3話—4 当主筆頭頂上決戦

 それは奇しくも——否、約束されていたであろう戦い。

 メガフロート内サーキットを震撼させる、爆轟の如き咆哮は高周波の嘆き。

 歴史上……狼の咆哮とも、天使の絶叫とも称された超高音の叫びは追従する近しき存在ワイズブリッドを圧倒する。


 地上で生まれた内燃機関に置いて一つのメーカーのみが、その製造と進化を成し得た奇跡のエンジン——その魂宿りし心臓を宿す二機の戦闘車両。


 守護宗家が国家復興の為展開する事業であるモーターグループでも、そのエンジンを生み出したメーカーを全面支援する事で大きな貢献を見せ——そこから配給された世界唯一の動力を基軸とし……ヤタナギグループ経営版図拡大を成した。

 世界唯一の内燃機関でありながら、次世代以降に訪れる環境性に絶大な可能性を秘め——更には太陽系全土に広がる古の技術形態ロスト・エイジ・テクノロジーに、偏心回転機関ロータリックリアクターを基軸とした【統一場粒子クインテシオン】を生成可能な技術が存在……それに類似した機構を持つ事で一躍脚光を浴びる。


『観客席!——見えているか!?聞こえているか!?これがキングの走り——今、レーシングドリフト会を牽引する最強の……最速のは・し・りだーーーーー!!』


 立ち上がったMCが、司会席をに乗り上げ——張り上げる声が、観客席を歓声の大波へと引き摺り込む。

 それ程までに今駆けるマシンの走りが神がかっているのだ。


 右に——左にテールを振り返す二機の戦闘機。

 それは一見シンクロする様に、テールスライドの競演を見せ付けている。

 だが——


「——あぎと……さん!?そんな……振り切れない!?」


 あのドリフト会の新星と称された円城寺えんじょうじのご令嬢——彼女との、白熱したデッドヒートを繰り広げたクサナギの小さな当主桜花……その接触寸前のアグレッシブさは最強のキングさえ脅かすと、誰もが予想しただろう。


 だがしかし——観客の誰しもが、それは甘い幻想である事実を突き付けられる……否、見せ付けられていた。


「まだまだタイヤマネージメントがなっていないな……お嬢様!猪突猛進のアグレッシブさが通用するのは中級まで——の走りでは、その一歩二歩先の走りが要求される!」


「——準決勝前までに走らせ過ぎて、!」


 鋭き野獣の如き眼光は、小さな当主の駆るワイズブリッドのタイヤ一つ隔てた後方——舐める様に追う4ローターの魔狼RX-7内で、愛しきお嬢様のすべての弱点を洗い出す。

 前を行く当主のマシンリアタイヤ――この決勝戦までに酷使した事で、充分なグリップ力を発揮しあぐねているのをキングは見逃さなかった。

 規定上資産面で不利な一般参加チームを憂慮した、財閥クラスへのハンデ……その例としてタイヤ交換回数も制限を受けるドリフトレースは、大会全体を視野に入れたタイヤ管理がキモであり――

 キングの口にするタイヤマネージメントでのミスは致命的とも言えた。


 それを見抜いて尚……タイヤの猛烈な回転からくる白煙で、視界すら阻まれる中—— 一寸の狂い無く、当主に追従するキングに一切の乱れは無い。

 ——

 小さな当主桜花優しきSP綾城 顎では、体格が……経験が——レースと言う世界で潜り抜けた、が歴然なのだ。


 優しきSPが見抜く眼前を走るマシンコンディション——しかしその程度の不利を考慮した走り、レースを熟せば自ずと身に付く程度の

 優しさと言うヴェールを脱いだ、闘志剥き出しなSPの思考には……小さな当主ですら思考出来ぬ領域の、が脳裏に描かれている。


 と、前を行くワイズブリッドの走行ライン——徐々に4ローターの魔狼との距離が開き始めた。


『おおっと!?……これは、僅かだがクサナギ当主様のマシンが引き離し始めた!これはもしかすると……もしかする——』


 MCでさえその小さな当主の走りに希望を託し——新たなる世代の訪れを夢見ただろう——

 ……直後、その夢は無残にも打ち砕かれ——伝説はやはり健在である現実を見せ付けられる事となる。


あぎとさんが離れた!——このまま四輪ドリフトで、ベストタイムのまま——」


 最終コーナー——このサーキットでも数少ない高速での追い抜きポイント。

 ついに4ローターの魔狼が……

 逃げ切るかに思われた小さな当主のハイブリッドロータリー ――その後方より、高速コーナーにおける車速を上乗せするため……四輪ドリフトのまま、立ち上がり重視のラインから――


 


『な、なな……キングが——アウトから行ったーーーーーーー!?』


「——えっ……!?」


 コーナーにおける鬩ぎ合い……通常それはイン側を取る者が有利とされるが——それはあくまで、一つの走行ラインに過ぎない。

 イン側が有利と言う先入観で、徒らにインを閉めた走行ラインを取るドライバーは……未熟である。

 真のキングと呼ばれる者は——不利であるアウトラインの走行を有利に持ち込む、


「お嬢様――オレのマシンが開けた車間に……でも見えたか!?その程度ではオレに——」


「これまでこの座を守り続けた……キングの足元にも及ばないぞっ!」


 キング綾城 顎あやしろ あぎとは己がマシンの有利不利を余す事なく熟知する。

 元来ロータリーエンジンを搭載するマシンは、その軽量ハイパワーなエンジンパッケージ活かした低く後方へ搭載出来ると言うメリットが存在する。

 エンジンルームに収まる重量物が低く後方に位置する事で、エンジンとドライバーと言う重量物がほぼ中心へ集まり——それが比類なき動力性能を生み出すとされる。


 しかしキングの搭乗する4ローターの魔狼が有する心臓エンジンは、通常の倍の重量……倍のエンジン長を持ち——エンジンルーム一杯に収まるそれが影響し、タイムアタックではフロント重量増から来る旋回性能面への不利が生じる。

 だが同時に——小さな当主のワイズブリッドに積まれた3ローターエンジンをも上回る、ビックトルク……エンジンが一回転で叩き出すトルクが3ローターのそれを凌駕するメリットも持ち得ていた。


 加えてドリフトと言う面に於いては、重量配分によるメリットがデメリットへ変化……タイヤがグリップし易い故、ドリフトで流し難い——ピーキーな挙動を示す扱い辛いマシンとなるのがロータリーマシンの特性とされる。

 ドリフトに関して言えばフロントが多少重量増であっても、リアは軽量かつタイヤグリップするスタイル――が望まれる場合も確かに存在するのだ。


 テールを流しやすく……それでいてビッグトルクを如何なく発揮できるステージ——それは

 奇しくもそれは小さな当主が打ち負かした、あの円城寺えんじょうじのご令嬢が敗北を決定付けられたセクション——その同じ場所で、今度は小さな当主がキングの餌食となったのだ。


「そん——な……。」


 アウトからまくる様に被せる4ローターの魔狼——小さな当主のハイブリッドロータリーマシンを嘲笑うような、高速領域での並走。

 そしてそのまま、ビッグトルクを活かして前へと躍りでる野獣の如きSP


 が――それは未だ一周を残すラップでの出来事。

 ドリフトレースに関わらず——ストリートであっても、後続からの追い抜きは明確なる勝敗を決定付ける要因である。

 それでも……レースに携わる誰もが口にする——


 ——「レースは。」と——



****



 分かっていた事——その余りにも歴然たる技術差。

 マシンにおいても受けたレギュレーション制限を差し引いてさえ、背後を脅かすには絶対的なパワーの劣る私の戦闘車両ワイズブリッド……技術差を埋める事すら叶わない。


 だからこその取って置き。

 けどそれがなのも理解してる。

 有り余るパワーは、レースの種類によっては最強の武器……ドリフトレースではまさにその点に集約される。


 故のレギュレーション制限中――唯一許可を受けるマシンドーピングシステムを、私の戦闘車両は搭載している。

 それがあぎとさんに通じるとは思えないけど、やるだけの事をやって後悔したい。


「次の中速コーナーから行くよ!ナイトラス・オキサイドNOS……!パワーが足りないなら、補えばいいっ!」


 ナイトラス・オキサイド・システム——亜酸化窒素噴射により酸素の燃焼効率を瞬間的に上昇……同時に発生する気化熱を以って、燃焼室内を強制冷却する機構とっておき

 上昇によって得られる酸素濃度の高い混合気によって、一時的にパワーを絞り出すこの通称ナイトロシステム——メリットばかりでは無く、その代償も存在するけど……。


 通常強制冷却の恩恵を持つシステム上、タービン装着車であれば好相性——

 それはNAエンジンでも同様であり……特に偏心運動内燃機関ロータリーエンジンは燃焼行程の関係で、通常のレシプロエンジンを遥かに上回る熱量を持ち——それを強制冷却する事で得られるメリットも多い。

 レース用として使用する上での代償となる耐久面――詠羽チーフがセッティングで奮闘してくれたその点は兎も角……問題は急激なパワー上昇によるコントロール性の急変化。


 このドリフトレースではその操縦性上のメリットに対するデメリットを、一発逆転の要素としてあえて取り入れ——競技上のマンネリ感を払拭する規定を設けている。


あぎとさんに勝利して……レースの頂点に立つ為に!そして自分の迷いを振り切る為にっっ!」


 を、御した上での総合得点会得——それを体現してこそのドリフトキングの座。

 迫る中高速コーナー手前——私はナイトロシステムを発動する。

 前を行くキングを——あぎとさんをブチ抜く為に。


 マシンにかかる暴力的なまでの駆動力——それが大気を白煙で染め上げるホイールスピンと共に……私のステアリングを握る両手を、で強襲する。

 襲う暴力をカウンターでねじ伏せ、リアタイヤのスライド量を制御――けれど過ぎたるカウンターステアは、得点上の有利を無き物にする。

 繊細なステア操作とアクセル調整で、四輪全てに暴力的なトラクションを浸透させて——としてマシンへ伝える。


 そして私はコーナー出口……最強のドリフトキングの、——

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