4話ー2 深淵の足音は天使の傍より

あぎとさん、それ本当ですか!?アーエルちゃんが――」


「ええ……容態は安定していますが、詳細が掴めません。神の力の代行者ジューダス・ブレイド側に、その点も踏まえ連絡を取っている所――すぐにそれも判明するでしょう。」


 学園の帰り道――東都心の一部。

 宗家が擁する施設が軒を連ねる場所……そこにある英国要人を迎える別荘周辺で、大規模な爆発と事件――そこへアーエルちゃんが出向いて後……何らかの原因で負傷したと報告がありました。


 まさに寝耳に水……あのヴァチカンを代表する執行部隊の最大戦力でもあるアーエルちゃん――任務上だと思いますが、それがまさかの負傷する事態。

 おまけに彼女が宗家管轄の医療施設へ搬送されたと聞き、とてつもない不安が私の胸を押し潰しました。


「大丈夫……かな?アーエルちゃん。ちゅうか、この車狭いわ……。」


「大丈夫とは――ってごめんね?あぎとさんの車って本来4名乗車は形だけだから、ちょっとの辛抱……ね?」


「ああ……それやったら、ウチのSP沙坐愛はんの車も大して変わらへんよって――てかあれは確か、確実に……――」


「何かそれはもう、宗家に生まれた以上宿命だね――」


 連絡を聞き付けた優しいSPさんが車を回してくれるも……まさに2名乗車が基本の任務車両ゆえ――

 後部座席――身体を折りたたむ様に座る若菜わかなちゃんが、口をバッテンにして苦言も已む無しになってます。


 宗家内では要人に対し一人のスペシャリストであるSPが付く慣わし上、徒らに取り回しの効き辛い車は敬遠されます。

 さらには任務上における、緊急走行エマージェンシー・ランディングに対応させるため――スポーツカーを初めとした運動性能が高い高性能車両で固められるのです。


「はは、そこはご勘弁願います若菜わかな様。それとも国塚くにつかを呼び出して、そちらに移り――」


「このままで!このままでええよ!?」


「即答って……それは沙坐愛さざめさんが、流石に可愛そう……(汗)」


 あぎとさんの空気を読んだのか無視したのか分からない配慮へ、被せる様に即答を返すはんなりなお友達――まあ、彼女の言い分も分からない訳ではありませんでした。


 彼女を担当するヤサカニ家第二分家に代表されるSP――国塚 沙坐愛くにつか さざめさんは実の所、宗家内でも有名な〈〉さんなんです。

 それはもう見た目はお化粧さえ軽く塗せば絶世の美女――なのにその髪をもさっ!としたおさげで結い、まん丸なビン底かとも思える眼鏡の残念な容姿――

 挙句と言う妙技のせいで、何とも居た堪れない名前を頂戴した人なんです。


 ドンくさい点は普段の行動に止まらず……今若菜わかなちゃんが脳裏に描いたであろう運転技術――それはもう、運転をなさると聞き及んでいます。


「――っと……到着しました、お嬢様方。病室は特殊病棟の03になります。私はこちらで詳細のやり取りに当たります。」


「うん!ありがとう、あぎとさん――若菜わかなちゃん、車椅子をお願いね!?」


「承りや~~!」


 宗家が擁する医療施設へ到着するなり、運転席ドアを斜めにカチ上げたあぎとさんがすかさず車椅子を準備してくれ――移された私は、若菜わかなちゃんに押されて医療施設の自動ドアを潜ります。

 ――その間車内でのやり取りで、少しだけ不安が取り除かれたのは……きっと私だけではなかったはずと感じながら――


 不安が治まるも事が事だけに、足早に断罪天使なお友達のいる病棟へ向かう私達――若菜わかなちゃんによって車椅子を押され、エレベーターへ搭乗……目的の階で降りた私達の目に飛び込んだのは遠くヴァチカンより訪れた騎士様。

 途端に膨れ上がる、治まっていたはずの胸騒ぎ――に、悪い方に向かう予感が思考を過ぎります。


「……これは、ヴァンゼッヒのご友人方――私は騎士隊の副隊長を務めておりますディクサーと申します。……ご心配には及びません――」


「すでに隊の者がかけた癒しの法術にて、お嬢――いえ、ヴァンゼッヒの傷も癒え……ばかりで――」


「あ……のっ!?意識って――」


 想像した事態――それも最悪側に振る方向の状況で、心臓が冷たい刃物で突き刺された様にズキンっ!と痛みます。

 背後の若菜わかなちゃんも「えっっ……!?」と声を上げたのを聞き、きっと同じ感覚を得たのは想像に難くありません。


 と、私達がこうならない様努めて冷静に声を掛けてくれた騎士隊副隊長ディクサーさん――サッパリと刈り上げた髪を、銀のサークレットでまとめ……大柄で隆々とした肉体に優しさを併せ持つ騎士様が、その口に指を当てて優しく制してくれます。


「落ち着いて下さい、お嬢様方……傷は完治しております故、今はゆっくり眠っているだけ――先ずはお二人とも深呼吸を。よろしいですか?」


 騎士様のおかげで取り乱す事なく……そして医療施設内であった事も思い出せ――背後の若菜わかなちゃんと顔を見合わせ大きく深呼吸。

 なんとか落ち着いた私は、騎士隊副隊長さんへ面会の是非を問います。


「――あの……決して騒いだりしませんので、アーエルちゃんに会わせてはもらえないでしょうか。」


「ウチからも、お願いしますえ……。」


 二人で懇願の眼差しを送ると、その体躯に似つかわしくないほどの爽やかな笑みを浮かべた騎士隊副隊長ディクサーさんが――


「ええ、もちろんですとも。ヴァンゼッヒが、アムリエル――アーエルとして今を楽しく過ごせるのは、お嬢様方……貴女達のおかげです。何を拒む必要がありましょう――」


「さあこちらです。ただ、上からの指示で監視任務中ゆえ……私もご同行させて頂きますので――そこはご了承下さい。」


「あっ、はい。それは全然構わないです。」


 ヴァチカンからの訪問でありながら、流暢な日本語で私達への謝意を欠かさぬ騎士隊副隊長様――断罪天使なお友達の病室へ案内するその背は、とても大きく……シリウさんにロウさんや、あぎとさんとはまた違った頼れる大人の雰囲気――

 その姿を見るだけで、アーエルちゃんがどれだけヴァチカンの執行部隊ジューダス・ブレイドと言う組織の中で大切にされているかを……私は如実に感じていました。


 頼れる騎士様の案内で辿りつく特殊病棟03――その扉周辺の景色でハッとなった若菜わかなちゃんが、ぽつりと呟きます。

 

「……ここ、確か最初にテセラはんがレゾンちゃんと戦った時――重症を負って収容されてた部屋おす……。その時はアーエルちゃん――テセラはんを助けた側やったんおすけど――」


「えっ?そうなの?――と言うかそれはアーエルちゃんてば、起きたらちょっと萎えるかも――」


 そう話しながら開いた病室ドアを、騎士様の後から潜った私達――きっとそこまでは、なんとか気持ちが持ち堪えていたのでしょう。

 けれど――


 それは私達が思っている以上に深刻で――程なく見えたベッド上……まさに天使の寝顔でしばしの休息を取る、狂気と戦い続けるお友達――

 その顔を見るや……二人して身尻がどんどん熱い雫で濡れて行くのが、手に取る様に分かりました。

 言葉も無く――そして安堵から来る嗚咽を洩らす私達を安心させようと、優しい騎士様が大きな逞しい手でそっと頭を撫でてくれます。


「さあ、お嬢様方……ここでしばらく心を落ち着けて下さい。……お二人が落ち着くまで、私も少し部屋を空けます。」


 差し出された椅子へ嗚咽に塗れて腰掛ける私達を慮り――騎士様が監視任務があるにも関わらず、少しの時を与えてくれ……流した雫も枯れる頃、ようやく落ち着きを取り戻します。


 程なく断罪天使なお友達がゆっくり目を開けた時――恥ずかしさで、ガラにもなく照れてしまった二人で……を目覚めたばかりの天使へプレゼントしてしまうのでした。


 後日聞いた話では――

 アーエルちゃんは、英国の要人である御令嬢の護衛でミスを犯し――怪我を負わせた挙句、御令嬢共々野良魔族の餌食となりかけていた――

 そう……聞き及んだのです。

 そして英国は【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関へ被った、任務失敗による著しい信用失墜の責として―― 一ヶ月の謹慎処分を受ける事となった。

 と――ヴァチカン騎士隊の隊長である、最強の聖騎士エルハンド様から直に伝えられたのでした。


 全てを聞き及んだ私はその後、言い様の無い思いに駆られたのを覚えています。

 きっとそれは今だから浮かんだ激情――騎士様から聞いた、大切なお友達が陥った事態。

 ――「」――


 その言葉を耳した私の魂の奥底……燃える様に湧き上がる感情――〈憤怒〉と言う苛烈なる激情が覆いました。

 いつしかそれが野良魔族へ――その存在を触媒として生まれ来る闇の深淵オロチへと向けられる様になって行ったのです。


「――野良魔族……オロチ……!絶対に……許せない……!」


 激しく渦巻く激情はその時より、私と供にある天津神の炎神様カグツチ君との繋がりを……一層強固な物へと昇華させていました。



 

 渦巻く憤怒を伴う激情――それがついに、私にとってのを引き寄せる引き金となり―― 

 それを私よりも遥か以前より感知していた者――天津神の誇る破壊神であるカグツチ君だけが、その時に備える様……ただ静かに待ち続けていたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る