」


「——ひっ!?」


 しかし――放たれた深淵の咆哮が、

 力なくへたり込む円城寺令嬢――が、地に着いたその手で後退りながら……それでもあらがう姿は勇敢そのもの。

 一体この異形の化け物相手に、これ程までに耐え凌ぐ一般人がどれ程存在するであろう。


 ——その勇敢なる少女のあらがいは遂に……を稼ぎ切った。


『〈天津神の炎神よ……我に従え——我は汝を支配する者……。我は……——〉』


 それは一閃——あらがい続けた少女の背後から、時空を震撼させ響く声と共に宙を走るは

 舞い飛ぶ剣閃が異形を穿つ——と、その一撃が見舞われた異形の体躯が爆炎に包まれ——


「ぐぎゃおおおっっ!?」


 体躯は巨大……だが爆炎は何の容赦もなく深淵の身体を焼き切った。


「と……当主さ——」


 待ち人の覚醒を悟り振り向いた少女は……絶句した。

 確かに少女——円城寺令嬢は、その背後にクサナギの小さな当主を守る様に立っていたはずである。

 しかし……少女の視界を占拠するは——降臨していた。


「お嬢様!ご無事でっ——」


 異形の深淵オロチを巻くため、新湾岸へ上がったチームBUGを指揮した優しきSPも到達——しかし視界に飛び込んだ光景に、彼は思考へ感慨深さと共に羨望の眼差しを送っていた。


「……なんと——その力……あの界吏かいり様をしてすら、鋼鉄の巨人ストラズィールを得て初めて会得した技……。宗家三家の奥義を同時にその身へ纏う、守護宗家極限奥義を……お嬢様が……!」


 小さな当主は……己が父であるクサナギ 界吏かいり——その男が守護宗家の永き歴史上、初めて体現した御技を会得した。

 それも父は【霊装機神ストラズィール】と言う器を介して、ようやく体現に至ったとされる。

 だがその娘である少女は——桜花おうか魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムと言う機構を介し……


「——我は討滅の志士……我は魔を撃つ剣。——天津神が破壊の炎神……調——」


「三神守護宗家……クサナギ 桜花おうか——推して参るっっ!!」


 巨大なる深淵を前に——少女は覚醒し立ちはだかった。

 その身に宿る破壊の炎神ヒノカグツチをも調伏し……果てなく燃え盛る、煉獄の業火の化身となって——

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