4話-3 クサナギ宗家

 断罪天使アーエルの任務失態からの謹慎処分――その報を耳にしたクサナギの小さな当主桜花は、かねてより優しきSPのこなしていた任務の一つ……ご神殿の霊的状況監視の任を自ら買って出ていた。

 そこには自らの迷いで、手にする事が出来なくなった対魔霊剣アメノムラクモ――それを再び振るい……且つ今までを遥かに凌ぐ気合を纏った、みなぎる自信が関係しているのは傍目でも明らかであった。


 守護宗家クサナギ家の有する大豪邸。

 日本でも屈指の和の大庭園を持つそこは、小さな当主にとっての実家であり——叔父である現表門当主 クサナギ 炎羅えんらも同じく滞在していた。

 その一室——本来は外来客用である八畳間。

 つい最近、あの断罪天使を護衛に従えた英国令嬢アセリア・ランスロット・ベリーリア——彼女が断罪天使の進退に関わる交渉戦を、世界に名だたる外交の天才……【勝利を導く者ビクトリアス・コーラー】クサナギ 炎羅えんらと繰り広げた部屋である。


 来客用の和装に包まれるその容姿——年齢では六十を超える身でありながら、小さな当主と同様重なりし者フォースレイアーへの覚醒者である外交の天才炎羅

 すでに若かりし頃に見た覚醒により、三十代でも通る勢いの若々しさを振りまく当主が……まだ小さくとも踏み出す足は力強い、姪である少女の眼差しをしかと受け止めていた。


「——桜花おうか……君の意思は理解した。どの道裏門当主となれば、それも重要なお役目となる。……遅いか早いかの違いだが——」


「今までの様に、友人達との大切な時間を過ごす事は難しくなる……。それも覚悟の上かい?」


 八畳間の中央で向かい合い、正座にて座する少女の双眸は……外交の天才でさえ見た事もない凛々しさを纏う。

 そばに控える優しきSPも誇らしさで胸を熱くする中——外交の天才が案じたのは他でもない……彼女にとって掛け替えのない交友関係についてであった。


 遥かな月面の古代遺跡、【ヴァルハラ宮殿】で今もその責を全うする義兄弟——クサナギ 界吏かいりに変わり彼女を支えて来た外交の天才は、まだ学園中等部である少女に於ける……一度しか無い青春を、奪いかねない事態こそを案じている。


 ——だが……——


「はいっ!覚悟の上です!」


 

 金色の王女テセラならうかの慈愛がおもであった小さな当主は、それこそ優しきSPが時折見せる鋭き気配を纏い——長く世話になり続けた、愛しき叔父へと叩き付けた。


 一瞬の驚愕——同時に感慨深い思いが湧き上がるも、努めて冷静を装う外交の天才は……双眸を閉じ、逡巡した。

 その思考に宿るはやはり今後訪れる、来るべき厄災——その事態に対して後手に回る恐れへの危惧。

 これより訪れたる脅威は、最早これまでとは桁違いの危機招来を予見する外交の天才……ゆっくりと開く双眸へ彼なりの覚悟を宿し、小さくもまばゆき希望を放つ少女へ了承の言葉を送った。


「いいだろう……先ずは神殿の監視と祈りの儀を済ませて来たまえ。現状は仮のお役目となるが——宗家全体に触れを出し、後日正式に皆の前で発表する。」


「はい!ありがとう、炎羅えんら叔父様!私は立派にお役目……果たして見せます!」


 薄い蒼の片側ポニーを揺らし、揃う両の手が畳につつましやかに添えられ——凛々しき当主が平にこうべを垂れる。

 その様はまさに〈大和撫子〉——誰もがそう口にしてしまう程のたたずまい。

 上げたこうべで再び外交の天才を見る視線は、すでに真の当主のそれ。


 僅かなやり取りの中で、成長をまざまざと見せ付けた凛々しき当主――退室さえも洗練された礼儀のままで部屋を後にした。

 遅れて当主を追う優しきSP——しかしそこで、彼のみ呼び止められる。


あぎと……少し良いか?時間は取らせない。」


「はっ……ご用件はなんで御座いましょう当主。」


 凛とした空気に包まれていた八畳間そこ——SPを呼び止めた直後、僅かな不穏が包んでいた。

 雰囲気を察する優しきSPも、無用に事を急かさず……外交の天才の言葉を待つ。


 それを確認した外交の天才が、今までにない厳しさを孕む視線で——


「先のアーエルさん……任務失敗は聞き及んでいるだろう?だが事は、それを含めた異常事態の様相を呈し始めている——」


「——殿……英国令嬢が野良魔族に襲撃された時を境に、ただならぬ霊力の乱れが生じ始めた……。」


 背筋を凍る刃に撫でられる——そんな感覚に苛まれる優しきSP。

 宗家は長年の研究で、野良魔族の発生原因に命の深淵オロチが大きく絡む事実を突き止めている。

 それが奇しくも、あの地球と天楼の魔界セフィロト衝突回避作戦で浮き彫りとなり——さらなる調査とし、国外に於ける協力機関である【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関……それに加え【神の御剣ジューダス・ブレイド】機関へも調査協力を要請しており——


 得られた結果を最悪の方向へ推し進める様に、封印の地【カガワの都】にて……封印の揺らぎを確認していた。


「しかしその最中……桜花おうかが予想より早く立ち直り——あまつさえ、クサナギ裏門当主としての自覚さえも手に入れたのは一重ひとえに……君達分家の貢献があってこそだ。感謝する――」


「いえ——自分は己に出来る事を、愚直にこなしたまでです。ですが……お褒めの言葉——光栄の至り。」


 優しきSPもあの【勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー】直々のお褒め——そこに高揚を隠せずとも、である。

 謝意もそこそこに、崩さぬ緊張のまま続く不穏の訪れををしかとその脳裏へ刻まんとしていた。


「だからこそ、あぎと……君には伝えておく必要があると呼び止めた次第——これは天津神の炎神カグツチ殿からの情報なのだが——」


桜花おうかと彼の力の結びつきが……今まで以上に不安定となっているそうだ。が——それは恐らく、彼女と天津神にとっての……オレはそう捉えている。」


 ズグンっ!と優しきSPの心が揺さぶられた。

 外交の天才の言葉は即ち——これ以降、小さな当主に対しそれ相応の不測の事態が訪れる事を指していた。

 人生の全てを、小さな当主のためになげうった優しきSP——その双眸に、あのドリフトレースで見せた以上の……野獣の如き闘志が燃え上がる。


 それは例え如何な事態が訪れようとも、小さな当主を護り抜くと言う鋼の意志――ともすれば、命果てるまで少女に尽力する覚悟である。


「事はカグツチ殿とも情報共有しているが——何かがあればあぎと……君だけが頼りだ——」


 そこまで口にした外交の天才が……下の家である分家の者に対し——深々とこうべを垂れた。


「どうかその時は……桜花おうかを——三神守護宗家の輝ける希望を、どうか護ってやってくれないか。この通りだ……。」


 その懇願はまさしく……——表門当主 炎羅えんらの切実なる叫び。

 だからこそ、真の危機が訪れたならば……力を有する者にすがるしか無いのだ。


 優しきSPはその意を理解した。

 己の価値を見出してくれたクサナギの一族へ……返しきれぬ恩がある彼——そこに否定の余地など存在しない。

 分家の末端出身と言う存在へすら、そのこうべを垂れ懇願する誇り高きクサナギ表門当主へ向け——


「委細……承りました。このオレに全て……おまかせ下さい。」


 誇り高き表門当主にならう様に、こうべを平にし——了承の意を返納すSPであった。



 ****



 クサナギの小さな当主桜花が、お役目に当たる決意を外交の天才炎羅へ宣言した同じ頃――にわかに騒がしくなる某港沿岸……ストリート上がりが交渉を交わした場所。

 すでに宗家によるあらかたの準備を滞りなく受けた、カスタムマシンチームLightningBUGが集結する。

 が、地方より都心へ上がって来ていた同チーム――実質ストリートでドライバーは数名。

 直接支援可能なのは走れるドライバー達のマシンのみであり――そのまま少数精鋭で望む構えで、リーダーの指示を心待ちにする。


「腕がなるな……ジェイ。俺達がまさか街を大手振って走れる様になるとは――」


「アホ――これは遊びちゃうで?神経しっかり尖らせとかんかったら、お前さんの命が一瞬で吹き飛ぶ……。肝に命じておけや?風間。」


 準備はすでに万全の体制であるトップ2――リーダー ジェイと風間リューベルが、互いに意識を高め合う。

 当然小さな少女達支援と言う形であったとて、そこに命の深淵オロチが絡めば油断が命取りになる無謀な依頼。


 港倉庫の壁にもたれる二人が一瞥する先、準備を終えたチームメンバーも続々集合していた。


「リーダーに付いて行けてオレ、幸せです。この依頼……しかとこなしてみせましょう!」


「なんや面白なってきたな~~。これは、手が抜けんで!」


「オレはね、こういうのも何やけど――やっぱりジェイが先行してな……こう――」


 口々にみなぎる高揚を曝け出すメンバーに、BUGリーダーも頼もしさを感じつつ――ふと気配を感じた、港入り口方面へと目をやった。


 そこに現われたのは純白のマシン。

 ボンネットの先端中央に輝くHの赤エンブレムは、あの小さな当主と激闘を繰り広げ――惜しくも敗退したドリフトキングに最も近い新世代。


「何やお客さんのようやな。お~い、道を開けてやりな。」


 メンバーがリーダーに呼応し、開かれたその中央を甲高いノーマルアスピレーション――NAサウンドをガフォッ!と響かせ躍り出る純白のマシン。

 そして開いたドアより降り立つ影は、二房に結った御髪を舞い躍らせて……決意の双眸と供にBUGリーダー前へ進み出る。


「これはこれは、円城寺えんじょうじのお嬢様……こんな所においでとは――まぁ、事情は読めん事もあらへんけど……確認だけさせて貰うわ。」


「オレらがここにおる理由を知った上での推参と見たが――これからオレ達は、極めて危険な依頼を遂行する訳やけど――」


 しかとご令嬢を見据える双眸は、小さな当主と変わらぬ体躯の少女へ……危地へ赴く覚悟を問う――


「命を危険に晒す覚悟……出来てるんかいな?」


 大らかさに秘めた懐でご令嬢の真意を見定めようとするBUGリーダー――その男へ、叩きつける様に……ご令嬢が言い放つ。


「覚悟は出来ています!……私も当主様に、ご助力差し上げたいと思います!どうか私と――この相棒インテRも、お仲間に加えては貰えないでしょうか!」


 にやりとご令嬢の覚悟を受け取ったBUGリーダー――携帯を取り出すと、依頼主である宗家……八汰薙の弟ロウへ連絡を繋ぐ。


「――ああ、悪いなぁ……ロウさんよ。例の依頼の件……あと一人追加で警部殿に取り次いでくれへんか?――そう、ご察しの通りあのご令嬢や。頼むで~~。」


 通話の切れた携帯をズボンのポケットにしまうBUGリーダーが、その手をご令嬢へと差し出し放つ。

 それが契約の証として――


「よっしゃ!あんたはこれから、こちらの指示に従い動いてくれ!――あの小さな当主様のために……一肌脱いでやろうやないか!」


 リーダージェイの手を握り返す少女は、友人であるクサナギの当主のため――滾る決意をその双眸に宿し……そしてまた一つ、支えのバックアップ戦力が強固となって行く。

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