3話—3 灼熱の戦乙女

あぎと……お前、桜花おうかちゃんに何を吹き込んだ?」


「何を……とは何の事だ?」


「——ハッ!惚けんなよお前……俺でも震え上がるかと思ったぜ?」


 ベスト4一回戦——クサナギの小さな当主桜花と対する八汰薙の弟ロウは、軽い挨拶をと対戦を控える少女の元へ足を向けたが——

 彼女のマシンが鎮座するパドック内の異様な空気を感じ、周囲を見渡した八汰薙の弟は……その中心に小さな当主がいた事を確認。

 が——すでに声すらかけられぬ異様が包む彼女に、熱血漢である彼を持ってすら尻込みさせる事態が襲っていた。


 少女がその双眸に宿していたのは、ロウをしても額に冷たい物を噴出させる程の業火――吹き荒れる嵐によって舞い躍る、であったから。


「ロウ……その程度で震え上がるのであれば——お嬢様には勝てはしないぞ?オレは何もしていない……ただ、お嬢様が負かしたご令嬢の置かれた状況を告げただけだ。」


「……おまっ——はぁ……。敵に塩を送るというが……そんな、塩どころか真似すんな……。——こっちも本気になっちまう——」


「ならばそうしろ……。それでもオレの所へ勝ち上がって来るのは、お嬢様以外にはあり得んからな。」


「——もうお前、素が暴走してるな……。少しは遠慮しろよ……(汗)」


 揺らがぬ自信が謎の方向へ突き抜ける優しきSP——仕える主を突き放しておきながら、その主への一途な忠誠も待った無しの姿……どう転がっても主に尽くし切るSPへ煽った張本人である八汰薙の弟も呆れ返る。


 だが——彼らは理解していた。

 このレースと言う戦場が確実に、小さな当主の内面へ劇的な変化を及ぼした事を。


 守護宗家が担う【三種の神器】の本質と在り方——それは継承の儀にこそ秘められる。

 しかし……力を継いだ者がその本質へ至る事が出来なければ、真に力を振るう事など不可能である。

 継承の儀がもたらすは、日本に於ける八百万やおよろずの神々——その力の一端であり……神霊本体を降臨させた小さな当主は例外としても、秘められたる本質は変わらない。


 即ち——日本神話の神々の本質……調力の継承。

 小さな当主が継ぐべき資格とは……〈〉と〈〉——慈しみの心と憤怒にも似た闘争本能であった。


 今まであの慈愛の化身とも称された金色の王女テセラ——彼女に勝るとも劣らない慈愛を宿した小さな当主……準決勝に臨む為の調整とパドック内でメカニックチーフと相対する。

 が、そのチーフですら今まで見た事もない当主の様相に驚嘆しつつも……少女の覚悟を読み取り、一切の妥協なくマシン調整の後詰に入っていた。


 そう——そこにいたのは紛れも無く……、一流のドリフトレーシングドライバーだった。



****



 私が敗北者へと追い込んだ大切な友人ハルさん

 その友人の追い込まれた実情を知ってから——自分の中で大きく変貌した思考が、自分に眠る真価を呼び覚ました。

 すでにベスト4は準決勝——決勝へ勝ち上がる為のレース……ロウさん駆る戦闘機、鋼鉄の白馬RX-8が前を走るこのラップ。

 けれど 脳裏に——いえ……ロウさんが操る鋼鉄の白馬の走行ラインへ、荒々しさの中に見えるが見え隠れします。


「くっ……マジか!?——桜花おうかちゃん全然離れねぇじゃねぇか!くそっ——」


 きっとロウさんは、私がその思考すら読み取っているとは思っていないでしょう——しかし私には、ロウさんの思考……ラインとかでは無いが流れ込んで来ます。

 不思議な感覚——でも耳にした事のある今の私の身体変化……それはまだお父様が地球での任をこなしていた頃——


桜花おうか、よく聞けよ?俺と桜花おうかは生れながらの重なりし者フォース・レイアー覚醒者——それを差し引いても、覚醒者フォース・レイアーには通常の人類を超越する能力が存在する。』


 お父様の語ってくれたのは【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】の本質と、その超常の能力——


『重なりし者は元来、宇宙の高次元との融合の為に覚醒した人類の上位存在——しかし、未だ進化を踏み止まる人類の中にあってはも余儀無くされる。』


『——それは本人が臨む望まないに関わらず、霊量子レベルの思考を言語化し……脳内へ伝達してしまう事……。それは時として、……重なりし者を襲う。』


 語られる言葉の意味——それは苦楽も、憎悪も、嫌悪も、殺意ですら……私の心を直接浸蝕して来ると言う事。

 進化の途上にある人類は、取り分け負に属する感情に駆られやすく——それが進化し過ぎた者をするのです。

 故に生まれてよりの人生を、魂の激痛の中で過ごしたお父様——語る言葉は重く私へ伸し掛かりました。


 けど——


「ロウさん……やっぱり現役!凄くキレのある動きと、ミスも無い上にそのアグレッシブさ——」


 マシンスペックに開きはありません。

 つまり二台の走行ラインを徐々に引き離すためには、両者のドライビングテクニックこそが優劣を決める手段――ならば私はロウさんを……鋼鉄の白馬のインを刺して前に出ます。


「——でもごめん!……私が前に行かせてもらうよっ!」


 鋼鉄の白馬イン側へ飛び込まんとする、私の思考へ流れ込む意識情報の波が――沸き上がる力を与えてくれます。

 思考へ流れ込むは何も負の感情だけでは無い——正の……生へ向けた熾烈なる猛りもまた同調するのです。

 今私に流れ込むのは、ロウさんを初めとする多くの大人達の想い——私の……これから歩む過酷な試練の人生を憂いての、無限とも思える思いやり。


 その想いは今、私に降り立った天津神の炎神様さえ揺るがす命の炎となり——


「主よ!……我は何時でも良い——さあ、!」


 心地よいカグツチ君の激励を受け——八汰薙やたなぎが誇る若き世代の生んだ隙……鋼鉄の白馬が開けた僅かなラインへ、強引に車体を捻じ込んで行きます。

 自分へ……そして、私と共に戦う蒼き焔の如き戦闘車両ワイズブリッドへ文字通りの焔を纏いながら——


「なっ——桜花おうか……ちゃん!?そこから……!?」


 最終コーナー手前のヘアピン――更にその前にある複合コーナー。

 コーナー内外に広がる、車両退避用の砂と砂利が敷設されたグラベル――その内側エスケープゾーンへ車体を落とし……砂塵を撒き散らしながら鋼鉄の白馬のインを刺す私。

 レーシングペナルティギリギリの接触も厭わぬ闘志テールスライドで……決勝への階段を、咆哮と共に駆け抜けたのです。




 コース上——悠然と走り抜け、勝敗の行方を知る為観客席前に停車します。

 そして隣り合う鋼鉄の白馬より、ロウさんが降車し歩み寄って——


「……吹っ切れたみたいだね、桜花おうかちゃん。——つか、あそこから突っ込んで来るとは思わなかったけどな!」


「……いえ、あのコーナー——ロウさんちょっと苦手でしょ?ラインがブレてましたから、ここだと思って——」


「……マジ?——見えてたの、桜花おうかちゃん……(汗)いや確かに苦手ではあるけど……。アグレッシブさが衰退したこのご時勢、大抵はオーバーテイクし易い中高速コーナーでの無難な追い抜きが主流――」


「それが接触は元より、最終コーナーが控える手前――速度が欲しい中で、速度の落差が激しいあんなコーナーで突っ込んで来る馬鹿ヤツは一人ぐらいしか――」


 口にして「ああ~~……」と言い含むロウさん——何か失礼な発言でも浮かんでいるのでしょう……目が泳いでます。

 それはさて置き勝敗の行方と思考した私の聴覚が、狂気のMCの叫びでツン!として耳を押さえてそちらMCを見やります。

 と言いますか、毎度このMCさんのでいつも引いてしまうんですが(汗)


『総合点の結果——正に僅差で、クサナギ当主様の……しょーーりだーーーー!!これは——これはトンデモナイ事態……長いMC人生でこんな非常事態は、はーじーめーてだーーーー!!』


 いえ、MCさん?それさっき言いましたよね(汗)?

 興奮が絶頂過ぎて、語彙力識別まで頭が回らなくなってますよ?


 そう浮かんだ直後——不思議と歓喜の様な感情が、希薄である事に気付きます。

 でもそれは今の自分にとって当然な事——私が目指すのは、一つの勝利では無い頂点……の一文字。

 友人の敗北を背負って、何が何でも勝ち上がらなければならない自分は……一時の感慨に耽る気にはなれなかった。

 きっとこれこそが真にレースを戦うと言う行為であると、直感していたのです。


 勝利の感情が希薄な私と、その私が今しがた負かした八汰薙の担い手ロウさんを目指して歩み進める者——視界に捉えた私はそちらへ向き直ります。

 白と黒が配された中に、赤のファイアーパターンが舞うレーシングスーツ——それが装飾であるにも関わらず、……今までは優しいだけだったSP、あぎとさん。


「よくぞ勝ち上がられました、お嬢様。ここからがいよいよ本番です——私も精一杯、お嬢様のお力になれる様——」


あぎとさん。……作らなくても、もういいんだ。——私は本気のあぎとさんとバトルしなければ……頂点に立つ意味なんて無いんだから——」


 勝利をねぎらうには余りにも淡々とした言葉——なぜ今まで気付けなかったのでしょう……いえ、違いますね——

 、彼はずっと


 けどもう——そんな形だけの思いやり何て必要無い。

 だって私は今……灼熱の闘志に身を焦がしているのですから。

 望むのは優しいだけじゃ無い……私が戦うべきは本当のあぎとさんの姿——

 ……クサナギ裏門当主としても上り詰める事の出来た、闘争本能を宿す野獣の如き——


「—— 一応、とさせて頂きますが……ああ、いいだろう!お嬢様がオレの本質を望むんなら相手になってやるよ——」


「分家として上り詰めた、キングの名は伊達じゃ無い!この座を譲る気など無い——勝つのはこの綾城 顎オレだっっ!」


 瞬間——今までに無い焔が紅蓮の業火となって、私の視界を埋め尽くします。

 これが……これこそがあぎとさんの本質—— 一族の命運を掛けてのし上がった、お父様や炎羅えんら叔父様が見初めたクサナギ当主筆頭の本質。


「違うよ!——クサナギ裏門が現当主……クサナギ桜花おうかだよっ!」


 そこに浮かべた私の表情は、今まで一度も無い猛り——テセラちゃんや若菜わかなちゃんの様なでは無い……レゾンちゃんにアーエルちゃんが浮かべる様な、——

 すぐ近くに居た愛しき友人達の姿さえ、私の振るう力の源泉となっていたのでした。

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