4話—4 業火の試練
すでに
「では……お嬢様——初のお役目となります。しかしアーエル様の件もあります——決して油断なき様。」
任務車両の助手席で首肯する小さな当主——この監視のお役目に先立ち、すでに
その足で御神殿へと向かう当主も
——だが……その異変が己の体内から襲い来ると言う事態は、小さな当主でさえも全くの想定外であったのだ。
駐車スペースより僅かに登る階段——その先に広がる御神殿の本殿へ向かう、
石畳の道を目指し階段へ足を乗せた小さな当主……本来であればすでに、荘厳な空気にその身が清められて行く感覚に陥る一歩。
——のはずである一歩を踏み出した当主は、言い様のない
荘厳さが吹き飛ぶ程のドス黒い浸蝕が、魂の根底を暗黒の深淵へと引き摺り込まんとする……まるでそこへ、黄泉への扉が開かれんとする様な——
刹那——あり得ない由々しき事態を察した少女は、肩口に浮かぶ半量子体の炎神へ言い放つ……その身に魔を祓う超常の力を纏うために。
「カグツチ君っ!魔装撫子——装填!」
「心得たっ!」
優しきSPの任務車両搭乗時は、微細な霊力接続を維持したままであった小さな当主は……天津神の炎神への呼びかけと共に、蒼き焔を巻き起す。
蒼炎が少女を包み込むと、足元より身に付けていた衣服が次々と量子変換され——変わって現れるは巫女装束を模し……さらにそれを戦闘用の機動力重視に特化させた魔装が発現する。
さらに足元、肩口……そして胸元を護るは、戦国時代を思わせる鎧を禁忌の技術で強化した魔装甲冑が備わり——最後に現れた大小の焔を宿す帯が、御髪をまとめ……小さき手に
その纏いが完全発現するか否かで、階段を駆け上がる少女を目にしたSPも只ならぬ事態を想定——強化型対魔弾頭を装填したベレッタ92Fを抜き、両手を添えつつ当主の後を追った。
——そして小さな当主はその双眸で目撃する事となる。
かつては荘厳な佇まいが、天の神々が給うた祝福とも取れたその御神殿前——枯れ果てた草木を瘴気で焼く様に、黒きそれが神の領域を喰らいつくさんとその身を
「——っ!?【
その体軀は、霊体規模で今まで彼女が討滅して来た個体を軽々と凌駕する。
——だが、その程度のサイズ差の驚異など……あの人造魔生命機兵を相手取った彼女にとっては誤差の範囲。
問題はそんな事ではなかった。
あろう事かその深淵は限りなく人に近い異形——直立し……未だ獣然とした粗暴さをばら撒くも、その霊的な立ち位置は極めて人に近付いていた。
「こんな……この
あの破壊の炎神ですら、眼前の異常事態へ戦慄を覚える。
元来霊災とは、往々にして霊格の低い物が自然災害に近しい状態で顕現すると日の本古来より伝えられた。
しかし……霊災とされる個体に万一人間に近付く存在が現れたなら、そこに宿る正に反する負の霊力——普通の人間など足元にも及ばぬ強大な力を宿すとされた。
詰まる所——負に近しき存在である魔族に例えるならば……霊的に最上位である魔王クラスに匹敵する霊力を備えるのだ。
「魔装撫子、クサナギ
人に近付く深淵の個体——
それが御神殿を浸蝕する現実は、差し当たって最も恐れた最悪の事態である。
一刻の猶予も無い——電光石火の対応で、可及的速やかに討滅を終えなければ……それが引き金となり、日本に封じられた災厄の本体が目覚める事となる。
脳裏に浮かぶ最悪の事態を振り払う様に、小さな当主は
鋭き焔の剣閃は彼女が迷いを超えた証——大気を焼くほどのそれは、人型を取ろうとも……その深淵の体軀を易々と断ち——
「はああああああーーーーっっ!!」
「ぐるあおおおおおーーーー!!?」
横薙ぎから
人型に近づきながらも未だ醜き野獣の咆哮で、焼かれた身体の激痛にのたうち回る
刹那——あってはならない最悪を上塗りする非常事態が——
「こちら
——小さき当主の体内から、試練の業火となって降り注いだ——
「っ!?ぅああああああああああああああああーーーーーーっっ!!!?」
優しきSPはその地獄の様な絶叫に双眸を見開く。
放たれた絶叫の先——そこには愛しき主が居た。
それは蒼炎を纏う——否……蒼炎は……少女の魂の根底を焼き始めたのだ——
「——お……嬢、様!?……お嬢様ーーーーーっっ!!!」
銃をその手に駆け出す優しきSP。
信じ難き事態——かつて天津神の炎神を降臨させた際……小さき当主は、大き過ぎる神霊が纏う破壊の業火にその身を焼かれていた。
叔父である外交の天才が間に合わせた【
しかし眼前……その時の比では無い、異常な霊力の浸蝕が小さき当主を襲う。
これは天津神の炎神を持ってしても、
「お嬢様っ!カグツチ殿——お嬢様は……!?」
「あああっ——熱いっ!!熱いぎぃあああーーーっっ!!」
「
炎神さえも悲痛に叫ぶ。
身体を引き裂く業火で小さな当主が
開く双眸は最早例えようもないほど見開かれ、外見上ではない——魂を焼き焦がす激痛で、すでに理性すら保つことも出来ぬ状況——
その好機を——闇より這い出た深淵が、見逃すはずも無く……その豪腕を振り上げた時。
「お嬢様に……手を出すなーーーーーっっ!!」
駆ける優しきSPが……その本質に宿す野獣の咆哮を解き放つ。
手にしたベレッタを構え、
マズルフラッシュと供に轟音の一撃を叩き付けようと、進化した深淵は身体を焦がす程度で弾いて行く。
優しきSPとて双眸を侵す異形の深淵が、如何に恐るべき事態の前触れであるかを直感していた。
異形が僅かな動きの停止を見せた隙――優しきSPは小さな当主を守る様に立ち……その主が落とした
「ぐっ!?――があああっっ!?」
が、それは自殺行為にも等しい行動――
優しきSPが手にした霊剣は、小さな当主が振るう事前提で継承の儀を終えた代物――扱えるか否か以前に、霊力の波長がまるで共振しない。
それ故霊剣を手にした優しきSPは、その両の手ごと破壊の業火で焼き切られる。
至極当然……それは天津神が誇る破壊神——その霊体本体が放つ煉獄の焔なのだ。
それでも――
「
「――く……クサナギ流……閃武闘術!下位分家型十式……
天津神の炎神の声を受けてなお、主を守るために立ち止まる事の出来ない優しきSP。
構えた両手が
無数の炎閃が縦へ伸びると同時に
「散撃・追の一 ――
続けざまに放たれる二撃目が水平へ霊撃を――さらに捻る身体の回転から穿つ三撃目が、その全てを巻き込む頭上からの閃撃となって異形を襲撃する。
霊力同調もままならぬ霊剣を手に、クサナギの技を放つSPは常軌を逸していた。
並の宗家の者であれば、霊剣を手にしただけで破壊の業火に包まれ絶命してもおかしくはない——だがSP
それも己が御家の誇りを背負い、レースでキングの座を死守するため技を磨き——その上で主を守護するための、あらゆる技能を手にしていた。
優しきSPの研鑽に次ぐ研鑽が、本来不可能であるはずの行為を実現させたのだ。
それでも——放たれる剣撃はあくまでも足止めの域を出ない。
小さな当主の持つ力は強大である……それを以ってしても尚討滅仕切れぬ異形の増殖は、異常事態以外の何物でもなかった。
優しきSPより放たれたその炎の閃撃は、異形に向かって飛来した——が、舞う閃撃は異形の体軀を襲撃する所か宙空へ滞空する。
身構えた異形もその閃撃に驚異は無しと判断したか、再び豪腕を振り
が——
「ぐぎゃおおおっっーーーっっ!!?」
異形が閃撃に触れるや否や、滞空した閃撃から降り注ぐ炎閃の断雨——前方を囲む様に滞空していた、炎閃の時雨が異形を切り刻む。
それは討滅を目的とした技では無い、足止め型の罠——あくまで時間稼ぎを前提とした炎閃の監獄である。
「くっ……お嬢様!」
クサナギ分家の誇る技にて異形を足止めつつ……優しきSPは術式を展開——未だ足元で業火にもがく愛しき主へ、霊力鎮静の術式を施し——
術式方陣に包まれ……焼かれる痛みの減少を見た小さな当主が力無く倒れ込み——人同等の姿へ変異した天津神の炎神も、即座に主を手に抱え――
同時にSPの手で、
「カグツチ殿……すぐに
「恩にきるぞ、
「恩などと……それよりも——お嬢様が覚醒するまで、我らで護り抜きましょう!」
優しきSPの言葉に強く首肯する炎神も、愛しき主を抱え速やかにSPの任務車両へと駆ける。
その間も炎閃の監獄に焼かれる異形——しかし優しきSPの言葉通り、徐々に炎閃が消滅を始めた。
しかしそれよりも早く——
SPが駆る任務車両が爆音と言う咆哮をあげ、激しいアクセルの
「お嬢様をお護りする!
優しきSPの切なる懇願に答えるかの様に、三角型ローターが二つの偏芯遊星運動を伴って吠える。
排気された燃焼ガスが再び合流を見るそこへ配された、大小二つのタービン……排気された燃焼ガスがタービン内部合流地点、空気吸入側タービンブレードを掻き回し――ストリート仕様に仕立て上げられた、400馬力オーバーのハイフロータービンが
そのまま吐き出された燃焼ガスは、排気マフラーの背後で爆轟となり——大気を切り裂く
二人の主を想う従者が居るそこに……もう一つの意思が呼応したかの様に——
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